パリの街燈 réverbère 15  ポン・ヌフ

   depuis  2001

セーヌ左派流のポン・ヌフとパリの街燈/ポン・ヌフ

右派流のポン・ヌフ(1578-1607)の街燈。

騎馬像はアンリ4世で、シテ島の下流端近くにあリ上流を向いている。

手前の2つと奥の街燈との違いが分かる。

アンリ4世(在位:1589-1610)の騎馬像はFrançois-Frédéric Lemot(1772-1827)の作品。

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パリの街燈 réverbère 13  ルーブル宮

   depuis  2001

ルーブル宮 Palais du Louvre に面する街燈には頭部に十字が付いている。

Cour Napoléon。

背後はドノン翼。

パヴィリオン Mollien の外壁は科学をテーマにした彫刻で覆われているが、左に半分だけ見えているのは<歴史と真実 L’Histoire et la Vérité>という  Pierre Loison 1857 の作品。

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エッフェル塔百態 81 カルーゼル凱旋門/カルーゼル広場

   depuis  2001

カルーゼル広場のカルーゼル凱旋門 Arc de triomphe du Carrousel とエッフェル塔。

カルーゼル凱旋門はチュイルリー宮殿(1871年に焼失)前のカルーゼル広場にオステルリッツの3帝戦などでの ナポレオン・ボナパルトの戦勝 を記念して1809年に設置された。

凱旋門の頭部には当初ナポレオンが ヴェネチア Venise のサン・マルコ寺院から奪った<サン・マルコの馬 Chevaux de Saint-Marc >が置かれていたが、
王政復古後の1828年に現在のものに置き直された。

フランソワ・ジョゼフ・ボシオ  François-Joseph Bosio により彫刻(コピー)された
凱旋と勝利を表すクアリガ Quadrige (4頭立ての一人乗り二輪戦車)の
両サイドに金色で平和の女神を配す。

オリジナルのサン・マルコの馬はヴェネチア美術館にある。    ナポレオン1世の皇帝章

Germany Flag

東西冷戦時ベルリンの東西を分けた ブランデンブルグ門 にも 勝利の女神の乗った<クアドリガ>が置かれているが、この門をくぐったのはベルリンの壁が取り壊されて(1989年)間もないころだった。

各所に壁の一部が残っていて、壁のコンクリート破片がお土産として売られていたころだ。

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今年の漢字は「 金  」になりました。

ロンドンオリンピック2012や
至近の山中伸弥京大教授からの連想が効いていると思います。

ノエル Noël の装飾                 ラ・ぺ通り・ヴァンドーム広場・カスティリオーヌ通り

   depuis  2001

ヴァンドーム広場を中心としてオペラに向かうラ・ぺ通り、チュイルリー公園に向かうカスティリオーヌ通りは電飾部材を各種に組み合わせた飾り付けで統一されている。

写真はヴァンドーム広場の様子で、広場に置かれた大きな集合飾りと、パーツを自在に組み合わせた左から宝石店 < Mauboussin> , <Chanel>, <Piaget >の装飾例を見れる。

右端はシーザー風ナポレオンを頂く Colonne の基部。

ショパン最後の家だった現< CHAUMET >の例(右端)。左端は PIAGET。テントは据付け工事用。

ルイ14世騎馬像/ベルニーニ

   depuis  2001

ジャン・ロレンツォ・ベルニーニ(1598-1680)原作のルイ14世騎馬像は1988年以来、ルーブル宮のピラミッドがあるナポレオンの中庭  Cour Napoléon にある(写真)。

バロックの巨匠ベルニーニ(イタリア・ローマ)に王自ら依頼したが、出来栄えが気に入らず破壊を命じたとされる。しかし、この原作にフランソワ·ジラルドン François Girardon (1628-1715)が帽子を被せ、足元に炎をあしらって残ったのがそれだ(レプリカ)。
背景はルーブル美術館のドノン翼/ドノン館 Pavillon Denon。

台座には作者として、後に Le Berni と呼ばれた G.L.Bernini とあり、ジラルドンの名は無い。

原像はベルサイユ宮殿にあるようだが、宮殿の前庭にある騎馬像は別物だ。

また、ジラルドン作のルイ14世騎馬像はヴァンドーム広場に置かれていたが、フランス革命後の1792年にヴィクトワール広場に置かれていたマルタン・デジャルダン Martin Desjardins (1637 – 1694)作の騎馬像と同様に破壊された。
ルーブル美術館にそのミニチュアが残っている。

Au Pied de Cochon

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パリの旧市場 レ・アール の一角で1947年創業の<豚足 Au Pied de Cochon >で今回最後のデジュネをした。1947-2012    65 ans de vie Parisienne パリで65年 とある。

豚料理がメインだが牛肉も魚もある24時間営業のブラッセリ― Brasserie で、日本語メニューもある。

メトロ  -  PDF  - 新規ウィンドウ地図地下鉄1号線をダウンロード  Louvre Rivori 下車、ルーブル通りを北へ歩いてナポレオンの造った円形の商工会議所の先を右に入ったところ。店の前が大規模に再整備中のレ・アール地区。

店の向こうにサントゥスタッシュ教会 St-Eustache その前がルネ・カサン広場

ウインドウショッピング 20           Louis Vuitton / Vendôme

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ヴァンドーム広場のルイ・ヴィトンのノエル・ヴァージョン。

ペンギンが動くように仕組まれています。

広場のイルミネーションも点灯されていますが、これからもラペ通り・カスティリオーヌ通りを含め設置が続くようです。

パリの街燈 réverbère 11  Lescure

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コンコルド広場手前のリヴォリ通りを右へRue de Mondovi を入った突き当たりにあるレストラン Lescure 付近の街燈。

リヴォリ通りの街燈とは少し違う。

Lescure は1919年からの老舗で、デジュネのセット(アントレ・プラット・デザート・ワインハーフボトル)で25€。日本語メニューもある。

パリの街燈 réverbère 6  ヴァンドーム広場

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ヴァンドーム広場 Place Vendôme の街燈

背後はオテル RITZ の玄関口でその門燈も写っている。

下は広場入口角の街燈。後ろは法務省。

パリ市庁舎前の街燈と同じだが、この写真でパリの市章がついているのが分かる。

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右上の写真で、金色の王冠の下にダブルエルLL。左にフル―ル・ド・リス。

