揺蕩えども沈まず/追補・再掲

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 サン・ドニ門からサン・ドニ通りをパリの中心部に向かって歩いて右側にパッサージュ Passage du Grand Cerf を通り抜けたところでパリ市の市章を見つけた。

市立の保育園/幼稚園 e’cole maternelle の建物だ。

市章の上には国旗が、その上には自由・平等・友愛の文字が埋め込まれている。

<たゆとうとも沈まず> 帆船が市章になっているのは船頭の組合長が代々シテ島を支配してきたことに由来するといわれる。

もともと、パリの守護聖人 聖ジュヌヴィエーヴがフン族の侵略からパリを守った故事(464年)に起源するともいわれる。

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メトロTélécharger le plan Métro Ligne 1 - PDF - Nouvelle fenêtre の Hôtel de Ville  のタイル張り壁面にある市章は色つきでわかりやすい。

パリの市庁舎 Hôtel de Ville の2枚の飾り窓にある市章は。。。

オルセー美術館 Musée d’Orsay にある市章は。。。

15区区役所の市章
 まだまだあります。
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14区のレストラン、LES PETITS PLATS

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お友達に誘われて、14区の小さなビストロ <LES PETITS PLATS> へ。
メトロ4号線、アレジアの近くです。
このお店にたどり着くまでのRue d’alésiaはアウトレットのお店もあります。
SONIA RIKIELのアウトレットブティックもあったりするので、のぞいてみては。
ここのお店でユニークなのは、32ユーロのメニューを選ぶと、前菜、メイン、デザートのメニューからどれでも好きな4つの品を選べる点。
前菜で気になるものがあれば前菜3点+デザート1点でもいいし、逆にメイン+デザート3点でもOK。
日曜日はしまっていますが、人気のお店のようなので予約をおすすめします。
14区のアレジア付近は安全で色々なレストランもあるので好きな界隈の一つ。
でもすっかり地価があがって、賃貸のアパートでも結構高くなってきました。
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             LES PETITS PLATS

39, rue des Plantes
75014 Paris
01 45 42 50 52

ロータリーとモニュメント 49  1944年8月25日広場

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ルクレール将軍 Général Leclerc が1944年8月25日にドイツ占領下のパリに電撃入城を果たしたポルト・ドレアン Porte d’Orléans が1944年8月25日広場 Place du 25 Aoùt 1944 だ。

Pl.du 25 Aoùt 1944 7本の道路が集中する巨大なロータリーでモニュメントは第二次世界大戦時におけるルクレール将軍下の兵士達を慰霊する台座上で北方のパリ市内を見渡す将軍の立像とその前に展開する功績碑だ。2本のフランス国旗が像の左右に配されている。

正面の通りにはルクレール将軍大通りの名が冠されている。突き当りに見えるのがネオロマネスク様式のサンピエール・ド・モンルージュ教会だ。

「ロレーヌの十字」はジャンヌ・ダルクが用いたもので、自由フランス軍がこの紋章を使った。Vとダブル十字で自由フランスの勝利を表している。

Pl.du 25 Aoùt 1944 -2

ルクレール将軍 (1947年にアルジェリアで死去、45歳 元帥を追贈)は1944年8月25日にモンパルナス駅でドイツの降伏文書に署名、ヒトラーの焦土作戦指令(パリは燃えているか?)を回避した。また、1945年9月2日に東京湾上の戦艦ミズリーの甲板で行われた大日本帝国の降伏文書調印式にフランス代表として署名している。最近顕彰碑が置かれた (左) 。ジャンヌ・ダルクが用いたロレーヌの十字とフランス国土の紋章 ( Insigne de la 2 e division blindée ) は<ノルマンジー上陸作戦>時のルクレール将軍率いる第二機甲師団 (フランス軍) のものである。パリに電撃入城したのも第二機甲師団だ。(転載。リンクをクリックしてください。)

砂漠のドラマ / モンスリー公園

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モンスリー公園 Parc Montsouris に< 砂漠のドラマ Drame au désert >と名付けられたブロンズ像がある。子供を抱えた雌のライオンが蛇に苦しんでいる迫力満点の情景だ。

フランスの動物彫刻家であるジョルジュ・ガルデ Georges Gardet (1863-1939) が若干28歳の時にサロン・ド・パリ Salon de Paris に出展して評価され、彫刻家としての地位を獲得した作品だ。

アレクサンドル3世橋右岸詰の上下流に置かれている一対の<子供が制御するライオン Lion à l’enfant >の石像も彼の作品だ。        トラムウェイ3号線の Montsouris で下車。

