ロータリーとモニュメント 72           ポール·ヴェルレーヌ広場

   depuis  2001

完全円形ロータリーであるイタリア広場から出るボビヨ通り Rue Bobillot を含めて10本の道路が集まるロータリー、ポール·ヴェルレーヌ広場 Place Paul Verlaine のモニュメントはジュール・ボビヨ 軍曹の胸像や掘り抜き井戸 (自噴水) だ。

ジュール・ボビヨ Jules Bobillot 工兵軍曹 (1860-1885) は中国のトンキン Tuyen-Quan での戦いで要塞の建設を指揮中に殉職した英雄。写真では後ろ向きに写っている。

ポール·ヴェルレーヌ の掘り抜き井戸は1863年にオスマン知事が掘削を許可し、1872年に供用開始した。現在では写真で見られるようにモダンな水汲み場となっていて三々五々ポリタンクを持参した人が行き交っている。

ポール·ヴェルレーヌ (1844-96) は知る人ぞ知るフランスの詩人。
リュクサンブール公園に彼の立像がある。

Pl. Paul Verlaine

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エッフェル塔百態 73  オステルリッツ橋

   depuis  2001

ヴァルベール広場 Place Valhubert 前のセーヌ川に架かるオステルリッツ橋からのエッフェル塔。

セーヌ川の下流方向を見ていて、
左の左岸側にオステルリッツ駅 Gare  d’Austerlitz 、パリ植物園があり、右岸を直ぐ右折してディドロ大通り Boulevard Diderot に入ればリヨン駅 Gare de Liyon 前だ。

真ん中にエッフェル塔、左にパンテオン、そして右にパリ・ノートルダム寺院 (シテ島) という配置で、下流に見える橋はサン・ルイ島に架かるシュリ―橋だ。サン・マルタン運河は下流右岸直ぐのところから始まる。
ジュシ―タワー Tour Jussieu (Tour  Zamansky) と呼ばれる高層の建物と前、横の建物群はパリ第 VI 大学 /ピエール・エ・マリー・キュリー大学。

ロータリーとモニュメント 64 ジャンヌ・ダルク広場

   depuis  2001

7本の道路が集まるロータリー ジャンヌ・ダルク広場 Place Jeanne d’Arc の真ん中に Notre Dame de la Gare がある。パリ市に編入される以前の地区の聖母教会だ。広場名は編入時から。

下の写真は教会前からジャンヌ・ダルク通り Rue Jeanne d’Arc を見たもの。ジャンヌ・ダルク通りはジャンヌ・ダルクの立像のあるサン・マルセル大通り Bd. St-Marcel まで一直線。その先に、聖人ジャンヌ・ダルクの眠るパンテオンが見える。影は教会のもの。

左の写真は教会内にある彫像で十字剣を持つジャンヌダルクだと思われるが、何の記載も説明もない。

ロータリーとモニュメント 58  ヴァルベール広場

   depuis  2001

ヴァルベール広場 Place Valhubert にはモニュメントはいらない。
広場に面して植物園 Jardin des Plantes とオーステルリッツ駅 Gare d’Austerlitz が広がり、セーヌ川には オーステルリッツ橋 Pont d’Austerlitz が架かる (両方の写真の左側手前) 。

オーステルリッツとは、皇帝ナポレオンが1805年2月にオーストリア帝国とロシア帝国の連合軍に勝利した3帝戦と呼ばれる<オーステルリッツの戦い>に因んだものだ。 Czech Republic Flag(現在)広場の名の ヴァルベール はその戦いで負傷し41歳で亡くなった将軍の名。勿論、凱旋門にも名が刻まれている。ヴァンドーム広場の Colonne Vendôme は戦利品の大砲で建造された。

