パリの街燈 réverbère 14  ヴォ―ジュ広場

   depuis  2001

パリで一番古い広場 (1612) であるヴォ―ジュ広場 Place des Vosges の街燈は懸垂式。
落葉の進んだマロニエの秋色と背後の建物との調和がいい。

広場 (4区) と建物 (3区) の間の道は、左へ マレ地区 Le Marais の目抜き通り フラン・ブルジョワ通り Rue des Francs Bourgeois に繋がる。「フラン・ブルジョワ」の名は、市民税を払わないくて済むほど貧しい第三身分の平民 (ブルジョワ) をこう呼んでいたことによる。中産階級の人々が住んでいたという意味ではない。

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ロータリーとモニュメント 70 テオドール・ヘルツル広場

   depuis  2001

テオドール・ヘルツル広場 Place Theodor Herzl のモニュメント。複雑なロータリー。
<ハーモニー Harmonie > Antoniucci Volti (1915-89) の作品。

Hungary Flag   Theodor Herzl (1860-1904) はハンガリーの (ブタ) ペスト生まれのユダヤ人ジャーナリストで、パリ特派員として係ったドレフュス事件 (ユダヤ人のフランス陸軍大尉ドレフュスのドイツスパイ冤罪事件) 1894-1906 を通じてユダヤ国家の建設を主張するに至った。
案内板には「ジャーナリストで作家 ユダヤ人国家の主唱者」とある。

Pl. Theodor Herzl

広場の中にある メトロ 3号線 、11号線 アールゼ・メティエ Arts et Métiers 下車。

自由の女神像の原像が保管されている<国立技術博物館>は目の前。

ロータリーとモニュメント 6  レピュブリック広場

   depuis  2001

長方形ロータリーの レピュブリック広場  Place de la République

タンプル通り Rue du Temple & Rue du Faubourg du Temple が
中央を横切っている双子ロータリーだ。

広場にはホームレスなどもいるので、
この辺りではキョロキョロ・ウロウロしないのが賢明だ。
2012年2月現在、広場の改修中。終われば、観光客を取り戻せるかも。

1879年に第三共和国の発足 (1870) を記念して設置されたモニュメント。

フランス共和国を寓意するマリアンヌの像を<自由><平等><友愛>を象徴する3つの像が支え、さらにそれらを1789年のフランス革命時の「テニスコートの誓い」や「バスティーユの襲撃」など12のレリーフが支える設計になっている。
加えて、<勇気>を暗示するライオンを正面に配している。

右が「自由の女神像」で左手で自由の炎をかざしている。左が「平等の像」で右手に三色旗を持っている。マリアンヌが右手でかざしているのは平和を表すオリーブの木、
被っている帽子は自由を表すフリジア帽だ。

建築家と彫刻家のモーリス兄弟の作。

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2012年8月現在の広場の状況。

マリアンヌ像の左右の交通も遮断し広場全体を囲っての大改修中で、ロータリーの通行もこれまでとは全く違っている。もともと分かり難いのに変更されたバス停を覚えるのに一苦労だ。

看板に描かれている完成後の広場の予想図をみると、
横断する道路を廃して左右一体の大広場となるようだ。

工事期間は、2012年1月から2013年春までとなっている。
パリの他例から察すればきっと遅れることだろう。

Pl. de la République /2012.08.05

改装工事は終了し、バリアフリーの大広場として再生した。  2013.07.28.

