ルイ14世騎馬像/ヴェルサイユ宮殿

   depuis  2001

前回来た時には宮殿の中庭にあったルイ14世の騎馬像が2006年から3年間の修復作業を経て前庭に移されていた。朝靄で霞んでいるが左手奥が ヴェルサイユ宮殿 Châtau de Versailles 。

Pierre Cartellier (1757-1831) と Louis Petitot (1794-1862) の合作。
馬を ピエール・ Cartellier が、ルイ14世を ルイ・プティトーが彫像し 、
Charles Crozatier (1795-1855) がブロンズに鋳造した (1829) 。

最初は、コンコルド広場にあって革命後破壊された Edmé Bouchardon (1698-1762) 作のルイ15世の騎馬像を作り直す予定だった (1816年にルイ18世が指示) ものが、
途中でルイ14世の騎馬像に変更された経緯がある。

ルイ14世騎馬像/ベルニーニ

   depuis  2001

ジャン・ロレンツォ・ベルニーニ (1598-1680) 原作のルイ14世騎馬像は1988年以来、ルーブル宮のピラミッドがあるナポレオンの中庭  Cour Napoléon にある(写真)。

バロックの巨匠ベルニーニ (イタリア・ローマ) に王自ら依頼したが、出来栄えが気に入らず破壊を命じたとされる。しかし、この原作にフランソワ·ジラルドン François Girardon (1628-1715) が帽子を被せ、足元に炎をあしらって残ったのがそれだ (レプリカ) 。
背景はルーブル美術館のドノン翼/ドノン館 Pavillon Denon 。

台座には作者として、「後に Le Berni と呼ばれた G.L.Bernini 」とあり、ジラルドンの名は無い。原像はベルサイユ宮殿にあるようだが、宮殿の前庭にある騎馬像は別物だ。

また、ジラルドン作のルイ14世騎馬像はヴァンドーム広場に置かれていたが、フランス革命後の1792年にヴィクトワール広場に置かれていたマルタン・デジャルダン Martin Desjardins (1637-1694) 作の騎馬像と同様に破壊された。ルーブル美術館にそのミニチュアが残っている。

ルイ14世騎馬像 / ベルニーニ

ヴェルサイユ宮殿 Château de Versailles

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オステルリッツ駅から RER C線   でヴェルサイユに行ってきました。

ヴェルサイユ宮殿の大改装は今なお継続中ですが、改装後の鏡の間 (写真) などを見てきました。20世紀の印象とさほど変わりは感じられませんでした。

帰りは宮殿正面のバス停から始発のバス 171 に乗り、終点のポン・ド・セーブル Pont de Sèvres  からはメトロ9号線と1号線を使いました。
この方が分かりやすく安全面でもお薦めの行き方です。

マンサール Jules Hardouin-Mansart (1646-1708) による後期バロック様式の建築  /  ルブラン Charles Le Brun (1619-90) による室内装飾 (ルイ14世様式) / ルノートル André Le Nôtre(1613-1700) によるフランス式造園で、1682年完成。
ルイ14世の絶対王政が確立し、彼をして<朕は国家なり>と言わしめました。

改装工事継続中の宮殿正面。金色になって昔とは大違いです。

エッフェル塔百態 76  国民会議(ブルボン宮殿)

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ブルボン宮殿はルイ14世の庶子ルイーズ・フランソワーズ・ド・ブルボン Louise Françoise de Bourbon (1673-1743) により建造 (1728) されたが、フランス革命により接収 (1791) され下院にあたる国民会議の議場となる (上院にあたる元老院はアンリ4世の王妃でルイ13世の母、マリー・ド・メディチ改築 (1631) のリュクサンブール宮殿) 。

Tour Eiffel / Assemblée Nationale (Palais Bourbon)

 

セーヌ川の女神(寓意)/Louis Petitot

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セーヌ川 La Seine の恵みを寓意する女神像だ。

ヴェルサイユ宮殿のルイ十四世の騎馬像の作者
Louis Petitot (1794-1862) による1846年の作品(石造)。

セーヌ川左岸とルーブル美術館を結ぶポン·デュ·カルーゼル Pont du Carrousel の左岸下流側の橋柱にあり、顔はやや左岸上流を向いている。
左脇に置かれた水瓶から溢れる水がセーヌの恵みを表す。