Pl. Valhubert / Jardin des Plantes

上は植物園、下がオーステルリッツ駅。オーステルリッツ駅はリモージュ、トゥールーズ方面行きのパリ駅だ。

Pl. Valhubert / Gare d'Austerliz

斜め右へオピタル大通り Boulevard de l’Hôpital を進めばイタリア広場 Place d’Italie へ一直線だ。

芽吹き始める PARIS / ビブリオテーク・ミッテラン

   depuis  2001

夕方には空港の今日は、ヴァンセンヌの日曜日の朝市と
メトロ1号線 ルィイ ・ディドロ Reuilly Diderot で昨日・今日の二日間開かれている骨董市を覘いてから、
バス 57、47 を使って<美麗邨酒家>でお気に入りのエビそばを始め
青梗菜・青菜・マーボー豆腐・炒飯と青島麦酒で昼食をとり、
バス 64 でビブリオテーク・ミッテラン Bibliothèque François Mittterrand に出て、バス 325 に乗り換えて帰宅した。

写真はシャトウ・ド・ヴァンセンヌ行きのミッテランのバス停からセーヌ川の方向を見下したものだが、アカシア (多分) の芽吹き始めが見て取れる。因みにミッテランは元フランスの大統領の名だ。Bibliothèque François Mittterrand

ロータリーとモニュメント 14  イタリア広場

   depuis  2001

シャルル・ド・ゴール・エトワールやナションと並んで大型で完全な円形ロータリーである
イタリア広場 Place d’Italie のモニュメントは噴水とアルフォンス・ジュアンの功績碑だ。

Tunisia Flag Italy Flag ジュアン元帥は第2次世界大戦においてチュニジアのチュニス戦線とイタリアの山岳戦で名を馳せた名将だ。像の向いている方向はチュニジアとイタリアの方向である。噴水の向こうに見えManufacture Nationale des Cobelinているのがパンテオンで広場からゴブラン大通りが延びている。元帥の右に透けて見えるのは13区の区役所だ。

国立ゴブラン工場 Manufacture Nationale des Gobelin (写真右) がゴブラン大通りの左側にある。
建物のレリーフが素晴らしい。是非クリックして拡大してください。

ランスと言えばジャンヌ・ダルク / Jeanne d’Arc

 depuis 2001

ランス Reims には数回寄ったことがありますが、
頭を過るのはいつも藤田嗣治とジャンヌ・ダルク ( Jeanne d’Arc ) です。

ジャンヌ・ダルク (1412-1431) に纏わる歴史の中でもオルレアンの解放とシャルル7世の戴冠式は重要です。イングランドとの百年戦争の最中、ランス大聖堂で戴冠式を行うことによりシャルル7世を正式のフランス王とし王の空白を解消したのです。

ジャンヌ・ダルクの騎馬像は金ぴかのせいだけではなく最も好きなモニュメントの一つです。ルーブル宮の西北端 ピラミッド広場 にあります。
エマニュエル・フレミエの作 (1889) です。

Jeanne d'Arc / 8 Septembre 1429 / Porte Saint-Honoréジャンヌ・ダルクは1429年9月8日にこの付近にあったサントノレ門で行われたイングランドとの戦いで負傷しました。

ルーブル宮には、装飾芸術協会傘下の 装飾芸術美術館・モードと織物美術館・広告博物館 の3館が入っていて、入場すればすべてを鑑賞することが可能です。興味のある人には必見だと思います。

ところで、イングリッド・バーグマンが ジャンヌ・ダルク を演じた映画 Joan of Arc を覚えている方はおられるでしょうか? マラケシュに行った折、カサブランカ→イングリッド・バーグマン→ジャンヌ・ダルク と頭を過りました。

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リヴォリ通りに接するピラミッド広場はジャンヌ・ダルク像を中心に左右対称になっていて(下の写真)、右側に ホテル レジーナ が入っています。古い造りと調度品、特にステンドグラスの素晴らしさには驚きました (宿泊当時) 。また、市内観光や近郊観光のプログラムを多数用意している シティラマ は右正面に入っています。

21世紀の新年は家族で レジーナ に宿泊して、リヴォリ通りを歩いて直ぐのコンコルド広場で迎えました。大型の送風機で紙吹雪を広場中に撒き散らしていたこと、リヴォリ通りがホコテンになっていたこと、広場に入りきれないほどの大勢の人出で賑っていたこと、雪がちらつく霙模様の寒い新年であったことなどを思い出します。

Pl. des Pyramides

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Reims に残るジャンヌ・ダルクの足跡をいくつか…..

