ロータリーとモニュメント 75 フランツ・リスト広場

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いまだ彼を凌ぐピアニストはいないといわれるフランツ・リスト Frantz Liszt (1811-86) の名を冠したロータリー 、フランツ・リスト広場 Place Franz Liszt のモニュメントは円形の植え込みと 新古典様式のサン=ヴァンサン・ド・ポール教会 St-Vincent de Paul 。
ラ・ファイエット道りを初め7道路が集まる。

<La Campanella >の演奏で一躍有名になった頃、フジコ・ヘミング とCDG空港 (ロワシー空港) でたまたま話をする機会があった。以降、彼女のアルバムはすべて手に入れたし、リトグラフを買ったりもした。

1830年代前半パリにいたころ、ショパン (1810-49) の 「12の練習曲 作品10 」がリストに献呈されているが、これだけは楽譜を見てすぐには弾きこなすことができなかったという逸話がついている。

メトロ 7号線  ポワソニエール Poissonniere 下車。

ノエル Noël の装飾                 ラ・ぺ通り・ヴァンドーム広場・カスティリオーヌ通り

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ヴァンドーム広場を中心としてオペラに向かうラ・ぺ通り、チュイルリー公園に向かうカスティリオーヌ通りは電飾部材を各種に組み合わせた飾り付けで統一されている。

写真はヴァンドーム広場の様子で、広場に置かれた大きな集合飾りと、パーツを自在に組み合わせた左から宝石店 < Mauboussin> , <Chanel>, <Piaget >の装飾例を見れる。
右端はシーザー風ナポレオンを頂く Colonne の基部。

ショパン最後の家だった現< CHAUMET >の例 (右端) 。左端は PIAGET。
テントは据付け工事用の仮設。

詩人の夢 Le Rêve du Poète / カナダ広場

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Canada Flag

グランパレの裏側 Cours la Reine からフランクリン・ルーズベルト大通りを入ってすぐの
カナダ広場 Place du Canada に<詩人の夢 Le Rêve du Poète d’Alfred de Musset> と題されるモニュメントがある。
詩人の名はジョルジュ・サンドとの色恋 (ショパンの前) で知られるアルフレッド・ド・ミュッセ Alfred de Musset で、死後再評価されたフランスを代表する詩人のひとりだ。
彫刻家モンセル・ド・ぺリン伯爵 le comte de Moncel de Perrin 1907年の作品。
ミュッセの記念碑 (坐像) はモンソー公園にある。

広場の一角は Jardin de la Vallée Suisse と呼ばれる小公園で、フランスによるカナダの植民地化につながる探検家 ジャック・カルティエ Jacques Cartier の像などがある立体的で独特の異空間となっている。

Le Rêve du Poète d'Alfred de Musset

パリ万博 1900/スイス館の名残で Jardin de la Vallée Suisse と呼ばれていたが、現在は Jardin de la Nouvelle France と言うらしい。
「カナダ」の命名者であり「ヌーヴェル・フランス」の宣言者 (1543) であるカルチエ Jacques Cartier (1491-1557) と「ヌーヴェル・フランスの父」と呼ばれたシャンプラン Samuel Champlain (1567 ou 1570-1635) のバスト Buste Hommage Jacques Cartier et Samuel Champlain 。

Jacques Cartier et Samuel Champlain / Place du Canada

Aou.2013.

ショパンのお墓/Cimetière du Père Lachaise

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Chopinフレデリック・ショパン Frédéric François Chopin (1810-49) のお墓はペール・ラシェーズ墓地 Cimetière du Père Lachaise  にあります。

ジョルジュ・サンド夫人の娘ソランジュの夫で彫刻家のオーギュスト・クレサンジュ Auguste Clésinger の作 Euterpe ( 音楽のミューズ) です (1850) 。

400ヘクタールもある墓地で特定のお墓を探すことは仮に地図を手にしていても至難ですが、ショパンともなると近くにさえ辿り着けば人だかりと献花で察しがつきます。

ロッシーニのお墓を探している日本人の若いお嬢さんの二人連れに場所を聞かれて数分後に見つけましたが再び出会うことはありませんでした。みつけていればいいのですが。。。花が挿してあったりするのですがショパンの後で探していたのなら見つけるのが難しかったかも。。(写真下右)

Haussmann

パリの今を創ったといってよいオスマン男爵のお墓もここにある。(写真左)
今年140周年だったパリコミューンはこの墓地で終結したといわれ、コミューンの壁 Mur des Fédérés に向かう人影は多い。

ミラボー橋のアポリネールとマリー・ローランサンのお墓も仲良くこの墓地にある。

また、藤田嗣治が一時期自分が死んだらその横に埋葬して欲しいと遺言していた モジリアー二の墓もある。

 

 

ショパンと親交がありルーブル美術館にショパンの肖像画を残しているドラクロワのお墓もペール・ラシェーズ墓地だ。最近改葬したようだ。石灰質の墓石が多いのだろうか? 100年も経つと風化が進み作り直すようで、バルザックのお墓も改装中のようだった。

オスカー・ワイルドのお墓は落書きのオンパレードだ。

ロータリーとモニュメント 27  テルヌ広場

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やや長円形のロータリーであるテルヌ広場  Place des Ternes  のモニュメントは花市だ。

日本人に人気のフォーブルサントノーレ通り Rue de  Faubourg St-Honoré はこの交差点から東向きに始まる。1番地はショパン Chopin が愛用していたことでも有名なピアノのプレイエル Pleyer だ。 コンサートホールもある。

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高校の後輩でピアニストの彼女が憧れのプレイエル社の支援で東京都庭園美術館で催したピアノ演奏会に出かけたことがある。