トラムウェイ/T3a & T3b Porte de Vincennes

   depuis  2001

トラムウェイがポルト・ド・ヴァンセン ヌ Porte de Vincennes にやってきた。

パリ道から一直線でクール・ヴァンセンヌに繋がる Porte de Vincennes にT3(T3a & T3b)のターミナルができ、12月15日から供用を開始した。

写真は T3a のポルト・ド・ヴァンセン ヌ駅に停車中の車両で7両連結。M とあるのがメトロ1号線の Porte de Vincennes 駅への乗換え口。 T3bにも連絡している。

Cours de Vincennes を挟んで対称に  T3b の駅がある。写真の方向はナシオン。

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今日は金曜日でしたが、お友達を招待して恒例の忘年会をしました。

日本から持参したミツバとショウガを使った明石焼き、高野豆腐、白身魚の南蛮漬け、カリフォルニヤ・ロール、ミニ御節などに頂いた数種のチーズとスパークリングワインを合わせました。デザートはこれもいただいた<パン・ド・スクレ PAIN DE SUCRE>のケーキと<ネスプレッソ>で締めました。綺麗なお花もいただきました。

ロータリーとモニュメント 76  コロネル・ブルゴワン広場

   depuis  2001

シャラントン通りをはじめ6道路の集まる12区の コロネル・ブルゴワン広場 Pl. du Colonel Bourgoin のモニュメントは噴水と四角い街燈だ。
大佐の付く広場には他に コロネル・ファビアン広場 がある。

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ブルゴワン大佐(Pierre-Louis Bourgoin 1907-70 は第二次大戦時に自由フランスのシリア戦線やノルマンジー上陸作戦の空挺部隊で活躍した英雄で、戦後は第5共和国の12区選出下院議員を4期12年務めた。

Antiquités Brocante LA BASTILLE / PARIS

   depuis  2001

年に2回、5月と11月にバスティーユで開かれる
大規模骨董市 Antiquités Brocante にはじめていってきた。

バスティーユ広場の南側部分(メトロ1号線の駅上)とサン・マルタン運河の左右岸を利用した特設会場に350の古物商が店を張る。

8日から本日18日までの最終日とあって大勢の小金持ちで賑っていた。入場料:10€。

次回は来年5月3日から12日までの日程で開催される。

Antiquités Brocante LA BASTILLE / PARIS

パリの消防/SAPEURS POMPIERS DE PARIS 追補・再掲

パリの消防/SAPEURS POMPIERS DE PARIS

   depuis  2001

パリの消防は フランス陸軍の消防工兵部隊で平時は内務省とパリ警視総監の指揮下にあるパリ消防旅団 Brigade des sapeurs-pompiers de Paris(BSPP) に委ねられている。

1区の消防署(兵舎) Caserne Pompers の建物と消防車に SAPEURS POMPIERS DE PARIS (パリ消防士) とあり、また、大きく SAPEURS (工兵) の表示があるのがその辺の事情をうかがわせている。

7月14日の革命記念日のシャンゼリゼ大通りでのパレードではトリを務める。

入口上部のガレー船の船首は(消防がスポンサーによって運営されていた時期の)当スポンサーのシンボルではないかと・・・

リヨン駅 Gare de Lyon 近くにある12区の Caserne Pompers 。正面左右に門番がいるが、これは消防服を着用した人形。従来は工兵が常駐していたのだろう。

エッフェル塔百態 73  オステルリッツ橋

   depuis  2001

ヴァルベール広場 Pl. Valhubert 前のセーヌ川に架かるオステルリッツ橋からのエッフェル塔。

セーヌ川の下流方向を見ていて、
左の左岸側にオステルリッツ駅 Gare  d’Austerlitz 、パリ植物園があり、右岸を直ぐ右折してディドロ大通り Bd.  Diderot に入ればリヨン駅 Gare de Liyon 前だ。

真ん中にエッフェル塔、左にパンテオン、そして右にパリ・ノートルダム寺院(シテ島)という配置で、下流に見える橋はサン・ルイ島に架かるシュリ―橋だ。

サン・マルタン運河は下流右岸直ぐのところから始まる。

ジュシ―タワー Tour Jussieu (Tour  Zamansky)と呼ばれる高層の建物と前、
横の建物はパリ第VI大学。、

ロータリーとモニュメント 2  ナション広場

   depuis  2001

      ナション 広場  Place de la Nation のモニュメントは Monument de la République だ。

Monument de la République -Nation

エメージュ・ダル― Aimé-Jules Dalou が20年をかけたといわれる代表作 Le Triomphe de la République (共和国の勝利あるいは共和国の凱旋) 1899年 で女性はフランス共和国を象徴するマリアンヌだ。フリジア帽を被っている。

1889年のフランス革命100周年を記念したもので、自由・正義・教育・平和 を寓意したものだ。落成式の挙行された1899年は<ドレフュス事件>に転機が訪れた年でもある。歴史の妙というべきか?