ハイジュエリーという名の芸術展

   depuis  2001

今日は<パリ装飾芸術美術館>で行われている、
ヴァン クリーフ&アーペルの展覧会にいってきました。

まばゆい宝石が400点以上も集められ、でるのはため息ばかり・・

個人的には30-40年代の作品が一番印象にのこりました。

会期は2/10日までなので、パリにお立ち寄りの際はぜひ。

日本語版サイトもあります。↓

http://www.artdelahautejoaillerie-vancleefarpels.com/#

パリの街燈 réverbère 4  コンコルド広場 Place de la Concorde

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エトワール凱旋門からシャンゼリゼ大通りを下って終点のコンコルド広場には複数の種類の街燈がある。広めに俯瞰すると・・・

金色の<クレオパトラの針>と呼ばれるオベリスクがシャンゼリゼ大通りからの中心で、シャンゼリゼはグラン・パレの方向に街路樹の切れ目のところを右斜めに走る。

手前2連の街燈はリヴォリ通りのもの(広場は擁壁から右)でオテル・ド・ヴィルのそれと同タイプ。その右の街燈がシャンゼリゼ大通りの街燈と同タイプ。
金色の街燈はコンコルド広場だけのもの。

コンコルド広場に設置されている金色の吻側・燭台型街燈。ヒットルフ Jacques Ignace Hittorff (1792-1867)の作品。左端の噴水/海の泉の左がシャンゼリゼ大通り。

ツール・ド・フランスの周回コースはシャンゼリゼからこの噴水の左へセーヌ河岸に出て、右のほうからシャンゼリゼに入る。街燈の手前は金色のゲートを通ってチュイルリー公園だ。

下はシャンゼリゼと同タイプの3連街燈。オベリスクから左端の方角にシャンゼリゼ。

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暗くなると。。。

ブキニスト 3  シャンジュ橋下流右岸

   depuis  2001

ブキニスト Bouquinistes の多くは観光客目当てのポスターや絵葉書・写真を扱う店になってきたが、写真のブキニストは昔の雰囲気を残しているように見える。

シャトレ広場からシテ島に架かるシャンジュ橋 Pont au Change 直下流右岸で、後方にシテ島にある コンシェルジュリー Conciergerie の尖がり帽子が見える。
後ろがセーヌ川で、前が一方通行で上流に向かう幹線道路 メギッスリー河岸通り Quai de la Mégisserie で下流側に向かう リヴォリ通り と対を成す。

Bouquinistes

エッフェル塔百態 74  カルーゼル公園

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カルーゼル公園 Jardin du Carrousel からのエッフェル塔。

前の人の流れは左手のカルーゼルの凱旋門から右手のチュイルリー公園へ、
あるいはその逆の動き。

手前の植え込みは迷路のようになっている。

公園内では複数の<マイヨール Aristide Maillol の彫像>を見れる。

写真では左手に Aristide Maillol 、右手に Le vase Médicis 。

Tour Eiffel / Jardin du Carrousel

少し右方向に移動して振り返ると。。。

中央にマイヨールの Air と題する作品、背景はルーブル美術館で左がリシュリュー翼、右がドノン翼、奥がシュリ―翼、彫像の右にカルーゼルの凱旋門。灌木の植え込みが迷路。

Jardin du Carrousel / Aristide Maillol

パリの消防/SAPEURS POMPIERS DE PARIS 追補・再掲

パリの消防/SAPEURS POMPIERS DE PARIS

   depuis  2001

パリの消防は フランス陸軍の消防工兵部隊で平時は内務省とパリ警視総監の指揮下にあるパリ消防旅団 Brigade des sapeurs-pompiers de Paris(BSPP) に委ねられている。

1区の消防署(兵舎) Caserne Pompers の建物と消防車に SAPEURS POMPIERS DE PARIS (パリ消防士) とあり、また、大きく SAPEURS (工兵) の表示があるのがその辺の事情をうかがわせている。

7月14日の革命記念日のシャンゼリゼ大通りでのパレードではトリを務める。

入口上部のガレー船の船首は(消防がスポンサーによって運営されていた時期の)当スポンサーのシンボルではないかと・・・

リヨン駅 Gare de Lyon 近くにある12区の Caserne Pompers 。正面左右に門番がいるが、これは消防服を着用した人形。従来は工兵が常駐していたのだろう。

セーヌ川の女神(寓意)/Louis Petitot

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セーヌ川 La Seine の恵みを寓意する女神像だ。

ヴェルサイユ宮殿のルイ十四世の騎馬像の作者
Louis Petitot (1794-1862) による1846年の作品(石造)。

セーヌ川左岸とルーブル美術館を結ぶポン·デュ·カルーゼル Pont du Carrousel の左岸下流側の橋柱にあり、顔はやや左岸上流を向いている。
左脇に置かれた水瓶から溢れる水がセーヌの恵みを表す。

左右岸の上下流に置かれたそのほかの3体、産業 L’Industrie 、豊饒 L’Abondance 、パリの街 La Ville de Paris の寓意像とセットになってパリを誇る。
後ろはルーブル美術館ドノン翼、下流の橋はロワイヤル橋。

La Seine

 

 

ウインドウショッピング 15  Van Cleef & Arpels

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ヴァンドーム広場のVan Cleef & Arpels。

反射で写っている写真左端が リッツ Ritz で改装工事中、まだしばらくかかる。右端のディオールも工事中。

オーステルリッツの三帝戦を制したナポレオンの立像が、中央に見える戦利品で建造した円柱 Colonne の上からカスティリオーヌ通り( Dior の左)を通してチュイルリー公園を望む。

Van Cleef & Arpels / Pl. Vendôme

エッフェル塔百態 69  アンリ4世騎馬像

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シテ島(ポン・ヌフ橋)上のアンリ4世騎馬像 Statue équestre d’Henri IV を右端に、真ん中にフランス学士院を重層したエッフェル塔。

