ギョーム・アポリネール Guillaume Apollinaire へのオマージュ / サン・ジェルマン・デ・プレ教会

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<ミラボー橋の下をセーヌは流れる。私の恋も流れる・・>マリー・ローランサンとの愛とその終焉を詠った詩<ミラボー橋>の作者として、また<シュールレアリズム>の名付け親としても知られる詩人アポリネール (1880-1914) の顕彰碑がサン・ジェルマン・デ・プレ教会横のプラーシュ広場 Square L.Prache にある。
乗せられている彫像はドラ・マール Dora Maar (1907-97) をモデルにしたピカソの作品<Tête de femme (1941) >。
ドラ・マールはシュール・レアリズムの写真家・画家で、ピカソのモデルとしても著名。背景の建物はサン・ジェルマン・デ・プレ教会で右端が正面。

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ギャラリー・イグレックに<巴里子>直筆の書がある。

堀口大学訳の<ミラボー橋>を屏風にしました。

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ショパンのお墓/Cimetière du Père Lachaise

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Chopinフレデリック・ショパン Frédéric François Chopin (1810-49) のお墓はペール・ラシェーズ墓地 Cimetière du Père Lachaise  にあります。

ジョルジュ・サンド夫人の娘ソランジュの夫で彫刻家のオーギュスト・クレサンジュ Auguste Clésinger の作 Euterpe ( 音楽のミューズ) です (1850) 。

400ヘクタールもある墓地で特定のお墓を探すことは仮に地図を手にしていても至難ですが、ショパンともなると近くにさえ辿り着けば人だかりと献花で察しがつきます。

ロッシーニのお墓を探している日本人の若いお嬢さんの二人連れに場所を聞かれて数分後に見つけましたが再び出会うことはありませんでした。みつけていればいいのですが。。。花が挿してあったりするのですがショパンの後で探していたのなら見つけるのが難しかったかも。。(写真下右)

Haussmann

パリの今を創ったといってよいオスマン男爵のお墓もここにある。(写真左)
今年140周年だったパリコミューンはこの墓地で終結したといわれ、コミューンの壁 Mur des Fédérés に向かう人影は多い。

ミラボー橋のアポリネールとマリー・ローランサンのお墓も仲良くこの墓地にある。

また、藤田嗣治が一時期自分が死んだらその横に埋葬して欲しいと遺言していた モジリアー二の墓もある。

 

 

ショパンと親交がありルーブル美術館にショパンの肖像画を残しているドラクロワのお墓もペール・ラシェーズ墓地だ。最近改葬したようだ。石灰質の墓石が多いのだろうか? 100年も経つと風化が進み作り直すようで、バルザックのお墓も改装中のようだった。

オスカー・ワイルドのお墓は落書きのオンパレードだ。

エッフェル塔百態 36  ミラボー橋

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詩人アポリネールで有名なミラボー橋左岸詰めからのエッフェル塔。

Tour Eiffel-Pont Mirabeau左側がセーヌ川、鉄道は RER C 線。

ミラボー橋 Pont Mirabeau は 1883-1896 の建造。

エッフェル塔から3年後、初めて試みられた鋼鉄製ヒンジ橋で、名前の響き、その姿。。。マリー・ローランサン。。。。恋。。。。。アポリネールの<ミラボー橋の下をセーヌは流れる>。。。。。。よく分からないがもっとも好きな橋のひとつだ。
ちなみに、アポリネールの彫像がサン・ジェルマン・デ・プレ教会左脇に、墓はマリー・ローランサンともどもペール・ラシューズ墓地にある。

Pont Mirabeau

エッフェル塔百態 29  オランジュリー美術館

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Musée de l'Orangerie

オランジュリー美術館正面右前からのエッフェル塔の冬景色。

Tour Eiffel

左にエッフェル塔、中央にシャイヨー宮、右にグランパレ。手前にコンコルド広場とセーヌを渡るコンコルド橋。
樹木落葉で見通しがよく、金色に輝いているのがアレクサンドル3世橋。

オランジュリー美術館といえば モネ だが、2010年の12月の企画展で見たマリー・ローランサンの絵を2枚載せておこう。