像の向きはフォーブル・サン・アントワーヌ通りをとおしてバスティーユ広場、その先はエッフェル塔だ。

メトロ2号線、6号線の始発駅であり、1号線、9号線とRER  A線 の停車駅である Nation はエトワールと対をなす大型円形ロータリーの地下だ。12本の放射道路のうちヴァンセンヌへ一直線のBd. Cour de Vincennes で開かれる朝市は規模の大きさで有名だ。

ニューヨークのバッテリーパークで到着列車が折り返すのではなくそのままぐるっと回って始発列車になるのに驚いたことがあるが、メトロ2号線は到着列車が進行方向を変えることなくそのまま始発列車になる。広場の大きさが想像できようというものだ。

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ここしばらく続いていたナション広場の改修がほぼ一段落し、大木の伐採と潅木花木の植栽でモニュメントの見通しもよくなった。また同時に進行していた像後方の Trône の改装も終了した(写真右の2本の円柱)。Cours de Vincennes の大規模改良もトラムの新設工事に関連する部分を除き概成した。(2011年8月)

ポルト・ド・ヴァンセンヌ Port de Vincennes を通るトラムの工事はレールの敷設に続き架線も引き終わり植栽もされて開通が間近い。(2012年8月)

* * *

2011/07/23 の朝市で・・ウサギLapin と花

パリの消防/SAPEURS POMPIERS DE PARIS

   depuis  2001

パリの消防は フランス陸軍の消防工兵部隊で平時は内務省とパリ警視総監の指揮下にあるパリ消防旅団 Brigade des sapeurs-pompiers de Paris(BSPP) に委ねられている。

1区の消防署(兵舎) Caserne Pompers の建物と消防車に SAPEURS POMPIERS DE PARIS (パリ消防士) とあり、また、大きく SAPEURS (工兵) の表示があるのがその辺の事情をうかがわせている。

7月14日の革命記念日のシャンゼリゼ大通りでのパレードではトリを務める。

入口上部のガレー船の船首は(消防がスポンサーによって運営されていた時期の)当スポンサーのシンボルではないかと・・・

リヨン駅 Gare de Lyon 近くにある12区の Caserne Pompers 。正面左右に門番がいるが、これは消防服を着用した人形。従来は工兵が常駐していたのだろう。

セビリアの理髪師 Il Barbiere di Siviglia

   depuis  2001

5月はバレエに、オペラに楽しい演目がたくさんありました。

27日にオペラ・バスティーユで観劇したのはロッシーニの「セビリアの理髪師」

現代風にアレンジされた衣装であらわれるフィガロ、すべての登場人物がコミカルな動きをしながら、

歌でしっかりときかせる。お客さんも大喜びで大拍手のフィナーレでした。

ロッシーニ (1792-1868) はイタリア生まれだが、パリのイタリア座で活躍したオペラ作曲家。

他に<ウイリアム・テル>が有名。墓はペール・ラシェーズ墓地にある。

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  Spain Flag

<セビリア>を訪れた当時を思い出してしまいました。 未だデジカメのない時代でした。 リスボンで新年を迎えました。 晦日から新年にかけて街中大騒ぎでした。

Bois de Vincennes / ヴァンセンヌの森

   depuis  2001

パリ東端の ヴァンセンヌの森 Bois de Vincennes はパリ最大の森林・緑地公園で総面積は995ヘクタール、セーヌ川の右支流であるマルヌ川の氾濫原だ。パリ西端のセーヌ川の氾濫原である ブローニュの森 Bois de Boulogne の846ヘクタールを凌ぐ。