フランス学士院とエッフェル塔を除けば写っているのはすべてシテ島上。

騎馬像の向こうはシテ島の下流端の緑地  で、階段を下りると ポン・ヌフ公園 Parc du Ponu Neuf 。セーヌ河畔にも出られ、バトウ・ムッシュの乗船場でもある。

ポン・ヌフの起工はアンリ3世の治世だが、アンリ4世治世の1607年に竣工した。

台座にはラテン語で HENRICI MAGNI とあるが、これはアンリ4世の愛称である大アンリ Henri le Grand の意味だ。

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エッフェル塔の左に街燈とその足元に<ヴェリブ Vélib’>の貸し出し所が見える。

エッフェル塔百態 68  シャンジュ橋/コンシェルジュリー/パリ・プラージュ/時計の塔

   depuis  2001

シャトレ広場前のシャンジュ橋 Pont au Change からのエッフェル塔。

下流に見える橋がポン・ヌフ  Pont Neuf  。
左はシテ島で、化粧直しの終わったコンシェルジュリー。
エッフェル塔の左にフランス学士院。
セーヌ右派流に沿うパリ・プラージュは気温23度とあって閑散としている。

Tour Eiffel / Pont au Change

現在の橋はN のマークが付いていることから推察できるようにナポレオン3世時代(1858)のものだが、両替橋の名はその昔の橋上に両替商や宝石・金細工の店があったことに由来している。

フィレンツェのポンテ・ヴェッキオ(橋)を渡ったところのアパートが懐かしい。

2012.07.31.

コンシェルジュリーの<時計の塔 Tour de l’Horloge du palais de la Cité >の
壁時計部分だけが遅れていたが。。。

中央の時計の左右の彫像は、ファスケスを置き正義の手と法を持っている左が<法の力>、天秤と剣を持っている右が<正義・公正の執行>を寓意している。

François Christophe Armand Toussaint (1806-62) により改修された(1852)。

また、時計の頂部にはアンリ3世 Henri III (在位1574-89)の使った
二つの<王の紋章>が付いている。

父アンリ2世(母カトリーヌ・ド・メディチ)の<モノグラム>である HCC も見える。

アンリ3世が1350年にジャン王が設置した時計を1585年に取り換えた。

2012.11.19.

Paris Plages 2012 / Pont Neuf

   depuis  2001

7月25日はパリの猛暑だった。

昨年の今頃は薄手のセーターを欠かせないほど気温が低く、パリ・プラージュも今ひとつだったが、今日のセーヌ右岸のポン・ヌフ上流の様子は・・・

Paris Plages

ヴァカンスに出かけられないフランス国民が4割近くになって社会問題になっている。

政府が費用を補助する道を模索しているという。

ウインドウショッピング 11            Le Louvre des Antiquaires-2

   depuis  2001

ツール・ド・フランス2012 最終ステージ  la 20e étape はテレビで観戦することにした。

来年の100回大会はシャンゼリゼで是非。。。

Le Louvre des Antiquaires で見れる豪華なピアノ。

ウインドウショッピング 10            Le Louvre des Antiquaires

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昨日、食事と両替がてらオペラ界隈に出かけたついでに Le Louvre des Antiquaires に寄ってみました。

景気はますます悪くなっているようで、これまでに無くブースの空きが目立ちました。

120年前のクリストフルの燭台、1900年のバカラ、うっとりしてしまいます。

昨日のパリは最高温度28度と今夏最も暑い日だったそうですが、日陰だと肌寒い陽気で、東京では考えられない過ごしやすさでした。

パリ祭も終わりヴァコンスが始まっていますが、観光客を含め多くの人が街中に出て賑わっていました。

Le Louvre des Antiquaires

パリの消防/SAPEURS POMPIERS DE PARIS

   depuis  2001

パリの消防は フランス陸軍の消防工兵部隊で平時は内務省とパリ警視総監の指揮下にあるパリ消防旅団 Brigade des sapeurs-pompiers de Paris(BSPP) に委ねられている。

1区の消防署(兵舎) Caserne Pompers の建物と消防車に SAPEURS POMPIERS DE PARIS (パリ消防士) とあり、また、大きく SAPEURS (工兵) の表示があるのがその辺の事情をうかがわせている。

7月14日の革命記念日のシャンゼリゼ大通りでのパレードではトリを務める。

入口上部のガレー船の船首は(消防がスポンサーによって運営されていた時期の)当スポンサーのシンボルではないかと・・・

リヨン駅 Gare de Lyon 近くにある12区の Caserne Pompers 。正面左右に門番がいるが、これは消防服を着用した人形。従来は工兵が常駐していたのだろう。

la vert galant / アンリ4世

   depuis  2001

サン=ジェルマン=アン=レー城 Château de Saint-Germain-en-Laye で撮った写真。

HENRI IV /  LA VERT GALANT  とあってアンリ4世のエピソードが綴られているのだが、写真としてルーブル美術館の中でも注目・必見絵画の一枚 < ガブリエル・デストレとその妹 Gabrielle d’Estrées et une de ses sœurs >(1594年作品で作者は不明)が使われている。それもそのはず・・・

la vert galant とは<伊達男>の意で、アンリ4世の愛称。絵のガブリエル・デストレはアンリ4世の愛妾。

フランスルネッサンスはフォンテーヌブローで花開き、École de Fontainebleau フォンテーヌブロー派と呼ばれる。前期はルネッサンス王と呼ばれるフランソワ1世が、後期はアンリ4世が力を注ぎフランス絵画のその後の隆盛の礎を築いた。

ガブリエル・デストレはアンリ4世の愛妾だが事実上の寵妃。

彼女がつまんでいる指輪は結婚を、妹が彼女の乳首をつまんでいるのはは妊娠(多産)を暗喩しているという。

<ナント勅令>の宗教戦争のさなか、28歳で3人の子供を残し死産で亡くなるまでの7年間の内助の功績は大きいといわれている。異例の国葬で葬儀が行われたことがその事実を示す。。

この絵は王が彼女の死後に描かせ風呂場のひとつに掲げていたものという。

下の写真はルーブル美術館 Musée du Louvre で撮影したもの。

Portrait présumé de Gabrielle d'Estrées et de sa soeur la duchesse de Villars / Musée du Louvre

Portrait présumé de Gabrielle d’Estrées et de sa soeur la duchesse de Villars / Musée du Louvre

