美しい絵ガラスの聖母/シャルトル大聖堂

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Cathédrale Notre-Dame de Chartres

シャルトル大聖堂 Cathédrale Notre-Dame de Chartres は聖母マリア信仰の拠点であることはもとより、ステンドグラスの美しさで世界に知られている。とりわけシャルトル・ブルーは有名だ。

25年ほど前になるが、パリ駐在の友人に「大聖堂を見るならシャルトルですよ。」と車で案内してもらったことがある。今回 「ツール・ド・フランス 2012 」の観戦に出かけて、久しぶりに見たシャルトルの街も大聖堂もその時の記憶とはしっくりこなかった。

恐らくノートルダム寺院を含むパリの街並みも、フランスの各都市もその間に格段に美化されてきたことと大聖堂が昔のままで時間だけが経過したということによるのだろう。

<美しい絵ガラスの聖母 Notre-Dame de la Belle Verrière >と呼ばれるステンドグラスは1194年の火事を生き抜いたもの。

赤い部分がそれで、周囲の天使は火災後復元して付け加えられた。

<ナント勅令>のアンリ4世はユグノー (プロテスタント) から カソリック への改宗絡みでランス大聖堂での戴冠式を行えず、シャルトル大聖堂での戴冠となった。

ランスの夜……幽玄のランス大聖堂

   depuis  2001

フランク王国の流れから816年のルイ1世に始まりジャンヌ・ダルクのシャルル7世、太陽王ルイ14世、ギロチンのルイ16世など1825年のシャルル10世に至るまで25人のフランス王の戴冠式はランス大聖堂 Cathédrale Notre-Dame de Reims で行われた。

ランス大聖堂

第一次世界大戦でランスの市街地はドイツ軍により徹底的に破壊されたが大聖堂も例外ではなかった。定礎以来800年に当たるこの5月6日その修復作業がやっと終了の運びとなった。

 

それでは先ず1974年設置のシャガールのステンドグラスを見てみよう。

上の写真では<2011 / 大聖堂 800周年記念>の立て看板の左に見えている。

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上は案内板。

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Cathédral Notre-Dame de Reims

昼間の大聖堂のフォアサイド

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜11時から大聖堂は光の芸術のスクリーンとなる。

2段目左が <微笑む天使> 像。

下段右写真は聖堂正面中央ですが、ここに<微笑みの天使>が。。
探してみて。。。。。。

Musée Foujita・・・藤田嗣治の足跡を追う 日本人留学生会館 カフェ ル・ドーム 藤田博物館 シャペル フジタ モンパルナス美術館 ランス美術館 ランス大聖堂

  depuis 2001

 パリで最も有名とされる日本人画家<藤田嗣治>の足跡を追ってみよう。

先ず、トラムT 3a に乗って Cité Universitaire で下車、
徒歩で<日本留学生会館>に行ってみよう。

数ある世界各国の会館に比べるとこじんまりとはしているが、そのロビーに藤田の大作が寄贈されている。写真でうかがえるように金屏風に描いたもののようだ。

Foujita

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Foujita

風格と力強さが伝わってくる超大作だ。  (2002.12 撮影)

異国の地にある留学生に日本人としての自信を与え続けてきたことだろう。

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モンパルナス大通りとラスパイユ大通りとの交差点に<カフェ Le Dôme >がある。
藤田がモンパルナス界隈で仲間の画家たちとたむろしていた頃のたまり場だ。
今ではちょっとした高級店になっているが、勇気を出して入ってみよう。

1898年 アールヌーヴォーの時代の建築で内装も同様式なので一見の価値がある。その片隅に当時の藤田らの写真が展示されている。モジリアーニ・ザッキン・ブラック・ピカソ等エコール・ド・パリ派の面々。https://galeriey.wordpress.com/2011/04/25/762/

Le Dôme

 メトロ4号線 Vavin で下車

この時期、藤田が住んでいたアレジアの近くのトンベ通りを描いた絵があるのだが、現在ではその面影は全く残っておらず場所を特定できない。
モンパルナスといえどもその頃は片田舎の風情だったと思われる。

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いよいよ<Musée Foujita>に行ってみよう。

世界大戦のせいもあり日本とフランスを行ったり来たりだった<藤田嗣治>が晩年を過ごした住居とアトリエが Musée Foujita となっている。
アトリエ横の外壁に貼られた銘板には次の記載がある。