下写真の上段はドメニル湖(マルヌ川の川跡)で釣りを楽しむ人々、中段は鴨の一家の散歩、下段は乗馬を楽しむブルジョア。

森の中には別稿で紹介したパリ花公園 Parc Floral de Paris のほか、パリ動物園 Parc Zoologique 、競馬場 Hippodrome / Paris-Vincennes などもある。

パリ動物園は長らく休園したままだったが、最近になってやっと本格的な改修工事が始まったようだ。2014.04.12. から リニューアルを終了して再開園した。

Bois de Vincennes-1Bois de Vincennes-2Bois de Vincennes-3

ウインドウショッピング 5  Viaduc des Arts

   depuis  2001

古地図の修復や彩色を専門とするお店がヴィアデュック・デザール Viaduc des Arts にある。旧ヴァンセンヌ鉄道の高架下で、上はプロムナード・プランテだ(写真下)。

写真の地図はPlan Roussel と呼ばれる1730年のパリの都市計画 Plan de Paris 図だ。

元の白黒の地図に手書きの彩色を施したもので、値段は3020ユーロ、内訳は白黒の原画355€、手書きによる彩色2050€、裏張り320€、フレーム295€ だそうだ。

Plan Roussel(1730)

当時のパリ市街地のスケールが西端をアンヴァリッド東端をバスティーユとする円形だったこと、近郊ではセーヌ川右岸でエトワール・ロンポアン・シャンゼリゼ大通り・トロン広場(ナション)・クール・ド・ヴァンセンヌ・パリ大通りなどが既にプランされていることが窺える。

さらにセーヌ川左岸ではイタリア広場、ダンフェール・ロシュロー広場、ブルトゥイユ広場、シャン・ド・マルス等のプランが見て取れる。

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         Viaduc des Arts

高架の左方向がバスティーユ広場、並行して走る道路がド-メニル大通り Av.Daumesnilでトラス橋の下を左右に横切るのがディドロ大通り Bd.Diderot。

大通りの名となっている Diderot はダランベール d’Alembert とともに百科全書派と呼ばれる啓蒙主義の思想家で後のフランス革命に大きな影響を与えた。

ディドロ大通りを右に行くと Nation で放射道路の一つに同時代を代表する啓蒙思想家ヴォルテール Voltaire の名を冠したヴォルテール大通り Bd.Voltaire がある。

この日は丁度骨董市 ANTIQITE-BROCANTE が開かれていた。

オペラ RIGOLETTO

   depuis  2001

土曜日、<オペラ RIGORETTO>をみにバスティーユへ行ってきた。

ヴィクトル・ユーゴーの 『王は愉しむ』Le Roi s’amuse がベースになっている ヴェルディの作品。

opera

軟派男マントヴァ公爵にまんまとだまされ、恋におちるウブなジルダ….

最後は自分が身代わりになって死ぬなんて、なんて親不孝な娘!

高らかに公爵の 『女心の歌』 La donna è mobile が聞こえてくる・・

***

来月はバレエを観に行けたらと思っています。

バレエ  シンデレラ Cendrillon

   depuis  2001

バレエ 「シンデレラ cendrillon」 の初日公演をみてきました。

現代版シンデレラ、という演出に Hanae MORI さんの衣装が印象的でした。

Cendrillon

12/31日まで公演中、子供から大人まで楽しめるストーリー展開なのでパリにお立ち寄りの際はぜひ。

まだ席はあるようです、予約はこちらから

Opéra national de Paris

フィギュアスケート フランス杯観戦 / ベルシー公園・サンテミリオン

   depuis  2001

フィギュアスケートのグランプリシリーズ今季第5戦のフランス杯女子ファイナルを観戦しました。会場はベルシーの多目的総合体育館 Palais Omnisports de Paris-Bercy 。残念ながら応援の甲斐なく日本の織田、村上は7位、4位でともにファイナル進出はならなかった。

最初はまばらだった観客席も、メインの選手が出始めるとだんだんに満席に。村上選手はジャンプも優雅にきまっていたのだが、2回ほどジャンプが抜けてしまい、惜しかった!それでもかわいい笑顔が印象的でした。

優勝した14歳のロシア人選手はパーフェクトな演技。アジア勢ががんばっていた昨今のフギュアスケートだが、若い世代ではこのロシア選手が目玉となりそう。

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総合体育館はベルシー公園の北端にありその前はルーブル宮から新築移転したフランス財務省。