<参考>アンリ2世の寵妃ディアーヌ・ド・ポワチエを描いた「Diane de Poitiers au bain」、François Clouet の作品。

ロータリーとモニュメント 53  ルネ・カサン広場

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ルネ・カサン広場 Place Renè Cassin はレ・アール Les Halles 地区の市場移転跡地一帯の再開発事業に伴って道路の地下化が図られたため
現在ではロータリーの機能は失われ緑地帯の一部になっている。

オブジェは L’Écoute (聞く)と題する Henri de Miller(アンリ・ド・ミラー)1986年の作品。

正面はサントゥスタッシュ教会 St-Eustache 。左に商・工品取引所、右にショッピングセンター( Forum des Halles ) がある。間の緑地はただ今改修中で立ち入り禁止。

Pl. R.Cassin

広場の名となっているルネ・カサンはフランスの法学者で国際連盟のフランス代表を長らく務めた。また、1948年に国連総会で採択された<世界人権宣言>の起草者としてノーベル平和賞を受賞している。

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オブジェ L’Écoute (聞く)を残して広場の掘削の進んだ工事の現況。     2012.11.14.

気で病む男 Le Malade imaginaire / コメディ・フランセーズ

   depuis  2001

Comédie-Française は大屋根を中心に改装が始まった。そのためパレ・ロワイヤル内に設けられた仮設の劇場での公演となっている。

一年程度で改修工事は終わる予定だそうだから素敵な劇場内部を鑑賞されたい方はしばらく待たれたほうがよいかも知れない。

気で病む男 Le Malade imaginaire のパンフレットと仮設の  コメディ・フランセーズ の外観と内部。

Le Malade imaginaire

シャトレ劇場へ / Kodo Dadan

   depuis  2001

Théâtre musical de paris

KODO DADAN

坂東玉三郎が芸術監督をつとめる、鼓童のパリ公演 DADANを観にシャトレ劇場(シャトレ座)へいってきた。

鼓童のダイナミックな太鼓パフォーマンスにフランス人の観客は大興奮。

最後はスタンディングオベーションでした。

公演は本日18日まで。

http://www.chatelet-theatre.com/

Théâtre musical de paris-2

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シャトレ座は外装工事中。

2012.08.

ワインバー Willi’s

   depuis  2001

会社の人が勧めてくれた、ビクトワール広場近くのワインバーWilli’sへ行ってきた。

Télécharger le plan Métro ligne 3 - PDF - Nouvelle fenêtreBourseまたはTélécharger le plan Métro ligne 7 - PDF - Nouvelle fenêtreTélécharger le plan Métro ligne 14 - PDF - Nouvelle fenêtrePyramidが最寄り駅。ギャラリー・ヴィヴィエンヌのすぐそばです。

この日はブルゴーニュ、ボーム (8年前に訪れた) を注文。

美味しいワインに、適度な量の食事 (日本人も食べれる前菜+メインの量)、

大満足でした。

ワインの品数がとても豊富なので、

ワイン好きの人はぜひ一度どうぞ。

Willi’s Wine Bar

13 Rue des Petits Champs
Paris 75001 France

モリエール / コメディ・フランセーズ

   depuis  2001

  コメディ・フランセーズの予約が取れた。病気もちでありながら大の医者嫌いだったモリエール Molière が得意とした医者物の喜劇の一つである<気で病む男 Le Malade imaginaire >が演目だ。

舞台の様子などは2月の下旬に紹介することとしたい。

コメディ・フランセーズはアンドレ・マルロー広場に面してあるが、パレ・ロワイヤルに沿って北上するとモリエールの彫像を配した泉 Fontaine Molière  がある。リシュリュー通りとモリエール通りがぶつかる三角の角地だ。

建築家 ルイ・ヴィスコンティ Louis Visconti (1791-1853) の作品。

台座には1622年1月15日にパリで生まれ、1673年2月17日にパリで死すと刻まれている。

ローマ数字でVは5、Xは10であるのはご存知だろうが、Mは1000、Cは100、Dが500、Lは50であることを覚えておけば銘板を見るのもまた楽しい。

座像上部の MDCCCXLIV は1844 (M:1000,D:500,CCC:300,XL:40,IV:4 ) で、

この泉が竣工した年を表している。

Fontaine Molière

2010年12月のチュイルリー公園

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今年の師走はアン・キャンズ・カフェのため川之江に滞在しています。そこで昨年のパリを思い出してみました。寒そうな冬景色ですが体感ではさほどではありません。冬のパリは湿度が高く風がないからです。東京の冬は夏と反対に湿度が低く風があって気温以上に寒く感じられます。

下の写真は12月5日のもので、オランジュリー美術館の中からチュイルリー公園・コンコルド広場の方向を見たものです。今年もきっと同じでしょう。

コンコルド広場東端に仮設されている観覧車の右に透けて見えるのが旧海軍省でその左はクリヨンです。

Jardin des Tuileries/2010/12

真ん中はロダン Auguste Rodin作の L’Ombre(1880)。右がEve(1881)。アダムとイヴ。
左は La Méditation,avec bras(1881)。

エッフェル塔百態 57  ポン・ヌフ

    depuis  2001

  シテ島に架かるポン・ヌフ Pont Neuf のセーヌ右派流の橋上からのエッフェル塔。

セーヌ川下流に芸術橋、カルーゼル橋、ロワイヤル橋、シテ島下流端の緑地の向こうセーヌ左岸にフランス学士院、その右丸窓3つの国立美術学校・ボ・ザール、
エッフェル塔のずっと右にオルセー美術館、右端にルーブル河岸の緑地という配置だ。

1607年に竣工した石造のアーチ橋である<新しい橋>は今ではパリで最古の橋となっている。着工当時の国王アンリ3世はイングランドの女王エリザベス1世との結婚問題でも名を残している。

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芸術橋 Pont des Arts から上流側のポン・ヌフを見る。

中央のシテ島にコンシェルジュリやノートル・ダム寺院が、
写真左のセーヌ右岸にはパリ市役所等が・・・

ロータリーとモニュメント 46  ヴァンドーム広場

 depuis 2001

  ヴァンドーム広場 Pl. Vendôme のモニュメントはナポレオンのオーステルリッツ(現チェコ)での戦勝記念柱だ。La Colonne とも Colonne Vendôme とも呼ばれる。

