パリの街燈 réverbère 15  ポン・ヌフ

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セーヌ左派流のポン・ヌフとパリの街燈/ポン・ヌフ

右派流のポン・ヌフ(1578-1607)の街燈。

騎馬像はアンリ4世で、シテ島の下流端近くにあリ上流を向いている。

手前の2つと奥の街燈との違いが分かる。

アンリ4世(在位:1589-1610)の騎馬像はFrançois-Frédéric Lemot(1772-1827)の作品。

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エッフェル塔百態 69  アンリ4世騎馬像

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シテ島(ポン・ヌフ橋)上のアンリ4世騎馬像 Statue équestre d’Henri IV を右端に、真ん中にフランス学士院を重層したエッフェル塔。

フランス学士院とエッフェル塔を除けば写っているのはすべてシテ島上。

騎馬像の向こうはシテ島の下流端の緑地  で、階段を下りると ポン・ヌフ公園 Parc du Ponu Neuf 。セーヌ河畔にも出られ、バトウ・ムッシュの乗船場でもある。

ポン・ヌフの起工はアンリ3世の治世だが、アンリ4世治世の1607年に竣工した。

台座にはラテン語で HENRICI MAGNI とあるが、これはアンリ4世の愛称である大アンリ Henri le Grand の意味だ。

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エッフェル塔の左に街燈とその足元に<ヴェリブ Vélib’>の貸し出し所が見える。

エッフェル塔百態 68  シャンジュ橋/コンシェルジュリー/パリ・プラージュ/時計の塔

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シャトレ広場前のシャンジュ橋 Pont au Change からのエッフェル塔。

下流に見える橋がポン・ヌフ  Pont Neuf  。
左はシテ島で、化粧直しの終わったコンシェルジュリー。
エッフェル塔の左にフランス学士院。
セーヌ右派流に沿うパリ・プラージュは気温23度とあって閑散としている。

Tour Eiffel / Pont au Change

現在の橋はN のマークが付いていることから推察できるようにナポレオン3世時代(1858)のものだが、両替橋の名はその昔の橋上に両替商や宝石・金細工の店があったことに由来している。

フィレンツェのポンテ・ヴェッキオ(橋)を渡ったところのアパートが懐かしい。

2012.07.31.

コンシェルジュリーの<時計の塔 Tour de l’Horloge du palais de la Cité >の
壁時計部分だけが遅れていたが。。。

中央の時計の左右の彫像は、ファスケスを置き正義の手と法を持っている左が<法の力>、天秤と剣を持っている右が<正義・公正の執行>を寓意している。

François Christophe Armand Toussaint (1806-62) により改修された(1852)。

また、時計の頂部にはアンリ3世 Henri III (在位1574-89)の使った
二つの<王の紋章>が付いている。

父アンリ2世(母カトリーヌ・ド・メディチ)の<モノグラム>である HCC も見える。

アンリ3世が1350年にジャン王が設置した時計を1585年に取り換えた。

2012.11.19.

Paris Plages 2012 / Pont Neuf

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7月25日はパリの猛暑だった。

昨年の今頃は薄手のセーターを欠かせないほど気温が低く、パリ・プラージュも今ひとつだったが、今日のセーヌ右岸のポン・ヌフ上流の様子は・・・

Paris Plages

ヴァカンスに出かけられないフランス国民が4割近くになって社会問題になっている。

政府が費用を補助する道を模索しているという。

ルイ13世騎馬像 / ヴォージュ広場

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パリで最も古い橋は皮肉にも新しい橋ポン・ヌフであることはすでに紹介したが、パリで最も古い広場が ヴォ―ジュ広場 (1605-1612) だ。

いずれもフランソワ1世と並んで最も人気の高いフランス王アンリ4世の治世(1589-1610)の建造物だ。

この広場にアンリ4世の後のルイ13世の像が建てられたのが1639年で当初はCharles Dupaty (1771-1825) 作のブロンズ像だった。

ヴィクトワール広場 のルイ14世の騎馬像ともどもフランス革命後に取り壊されたが、1829年11月4日に現在の像に建て替えられた。Dupaty と Cortot によるマーブルの作品。

ヴォ―ジュ広場 Pl. des Vosges の周りは王の館(下写真上)、王妃の館(下写真下)を含め四角にコリドール付きレンガ造りの36の館が取り囲んでいる。

写真の樹木はマロニエだが、枯葉が舞う9月も風情がある。
広場に面する回廊も随分綺麗になってきた。

ヴィクトル・ユゴーが住んでいたところが
<ヴィクトル・ユゴー美術館> になっている(下写真上左奥)。

王の館

王妃の館

エッフェル塔百態 57  ポン・ヌフ

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  シテ島に架かるポン・ヌフ Pont Neuf のセーヌ右派流の橋上からのエッフェル塔。

セーヌ川下流に芸術橋、カルーゼル橋、ロワイヤル橋、シテ島下流端の緑地の向こうセーヌ左岸にフランス学士院、その右丸窓3つの国立美術学校・ボ・ザール、
エッフェル塔のずっと右にオルセー美術館、右端にルーブル河岸の緑地という配置だ。

1607年に竣工した石造のアーチ橋である<新しい橋>は今ではパリで最古の橋となっている。着工当時の国王アンリ3世はイングランドの女王エリザベス1世との結婚問題でも名を残している。

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芸術橋 Pont des Arts から上流側のポン・ヌフを見る。

中央のシテ島にコンシェルジュリやノートル・ダム寺院が、
写真左のセーヌ右岸にはパリ市役所等が・・・