MAISON-ATELIER FOUJITA

Peintre de l’Ecole de Paris

1886-1968

アトリエの外観は写真左、メゾンは右のとおりでジベルニーのモネのそれと比すれば極めて質素なものだ。

しかし、中に入ると少なくとも私が他で見たことのない素晴らしさだ。
今にも藤田が 「ただいま。」 と言って帰ってきても不思議のない雰囲気が今も保たれているのだ。

彼は絵だけでなく額縁の制作からシャペルのデザインに至るまで多才で器用な人で、だからこそあのパリ画壇を震撼させた乳白色の絵の具を開発できたのだろう。

 

 

Foujita Atelier

Chapell Foujita の模型が中央に見える。
絵筆、画材、工具など夥しい遺品が藤田が今ちょっと外出しただけという雰囲気で展示されている。圧巻である。

それでは代表的な絵を2点。

 

 左は藤田と愛猫 ちょっと見ではどれも同じに見える多くのヴァリエーションがあるが、藤田の代表作の一つ。

 

 

 

 

 

 

右は<乳白色の女>でパリ画壇に新風を吹き込んだ藤田の絵そのもの。これは大作だが、この中の一体一体も作品として残されている。

徒歩で5~6分歩いて教会付属の墓地に行ってみよう。ここに藤田のお墓がある。

Foujita の墓碑

お参りに来ていた人の話だと、「現在は藤田の遺体はこのお墓にはない。」とのことであったが、墓標にたっぷりお水をかけてお参りをしておいた。

Musée Foujita (Maison-Atelier FOUJITA) へのアクセスはRER B4 線に乗って Gif-sur-Yvette で下車、Bus で Mairie du Villiers-le-Bâcle 下車。

 参考 : RER  Metro  Bus 路線図 (路線図をクリック、出た画面上でRER ならRER をクリックするとRER の路線図が出ます。)

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藤田の遺骸が<ランスの礼拝堂>に移されたのは 2003年10月6日、
死後35年目のことである。奥に見えるのが Chapelle で、アトリエで見た宗教画のフレスコで内部が飾られている。

CHAPELLE FOUJITA

アトリエの模型と同じ形であるのが分かる。

ランス大聖堂に行かれる場合は是非立ち寄られることをお勧めする。ただし、開館しているのは5月2日から10月31日まで、かつ14時から18時の間のみであることに注意。

 アクセスはパリ北駅から TGV もしくは SNCF に乗車、Reims で下車。

Chapell Foujita

礼拝堂のフレスコ画とステンドグラスの一部。写真撮影は禁止。

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最後におまけで一枚。確かメゾンの方に展示してあったと思うが、Foujita らしさの漲る作品。調教師とライオン La dompteuse et le lion (1930) 。モデルは Youki 。冬のサーカス Cirque d’hiver Bouglione のために制作したが受け取られなかったらしい。ジュネーヴのプチ・パレ Petit-Palais, Genève が所有。

Foujita

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Belgium Flag

20世紀の終わり頃だったと思うが、家族でブリュッセルに牡蠣とムール貝を食べに行ったことがある。ついでに王宮美術館に寄った際、藤田の大作2枚が展示されていた。そのうち一枚は例のアトリエでの猫と自画像だった(上の写真はその部分図で川之江にあるのもそのひとつだ)。先だってリエージュを訪れるにあたってその作品を再見しようとブリュッセルにも1泊した。しかし、残念ながらどこにも藤田の絵を見つけることは出来なかった。今度せめて当時の写真でも探してみることにしよう。

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2004年に<モンパルナス美術館>で催された<藤田展>のポスターだ。

Foujita

Musée Montparnasse のある一角はまるで設立当時、藤田が徘徊していた当時そのままかと思えるほど周辺に対して異質の空間となっている。

メトロ 4号線、6号線、12号線、13号線 Montparnasse-Bienvenüe  下車。Avenue du Maine 21 (写真右の前の通り) 。このあたり非常に分かりにくいので焦らずに落ち着いて探してください。

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<Musée Beaux- arts  de la ville REIMS >に行ってみよう。

2009年4月25日に君代の遺灰が礼拝堂に入ったこともあって企画されたのであろうと思われる 2010年4月1日から6月28日まで開かれた「 Foujita monumental ! Enfer et paradis (地獄と天国) と題する企画展」で展示された作品の一部が今も展示されている。
何れもすでに紹介済みのエソンヌ県にある Musée Foujita の所蔵である。