戦勝品の大砲を材料にしたPl. Vendôme-1ブロンズの浮彫がらせん状に円柱に巻きつけられ、塔頂にシーザーに扮したナポレオンの立像を配する。アウステルリッツの戦いはフランスとオーストリア・ロシアの3皇帝戦としても知られるナポレオンの戴冠式の一周年記念日にあたる1805年12月2日の会戦だ。1806年には凱旋門の建設を決定した。

リモージュ・ツールーズなどへの起点オーステルリッツ駅もこの会戦に由来する。トルストイの<戦争と平和>にも取り上げられている。広場の名はこの地が16世紀末にヴァンドーム公位を受けたアンリ―4世の妾の子セザールの館だったことに由来する。

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写真の手前がチュイルリー公園で奥はラぺ通り、JCBプラザはラぺ通りの右側にある。下の写真は台座部分。台座の右が<リッツ>。

Pl. Vendôme-2

ライトアップされると・・・

2008年のクリスマスでカスティリオーヌ通りとサントノーレの交差点付近から。

Pl. Vendôme-3

2010年のクリスマス。右に<ショーメ>左に<ピアジェ>が見える。飾り付けは毎年異なるがこの一帯は統一されている。

Pl. Vendôme-4

ロータリーとモニュメント 37  カルーゼル広場

   depuis  2001

馬車の時代の名残だろう、今となっては公園管理の車などを除けば特に必要のない円形ロータリー。

カルーゼル広場 Pl. du Carrousel のモニュメントはご覧の通り。

ルーブル宮のシュリ―翼からデファンスの方向を見ている。右側がリシュリュー翼で左側がドノン翼。間の Cour  Napoléon に大小二つのピラミッド、ルーブル美術館への出入り口になっている。

リシュリュー翼の右側にリヴォリ通りが走っていてデザインと高さを統一した建物がコンコルド広場まで連担しているのが分かる。

カルーゼル広場の向こうにカルーゼル凱旋門 Arc de Triomphe du Carrousel と凱旋門 Arc de Triomphe と重なって分かりずらいが 新凱旋門 Grand Arche との3つの凱旋門が見て取れよう。

ロータリーとモニュメント 34  アンドレ・マルロー広場

     depuis  2001

Pl. André Malraux ド・ゴール政権下の文化相として来日し今回被災した那智勝浦等も訪問したことを覚えている人も多いかと思うが、作家アンドレ・マルローの名を冠した広場 Pl. André Malraux のモニュメントは大きな噴水2基だ。

噴水は建築家ガブリエル・ダビウと複数の彫刻家の作品。

ガブリエル・ダヴィウ  Gabriel Davioud (1823-81) はオスマン男爵とパリ改造を具現化した建築家で、サン・ミッシェルやドメニルの噴水も手掛けた。

頂部に載るニンフは上が川のニンフ、下が海のニンフで、ペアになっている。

海のニンフ Nymphe marine の作者はアールヌーヴォーの先駆者の一人Carrier-Belleuse (1824-87) で、彼はロダンの師匠であったことでも有名。

川のニンフ Nymphe fluviale はマテュラン・モロー Mathurin Moreau (1822-1912) の作品。

Pl. André Malraux

オペラ大通りやサントノレ通りなど6道路が集まる。広場東端に<コメディ・フランセーズ・リシュリュー>が面している。川のニンフが載る上段の写真の右手がコメディ・フランセーズ(写真下3枚)だ。

エッフェル塔百態 37  芸術橋

   depuis  2001

ルーブル宮とフランス学士院とを繋ぐ歩行者専用の人道橋である
芸術橋 Pont des Arts からのエッフェル塔。

Tour Eiffel - Pont des Arts

鍵に想いを託す人々。。

(余りのブームに当局は鍵を取り付けられない構造に変更を始めた。)

左岸に渡ってブキニストでも覗きながら少し緑道を下流に歩けば
ボザール Beaux- Arts : 国立美術学校だ。

Ecole Nationale Supérieure des Beaux-Arts

写真下はルーブル美術館ドノン翼から見た芸術橋とフランス学士院。モンパルナスタワーも見える。

ロータリーとモニュメント 18   シャトレ広場

   depuis  2001

シャトレ広場 Place de Châtelet は
豪華なスフィンクスの台座に金色で目立つ彫像を乗せた泉 fontaine だ。

ヤシの泉あるいは勝利の泉 Fontaine du Palmier(ou fontaine de la Victoire)と呼ばれる。

ナポレオンがイタリア・エジプトに勝利したのを記念して
飲料用に建造(1806-08)された勝利の泉だ。

サミットに乗る金色の女神は両手に月桂樹 laurier の花輪を掲げて勝利を表している。
ルイ・ボワゾ Louis Boizot (1743-1809) 作の
<不滅 Immortalité >で、勝利 La Victoire を寓意している。

なお、円柱はパームを表す。ヤシ palme は不死/勝利の象徴だ。

オリジナルは<カルナヴァレ美術館 Musée Carnavalet> にある。

Pl. du Châtelet
Pl. du Châtelet

上の写真左の建物は パリ・シャトレ劇場 (シャトレ座) 。泉を挟んで対面に パリ市立劇場 (写真下の右の建物)がある。どちらも ガブリエル・ダヴィウ の建築だ。

右の写真で、台座の中央には月桂冠で囲まれた<カタジロワシ Aigle impérial >を置いて、ナポレオンの勝利と栄光を表している。これもルイ・ボワゾの彫刻。

その上には4つの彫像があり、慎重、節制、正義、力を寓意している。

下の写真は2008年2月の撮影で90度視点が異なるが落葉しているので広場とモニュメントが共に分かりやすい。中央右にサンジャックの塔 Tour St-Jacques が見えるがこの時点ではまだ改装工事中だ。

Pl. du Châtelet

ロータリーとモニュメント 9 ヴィクトワール広場   

   depuis  2001

     ヴィクトワール広場  Pl. des Victoires のモニュメントはルイ14世の騎馬像だ。

6本の道路が放射する円形ロータリー。

元々あった マルタン・デジャルダン Martin Desjardins (1637 – 1694)作の騎馬像は太陽王ルイ14世のせいだろう、フランス革命後に取り壊され王政復古後に再建されたとの記録がある。