南端はレストラン、大型映画館など若者や家族連れで賑うサンテミリオンに接する。

ベルシー公園 Parc de Bercy はシラクが市長時代にの一帯のワイン倉庫を再開発したものだが、サンテミリオンは倉庫群を生かした部分。恐らくボルドー近郊のサンテミリオンのワイン倉庫があったのだろう。

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上の写真はベルシー公園、奥に体育館、延長は1キロ余り。中央に引き込みの鉄道線路を残しているのは。両サイドがサンテミリオン・ワインの倉庫群であった時代を思い起こさせるためだろう。

メトロ6号線PA_metro_ligne_6・14号線PA_metro_ligne_14ベルシー Bercy 下車。

右はサンテミリオンの中心部で、ワイン倉庫群を生かしてレストラン、ワイン店、オリーブ店、動物店などが入っている。アミューズは右奥。

中央通路はやはり当時の引き込み線路敷きで歩行者専用。

メトロ14号線PA_metro_ligne_14クール・サンテミリオン Cour St-Emilion 下車。

ロータリーとモニュメント 44 エドゥアール・ルナール広場 

   depuis  2001

Viet Nam Flag

ポニアトースキ、スール大通り、ドメニル大通りなど5本が集まるロータリー
エドゥアール・ルナール広場 Place Édouard Renard のモニュメントは
金色のアテナ神とカスケードの泉 Fontaine de la Porte Dorée だ。

モニュメントはインドシナ戦争庭園 Sq.des Combattants d’Indochine と呼ばれる。

1165アテナ女神(兵士)像 La statue de la guerrière Athéna は左写真。Léon-Ernest Drivier (1878-1951) の作品(1931)。

ロータリーが大きすぎて全体を写せないので分かり難いが、像の後ろが環状道路 ドレ門 Porte Dorée でその先はヴァンセンヌの森 Bois de Vincennes だ。

また、像の左手後方に熱帯水族館が広場に面してある。

庭園の両サイドはドメニル大通り。手前はポニアトースキ大通り Bd. Poniatowsky、スール大通り Bd. Soult で、トラムT3a  が走る。

1954年5月ディエンビエンフーが陥落、1956年6月インドシナから完全撤退、80年に亘るフランスによる植民地支配が終わる。<ディエンビエンフー陥落>が新聞各紙の大見出しのトップ記事であったのを鮮明に覚えている。以降アメリカによるベトナム戦争へと引き継がれてゆくことになる。

広場の名称 エドワール・ルナール はセーヌ県知事(パリ県知事)の名。

* * *

(補足)金色のアテナ女神像は、右手で平和を表すオリーブを絡ませた槍を持ち、
左手で<勝利の女神ニーケ/ニケ>を掲げている。

左の足元には楯を置き、
後に王となる息子のエリクトニオスを暗喩する蛇が隠れていて顔を覗かせている。

フランスが植民地に平和と繁栄をもたらすという意味を持たせたといわれる。

台座には帆船を刻む。

エッフェル塔百態 55  プロムナード・プランテ

   depuis  2001

旧ヴァンセンヌ鉄道の廃線敷を利用した緑道であるプロムナード・プランテ La Promenade Plantéeからのエッフェル塔。

プロムナードの延長は約4キロメートルで、始発駅だった現バスティーユの新オペラ座からパリの外郭環状道路の緑地帯まで。

右の写真は旧ドメニル広場に近いリュイリィ通りからでプロムナードと立体交差している。見えている約400メートル区間は特別で両サイドにヴィヴァルディ通りが付属している。

エッフェル塔の右下に見える時計台はリヨン駅。

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下に降りれば写真2。

標準形は写真3で高架の鉄道敷いっぱいに緑や流れになっている。

ここを通っていた電車はBoissy-Saint-Léger(現在RERATélécharger le plan de ligne RER A - (Pdf < 200 ko - nouvelle fenêtre)の駅)まで通じていました。

ちなみにこの散歩道は朝8時半からあいていてしまる時間は月によります。
10月1日からは19h30でしまるようです。

ヴァンセンヌの森は秋模様

   depuis  2001

プラタナスはまだ元気があるようですがマロニエは風が吹けばパラパラと落葉が日毎進んでいます。実ははじけて栗のような実がごろごろ落ちています。4月初めに花芽を持って芽吹き8月中旬には落葉・落実、4ヶ月少々の緑です。Bois de Vincennes-2011/08/21

…. 気がついてみれば、すでに8月も残るところあと1週間ちょっと。
ここ数日暑さがもどっていたパリも、今週から涼しくなっていくようなので、おそらく秋の気配が強まることでしょう。

フランス人もバカンスからもどってくる頃なので、お店も再開、マルシェもこれから秋にむけて活気づくことでしょう。

東京、日本はまだまだ残暑が厳しいようですが、皆さんお体にはどうぞお気をつけて・・!