写真撮影は禁止だが粋な計らいによって3点5枚のうち2点2枚をゲットできた。

Musée Beaux- arts de Reims-1

Musée Beau-arts de Reims-2

Musée Beaux-Arts de Reims

Musée Beaux-arts de Reims

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<ランス大聖堂 Cathédrale Notre-Dame de Reims >は1959年に藤田が君代とともに洗礼を受けたところだ。心酔していたレオナルド・ダ・ヴィンチに因み洗礼名をレオナールにしたとされる。下の写真は<藤田の洗礼>と題して大聖堂の中に掲げられている藤田の略歴だ。

Cathédrale Notre-Dame de Reims

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ギャラリー・イグレックに展示中のポスター

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<パリ市立近代美術館 Musée d’art moderne de la ville de Paris >

久しぶりに パレ・ド・トウキョウ Palais de Tokyo の右翼に入っている<パリ市立近代美術館 Musée d’art moderne de la ville de Paris >を訪れた。
藤田嗣治の Nu à la toile de Jouy (1922) を観るために。

日本にも来たことがあるモンパルナスの<キキ>をモデルにした大作だ。

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<パレ・ド・トウキョウ>と名が付けられているのは日本が第一次大戦の同盟国であったことに拠る。セーヌ川に面する前の道はトウキョウ大通りと呼ばれていたが、
第二次大戦後ニューヨーク大通りと改名された。

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<国立近代美術館 Musée National d’Arts Moderne>

ポンピドーセンター内の<国立近代美術館 Musée National d’Arts Moderne>が所蔵する藤田嗣治 Léonard Foujita (1886-1968) の作品の一つで藤田が寄贈した (1951) もの。

戦後、日本を離れてアメリカ等に旅行した時のニューヨークでの作品、
<カフェにて Au café, 1949>。
藤田の白(乳白色)、平面的な視点、繊細な線、藤田の特徴を窺える代表作品のひとつ。

Au café, 1949 / Léonard Foujita / Musée National d'Arts Moderne

 上のポスターにある<カフェにて>とは明らかに別ヴァージョンだ。右手が異なるとか・・

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< 東京国立近代美術館>

東京国立近代美術館が所蔵している「藤田嗣治」の全作品の展示が同美術館で行われている(2015.09.19-12.13)。入場料:¥430。65歳以上は無料。東京メトロ/東西線 竹橋下車。

乳白色の肌(女)で寵児となった時期の作品<五人の裸婦 (1923) >と<タピスリーの裸婦 (1923:京都国立近代美術館蔵) >を観れた。愛猫が見上げる自画像 (1929) もあった。
<動物宴><ラ・フォンテーヌ頌( しょう) > (1949-60) は絵はもとより藤田自作の額縁に興味が行ったが、説明がなく、殆どの人は自作であることに気付かなかっただろうと思った。

写真は駄目なので、美術館のホームページからキャプチャーした<五人の裸婦>
真ん中に視覚を置いて、左から触覚・聴覚・味覚・嗅覚の5覚を5人の裸婦像で寓意したもの。

キャプチャ1

マイヨール美術館で開催中の藤田展に行ってきました

inouerose  副題にある「Années folles:狂った年」とは 1920-29 の10年間を指し、第一次大戦後恐慌までの芸術の花開いた期間のこと。この時期に Foujita が描いた作品を集めた展覧会。
革命記念日の翌日まで観れるので、訪仏後に改めて紹介することとしたい。

Foujita : Peindre dans les Années folles / Musée Maillol

ランスと言えばジャンヌ・ダルク / Jeanne d’Arc

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ランス Reims には数回寄ったことがありますが、
頭を過るのはいつも藤田嗣治とジャンヌ・ダルク ( Jeanne d’Arc ) です。

ジャンヌ・ダルク (1412-1431) に纏わる歴史の中でもオルレアンの解放とシャルル7世の戴冠式は重要です。イングランドとの百年戦争の最中、ランス大聖堂で戴冠式を行うことによりシャルル7世を正式のフランス王とし王の空白を解消したのです。