フランソワ・ジョゼフ・ボジオ François Joseph Bosio (1768 – 1845)作。

有名なパッサージュ <ギャラリー・ヴィヴィエンヌ> のすぐ近くです。

広場の周りには若者むけのオシャレなブティックも並んでいます。

以前、正面の大通り右側にある中央郵便局の前にあった<コム・デ・ギャルソン>のお店に通ったものです。

手前に抜けると<京子食品>の面する Rue de Petit Champs  で、オペラ大通りに出るまでに<十字屋><やすべえ><来々軒><口悦>など日本料理店の多いサンタンヌ通り Rue Ste-Anne を横切る。

参照 : バスで行く区役所巡り 2区

エッフェル塔百態 33  Conciergerie ( Châtelet )

   depuis  2001

パリ市立劇場前からのエッフェル塔。

左端とんがり帽子2本の建物はコンシェルジェリーで入場するとマリー・アントワネットの独房が再現されている。パリ最古の公共の時計が取り付けられているもうひとつの四角いとんがり帽子はただいま修復中で写真から外している。金色のアンヴァリッドも見える。その手前の緑はシテ島の下流端。手前の橋は両替橋 Pont au Change でセーヌ右派流を右から左へ渡河してシテ島に入る。

右の樹木はシャトレ広場の一角。

エッフェル塔百態 29  オランジュリー美術館

   depuis  2001

      オランジュリー美術Musée de l'Orangerie館正面右前からのエッフェル塔の冬景色。

Tour Eiffel

左にエッフェル塔、中央にシャイヨー宮、右にグランパレ。手前にコンコルド広場とセーヌを渡るコンコルド橋。

樹木落葉で見通しがよく、金色に輝いているのがアレクサンドル3世橋。

オランジュリー美術館といえば モネ だが、2010年の12月の企画展で見たマリー・ローランサンの絵を2枚載せておこう。

エッフェル塔百態 28  チュイルリー公園


   depuis  2001

    チュイルリー公園からのエッフェル塔3葉。

左にオルセー美術館が見える(写真右と下)。

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最上段と左写真の左側で金色はアンヴァリッドだが、その右の2本の尖塔はネオ・ゴシック様式のサント・クロチルド聖堂  Basilique Ste-Clotilde だ。

Le Louvre des Antiquaires

   depuis  2001

パレ・ロワイヤル広場からルーブル宮を正面に見て左側の建物 (旧 GRAND HOTEL DU LOUVRE ) に      入る人は少ない。ここが高級骨董店群が店を連ねる Le Louvre des Antiquaires である。

装飾品・絵画・陶磁器・ガラス製品から家具・調度品に至るまでジャンルは豊富だ。

Le Louvre des Antiquaires

高級すぎて手も足も出ないが、ウインドウショッピングで目の保養にはなるだろう。

上の写真は2010年8月のものだが、クリスマスの時期になると下の写真のようなデコレーションが施される。

Le Louvre des Antiquaires

ここが2009年12月の正面の入口ロビーだ。

ここ1年少々の間にギャラリーブースの空きが目立つようになってきた。継続する景気の悪さが具現化してきたのだろう。  パリの観光客も以前に比べると随分減ってきたように思う。スペインやイタリヤの観光客は明らかに減少している。ドイツ・イギリス・アメリカ・中国などが主のようだ。

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2012年2月の夜景をどうぞ。

LE LOUVRE DES ANTIQUAIRES

エッフェル塔百態 21  ルーブル美術館

   depuis  2001

ルーブル美術館のシュリー翼に近いリシュリュー翼から対面のドノン翼を望むと
エッフェル塔 Tour Eiffel が見える。

Tour Eiffel - Musée Louvre

雨模様の日には美術館がもってこいだ。この日も人出が少なくゆっくり鑑賞できた。

中庭中央がピラミッド、対面がドノン翼、右端上にエッフェル塔 という構図だ。

バスが見えるところの右側に69番Ligne 69などのバス停があり、道路が

ルーブル美術館を貫いてリヴォリ通りとセーヌ川左岸を結んでいる。

  ルーブル美術館中庭 Cour Pyramide Napoléon から。

左はドノン翼、真ん中が カルーゼル凱旋門 Arc de Triomphe du Carrousel である。

凱旋門を潜るとカルーゼル公園を経てチュイルリー公園だ。

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ルーブル美術館の至宝の一つ<モナ・リザ>はガラスによる保護をとおり越していまやガラスケースの中に収まっている。しかもこのケースにすら触れられないようになっているのだ。

8月に訪れた大英博物館でも至宝<ロゼッタ石>は同様にガラスケースの中だった。ナショナルギャラリーやヴィクトリア・アルバート博物館でも絵画等はすべて保護されていた。30年前にはロゼッタ石に触れて写真を撮ったのに・・

ミロのヴィーナス…ルーブル美術館

  depuis 2001

何時みても心癒されるミロのヴィーナス (La Vénus de Miro) 像。

時計回りに一周してみましょう。

La Vénus de Milo-3

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1964年に日本で公開された際、京都市立博物館で初めて本物に出会ったものの、
押すな押すなの行列であっという間に正面から押し出される混雑で、
まともに鑑賞などできなかったことを思い出します。

それから18年経って約30年前にルーブル美術館で再会した時には何気に大広間に置いてあり、自由に触れることもできたことに非常に驚きました。

今では写真のように一応柵が張ってあり、触れることはできません。
事件があったこともあり、La Joconde (モナ・リザ Portrait de Mona Lisa ) も厳重なケースに入ってしまっています。

ランスと言えばジャンヌ・ダルク / Jeanne d’Arc

 depuis 2001

ランス Reims には数回寄ったことがありますが、

頭を過るのはいつも藤田嗣治とジャンヌ・ダルク (Jeanne d’Arc) です。

ジャンヌ・ダルク (1412-1431) に纏わる歴史の中でもオルレアンの解放とシャルル7世の戴冠式は重要です。イングランドとの百年戦争の最中、ランス大聖堂で戴冠式を行うことによりシャルル7世を正式のフランス王とし王の空白を解消したのです。

