パリの街燈 réverbère 13  ルーブル宮

   depuis  2001

ルーブル宮 Palais du Louvre に面する街燈には頭部に十字が付いている。

Cour Napoléon。

背後はドノン翼。

パヴィリオン Mollien の外壁は科学をテーマにした彫刻で覆われているが、左に半分だけ見えているのは<歴史と真実 L’Histoire et la Vérité>という  Pierre Loison 1857 の作品。

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ロータリーとモニュメント 57  オペラ広場

   depuis  2001

オペラ座の前の オペラ広場 Place de l’Opéra  には7本の道路が集まり、
常時観光バスなどで混雑している。

観光バスのいるところがカプシーヌ大通りで、オペラ広場を直角に横切る。

Opéra Garnier-5

反対にオペラ座の前から整然としたオスマン様式の建物の連担するオペラ大通りを見ると・・・

前の人だかりのところはメトロ・RERの出入り口で、その間で車の見える

左右の道路が カプシーヌ大通り Bd. des Capucines 。左の建物斜めにRue du Quatre Septembre,右の建物斜めにヴァンドーム広場に至るぺ通り Rue de la Paix。

突き当りはアンドレマルロー広場で、その向こうがルーブル宮。

Av. de l'Opéra

Le Louvre des Antiquaires

   depuis  2001

パレ・ロワイヤル広場からルーブル宮を正面に見て左側の建物 (旧 GRAND HOTEL DU LOUVRE ) に      入る人は少ない。ここが高級骨董店群が店を連ねる Le Louvre des Antiquaires である。

装飾品・絵画・陶磁器・ガラス製品から家具・調度品に至るまでジャンルは豊富だ。

Le Louvre des Antiquaires

高級すぎて手も足も出ないが、ウインドウショッピングで目の保養にはなるだろう。

上の写真は2010年8月のものだが、クリスマスの時期になると下の写真のようなデコレーションが施される。

Le Louvre des Antiquaires

ここが2009年12月の正面の入口ロビーだ。

ここ1年少々の間にギャラリーブースの空きが目立つようになってきた。継続する景気の悪さが具現化してきたのだろう。  パリの観光客も以前に比べると随分減ってきたように思う。スペインやイタリヤの観光客は明らかに減少している。ドイツ・イギリス・アメリカ・中国などが主のようだ。

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2012年2月の夜景をどうぞ。

LE LOUVRE DES ANTIQUAIRES

ランスと言えばジャンヌ・ダルク / Jeanne d’Arc

 depuis 2001

ランス Reims には数回寄ったことがありますが、

頭を過るのはいつも藤田嗣治とジャンヌ・ダルク (Jeanne d’Arc) です。

ジャンヌ・ダルク (1412-1431) に纏わる歴史の中でもオルレアンの解放とシャルル7世の戴冠式は重要です。イングランドとの百年戦争の最中、ランス大聖堂で戴冠式を行うことによりシャルル7世を正式のフランス王とし王の空白を解消したのです。

ジャンヌ・ダルクの騎馬像は金ぴかのせいだけではなく最も好きなモニュメントの一つです。

ルーブル宮の西北端 ピラミッド広場 にあります。
エマニュエル・フレミエの作(1889)です。

ジャンヌ・ダルクは1429年9月8日にこの付近にあったサントノレ門で行われたイングランドとの戦いで負傷しました。

ルーブル宮には、装飾芸術協会傘下の 装飾芸術美術館・モードと織物美術館・広告博物館 の3館が入っていて、入場すればすべてを鑑賞することが可能です。興味のある人には必見だと思います。

ところで、イングリッド・バーグマンが ジャンヌ・ダルク を演じた映画 Joan of Arc を覚えている方はおられるでしょうか? マラケシュに行った折、カサブランカ→イングリッド・バーグマン→ジャンヌ・ダルク と頭を過りました。

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リヴォリ通りに接するピラミッド広場はジャンヌ・ダルク像を中心に左右対称になっていて(下の写真)、右側に ホテル レジーナ が入っています。古い造りと調度品、特にステンドグラスの素晴らしさには驚きました(宿泊当時)。また、市内観光や近郊観光のプログラムを多数用意している シティラマ は右正面に入っています。

21世紀の新年は家族で レジーナ に宿泊して、リヴォリ通りを歩いて直ぐのコンコルド広場で迎えました。大型の送風機で紙吹雪を広場中に撒き散らしていたこと、リヴォリ通りがホコテンになっていたこと、広場に入りきれないほどの大勢の人出で賑っていたこと、雪がちらつく霙模様の寒い新年であったことなどを思い出します。

Pl. des Pyramides

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Reims に残るジャンヌ・ダルクの足跡をいくつか…..