ジャンヌ・ダルクの騎馬像は金ぴかのせいだけではなく最も好きなモニュメントの一つです。ルーブル宮の西北端 ピラミッド広場 にあります。
エマニュエル・フレミエの作 (1889) です。

Jeanne d'Arc / 8 Septembre 1429 / Porte Saint-Honoréジャンヌ・ダルクは1429年9月8日にこの付近にあったサントノレ門で行われたイングランドとの戦いで負傷しました。

ルーブル宮には、装飾芸術協会傘下の 装飾芸術美術館・モードと織物美術館・広告博物館 の3館が入っていて、入場すればすべてを鑑賞することが可能です。興味のある人には必見だと思います。

ところで、イングリッド・バーグマンが ジャンヌ・ダルク を演じた映画 Joan of Arc を覚えている方はおられるでしょうか? マラケシュに行った折、カサブランカ→イングリッド・バーグマン→ジャンヌ・ダルク と頭を過りました。

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リヴォリ通りに接するピラミッド広場はジャンヌ・ダルク像を中心に左右対称になっていて(下の写真)、右側に ホテル レジーナ が入っています。古い造りと調度品、特にステンドグラスの素晴らしさには驚きました (宿泊当時) 。また、市内観光や近郊観光のプログラムを多数用意している シティラマ は右正面に入っています。

21世紀の新年は家族で レジーナ に宿泊して、リヴォリ通りを歩いて直ぐのコンコルド広場で迎えました。大型の送風機で紙吹雪を広場中に撒き散らしていたこと、リヴォリ通りがホコテンになっていたこと、広場に入りきれないほどの大勢の人出で賑っていたこと、雪がちらつく霙模様の寒い新年であったことなどを思い出します。

Pl. des Pyramides

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Reims に残るジャンヌ・ダルクの足跡をいくつか…..

Jeanne d'ArcMusée Hotel le VergeurRue Jeanne d'arc

写真上段はランス大聖堂の前にあるジャンヌ・ダルクの騎馬像。大聖堂を見上げています。
ポール・デュボア Paul Dubois (1829-1905) の作品 (1889) 。

中央は Musée Hôtel le Vergeur の壁面にある500周年記念の銘版。
17 Juillet 1429   CharlesⅦ の文字が見える。
<フルー・ド・リス二つと剣と王冠のジャンヌ・ダルクの紋章>も見える。

下段はランスのジャンヌダルク通り。

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サン・ラザール駅の西側、サントギュスタン教会の前にも<ジャンヌ・ダルクの騎馬像>がある (ワシントンにもある) 。ランス大聖堂前のオリジナル像のレプリカ。

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ジャンヌ・ダルク通り Rue. Jeanne d’Arc とマルセル大通り Boulevard St-Marsel との交差点、小さなロータリーに<ジャンヌ・ダルクの立像 (1891) >がある。
Émile-François Chatrousse (1829-96) の作品 (1887) 。
ジャンヌ・ダルク通りの起点でほぼ直線でジャンヌ・ダルク広場が終点。

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サクレ・クール聖堂正面入り口の上部に聖ルイ王 (サン・ルイ)  Saint Louis/ルイ9世 と対を成してジャンヌ・ダルクの騎馬像があるのをご存知だろうか?

上の聖堂の写真をクリックして拡大してみてください。右側の騎馬像がジャンヌ・ダルクです (右の写真が見えます) 。
イポリット・ルフェーブル Hippolyte Lefèbvre (1863-1935) の作品 (1927) 。

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ノートルダム寺院のジャンヌ・ダルク Sainte Jeanne d’Arc (1412-31)

064ジャンヌダルクの再評価を決定したのはノートルダム寺院/パリであり、列福した (1909) のはノートルダム寺院だった。列聖はバチカンのサン・ピエトロ寺院 (1920) 。

 

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<ジャンヌ・ダルク>所縁のサン=デニス·デ·ラ·シャペル

ジャンヌ・ダルクがパリ進撃前夜 (le 7 septembre 1429) を祈りで過ごしたサン=デニス·デ·ラ·シャペル Église Saint-Denys de la Chapelle です。
初期ゴシック建築 (1204) で、聖ジュヌヴィエーヴが古代ローマ遺跡の跡地に建設した礼拝堂(475) を再建したものです。礼拝堂には、サン=ドニ大聖堂に移される (636) までサン=ドニの遺物が収容されていました。
パリからサン=ドニ大聖堂に至るガレ・ローマン時代からの古い道 (サン=ドニ L’Estrée) 、シャペル通り Rue de la Chapelle に面しています。
この辺りはカルチェ・デ・ラ・シャペル Quartier de la Chapelle と呼ばれています。