ジャンヌ・ダルクの騎馬像は金ぴかのせいだけではなく最も好きなモニュメントの一つです。

ルーブル宮の西北端 ピラミッド広場 にあります。
エマニュエル・フレミエの作(1889)です。

ジャンヌ・ダルクは1429年9月8日にこの付近にあったサントノレ門で行われたイングランドとの戦いで負傷しました。

ルーブル宮には、装飾芸術協会傘下の 装飾芸術美術館・モードと織物美術館・広告博物館 の3館が入っていて、入場すればすべてを鑑賞することが可能です。興味のある人には必見だと思います。

ところで、イングリッド・バーグマンが ジャンヌ・ダルク を演じた映画 Joan of Arc を覚えている方はおられるでしょうか? マラケシュに行った折、カサブランカ→イングリッド・バーグマン→ジャンヌ・ダルク と頭を過りました。

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リヴォリ通りに接するピラミッド広場はジャンヌ・ダルク像を中心に左右対称になっていて(下の写真)、右側に ホテル レジーナ が入っています。古い造りと調度品、特にステンドグラスの素晴らしさには驚きました(宿泊当時)。また、市内観光や近郊観光のプログラムを多数用意している シティラマ は右正面に入っています。

21世紀の新年は家族で レジーナ に宿泊して、リヴォリ通りを歩いて直ぐのコンコルド広場で迎えました。大型の送風機で紙吹雪を広場中に撒き散らしていたこと、リヴォリ通りがホコテンになっていたこと、広場に入りきれないほどの大勢の人出で賑っていたこと、雪がちらつく霙模様の寒い新年であったことなどを思い出します。

Pl. des Pyramides

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Reims に残るジャンヌ・ダルクの足跡をいくつか…..

Jeanne d'ArcMusée Hotel le VergeurRue Jeanne d'arc

写真上段はランス大聖堂の前にあるジャンヌ・ダルクの騎馬像。大聖堂を見上げています。

ポール・デュボア Paul Dubois(1829-1905) の作品 (1889)。

中央は Musée Hôtel le Vergeur の壁面にある500周年記念の銘版。

17Juillet 1429   CharlesⅦ の文字が見える。

<フルー・ド・リス二つと剣と王冠のジャンヌ・ダルクの紋章>も見える。

下段はランスのジャンヌダルク通り。

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サン・ラザール駅の西側、サントギュスタン教会の前にも<ジャンヌ・ダルクの騎馬像>がある(ワシントンにもある)。

ランス大聖堂前のオリジナル像のレプリカ。

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ジャンヌ・ダルク通り Rue. Jeanne d’Arc とマルセル大通り Bd. St-Marsel との交差点、小さなロータリーに<ジャンヌ・ダルクの立像(1891)>がある。

Émile-François Chatrousse (1829-96) の作品(1887)。

ジャンヌ・ダルク通りの起点でほぼ直線でジャンヌ・ダルク広場が終点。

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サクレ・クール聖堂正面入り口の上部に聖ルイ王(サン・ルイ) Saint Louis/ルイ9世 と対を成してジャンヌ・ダルクの騎馬像があるのをご存知だろうか?

下左の聖堂の写真をクリックして拡大してみてください。右の騎馬像がジャンヌ・ダルクです(右下の写真が見えます)。

イポリット・ルフェーブル Hippolyte Lefèbvre (1863-1935) の作品(1927)。

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ノートルダム寺院のジャンヌ・ダルク Sainte Jeanne d’Arc (1412-31)

ジャンヌダルクの再評価を決定したのはノートルダム寺院/パリであり、列福した(1909)のはノートルダム寺院だった。列聖はバチカンのサン・ピエトロ寺院(1920)。

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<ジャンヌ・ダルク>所縁のサン=デニス·デ·ラ·シャペル

ジャンヌ・ダルクがパリ進撃前夜(le 7 septembre 1429)を祈りで過ごしたサン=デニス·デ·ラ·シャペル Église Saint-Denys de la Chapelle です。

初期ゴシック建築(1204)で、聖ジュヌヴィエーヴが古代ローマ遺跡の跡地に建設した礼拝堂(475)を再建したものです。礼拝堂には、サン=ドニ大聖堂に移される(636)までサン=ドニの遺物が収容されていました。

パリからサン=ドニ大聖堂に至るガレ・ローマン時代からの古い道(サン=ドニ L’Estrée)、シャペル通り Rue de la Chapelle に面しています。
この辺りはカルチェ・デ・ラ・シャペル Quartier de la Chapelle と呼ばれています。

左、ネオロマネスク様式の建物はジャンヌ・ダルク大聖堂 Basilique Ste Jeanne d’Arc(1964)で、前にジャンヌ・ダルクの像が置かれています。
第一次大戦における、第一次マルヌの戦い(1914)の勝利に感謝(ジャンヌ・ダルクに)して発意され、完成は勝利50周年にあたります。

Église Saint-Denys de la Chapelle / Basilique Ste Jeanne d'Arc / Rue de la Chapelle

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ジャンヌ・ダルク像 / ジャンヌ・ダルク大聖堂 前

Statue de Jeanne d'Arc / Basilique Ste Jeanne d'Arc / Rue de la Chapelle

ジャンヌ・ダルクがパリ進撃前夜(le 7 septembre 1429)を祈りで過ごしたサン=デニス·デ·ラ·シャペル Église Saint-Denys de la Chapelle 横の<ジャンヌ・ダルク大聖堂 Basilique Ste Jeanne d’Arc >前に置かれているジャンヌ・ダルク像です。

フェリックス·シャルパンティエ Félix Charpentier (1858-1924) の作品(1888)です。

本拠地だったボルドーにある、フランス革命時のジロンド党の大モニュメント Monument aux GirondinsBordeaux の一部を構成する噴水、コンコルドの勝利 Le triomphe de la Concorde (1900) の作者だ。

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火刑台上のジャンヌ・ダルク / サン=デニス·デ·ラ·シャペル