ロータリーとモニュメント 7  バスティーユ広場

   depuis  2001

  バスティーユ広場 Place de la Bastille のモニュメントは<7月革命の記念柱 Colonne de Juillet >だ。ジョセフ・ルイ・デュック Joseph-Louis Duc (1802-79) の作品(1840)。

Colonne de Juillet-11830年7月27~29日の市民革命により、1815年に王制復古したブルボン王朝を打倒し立憲君主制を発足させたいわゆる<7月革命>の記念柱だ。

左写真に<27 28 29 ・ Juillet 1830> の銘が、右写真の正面には<・・市民のために戦ったフランス市民の栄光のために>の記載がある。<栄光の3日3日間 Trois Glorieuses: 27.28.29>と呼ばれたりする。

1789年7月14日のフランス革命は当時この場所にあったバスティーユ(の監獄)の襲撃から始まった。      革命後取り壊されて広場になっていた。

写真には写っていないColonne de Juillet-2が広場に面するオペラバスティーユはバスティーユからヴァンセンヌに 至る元ヴァンセンヌ鉄道の駅舎の跡地だ。高架の鉄路は長い緑道(プロムナード・プランテ La Promenade Plantée)として残っているし、リヨン駅からサンテミリオンに至る高架下はお洒落なブティックなどに なっていて(ヴィアデュック・デザール Viaduc des Arts) 若者の人気が高いそうだ。。

また、広場の下にはサンマルタン運河が南北に横切っていて、メトロ1号線PA_metro_ligne_1のホームから運河を望める。      広場の北の運河上の緑道の一部はバスティーユの市場になっていて朝市で賑う。

Le Génie de la LibertéColonne de Juillet の先端には金色に輝く・・Le Génie de la Liberté(自由の守り神)が。。。      オーギュスト・デュモン Augustin Dumont 作(1835)。

ヴァンドーム広場の Colonne サミットのナポレオン Napoléon en César  も彼の作品だ。

   メトロPA_metro_ligne_7 Sully Morland  H.Galli  を出た所のアンリ・ガリ H.Galli 公園にバスティーユ監獄の基礎の一部が移設保存されている(写真下)。

バスチーユ(要塞)にあった8つの塔の一つであった<自由の塔 Tour de la Liberté>の基礎。

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セーヌ川側からアシュナル港 Port de l’Arsenal(サンマルタン運河 Canal Saint-Martin)を通して
<7月革命記念柱>を望む。

記念柱と緑がバスティーユ広場でその下が運河上にあるメトロ1号線PA_metro_ligne_1のバスティーユ駅。
右端にオペラ・バスティーユ Opéra Bastille も見える。

Canal St-Martin Bastille

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ドラクロワは早速この7月革命をテーマにした作品を発表した。ルーブル美術館所蔵の<民衆を率いる自由の女神 1831>がそれだ。中学時代の副読本で知って以来最も記憶に鮮明な作品だ。

この自由の女神は<マリアンヌ>で、解放を象徴するフリジア帽を被っている。

7月王政の安定により、作品はドラクロワの下に返されることとなり、再び日の目を見るのは7月王政を打倒した2月革命(1848)以降のことである。

ロータリーとモニュメント 3 (旧)ドメニル広場

   depuis  2001

メトロ6号線Télécharger le plan Métro ligne 6 - PDF - Nouvelle fenêtreと8号線Télécharger le plan Métro ligne 8 - PDF - Nouvelle fenêtreが交差する旧ドメニル広場 Pl.  Daumesnil ((現)Pl. Félix Éboué)  は

ライオンの噴水だ。

9本の道路が集まる大型の長方形ロータリーで中央に位置する円形の噴水も大型だ。

オスマン男爵とともにパリ改造に付帯するモニュメント等を多数手がけた建築家
ガブリエル・ダヴィウ Gabriel Davioud の作品、
<水のお城の泉 Fontaine du Château d’eau >と呼ばれる噴水で共和国広場から移築された。