Jeanne d'ArcMusée Hotel le VergeurRue Jeanne d'arc

写真上段はランス大聖堂の前にあるジャンヌ・ダルクの騎馬像。大聖堂を見上げています。
ポール・デュボア Paul Dubois (1829-1905) の作品 (1889) 。

中央は Musée Hôtel le Vergeur の壁面にある500周年記念の銘版。
17 Juillet 1429   CharlesⅦ の文字が見える。
<フルー・ド・リス二つと剣と王冠のジャンヌ・ダルクの紋章>も見える。

下段はランスのジャンヌダルク通り。

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サン・ラザール駅の西側、サントギュスタン教会の前にも<ジャンヌ・ダルクの騎馬像>がある (ワシントンにもある) 。ランス大聖堂前のオリジナル像のレプリカ。

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ジャンヌ・ダルク通り Rue. Jeanne d’Arc とマルセル大通り Boulevard St-Marsel との交差点、小さなロータリーに<ジャンヌ・ダルクの立像 (1891) >がある。
Émile-François Chatrousse (1829-96) の作品 (1887) 。
ジャンヌ・ダルク通りの起点でほぼ直線でジャンヌ・ダルク広場が終点。

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サクレ・クール聖堂正面入り口の上部に聖ルイ王 (サン・ルイ)  Saint Louis/ルイ9世 と対を成してジャンヌ・ダルクの騎馬像があるのをご存知だろうか?

上の聖堂の写真をクリックして拡大してみてください。右側の騎馬像がジャンヌ・ダルクです (右の写真が見えます) 。
イポリット・ルフェーブル Hippolyte Lefèbvre (1863-1935) の作品 (1927) 。

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ノートルダム寺院のジャンヌ・ダルク Sainte Jeanne d’Arc (1412-31)

064ジャンヌダルクの再評価を決定したのはノートルダム寺院/パリであり、列福した (1909) のはノートルダム寺院だった。列聖はバチカンのサン・ピエトロ寺院 (1920) 。

 

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<ジャンヌ・ダルク>所縁のサン=デニス·デ·ラ·シャペル

ジャンヌ・ダルクがパリ進撃前夜 (le 7 septembre 1429) を祈りで過ごしたサン=デニス·デ·ラ·シャペル Église Saint-Denys de la Chapelle です。
初期ゴシック建築 (1204) で、聖ジュヌヴィエーヴが古代ローマ遺跡の跡地に建設した礼拝堂(475) を再建したものです。礼拝堂には、サン=ドニ大聖堂に移される (636) までサン=ドニの遺物が収容されていました。
パリからサン=ドニ大聖堂に至るガレ・ローマン時代からの古い道 (サン=ドニ L’Estrée) 、シャペル通り Rue de la Chapelle に面しています。
この辺りはカルチェ・デ・ラ・シャペル Quartier de la Chapelle と呼ばれています。

左、ネオロマネスク様式の建物はジャンヌ・ダルク大聖堂 Basilique Ste Jeanne d’Arc (1964) で、前にジャンヌ・ダルクの像が置かれています。
第一次大戦における、第一次マルヌの戦い (1914) の勝利に感謝 (ジャンヌ・ダルクに) して発意され、完成は勝利50周年にあたります。

Église Saint-Denys de la Chapelle / Basilique Ste Jeanne d'Arc / Rue de la Chapelle