サン=デニス·デ·ラ·シャペルには、<火刑台上のジャンヌ・ダルク Jeanne au Bucher (1954)>と題された彫像が置かれている。
アルバート・パッシュ Albert Pasche (1873-1964) の作品です。

19歳のジャンヌ・ダルクがルーアンのヴィエ・マルシェ広場で処刑されるのは 30 Mai 1431 、17歳でこのシャペルに立ち寄った 7 septembre 1429 から1年8か月後のことだ。

Jeanne au Bucher / Église Saint-Denys de la Chapelle

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ジャンヌ・ダルクが負傷したサント・ノレ門

サン=デニス·デ·ラ·シャペル Église Saint-Denys de la Chapelle を出たジャンヌ・ダルクは古い道、サント・ノレ通りからパリ城内に入る<サント・ノレ門>に進撃した。

当時のサント・ノレ門 Porte Saint-Honoré はフィリップ・オウギュストの城壁を拡張したシャルル5世の城壁に在った(1636 撤去)。現在のアンドレ・マルロー広場一帯である。

8 Septembre 1429、ここでのパリ包囲中に太腿に傷を負った記録がサント・ノレ通り161-3番地で見られる。

金色のジャンヌ・ダルク像がピラミッド広場に置かれているのもここから近いからだ。

Jeanne d'Arc / 8 Septembre 1429 / Porte Saint-Honoré

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ジャンヌ・ダルクとブロア城 / オルレアンの包囲

後に、オルレアンの乙女 Pucelle d’Orléans と愛称されることになる
ジャンヌ・ダルク Jeanne d’Arc (1412-31) はここブロア城からイングランド軍に包囲されていた<オルレアンの解放>に出立した(1429.04.29.オルレアンに到着、05.08.開放)。

ブロア城の礼拝堂において、ランスの大司教ルノー・シャルトル Renault de Chartres による祝福を受けた。約3か月後、ジャンヌ・ダルクの下、ランス大聖堂でシャルル7世の戴冠(1429.07.17.)をした人物である。

ブロアの古い要塞跡であるフォアの塔 Tour de Foix (ブロア城の南西端にある円筒状の塔)で解放表明をしたと伝えられている。
左のゴシックの尖塔はサン・ロメ修道院 Abbaye Saint-Laumer 。

手前はロワール川 La Loire 、コンクリートのパラペットで護られている。
河岸への日常進入口として途切れている部分には、洪水時にゲートを挿入する。

崖上の要塞ブロア城は写真右半分で、入口は奥。

Jeanne d'Arc / Château de Blois / Tour de Foix / Siège d'Orléans

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ジャンヌ・ダルクの騎馬像 / フレミエの立像

ピラミッド広場にある金色の<ジャンヌ・ダルクの騎馬像 (1889)>の彫刻家<エマニュエル・フレミエ Emmanuel Frémiet (1824-1910) の立像> がパリ植物園にある。
動物彫刻家とも言われるだけあって動物の骨学の研究者でもあった。
代表作の一つ <小熊狩り Dénicheur d’oursons (1885)>の縮小版を制作している様子。
台座に<ジャンヌ・ダルクの騎馬像の浅浮彫>が嵌め込まれている。
Henri Greber (1856-1941) の作品(1913)。
なお、現在の騎馬像は置き換えられた第二ヴァージョンで、最初のものは1874年に設置された。

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7本の道路が集まるロータリー ジャンヌ・ダルク広場 Pl. Jeanne d’Arc の真ん中に Notre Dame de la Gare がある。パリ市に編入される以前の地区の聖母教会だ。広場名は編入時から。

下の写真は教会前からジャンヌ・ダルク通り Rue Jeanne d’Arc を見たもの。ジャンヌ・ダルク通りはジャンヌ・ダルクの立像のあるサン・マルセル大通り Bd. St-Marcel まで一直線。

その先に、聖人ジャンヌ・ダルクの眠る<パンテオン>が見える。影は教会のもの。

右の写真は教会内にある彫像で十字剣を持つジャンヌダルクだと思われるが、何の記載も説明もない。

マロニエの芽吹き / チュイルリー公園・リュクサンブール公園・植物園

   depuis  2001

四月に入って一気にマロニエが芽吹き始めました。

日当たりが好いところでは既に開花も始まっています。

チュイルリー公園・リュクサンブール公園・植物園などの今を紹介しましょう。

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チュイルリー公園

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    リュクサンブール公園

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 植物園

バスで行く区役所巡り 7  1区

   depuis  2001


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1区区役所  バス:76番

メトロ1号線ルーヴル・リヴォリ Louvre Rivoli  からすぐ南・東。一帯がルーブル宮の東端に面した観光地であるからか通常は内部を公開していない。

入って左側(右写真)は近々ホテルになるようで、面接に大勢の人が列をなしていました。

パリ北駅などの建築家 Jacques Hittorff (1792-1867) の作 (1857) 。

鐘楼の右側に古くからある<サンジェルマン・オーセロワ教会>と対をなすように設計されたので、さながら教会のようなバラ窓が付いている。鐘楼は区役所の付属ではない。

鐘楼(1860)はその中心に建設された。
テオド-ル・バリュー Theodore Ballu (1817 – 1885) の作品。

骨董市~Bd. des Italiens (オペラ界隈探索)

   depuis  2001

  9区の区役所をたずねた後、偶然にも骨董市を発見しました。

この時期パリ市内を巡回している骨董市で、今日はイタリアン大通りで雨のなか、

40ほどのスタンドが軒を並べていました。

1ユーロでガラクタのようなものから、大きな家具まで・・

骨董市の終わったところで角をまがると、もうオペラ。

ここは、フランスで最も権威のある文学賞ゴンクール賞(Prix Goncourt)の選考・発表が行われる

レストラン「ドルアン」

コメディー・フランセーズ前では音楽学校の生徒たち?が街角でコンサート。
たくさんの人たちが集まってました。どこでも絵になるから、得してます、笑

ルーブル美術館前のロワイヤル広場。

メトロ1号線で帰宅、駅を出ると、あら!2011年8月末の柔道世界選手権の広告が。
いってみようかな!

家に帰ると愛猫ホーズ(Rose)が谷ふとん店で仕立ててもらったニャンコ用お座布団の上でお眠り。

かわゆすな~・・・