ロータリーとモニュメント 45  1940年6月18日広場

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 1940年6月18日広場 Place du 18 Juin 1940 には特段のモニュメントは無いが、あえて言えば広場の名称そのものがモニュメントだ。

ドイツ軍の侵攻により1940年6月15日パリ陥落、ド・ゴール将軍は直ちにロンドンに亡命して、亡命政府自由フランスを結成し、対独抗戦とヴィーシー政府への抵抗をを呼びかける歴史的演説をした日である6月18日を記念したものだ。

左に見える超高層ビルがモンパルナスタワーだ。

広場正面は工事中の写真で分かりづらいが、モンパルナス大通り Boulevard Montparnasse が広場を横切り、真ん前の通りがレンヌ通り Rue de Rennes でサン・ジェルマン大通り Boulevard Saint Germain まで一直線の緩い下り坂だ (オスマン計画) 。
尖がり帽子がゴシック様式のサン・ジェルマン・デ・プレ教会だ。

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それから4年後・・

ルクレール将軍が1944年8月25日にドイツのパリ防衛軍の降伏文書に署名したのもここモンパルナス駅でだ。
ルクレール元帥記念博物館がモンパルナスタワーの向こうまで後退したモンパルナス駅にある。
25年前出張でリヨンでジュネーヴに駐在していた案内の同僚と落ち合う途中、ポルト・マイヨーから地下鉄を乗り継いでメトロのモンパルナスから SNCF のモンパルナス駅までの長い長い歩く歩道に戸惑ったことがある。日本では1970年の大阪万博で梅田に登場したのが最初だ。

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