クリスマスの時期にはイルミネーションが施される。セーヌ川に向かってベルシー ( Bercy ) へと下る  Bd.Reuilly  (写真左方向)沿い両側の朝市も中々だ。

現在の広場名になっている フェリックス・エブエ は
フランスの植民地で知事という高い地位を得た最初の黒人だ。
功績を称えられて遺骨がパンテオンに埋葬された最初の黒人フランス人でもある。

写真手前から中央やや左に抜けるドメニル大通りはバスチーユからヴァンセンヌに至る道路。

ナポレオン戦争時の将軍であり、
1814年3月プロイセンにパリを陥落された際<フォート・ド・ヴァンセンヌの防衛>としても名を残すことになるドメニル Le général Daumesnil の名を冠したものである。

ヴァンセンヌ市役所の中にその時の様子を描いた絵があり、前に銅像がある(写真下)。ヴァンセンヌ城内の王の宮殿にも立像がある。また、凱旋門にもその名が刻まれている。

将軍の左足は義足だ。

***

モニュメントは解体して改装中。2012.08.

* * *

改装なった Pl. Félix Éboué 。2012.11.22.

ノエル・新年の時期には電飾される。

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改装後初めてのもので、旧来のとは受ける印象が全く違う。

左のイルミネーションのある道路が両側で大規模朝市の行われるウイリー大通り Bd.Reuilly だ。         2013.01.05.

エッフェル塔百態 32  Cours de Vincennes

   depuis  2001

Tour Eiffel-Cours de Vincennes

オスマンのパリ改造計画以前の都市計画道路 Bd.Cours de Vincennes から見たエッフェル塔。

エッフェル塔手前左に見える Collones du Trône のところがナション広場だ。

円柱 Collone 頂部の像は サン・ルイ(ルイ9世 / 聖王) で、オーギュスト・デュモンAuguste Dumont (1801-1884)の作(1884)。右にある フィリップ・オウギュスト Philippe Auguste (フィリップ2世 / 尊厳王)の像は並木に隠れて見えない。

左に並んでいる車列は Cours de Vincennes の朝市の車、
右の緑の中ではこのとき骨董市が開催中。

手前はPorte de Vincennes から Av. de Paris に一直線だ。

骨董市…..Cours de Vincennes

   depuis  2001

23、24と近くに骨董市がやってきます。24日はツールドフランスなので、
23日に覘いてみようと思っています。

* * *

     左はパリ市内の要所に掲げられている骨董市の予告案内垂れ幕です。最寄のメトロ駅、通りの名、開催の月日が下段にあります。

下はヴァンセンヌ側からの骨董市の様子です。ブールバードの左側では土曜日のクールドヴァンセンヌの朝市も開かれていて貨物車が列を成しています。

天気は晴れで気温も上昇、長袖のシャツにセータ姿で出かけましたが、来ている人の服装を見るとおよそ夏の盛りとは思えないでしょう。

それでは出展しているお店の様子を3枚。

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今回どこかで買おうと思っていた大お玉とひょっとして掘り出し物かもとアヒルの置物を買ってきました。

フランスでは Saxe と言いますがマイセン焼きです、

マイセンを手に入れたのは、フランスのツアーでスエーデンから始まる北欧、ロシア、バルト3国を旅したときにサンクトペテルブルグからエストニアに入り首都タリンのアンティーク店で今からだと約90年前に焼かれた伊万里のデザインを模倣した灰皿を買って以来です。新品を除きアンティークで気に入っているのは昔 Czech Republic Flag チェコのプラハで入手したコーヒーカップとプレートです。1800年代のものです。

Palais de la Porte Dorée Aquarium Tropical / アール・デコ

   depuis  2001

アール・デコ様式 (Art Déco ) の<ポルト・ドレー宮殿>の中にある熱帯水族館。

旧植民地に棲息する熱帯魚が中心だ。が、鰐等もいる。

パリにまで来て熱帯魚を見る必要はないが、建物外壁の装飾は一見の価値がある。                             また、フランスだけに<ナポレオン>が王様らしく泳いでいるように見える。

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最寄駅はメトロ8号線 Porte Dorée 下車、徒歩で直ぐ。<ヴァンセンヌの森>も視界に入る。