Jeanne d'ArcMusée Hotel le VergeurRue Jeanne d'arc

写真上段はランス大聖堂の前にあるジャンヌ・ダルクの騎馬像。大聖堂を見上げています。

ポール・デュボア Paul Dubois(1829-1905) の作品 (1889)。

中央は Musée Hôtel le Vergeur の壁面にある500周年記念の銘版。

17Juillet 1429   CharlesⅦ の文字が見える。

<フルー・ド・リス二つと剣と王冠のジャンヌ・ダルクの紋章>も見える。

下段はランスのジャンヌダルク通り。

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サン・ラザール駅の西側、サントギュスタン教会の前にも<ジャンヌ・ダルクの騎馬像>がある(ワシントンにもある)。

ランス大聖堂前のオリジナル像のレプリカ。

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ジャンヌ・ダルク通り Rue. Jeanne d’Arc とマルセル大通り Bd. St-Marsel との交差点、小さなロータリーに<ジャンヌ・ダルクの立像(1891)>がある。

Émile-François Chatrousse (1829-96) の作品(1887)。

ジャンヌ・ダルク通りの起点でほぼ直線でジャンヌ・ダルク広場が終点。

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サクレ・クール聖堂正面入り口の上部に聖ルイ王(サン・ルイ) Saint Louis/ルイ9世 と対を成してジャンヌ・ダルクの騎馬像があるのをご存知だろうか?

下左の聖堂の写真をクリックして拡大してみてください。右の騎馬像がジャンヌ・ダルクです(右下の写真が見えます)。

イポリット・ルフェーブル Hippolyte Lefèbvre (1863-1935) の作品(1927)。

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ノートルダム寺院のジャンヌ・ダルク Sainte Jeanne d’Arc (1412-31)

ジャンヌダルクの再評価を決定したのはノートルダム寺院/パリであり、列福した(1909)のはノートルダム寺院だった。列聖はバチカンのサン・ピエトロ寺院(1920)。

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<ジャンヌ・ダルク>所縁のサン=デニス·デ·ラ·シャペル

ジャンヌ・ダルクがパリ進撃前夜(le 7 septembre 1429)を祈りで過ごしたサン=デニス·デ·ラ·シャペル Église Saint-Denys de la Chapelle です。

初期ゴシック建築(1204)で、聖ジュヌヴィエーヴが古代ローマ遺跡の跡地に建設した礼拝堂(475)を再建したものです。礼拝堂には、サン=ドニ大聖堂に移される(636)までサン=ドニの遺物が収容されていました。

パリからサン=ドニ大聖堂に至るガレ・ローマン時代からの古い道(サン=ドニ L’Estrée)、シャペル通り Rue de la Chapelle に面しています。
この辺りはカルチェ・デ・ラ・シャペル Quartier de la Chapelle と呼ばれています。

左、ネオロマネスク様式の建物はジャンヌ・ダルク大聖堂 Basilique Ste Jeanne d’Arc(1964)で、前にジャンヌ・ダルクの像が置かれています。
第一次大戦における、第一次マルヌの戦い(1914)の勝利に感謝(ジャンヌ・ダルクに)して発意され、完成は勝利50周年にあたります。

Église Saint-Denys de la Chapelle / Basilique Ste Jeanne d'Arc / Rue de la Chapelle

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ジャンヌ・ダルク像 / ジャンヌ・ダルク大聖堂 前

Statue de Jeanne d'Arc / Basilique Ste Jeanne d'Arc / Rue de la Chapelle

ジャンヌ・ダルクがパリ進撃前夜(le 7 septembre 1429)を祈りで過ごしたサン=デニス·デ·ラ·シャペル Église Saint-Denys de la Chapelle 横の<ジャンヌ・ダルク大聖堂 Basilique Ste Jeanne d’Arc >前に置かれているジャンヌ・ダルク像です。