左、ネオロマネスク様式の建物はジャンヌ・ダルク大聖堂 Basilique Ste Jeanne d’Arc (1964) で、前にジャンヌ・ダルクの像が置かれています。
第一次大戦における、第一次マルヌの戦い (1914) の勝利に感謝 (ジャンヌ・ダルクに) して発意され、完成は勝利50周年にあたります。

Église Saint-Denys de la Chapelle / Basilique Ste Jeanne d'Arc / Rue de la Chapelle

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ジャンヌ・ダルク像 / ジャンヌ・ダルク大聖堂 前

Statue de Jeanne d'Arc / Basilique Ste Jeanne d'Arc / Rue de la Chapelleジャンヌ・ダルクがパリ進撃前夜 (le 7 septembre 1429) を祈りで過ごしたサン=デニス·デ·ラ·シャペル Église Saint-Denys de la Chapelle 横の<ジャンヌ・ダルク大聖堂 Basilique Ste Jeanne d’Arc >前に置かれているジャンヌ・ダルク像です。
フェリックス·シャルパンティエ Félix Charpentier (1858-1924) の作品 (1888) です。
本拠地だったボルドーにある、フランス革命時のジロンド党の大モニュメント Monument aux GirondinsBordeaux の一部を構成する噴水、コンコルドの勝利 Le triomphe de la Concorde (1900) の作者だ。

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火刑台上のジャンヌ・ダルク / サン=デニス·デ·ラ·シャペル

サン=デニス·デ·ラ·シャペルには、<火刑台上のジャンヌ・ダルク Jeanne au Bucher (1954)>と題された彫像が置かれている。
アルバート・パッシュ Albert Pasche (1873-1964) の作品です。

19歳のジャンヌ・ダルクがルーアンのヴィエ・マルシェ広場で処刑されるのは 30 Mai 1431 、17歳でこのシャペルに立ち寄った 7 septembre 1429 から1年8か月後のことだ。

Jeanne au Bucher / Église Saint-Denys de la Chapelle

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ジャンヌ・ダルクが負傷したサント・ノレ門

サン=デニス·デ·ラ·シャペル Église Saint-Denys de la Chapelle を出たジャンヌ・ダルクは古い道、サント・ノレ通りからパリ城内に入る<サント・ノレ門>に進撃した。
当時のサント・ノレ門 Porte Saint-Honoré はフィリップ・オウギュストの城壁を拡張したシャルル5世の城壁に在った (1636 撤去) 。現在のアンドレ・マルロー広場一帯である。
8 Septembre 1429、ここでのパリ包囲中に太腿に傷を負った記録がサント・ノレ通り161-3番地で見られる。
金色のジャンヌ・ダルク像がピラミッド広場に置かれているのもここから近いからだ。

Jeanne d'Arc / 8 Septembre 1429 / Porte Saint-Honoré

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ジャンヌ・ダルクとブロア城 / オルレアンの包囲

後に、オルレアンの乙女 Pucelle d’Orléans と愛称されることになる
ジャンヌ・ダルク Jeanne d’Arc (1412-31)  はここブロア城からイングランド軍に包囲されていた<オルレアンの解放>に出立した (1429.04.29.オルレアンに到着、05.08.開放) 。
ブロア城の礼拝堂において、ランスの大司教ルノー・シャルトル Renault de Chartres による祝福を受けた。約3か月後、ジャンヌ・ダルクの下、ランス大聖堂でシャルル7世の戴冠 (1429.07.17.) をした人物である。

ブロアの古い要塞跡であるフォアの塔 Tour de Foix (ブロア城の南西端にある円筒状の塔) で解放表明をしたと伝えられている。
左のゴシックの尖塔はサン・ロメ修道院 Abbaye Saint-Laumer 。
手前はロワール川 La Loire 、コンクリートのパラペットで護られている。
河岸への日常進入口として途切れている部分には、洪水時にゲートを挿入する。
崖上の要塞ブロア城は写真右半分で、入口は奥。

