エッフェル塔百態 60  ガリリャーノ橋

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ミラボー橋の一つ下流に架かる ガリリャーノ橋 Pont du Garigliano からのエッフェル塔。

Tour Eiffel / Pont du Garigliano

イタリアのモンテ・カッシーノのガリリャーノ川付近での4ヶ月に及ぶドイツ軍との戦いを勝利した (1944.05.19.) 記念の命名。連合国の自由フランス軍司令官はアルフォンス·ジュアン。

ジャン・ギャバン、フランソワーズ・アルヌール主演の映画<ヘッドライト / 原題:とるに足りない人々Des Gens Sans Importance (1956) >では、ガリリャーノ橋の旧橋であるオートゥイユ高架橋 (1863-1962) が映っている。トラックには身重で病気のアルヌールを乗せていて、彼女の故郷ボルドーへ向かうエピローグの始まり。

その後、洪水阻害と交通量の増加に対応して現橋に架け替えられ、橋名も現名になった(1966)。

Tour Eiffel / Des Gens Sans Importance
Tour Eiffel / Des Gens Sans Importance
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ギョーム・アポリネール Guillaume Apollinaire へのオマージュ / サン・ジェルマン・デ・プレ教会

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<ミラボー橋の下をセーヌは流れる。私の恋も流れる・・>マリー・ローランサンとの愛とその終焉を詠った詩<ミラボー橋>の作者として、また<シュールレアリズム>の名付け親としても知られる詩人アポリネール (1880-1914) の顕彰碑がサン・ジェルマン・デ・プレ教会横のプラーシュ広場 Square L.Prache にある。
乗せられている彫像はドラ・マール Dora Maar (1907-97) をモデルにしたピカソの作品<Tête de femme (1941) >。
ドラ・マールはシュール・レアリズムの写真家・画家で、ピカソのモデルとしても著名。背景の建物はサン・ジェルマン・デ・プレ教会で右端が正面。

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ギャラリー・イグレックに<巴里子>直筆の書がある。

ロータリーとモニュメント 48  ロン・ポアン・ドゥ・ポン・ミラボー

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ロン・ポアン・ドゥ・ポン・ミラボー Rond Point du Pont Mirabeau はミラボー橋左岸詰のロータリーでモニュメントは花壇だ。

建物中央の道路がアレジアからほぼ直線のコンヴァンシオン通りで真っ直ぐミラボー橋へ、左の建物沿いにエミール・ゾラ大通り Avenue Émile Zola  、オートバイの通りはセーヌ川左岸沿いのアンドレ・シトロエン河岸道路。写真には写っていないが、右の建物沿いにもバラール通りがミラボー橋に向かってきて同様の花壇もある。
ミラボー橋左岸は元シトロエンの本拠地で今はアンドレ・シトロエン公園などになっている。

エッフェル塔百態 50  T3 ガリリャーノ橋

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トラムウェイ T3 a の起終点 ガリリャーノ橋 Pont du Garigliano  駅からのエッフェル塔。

T3- Garigliano

駅から少しセーヌ川に架かるガリリャーノ橋の方へ寄った位置。左にセーヌ川が見えるが橋は映らない。樹木の横に一つ上流に架かるミラボー橋が見える。

下の写真は、ガリリャーノ駅。ここから乗車すれば、Porte de Vincennes 迄行け、T3 b に乗り換えて Porte de la Chapelle まで行けるようになった。2012.12.より。

T3-Pont du Garigliano

ショパンのお墓/Cimetière du Père Lachaise

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Chopinフレデリック・ショパン Frédéric François Chopin (1810-49) のお墓はペール・ラシェーズ墓地 Cimetière du Père Lachaise  にあります。

ジョルジュ・サンド夫人の娘ソランジュの夫で彫刻家のオーギュスト・クレサンジュ Auguste Clésinger の作 Euterpe ( 音楽のミューズ) です (1850) 。

400ヘクタールもある墓地で特定のお墓を探すことは仮に地図を手にしていても至難ですが、ショパンともなると近くにさえ辿り着けば人だかりと献花で察しがつきます。

ロッシーニのお墓を探している日本人の若いお嬢さんの二人連れに場所を聞かれて数分後に見つけましたが再び出会うことはありませんでした。みつけていればいいのですが。。。花が挿してあったりするのですがショパンの後で探していたのなら見つけるのが難しかったかも。。(写真下右)

Haussmann

パリの今を創ったといってよいオスマン男爵のお墓もここにある。(写真左)
今年140周年だったパリコミューンはこの墓地で終結したといわれ、コミューンの壁 Mur des Fédérés に向かう人影は多い。

ミラボー橋のアポリネールとマリー・ローランサンのお墓も仲良くこの墓地にある。

また、藤田嗣治が一時期自分が死んだらその横に埋葬して欲しいと遺言していた モジリアー二の墓もある。

 

 

ショパンと親交がありルーブル美術館にショパンの肖像画を残しているドラクロワのお墓もペール・ラシェーズ墓地だ。最近改葬したようだ。石灰質の墓石が多いのだろうか? 100年も経つと風化が進み作り直すようで、バルザックのお墓も改装中のようだった。

オスカー・ワイルドのお墓は落書きのオンパレードだ。

エッフェル塔百態 36  ミラボー橋

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詩人アポリネールで有名なミラボー橋左岸詰めからのエッフェル塔。

Tour Eiffel-Pont Mirabeau左側がセーヌ川、鉄道は RER C 線。

ミラボー橋 Pont Mirabeau は 1883-1896 の建造。

エッフェル塔から3年後、初めて試みられた鋼鉄製ヒンジ橋で、名前の響き、その姿。。。マリー・ローランサン。。。。恋。。。。。アポリネールの<ミラボー橋の下をセーヌは流れる>。。。。。。よく分からないがもっとも好きな橋のひとつだ。
ちなみに、アポリネールの彫像がサン・ジェルマン・デ・プレ教会左脇に、墓はマリー・ローランサンともどもペール・ラシューズ墓地にある。

Pont Mirabeau