左右岸の上下流に置かれたそのほかの3体、産業 L’Industrie 、豊饒 L’Abondance 、パリの街 La Ville de Paris の寓意像とセットになってパリを誇る。
後ろはルーブル美術館ドノン翼、下流の橋はロワイヤル橋。

La Seine

 

 

エッフェル塔百態 42  サン・ジェルマン・アン・レー城

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 サン・ジェルマン・アン・レー城の東端<パヴィヨン アンリ4世>横からのエッフェル塔だ。

Pavillon Henri Ⅳは太陽王ルイ14世が生まれた館 (写真下) として知られる。
週末をサン・ジェルマン・アン・レーで過ごしたり引退して近隣に住む富豪などが数多く出入りするため予約なしで食事を取るのは難しい。

Tour Eiffel - St-Germain-en-Laye

橋が架かっているのがセーヌ川。その向こうの超高層ビル群がデファンス。四角い箱抜きの新凱旋門<グラン・アルシュ>も見える。エッフェル塔は右端小高い丘陵の向こうに望める。

パヴィヨン・アンリ4世

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上の「パヴィヨン・アンリ4世」を右へお城に沿って大庭園を歩くと劇場があるが、その左横の<ブラッスリー・テアトル>の焼フォアグラは絶品だ。これまではトゥールーズ Toulouse の<ブラッスリー・トゥール―ジャン>がお気に入りだったが、これからは近場のサン・ジェルマン・アン・レーにしよう。
2017.08. 味が落ちました。

サン・ジェルマン・アン・レー / 国立考古学博物館 / ドビュッシー博物館

     <国立考古学博物館 Musée des Antiquites Nationales> は考古学博物館としてはヨーロッパ随一と言われる (ルネサンス様式) 。
ヴァンセンヌから RER  A1で約30分、終点のサン・ジェルマン・アン・レーで下車すると目の前が<朕は国家なり>のルイ14世生誕のサン=ジェルマン=アン=レー城 Château de Saint-Germain-en-Laye だ。博物館はその中だ。

Musée d’Archéologie Nationale も企画展を開いていた。

考古学博物館の様子は。。。

シャトウの中から外の様子を見ると。。。なんと広大な。。

ヴェルサイユ宮殿などフランス式庭園のルノートル André Le Nôtre (1613-1700) の設計だ。

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サン=ジェルマン=アン=レー城の化粧直しが完了した。27/07/2017.

Château de Saint-Germain-en-Laye

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ラヴェルとともに印象主義音楽家とされるドビュッシー Claude Achille Debussy (1862-1918) は サン・ジェルマン・アン・レーの生まれで、その生家が<ドビュッシー博物館 Musee Claude Debussyになっている。
生まれてほんの数ヶ月で転居したようだが、当時の釣瓶井戸も残っている。

ロータリーとモニュメント 9 ヴィクトワール広場   

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Place des Victoires

6本の道路が放射する円形ロータリー、ヴィクトワール広場  Place des Victoires のモニュメントはルイ14世の騎馬像だ。フランソワ・ジョゼフ・ボジオ François Joseph Bosio (1768 – 1845) の作品。
元々あった マルタン・デジャルダン Martin Desjardins (1637 – 1694) 作の騎馬像は太陽王ルイ14世のせいだろう、フランス革命後に取り壊され王政復古後に再建されたとの記録がある。

有名なパッサージュ <ギャラリー・ヴィヴィエンヌ> のすぐ近くです。
広場の周りには若者むけのオシャレなブティックも並んでいます。
以前、正面の大通り右側にある中央郵便局の前にあった<コム・デ・ギャルソン>のお店に通ったものです。

手前に抜けると<京子食品>の面する Rue de Petit Champs  で、オペラ大通りに出るまでに<十字屋><やすべえ><来々軒><口悦>など日本料理店の多いサンタンヌ通り Rue Ste-Anne を横切る。
参照 : バスで行く区役所巡り 2区