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ジャンヌ・ダルク像 / ジャンヌ・ダルク大聖堂 前

Statue de Jeanne d'Arc / Basilique Ste Jeanne d'Arc / Rue de la Chapelleジャンヌ・ダルクがパリ進撃前夜 (le 7 septembre 1429) を祈りで過ごしたサン=デニス·デ·ラ·シャペル Église Saint-Denys de la Chapelle 横の<ジャンヌ・ダルク大聖堂 Basilique Ste Jeanne d’Arc >前に置かれているジャンヌ・ダルク像です。
フェリックス·シャルパンティエ Félix Charpentier (1858-1924) の作品 (1888) です。
本拠地だったボルドーにある、フランス革命時のジロンド党の大モニュメント Monument aux GirondinsBordeaux の一部を構成する噴水、コンコルドの勝利 Le triomphe de la Concorde (1900) の作者だ。

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火刑台上のジャンヌ・ダルク / サン=デニス·デ·ラ·シャペル

サン=デニス·デ·ラ·シャペルには、<火刑台上のジャンヌ・ダルク Jeanne au Bucher (1954)>と題された彫像が置かれている。
アルバート・パッシュ Albert Pasche (1873-1964) の作品です。

19歳のジャンヌ・ダルクがルーアンのヴィエ・マルシェ広場で処刑されるのは 30 Mai 1431 、17歳でこのシャペルに立ち寄った 7 septembre 1429 から1年8か月後のことだ。

Jeanne au Bucher / Église Saint-Denys de la Chapelle

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ジャンヌ・ダルクが負傷したサント・ノレ門

サン=デニス·デ·ラ·シャペル Église Saint-Denys de la Chapelle を出たジャンヌ・ダルクは古い道、サント・ノレ通りからパリ城内に入る<サント・ノレ門>に進撃した。
当時のサント・ノレ門 Porte Saint-Honoré はフィリップ・オウギュストの城壁を拡張したシャルル5世の城壁に在った (1636 撤去) 。現在のアンドレ・マルロー広場一帯である。
8 Septembre 1429、ここでのパリ包囲中に太腿に傷を負った記録がサント・ノレ通り161-3番地で見られる。
金色のジャンヌ・ダルク像がピラミッド広場に置かれているのもここから近いからだ。

Jeanne d'Arc / 8 Septembre 1429 / Porte Saint-Honoré

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ジャンヌ・ダルクとブロア城 / オルレアンの包囲

後に、オルレアンの乙女 Pucelle d’Orléans と愛称されることになる
ジャンヌ・ダルク Jeanne d’Arc (1412-31)  はここブロア城からイングランド軍に包囲されていた<オルレアンの解放>に出立した (1429.04.29.オルレアンに到着、05.08.開放) 。
ブロア城の礼拝堂において、ランスの大司教ルノー・シャルトル Renault de Chartres による祝福を受けた。約3か月後、ジャンヌ・ダルクの下、ランス大聖堂でシャルル7世の戴冠 (1429.07.17.) をした人物である。

ブロアの古い要塞跡であるフォアの塔 Tour de Foix (ブロア城の南西端にある円筒状の塔) で解放表明をしたと伝えられている。
左のゴシックの尖塔はサン・ロメ修道院 Abbaye Saint-Laumer 。
手前はロワール川 La Loire 、コンクリートのパラペットで護られている。
河岸への日常進入口として途切れている部分には、洪水時にゲートを挿入する。
崖上の要塞ブロア城は写真右半分で、入口は奥。

Jeanne d'Arc / Château de Blois / Tour de Foix / Siège d'Orléans

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ジャンヌ・ダルクの騎馬像 / フレミエの立像

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ピラミッド広場にある金色の<ジャンヌ・ダルクの騎馬像 (1889)>の彫刻家<エマニュエル・フレミエ Emmanuel Frémiet (1824-1910) の立像> がパリ植物園にある。
動物彫刻家とも言われるだけあって動物の骨学の研究者でもあった。
代表作の一つ <小熊狩り Dénicheur d’oursons (1885)>の縮小版を制作している様子。
台座に<ジャンヌ・ダルクの騎馬像の浅浮彫>が嵌め込まれている。
Henri Greber (1856-1941) の作品(1913)。
なお、現在の騎馬像は置き換えられた第二ヴァージョンで、最初のものは1874年に設置された。