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ルイ13世騎馬像 / ヴォージュ広場

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パリで最も古い橋は皮肉にも新しい橋ポン・ヌフであることはすでに紹介したが、パリで最も古い広場が ヴォ―ジュ広場 (1605-1612) だ。
いずれもフランソワ1世と並んで最も人気の高いフランス王アンリ4世の治世 (1589-1610) の建造物だ。
この広場にアンリ4世の後のルイ13世の像が建てられたのが1639年で当初は Charles Dupaty (1771-1825) 作のブロンズ像だった。
ヴィクトワール広場 のルイ14世の騎馬像ともどもフランス革命後に取り壊されたが、1829年11月4日に現在の像に建て替えられた。Dupaty と Cortot によるマーブルの作品。

ヴォ―ジュ広場 Place des Vosges の周りは王の館 (下写真上) 、王妃の館 (下写真下) を含め四角にコリドール付きレンガ造りの36の館が取り囲んでいる。
写真の樹木はマロニエだが、枯葉が舞う9月も風情がある。広場に面する回廊も随分綺麗になってきた。
ヴィクトル・ユゴーが住んでいたところが<ヴィクトル・ユゴー美術館> になっている (下写真上左奥) 。

王の館

王妃の館

PAIN DE SUCRE のケ-キと TAILLEVENT のワイン

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PAIN DE SUCRE

お友達と4人でランチをしました。
Pain de sucre (パン・ド・スークル) の新作、「ボリウッド」とタイユバンカーブの SAINT-JULIEN 2005 をいただきました。
ケーキ「ボリウッド」はお友達がもってきてくれた本日のデザート。
彼女が選んでもってきてくれるケーキはいつも絶品です。
アナナス、コリアンダー、カレー粉、ローズマリー、マスカットというなんともエキゾチックな素材の組み合わせ。
素材の名前を聞いただけではどんな味がするのかまったく想像できませんが、なんともおいしい味でした・・・!日本ではまず楽しめない味といえるでしょう。

お客さんとランチ

Pain de sucre の デザート

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PAIN DE SUCRE

今日は久しぶりにお友達と自宅でランチ。
とってもおいしい Pain de sucre (パン・ド・スークル) のデザートをいただきました。

ここのマカロンはラデュレやピエール・エルメよりも美味しいと感じる一品。お店にもいったことがあるのですが、いつもたくさんの人でにぎわっています。ポンピドゥーの裏手にある小さなお店で今年は夏の間も休み無くオープンしているそうです。

お友達おすすめの、イチゴ風味のデザートワインを冷たく冷やして一緒に・・フランスのケーキ類はやはりとーっても美味しい!

14,rue Rambuteau 75003 Paris
TEL/FAX:01 45 74 68 92
Metro : Rambuteau(11番線)    http://www.patisseriepaindesucre.com/

その後、全面改装後のお店 (2012.11.) 。

PAIN DE SUCRE

バスで行く区役所巡り 6  3区・8区・17区・19区

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パリ最終日を前に、今回最後(?)の区役所めぐり。

 3区区役所   バス 75

3e

シテ島の商事裁判所の建築家 アントワーヌ·ニコラ·ベイリー Antoine-Nicolas Bailly による設計。ネオ・ルネサンス様式 (1868) 。

パリの市章のある頭部破風の上に、誕生・結婚・投票・死を寓意するジャン・ラグランジェ Jean Lagrange のレリーフが載っている。風格を感じさせる外観だ。

3区の区民が結婚式を挙げるマリア―ジュ・ホールです (3葉) 。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

区役所の正面に位置するテンプル公園 Square du Temple (1857) 。
ジャン=シャルル·アルファン の設計で、人工池、ガブリエル・ダビウの鉄柵・野外ステージ等を配していて、パリを改造したナポレオン3世、第二帝政期の公園の典型と言われる。

19e-parc

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 8区区役所   バス 94

8e

マリア―ジュ・ホールは。。。

きれーっ・・ベルサイユ宮殿のようです。

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 17区区役所   バス 66

17e

パリの区役所で唯一近代的な建物。

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 19区区役所   バス 75

Gabriel Davioud (1823-81) と Jules Bourdais (1835-1915) の建築 (1878) 。ガブリエル・ダビウ はシャトレ広場の噴水やシャトレ座、サン・ミッシェル広場の噴水の建築家。

19e

前にはパリでも有数の広さを誇る ビュット・ショーモン公園 が広がっています。

奇麗な階段の装飾。


 

 

 

有名人の?写真とサイン。またまた照れちゃいます。
この続きは、また次回の滞在で!