ロータリーとモニュメント 45  1940年6月18日広場

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 1940年6月18日広場 Place du 18 Juin 1940 には特段のモニュメントは無いが、あえて言えば広場の名称そのものがモニュメントだ。

ドイツ軍の侵攻により1940年6月15日パリ陥落、ド・ゴール将軍は直ちにロンドンに亡命して、亡命政府自由フランスを結成し、対独抗戦とヴィーシー政府への抵抗をを呼びかける歴史的演説をした日である6月18日を記念したものだ。

左に見える超高層ビルがモンパルナスタワーだ。

広場正面は工事中の写真で分かりづらいが、モンパルナス大通り Boulevard Montparnasse が広場を横切り、真ん前の通りがレンヌ通り Rue de Rennes でサン・ジェルマン大通り Boulevard Saint Germain まで一直線の緩い下り坂だ (オスマン計画) 。
尖がり帽子がゴシック様式のサン・ジェルマン・デ・プレ教会だ。

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それから4年後・・

ルクレール将軍が1944年8月25日にドイツのパリ防衛軍の降伏文書に署名したのもここモンパルナス駅でだ。
ルクレール元帥記念博物館がモンパルナスタワーの向こうまで後退したモンパルナス駅にある。
25年前出張でリヨンでジュネーヴに駐在していた案内の同僚と落ち合う途中、ポルト・マイヨーから地下鉄を乗り継いでメトロのモンパルナスから SNCF のモンパルナス駅までの長い長い歩く歩道に戸惑ったことがある。日本では1970年の大阪万博で梅田に登場したのが最初だ。

パリのスズメ

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   パリのスズメ がハト並みに人懐っこいことをご存知の方は多いと思うが、モンパルナスのスズメは格別だ。

モンパルナス駅前のラウル・ドトリー広場と駅舎内を住処にしていて<ポール Paul >などで食餌しているのだが、パンくずなどを差し出してやると手に乗っかって啄むレベルだ。

パリのスズメ

ロータリーとモニュメント 28 Place de Victor et Hélène Basch

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オルレアン門 Porte d’Orléans  からパリ市内に入り、1944年8月25日広場  Place du 25 Août 1944  からルクレール将軍大通り Avenue du Général Leclerc  を進んで最初のロータリーが
ヴィクターとエレヌ・バッシュ広場 Place de Victor et Hélène Basch だ。

地下はメトロ4号線のアレジア Alésia で、モニュメントはヴェースに入れた棕櫚6本だ。

<パリは燃えているか?> ヒトラーのパリ焦土作戦を未然に防止し実行しなかった自由フランス軍のルクレール少将とドイツ防衛軍のコルテッツ大将とがモンパルナス駅で降伏文書を取り交わし、パリを開放した日が1944年8月25日だ。その日、ルクレールはオルレアン門 (Place du 25 Août 1944) からパリに入城し、アレジア、ダンフェール・ロシュローを辿ってパリ警視庁へと進軍したが、その広場と道とに記念の名を冠したものだ。

アレジアのロータリーは6本の道路が交差するのだが左右に抜けるアレジア通り Rue d’Alésia 等いずれも幹線でいつも混雑している。写真中央がルクレール将軍大通りでこの先が ダンフェール・ロシュロー広場だ。また、ネオロマネスク様式のサンピエール・ド・モンルージュ教会は歴史的建造物。

広場名になっているヴィクターとエレヌのバッシュ夫妻は1944年1月10日に殺害された。ヴィクター・バッシュはブダペスト生まれのフランス人権連盟の創設者であり哲学者で、当時の文壇の大御所エミール・ゾラが擁護したことでも知られるあの有名な<ドレフュス事件>にも関与している。

Église Notre-Dame-du-Travail

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鉄骨構造の教会を初めてみました。エッフェルの時代の建築でパリの歴史建造物になっています。ジュール・アストリュック Jules-Godefroy Astruc (1862-1955) による建築 (1902) です。
労働者のための聖母教会で、安価であることが課題でした。
メトロ13号線 ペルネティ Pernéty が最寄り駅。

Église Notre-Dame-du-Travail

ロータリーとモニュメント 23  カタロニュ広場

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6本の道路が集まる円形ロータリー カタロニュ広場 Place de Catalogne のモニュメントは巨大な円形カスケードだ。パスツール大通りに向かって傾斜させた円形のカスケードだ。