Jeanne d'Arc / Château de Blois / Tour de Foix / Siège d'Orléans

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ジャンヌ・ダルクの騎馬像 / フレミエの立像

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ピラミッド広場にある金色の<ジャンヌ・ダルクの騎馬像 (1889)>の彫刻家<エマニュエル・フレミエ Emmanuel Frémiet (1824-1910) の立像> がパリ植物園にある。
動物彫刻家とも言われるだけあって動物の骨学の研究者でもあった。
代表作の一つ <小熊狩り Dénicheur d’oursons (1885)>の縮小版を制作している様子。
台座に<ジャンヌ・ダルクの騎馬像の浅浮彫>が嵌め込まれている。
Henri Greber (1856-1941) の作品(1913)。
なお、現在の騎馬像は置き換えられた第二ヴァージョンで、最初のものは1874年に設置された。

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トゥールーズのストラスブール大通りとバイヤール通りの交差点、ジャンヌ・ダルク広場に置かれたジャンヌ・ダルクの騎馬像 Statue équestre de Jeanne-d’Arc です。

トゥールーズ生まれの彫刻家アントニン・メルシエ Antonin Mercié (1845-1916) によるブロンズの作品 (1922設置) 。プチ・パレ美術館のエントランス・ホール中央に置かれた<敗者の栄光 Gloria Victis ( Gloire aux Vaincus )(1875)>の作者。

Statue équestre de Jeanne-d'Arc / Toulouse
Statue équestre de Jeanne-d’Arc / Toulouse
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アルビのジャンヌ・ダルク像
Monument à Jeanne d'Arc / Albi
Monument à Jeanne d’Arc / Albi

駅からロートレック美術館へ向かうジョフル元帥大通り沿いにある<ジャンヌ・ダルク像 Monument à Jeanne d’Arc (1898) >。

Alexandre-Mathurin Pêche (1872-1955) によるブロンズの作品。
足元にヘルメットとガントレットを置いている。

台座前面には<神の使者、フランスの解放者に捧ぐ A l’envoyée de Dieu, libératrice de la France>と刻まれている。

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Statue de Jeanne d'Arc / Église Saint-Paul-Saint-Louis
Statue de Jeanne d’Arc / Église Saint-Paul-Saint-Louis

 

今日は復活祭の翌日の月曜日で祝日。

<サン・ポール・サン・ルイ教会 Église Saint-Paul-Saint-Louis> の聖ジャンヌ・ダルク Jeanne d’Arc (1412-31) の立像

復活祭終了後の教会内の写真の右側に見えている。

 

 

 

 

 

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ジャンヌ・ダルクの祈り

1177マリー・ドルレアン Marie d’Orléans (1813-1839) の作品 (1837) 。

7月革命 (1830) から2月革命 (1848) の間のいわゆる7月王政のフランス王ルイ・フィリップ1世の次女で、ヴュルテンベルク公爵夫人 (1837年に結婚) は彫刻家でもあって、この作品を残した。

ヴェルサイユ宮殿にある大理石の彫像の縮小版のブロンズ (Victor Susse による鋳造) 。

<ロマン派美術館 Musée de la Vie rommantique >で見れる。

最寄り駅は メトロ 2号線  ブランシュ Blanche もしくは ピガール Pigalle

ジャンヌ・ダルク (1412-1431) 

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Statue de Jeanne d’Arc / Église Saint-Sulpice

 

サン=シュルピス教会  Église Saint-Sulpice の Chapelle Sainte-Jeanne d’Arc に置かれている<ジャンヌ・ダルクの立像 Statue de Jeanne d’Arc>。
肉眼ではステンドグラスは綺麗なのだが像が見えないので、露出過度にした。
台座には古綴りで  Jehanne Darc と記されている。

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7本の道路が集まるロータリー ジャンヌ・ダルク広場 Place Jeanne d’Arc の真ん中に Notre Dame de la Gare がある。パリ市に編入される以前の地区の聖母教会だ。広場名は編入時から。

下の写真は教会前からジャンヌ・ダルク通り Rue Jeanne d’Arc を見たもの。ジャンヌ・ダルク通りはジャンヌ・ダルクの立像のあるサン・マルセル大通り Boulevard St-Marcel まで一直線。
その先に、聖人ジャンヌ・ダルクの眠る<パンテオン>が見える。影は教会のもの。

右の写真は教会内にある彫像で十字剣を持つジャンヌダルクだと思われるが、何の記載も説明もない。