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トゥールーズのストラスブール大通りとバイヤール通りの交差点、ジャンヌ・ダルク広場に置かれたジャンヌ・ダルクの騎馬像 Statue équestre de Jeanne-d’Arc です。

トゥールーズ生まれの彫刻家アントニン・メルシエ Antonin Mercié (1845-1916) によるブロンズの作品 (1922設置) 。プチ・パレ美術館のエントランス・ホール中央に置かれた<敗者の栄光 Gloria Victis ( Gloire aux Vaincus )(1875)>の作者。

Statue équestre de Jeanne-d'Arc / Toulouse
Statue équestre de Jeanne-d’Arc / Toulouse
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アルビのジャンヌ・ダルク像
Monument à Jeanne d'Arc / Albi
Monument à Jeanne d’Arc / Albi

駅からロートレック美術館へ向かうジョフル元帥大通り沿いにある<ジャンヌ・ダルク像 Monument à Jeanne d’Arc (1898) >。

Alexandre-Mathurin Pêche (1872-1955) によるブロンズの作品。
足元にヘルメットとガントレットを置いている。

台座前面には<神の使者、フランスの解放者に捧ぐ A l’envoyée de Dieu, libératrice de la France>と刻まれている。

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Statue de Jeanne d'Arc / Église Saint-Paul-Saint-Louis
Statue de Jeanne d’Arc / Église Saint-Paul-Saint-Louis

 

今日は復活祭の翌日の月曜日で祝日。

<サン・ポール・サン・ルイ教会 Église Saint-Paul-Saint-Louis> の聖ジャンヌ・ダルク Jeanne d’Arc (1412-31) の立像

復活祭終了後の教会内の写真の右側に見えている。

 

 

 

 

 

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ジャンヌ・ダルクの祈り

1177マリー・ドルレアン Marie d’Orléans (1813-1839) の作品 (1837) 。

7月革命 (1830) から2月革命 (1848) の間のいわゆる7月王政のフランス王ルイ・フィリップ1世の次女で、ヴュルテンベルク公爵夫人 (1837年に結婚) は彫刻家でもあって、この作品を残した。

ヴェルサイユ宮殿にある大理石の彫像の縮小版のブロンズ (Victor Susse による鋳造) 。

<ロマン派美術館 Musée de la Vie rommantique >で見れる。

最寄り駅は メトロ 2号線  ブランシュ Blanche もしくは ピガール Pigalle

ジャンヌ・ダルク (1412-1431) 

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Statue de Jeanne d’Arc / Église Saint-Sulpice

 

サン=シュルピス教会  Église Saint-Sulpice の Chapelle Sainte-Jeanne d’Arc に置かれている<ジャンヌ・ダルクの立像 Statue de Jeanne d’Arc>。
肉眼ではステンドグラスは綺麗なのだが像が見えないので、露出過度にした。
台座には古綴りで  Jehanne Darc と記されている。

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7本の道路が集まるロータリー ジャンヌ・ダルク広場 Place Jeanne d’Arc の真ん中に Notre Dame de la Gare がある。パリ市に編入される以前の地区の聖母教会だ。広場名は編入時から。

下の写真は教会前からジャンヌ・ダルク通り Rue Jeanne d’Arc を見たもの。ジャンヌ・ダルク通りはジャンヌ・ダルクの立像のあるサン・マルセル大通り Boulevard St-Marcel まで一直線。
その先に、聖人ジャンヌ・ダルクの眠る<パンテオン>が見える。影は教会のもの。

右の写真は教会内にある彫像で十字剣を持つジャンヌダルクだと思われるが、何の記載も説明もない。