トラムウェイ/T3a & T3b Porte de Vincennes

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トラムウェイが ポルト・ド・ヴァンセン ヌ Porte de Vincennes にやってきた。
パリ道から一直線でクール・ヴァンセンヌに繋がる Porte de Vincennes に T3 (T3a & T3b) のターミナルができ、12月15日から供用を開始した。

写真は T3a のポルト・ド・ヴァンセン ヌ駅に停車中の車両で7両連結。M とあるのがメトロ1号線の Porte de Vincennes 駅への乗換え口。 T3bにも連絡している。
Cours de Vincennes を挟んで対称に (右側に)  T3b の駅がある。写真の方向はナシオン。

Tramway T3a

070

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今日は金曜日でしたが、お友達を招待して恒例の忘年会をしました。
日本から持参したミツバとショウガを使った明石焼き、高野豆腐、白身魚の南蛮漬け、カリフォルニヤ・ロール、ミニ御節などに頂いた数種のチーズとスパークリングワインを合わせました。デザートはこれもいただいた<パン・ド・スクレ PAIN DE SUCRE>のケーキと<ネスプレッソ>で締めました。綺麗なお花もいただきました。

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ショパンのお墓/Cimetière du Père Lachaise

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Chopinフレデリック・ショパン Frédéric François Chopin (1810-49) のお墓はペール・ラシェーズ墓地 Cimetière du Père Lachaise  にあります。

ジョルジュ・サンド夫人の娘ソランジュの夫で彫刻家のオーギュスト・クレサンジュ Auguste Clésinger の作 Euterpe ( 音楽のミューズ) です (1850) 。

400ヘクタールもある墓地で特定のお墓を探すことは仮に地図を手にしていても至難ですが、ショパンともなると近くにさえ辿り着けば人だかりと献花で察しがつきます。

ロッシーニのお墓を探している日本人の若いお嬢さんの二人連れに場所を聞かれて数分後に見つけましたが再び出会うことはありませんでした。みつけていればいいのですが。。。花が挿してあったりするのですがショパンの後で探していたのなら見つけるのが難しかったかも。。(写真下右)

Haussmann

パリの今を創ったといってよいオスマン男爵のお墓もここにある。(写真左)
今年140周年だったパリコミューンはこの墓地で終結したといわれ、コミューンの壁 Mur des Fédérés に向かう人影は多い。

ミラボー橋のアポリネールとマリー・ローランサンのお墓も仲良くこの墓地にある。

また、藤田嗣治が一時期自分が死んだらその横に埋葬して欲しいと遺言していた モジリアー二の墓もある。

 

 

ショパンと親交がありルーブル美術館にショパンの肖像画を残しているドラクロワのお墓もペール・ラシェーズ墓地だ。最近改葬したようだ。石灰質の墓石が多いのだろうか? 100年も経つと風化が進み作り直すようで、バルザックのお墓も改装中のようだった。

オスカー・ワイルドのお墓は落書きのオンパレードだ。

エッフェル塔百態 32  Cours de Vincennes

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Tour Eiffel-Cours de Vincennes

オスマンのパリ改造計画以前の都市計画道路 Cours de Vincennes から見たエッフェル塔。
エッフェル塔手前左に見える Collones du Trône のところがナション広場だ。

円柱 Collone 頂部の像は サン・ルイ (ルイ9世 / 聖王)  で、オーギュスト・デュモンAuguste Dumont (1801-1884) の作 (1884) 。右にある フィリップ・オウギュスト Philippe Auguste (フィリップ2世 / 尊厳王) の像は並木に隠れて見えない。

左に並んでいる車列は Cours de Vincennes の朝市の車、
右の緑の中ではこのとき骨董市が開催中。

手前は Porte de Vincennes から Avenue de Paris に一直線だ。

骨董市…..Cours de Vincennes

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23、24と近くに骨董市がやってきます。24日はツール・ド・フランスなので、23日に覘いてみようと思っています。

 

左はパリ市内の要所に掲げられている骨董市の予告案内垂れ幕です。最寄のメトロ駅、通りの名、開催の月日が下段にあります。

 

 

右はヴァンセンヌ側からの骨董市の様子です。ブールバールの左側では土曜日のクール・ド・ヴァンセンヌでの朝市も開かれていて貨物車が列を成しています。

 

 

天気は晴れで気温も上昇、長袖のシャツにセータ姿で出かけましたが、来ている人の服装を見るとおよそ夏の盛りとは思えないでしょう。

 

 

それでは出展しているお店の様子を上、右、下に3枚。

 

 

 

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今回どこかで買おうと思っていた大お玉とひょっとして掘り出し物かもとアヒルの置物を買ってきました。フランスでは Saxe と言いますがマイセン焼きです。

マイセンを手に入れたのは、フランスのツアーでスエーデンから始まる北欧、ロシア、バルト3国を旅したときに、サンクトペテルブルグからエストニアに入り首都タリンのアンティーク店で今からだと約90年前に焼かれた伊万里のデザインを模倣した灰皿を買って以来です。新品を除きアンティークで気に入っているのは昔 Czech Republic Flag チェコのプラハで入手したコーヒーカップとプレートです。1800年代のものです。

バスで行く区役所巡り 3  4区・20区・11区

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天候曇りのちときどき晴れ。一人でぶらり、区役所めぐりの続き。

4区区役所 バス 69 63      

4e

左すぐが Rivoli 通りです。前はパリ市庁舎 / オテル・ド・ヴィルの裏側です。
時計の上にパリの市章があります。

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20区区役所 バス 69 61

20e

Gambetta のロータリーの正面に位置しています。
時計の下に、フランス共和国/自由・平等・友愛 と刻まれています。

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11区区役所 バス 46 56 69 61       

11e

Voltaire のレオン・ブリュム広場が前庭です。レオン・ブリュムの立像が中央右に見えます。落葉中でなければ区役所の全景を写真に収めることはできないでしょう。

中へ入った玄関ロビーには…ナポレオン3世治世に発足した・・の文字が見えます。

1871年3月28日に市庁舎でコミューンの成立を宣言し5月20日までパリを統治した革命政府パリコミューンは11区と20区の区役所の間にあるペール・ラシェーズ墓地で終焉を迎えるのだが、鎮圧軍の前線本部が11区の区役所に置かれていたことと<血の一週間 la Semaine Sanglante >の説明がある。上にはパリの市章が見える。

 

 

 

第一次、第2次大戦の戦没者の慰霊碑です。