フェリックス·シャルパンティエ Félix Charpentier (1858-1924) の作品(1888)です。

本拠地だったボルドーにある、フランス革命時のジロンド党の大モニュメント Monument aux GirondinsBordeaux の一部を構成する噴水、コンコルドの勝利 Le triomphe de la Concorde (1900) の作者だ。

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火刑台上のジャンヌ・ダルク / サン=デニス·デ·ラ·シャペル

サン=デニス·デ·ラ·シャペルには、<火刑台上のジャンヌ・ダルク Jeanne au Bucher (1954)>と題された彫像が置かれている。
アルバート・パッシュ Albert Pasche (1873-1964) の作品です。

19歳のジャンヌ・ダルクがルーアンのヴィエ・マルシェ広場で処刑されるのは 30 Mai 1431 、17歳でこのシャペルに立ち寄った 7 septembre 1429 から1年8か月後のことだ。

Jeanne au Bucher / Église Saint-Denys de la Chapelle

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ジャンヌ・ダルクが負傷したサント・ノレ門

サン=デニス·デ·ラ·シャペル Église Saint-Denys de la Chapelle を出たジャンヌ・ダルクは古い道、サント・ノレ通りからパリ城内に入る<サント・ノレ門>に進撃した。

当時のサント・ノレ門 Porte Saint-Honoré はフィリップ・オウギュストの城壁を拡張したシャルル5世の城壁に在った(1636 撤去)。現在のアンドレ・マルロー広場一帯である。

8 Septembre 1429、ここでのパリ包囲中に太腿に傷を負った記録がサント・ノレ通り161-3番地で見られる。

金色のジャンヌ・ダルク像がピラミッド広場に置かれているのもここから近いからだ。

Jeanne d'Arc / 8 Septembre 1429 / Porte Saint-Honoré

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ジャンヌ・ダルクとブロア城 / オルレアンの包囲

後に、オルレアンの乙女 Pucelle d’Orléans と愛称されることになる
ジャンヌ・ダルク Jeanne d’Arc (1412-31) はここブロア城からイングランド軍に包囲されていた<オルレアンの解放>に出立した(1429.04.29.オルレアンに到着、05.08.開放)。

ブロア城の礼拝堂において、ランスの大司教ルノー・シャルトル Renault de Chartres による祝福を受けた。約3か月後、ジャンヌ・ダルクの下、ランス大聖堂でシャルル7世の戴冠(1429.07.17.)をした人物である。

ブロアの古い要塞跡であるフォアの塔 Tour de Foix (ブロア城の南西端にある円筒状の塔)で解放表明をしたと伝えられている。
左のゴシックの尖塔はサン・ロメ修道院 Abbaye Saint-Laumer 。

手前はロワール川 La Loire 、コンクリートのパラペットで護られている。
河岸への日常進入口として途切れている部分には、洪水時にゲートを挿入する。

崖上の要塞ブロア城は写真右半分で、入口は奥。

Jeanne d'Arc / Château de Blois / Tour de Foix / Siège d'Orléans

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ジャンヌ・ダルクの騎馬像 / フレミエの立像

ピラミッド広場にある金色の<ジャンヌ・ダルクの騎馬像 (1889)>の彫刻家<エマニュエル・フレミエ Emmanuel Frémiet (1824-1910) の立像> がパリ植物園にある。
動物彫刻家とも言われるだけあって動物の骨学の研究者でもあった。
代表作の一つ <小熊狩り Dénicheur d’oursons (1885)>の縮小版を制作している様子。
台座に<ジャンヌ・ダルクの騎馬像の浅浮彫>が嵌め込まれている。
Henri Greber (1856-1941) の作品(1913)。
なお、現在の騎馬像は置き換えられた第二ヴァージョンで、最初のものは1874年に設置された。

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7本の道路が集まるロータリー ジャンヌ・ダルク広場 Pl. Jeanne d’Arc の真ん中に Notre Dame de la Gare がある。パリ市に編入される以前の地区の聖母教会だ。広場名は編入時から。

下の写真は教会前からジャンヌ・ダルク通り Rue Jeanne d’Arc を見たもの。ジャンヌ・ダルク通りはジャンヌ・ダルクの立像のあるサン・マルセル大通り Bd. St-Marcel まで一直線。

その先に、聖人ジャンヌ・ダルクの眠る<パンテオン>が見える。影は教会のもの。

右の写真は教会内にある彫像で十字剣を持つジャンヌダルクだと思われるが、何の記載も説明もない。