 トラム3号線 ( T3a) は工事中。⇒供用中。

Opéra Bastille (新オペラ座) 白鳥の湖 哀愁

   depuis  2001

   オペラ・ガルニエのチケットが取れました。演目は<天井桟敷の人々>です。

7月中旬にその報告はするとして、先にオペラ・バスチーユを紹介しましょう。

写真上は外観、下の左右は内部・観客席、外観の左端に上演中の<白鳥の湖>のディスプレーが見えます。    新オペラ座は外観・内部ともにガルニエとは対照的に現代的な造作になっています。

  Opéra Bastille-1
Opéra Bastille-2Opéra Bastille-3

オペラ上演中は写真を撮る人は見渡したところプロのカメラマン以外皆無でしたが、フィナーレでは撮影オーケーで一斉にシャッターを切っていました。
マナーの良さに感心させられました。

Opera Bastille-4

白鳥の湖 (Le Lac des Cygnes ) で思い出すのは

ヴィヴィアン・リー と ロバート・テイラー主演の映画、<哀愁> でしょう。

ロバートはスコットランド出身の軍人、ヴィヴィアンはバレリーナ。

主題曲はスコットランド民謡別れの曲(過ぎ去った日・Auld Lang Syne)、
バレーは白鳥の湖

映画の原名<Waterloo Bridge>日本名<哀愁>はロマンスものの至宝とされています。

哀愁 白鳥の湖 別れの曲

<過ぎ去った日 >(蛍の光)のメロディをバックに踊る白鳥に扮したビビアン・リー(<哀愁> より)。

愛猫<ホーちゃん>も鑑賞・・・

ROSEバレーを観る

* * *

地下鉄でのテロ事件があって以降ご無沙汰していたロンドンをこの夏4泊5日 で訪れました。

Waterloo Bridge で <哀愁> しましたので写真を2枚載せておきます。橋の上流にビッグベンと国会議事堂、それにロンドン・アイも写っています。 右の緑はエンバンクメントです。

Waterloo Bridge-1

Waterloo Bridge-2

リヨン駅 (Gare de Lyon) に行かれたら

   depuis  2001

南仏の方面に旅行するとか<ル・トラン・ブルー>で食事するとかでリヨン駅に立ち寄る機会があれば、リヨン駅正面右手にある RAPT の本社ビルを訪れるのもいいかも。

馬車の時代から現在に至るパリの交通の歴史が一目瞭然だ。写真は馬車からバスへの歩みで外から見たもの。馬がバスの頭部になったというイメージ。

RAPT-1RAPT-2RAPT-3

Gare de Lyon

リヨン駅正面。 Maison de la RAPT は右側建物の道路を挟んで右奥。

バスで行く区役所巡り 5  12区・2区・14区

   depuis  2001

今日もまた出かけてきました。よい天気でした。

12区区役所  

バス 29番

12e

 この前に住んでいたドゴミエ Dougommier のすぐ近くで何かとお世話になりました。

クリスマスの時期には美しいイルミネーションが施されます。

時計の上にパリの市章が付いています。

すぐ左横には歴史的建造物である旧ヴァンセンヌ鉄道の廃線敷きがあり、

今は長い緑道として区民に親しまれています。

 きれいな天井画が描かれています。

 * * *

 続いてそのまま 29番 のバスで

 2区区役所

2e

monument historique 文化史跡として登録されているようです。

ちなみに、この看板?はパリ市内のあちらこちらで見かけられますが、

スタルク Philippe Starck, (1949-) のデザインによるものです。

日本では、浅草のアサヒビール・スーパードライ・・ホールのデザインで知られています。

Pl. des Victoires

区役所正面奥右側にビクトワール広場。

有名なパッサージュ <ギャラリー・ビビエンヌ> のすぐ近くです。

広場の周りには若者むけのオシャレなブティックも並んでいます。

以前、正面右側にある中央郵便局の前にあった
コム・デ・ギャルソンのお店に通ったものです。

* * *

  続いて 28番 のバスで

14区区役所

14e

昔住んでいたこともあるアレジアの近くです。すぐそばに市もたっています。

時計の上にパリの市章を見ることができます。

 中もきれいでした。

 

  結婚式が執り行われる、大広間

 入口のドアーに MARIAGES の文字が見えます。 おもわず照れてしまいます。