Pl. de Catalogne

左へ向かう道路がパスツール大通りでこの道路の線上でエッフェル塔を望める。この地区はモンパルナス駅の数次にわたる移転、集約、改造に伴って出来上がった近代地区。モニュメントも現代的だ。評判の上がらないモンパルナスタワーも地区の一角でこの写真に見えているすべてがモンパルナス駅なのだ。

SNCF とモンパルナスタワーの線上がレンヌ通りで先はサン・ジェルマン・デ・プレだ。

ロータリーとモニュメント 22  パブロ・ピカソ広場

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パブロ・ピカソ広場 Place Pablo Picaso のモニュメントはロダン作のバルザックの立像だ。

A Balzac A Rodin
交差する7本の道路のうちモンパルナス大通に面して ルドーム  Le Dome  がある。

Foujita の Le Dome だ。

日本人としてはフジタ広場として欲しいものだ。

Pl. P.Picaso

ロータリーとモニュメント 4  ダンフェール・ロシュロー広場

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メトロ4号線、6号線と RER B 線が地下にある ダンフェール・ロシュロー広場  Place Denfert Rochereau  のモニュメントは<ベルフォールのライオン Lion de Belfort >のレプリカ (1880 設置) だ。<自由の女神像>の作者、オーギュスト·バルトルディ Auguste Bartholdi (1834-1904) の作品 (1880) 。

その台座に A LA  DEFENSE NATIONARE  1870-1871 とある。
鉄血宰相ビスマルクのプロイセンとの普仏戦争に敗れてナポレオン3世の第2帝政が崩壊したのち、プロイセン支配に反抗する臨時の国防政府が1870年に成立、1871年パリコミューンまでの間存在した。

アルザスのベルフォールでの ダンフェール・ロシュロー大佐 (1823-78) の英雄的抵抗 を記念するオリジナルの Lion de Belfort  (石造) は ベルフォールの要塞にある(1875-79) 。「ベルフォールのライオン」はダンフェール・ロシュローに与えられた愛称だ。

第三共和制が始まるのは1875年である。

Denfert Rochereau

<ベルフォールのライオン Lion de Belfort >

Pl. Denfert Rochereau

上段の写真で、
真ん中の建物はRER B 線の駅舎で線路はその下にある。パリの国内線中心のオルリー空港へはRER B 線か駅前から出ているオルリーバスを利用するとよい。
右樹木奥にカタコンブの入り口がある (見学してから早や30年経った) 。

サルトル・ボーヴォワール・ボードレール・ザッキン等の眠るモンパルナス墓地も至近だ。左の緑地、フランスの科学者であり政治家でもあって大通りやメトロの駅名に名を留めるラスパイユの彫像 (今は台座のみ) 、カタコンブの出入り口、駅舎などを含むロータリー全体がダンフェール・ロシュロー広場になっていてスケールが非常に大きい。

バスで行く区役所巡り 5  12区・2区・14区

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今日もまた出かけてきました。よい天気でした。

12区区役所  バス 29

12e

 この前に住んでいたドゴミエ Dougommier のすぐ近くで何かとお世話になりました。

クリスマスの時期には美しいイルミネーションが施されます。
時計の上にパリの市章が付いています。
すぐ左横には歴史的建造物である旧ヴァンセンヌ鉄道の廃線敷きがあり、今は長い緑道として区民に親しまれています。

 きれいな天井画が描かれています。

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 続いてそのまま 29番 のバスで

2区区役所 バス 29

2e

monument historique 文化史跡として登録されているようです。

ちなみに、この看板?はパリ市内のあちらこちらで見かけられますが、

スタルク Philippe Starck, (1949-) のデザインによるものです。

日本では、浅草のアサヒビール・スーパードライ・・ホールのデザインで知られています。

Pl. des Victoires

区役所正面奥右側にビクトワール広場。

有名なパッサージュ <ギャラリー・ビビエンヌ> のすぐ近くです。

広場の周りには若者むけのオシャレなブティックも並んでいます。

以前、正面右側にある中央郵便局の前にあった
コム・デ・ギャルソンのお店に通ったものです。

* * *

続いて 28番 のバスで

14区区役所 バス 28

14e

昔住んでいたこともあるアレジアの近くです。すぐそばに市もたっています。時計の上にパリの市章を見ることができます。

地上階のロビーから1階へ上る階段です。

 中もきれいでした。

 

  結婚式が執り行われる、大広間

 入口のドアーに MARIAGES の文字が見えます。

 おもわず照れてしまいます。

rose