ロータリーとモニュメント 63  ケベック広場

 depuis 2001

サン・ジェルマン・デ・プレ教会横のケベック広場 Place du Québec のモニュメント。
最近修復された。地震でタイル舗装が隆起し地下水が噴き出ているようなオブジェなので、清掃を欠かせない。

左右に横切るのがサン・ジェルマン大通り  Boulevard St-Germain で、モニュメントに沿って左からレンヌ通り Rue de Rennes が合流し、右からボナパルト通り Rue Bonaparte が教会前のサン・ジェルマン・デ・プレ広場 Place St-Germain des Prés  へ突き抜ける。さらに真っ直ぐ進めばボザールの横を通ってセーヌ川に出る。

左端に見えるのがレ・ドゥ・マゴ Les Deux Magos でその左のカフェ・ド・フロール Café de Flore とともにサルトルのカフェとして有名な老舗カフェだ。

Pl. du Québec

 

 Canada Flag

パリで好きな現代アートがおいてある広場のひとつです。記事にあるとおり、ブロンズでできた Fontaine (泉)となっていて、1984年にケベック州から寄贈されました。その後、1980年にこの広場はケベック広場の名称で呼ばれることとなりました。建築家アルフレッド Gindre と彫刻家チャールズ Daudelin とによる作品で、噴水は、セントローレンス川で春に崩壊する氷塊を表現しています。探検家ジャック·カルティエのカナダ発見450周年の記念。ブルトン人カルティエの胸像はカナダ広場にあります。

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デ・プレ教会 (右端) 横のサン・ジェルマン大通りから見た両カフェ。2008.02.07.

Les Deux Magots / Café de Flore

レ・ドゥ・マゴには数回はいったことがありますが、カフェ・ド・フロールはまだありません。カフェ・ド・フロールのほうが最近は、若い人に人気のような感じです。日本人のギャルソンもいるようですよ。カフェ・ド・フロールの隣には日本食屋さん、「円」があります。

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ロータリーとモニュメント 45  1940年6月18日広場

   depuis  2001

 1940年6月18日広場 Place du 18 Juin 1940 には特段のモニュメントは無いが、あえて言えば広場の名称そのものがモニュメントだ。

ドイツ軍の侵攻により1940年6月15日パリ陥落、ド・ゴール将軍は直ちにロンドンに亡命して、亡命政府自由フランスを結成し、対独抗戦とヴィーシー政府への抵抗をを呼びかける歴史的演説をした日である6月18日を記念したものだ。

左に見える超高層ビルがモンパルナスタワーだ。

広場正面は工事中の写真で分かりづらいが、モンパルナス大通り Boulevard Montparnasse が広場を横切り、真ん前の通りがレンヌ通り Rue de Rennes でサン・ジェルマン大通り Boulevard Saint Germain まで一直線の緩い下り坂だ (オスマン計画) 。
尖がり帽子がゴシック様式のサン・ジェルマン・デ・プレ教会だ。

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それから4年後・・

ルクレール将軍が1944年8月25日にドイツのパリ防衛軍の降伏文書に署名したのもここモンパルナス駅でだ。
ルクレール元帥記念博物館がモンパルナスタワーの向こうまで後退したモンパルナス駅にある。
25年前出張でリヨンでジュネーヴに駐在していた案内の同僚と落ち合う途中、ポルト・マイヨーから地下鉄を乗り継いでメトロのモンパルナスから SNCF のモンパルナス駅までの長い長い歩く歩道に戸惑ったことがある。日本では1970年の大阪万博で梅田に登場したのが最初だ。