シャンゼリゼ大通り 2012.11.22.

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11月21日の夜、シャンゼリゼ大通りのイルミネーションが点灯された。
昨年からこのタイプになった。

上の写真はロン・ポアン・デ・シャンゼリゼからジョルジュ・サンクの方に少し寄った辺りから凱旋門の方向を、下の写真はコンコルド広場の方を見たもの。

街燈の明かりが一直線にコンコルド広場に向かっている (下) のに比して、凱旋門に向かっては放物線を描いている (上) ことで凱旋門に向かっては上り勾配になっていることが伺える。

イルミネーションの両サイドには<マルシェ・ド・ノエル  Marchés de Noël(昼間も開店している夜店)>が連担しているのだから見物だ。。
この日もカメラを持った多くの観光客でごった返していた。

写真下右のロン・ポアン・デ・シャンゼリゼに近づいてみると。。。

<マルシェ・ド・ノエル>の様子。
写っている建物らしきものやテントは全て仮設だ。観覧車も。

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パリの街燈 réverbère 8   クレマンソー広場

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クレマンソー広場 Place Clemenceau の街燈。

オテル・ド・ヴィル広場と同一のもの、シャンゼリゼ大通りのもの、メトロの街燈、 マルセル・プルーストの並木道 Allée Marcel Proust (プルーストは<失われた時を求めて>の作者でカフカとともに20世紀を代表するフランスの作家) の街燈と広場の高い街燈の5種が見える。

手前がウィンストン・チャーチル大通りで並木道の左にグラン・パレがあり、左右の通りがシャンゼリゼ大通りでその向こうも並木道だ。広告塔では2012年秋の催し案内がされている。

パリの街燈/クレマンソー広場

パリの街燈 réverbère 4  コンコルド広場 Place de la Concorde

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エトワール凱旋門からシャンゼリゼ大通りを下って終点のコンコルド広場には複数の種類の街燈がある。広めに俯瞰すると・・・

金色の<クレオパトラの針>と呼ばれるオベリスクがシャンゼリゼ大通りからの中心で、シャンゼリゼはグラン・パレの方向に街路樹の切れ目のところを右斜めに走る。

手前2連の街燈はリヴォリ通りのもの (広場は擁壁から右) でオテル・ド・ヴィルのそれと同タイプ。その右の街燈がシャンゼリゼ大通りの街燈と同タイプ。
金色の街燈はコンコルド広場だけのもの。

コンコルド広場に設置されている金色の吻側・燭台型街燈。ヒットルフ Jacques Ignace Hittorff (1792-1867) の作品。左端の噴水/海の泉の左がシャンゼリゼ大通り。

ツール・ド・フランスの周回コースはシャンゼリゼからこの噴水の左へセーヌ河岸に出て、右のほうからシャンゼリゼに入る。街燈の手前は金色のゲートを通ってチュイルリー公園だ。

下はシャンゼリゼと同タイプの3連街燈。オベリスクから左端の方角にシャンゼリゼ。

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暗くなると。。。

パリの街燈 réverbère 3             シャンゼリゼ大通り Av. des Champs-Élysées

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シャンゼリゼ大通りの街燈は二段構えになっている。

プラタナスの葉陰に収まる昔ながらの街燈とプラタナスの街路樹を上回る高さの新式の街燈の2層構造だ。

右はシャルル・ド・ゴール広場と同じタイプの低層街燈で、背景はシャンゼリゼに面する クルチザンヌのパイヴァ公爵夫人の館 Hôtel de la Païva 。右側がエトワール凱旋門。

左は左端に凱旋門のシャンゼリゼ大通りで、刈り込まれたプラタナスの下に右上の街燈が、プラタナスの上には今風のデザインの街燈が見える。街路樹の右側はシャンゼリゼの広い歩道になっているのだが、街燈はよくみると二股になっていて同じものが歩道側にもあることを窺える。

ロータリーとモニュメント 66  クレマンソー広場

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日本で猛虎といえば阪神タイガースだが、
フランスではクレマンソーのことを猛虎宰相と呼ぶ。

「行動を自問するようでは行動的人間とは言えない。」と うそぶいたといわれるクレマンソー Georges Clemenceau (1841-1929) は   第一次世界大戦時のフランスの首相であり、
戦時並びにヴェルサイユ条約締結時のドイツへの強硬姿勢で知られる。

また、ジャーナリストとしてドレフュス事件でドレフュスを擁護した人権派としても有名。
エミール・ゾラ の 「われ、弾劾す。 1898 」は彼の主幹する新聞で公開された。
革命以後のフランスの栄光を代表する行動的政治家でありジャーナリストだ。

グラン・パレ、プチ・パレ、エリゼ宮の面するシャンゼリゼ大通りにクレマンソー広場 Place Clemenceau があり、クレマンソーの像 (François Cogné (1876-1952) の作) と噴水がモニュメントとしてある。2000年以降、反対側にド・ゴールの像もある。

後ろの建物はプチ・パレ、右側に見える通りがウィンストン・チャーチル大通り Av. W.Churchill で、その右手がシャンゼリゼ大通り、左手がセーヌ川でアレクサンドル3世橋からアンヴァリッドへと続く。

地下には メトロ1号線、13号線 Champs-Élysées Clemenceau 。

Pl. Clemenceau

Tunisia Flag

経済学者ケインズはヴェルサイユ条約締結時におけるフランス(クレマンソー)のドイツに対する強硬姿勢をローマのカルタゴに対するそれに例えて<カルタゴ式平和>と揶揄した。

カルタゴは三次にわたるポエニ戦争の結果、徹底的にローマに滅ぼされる(紀元前146年)まで地中海を支配した海洋都市国家だが、現在のチュニジアの首都チュニスにあたる。

本日、当時アフリカといえばカルタゴのことであったといわれる現チュニジアからのアクセスがあった。アフリカからは今年の2月25日以降で初めでだ。

ロータリーとモニュメント 47  ロン・ポワン・デ・シャンゼリゼ

   depuis  2001

   ロン・ポワン・デ・シャンゼリゼ Rond- Point des Champs-Élysées のモニュメントは6つの噴水と四季折々の花で彩られた花壇とマロニエの樹々だ。
ただここ数年噴水が出ているのを見た記憶がない。
チュイルリー公園やベルサイユ宮殿の造園家、
ル・ノートル Andre le Notre (1613-1700) の作 (1670) 。

拡大して見て欲しいが、シャンゼリゼ大通りの左右に花壇が見えるところが ロン・ポワン・デ・シャンゼリゼ で、地下はメトロ1号線と9号線のフランクリン・ドラノ・ローズヴェルトの駅になっている。

左は2011年8月

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右は2011年4月

このロータリーの正式名は Rond- Point des Champs-Élysées-Marcel Dassault (シャンゼリゼのロータリー:マルセル・ダッソウ) と長いのだが、マルセル・ダッソウは第一次世界大戦で使用されたフランス軍のプロペラ機を発明した航空実業家で第二次世界大戦後にはフランス一の軍用機メーカを設立した人物だ。第二次大戦占領下のフランスでドイツの協力要請を拒否したことでも知られる英雄でもある。

2012年8月4日
建物は最上段の写真でシャンゼリゼ大通りとロータリーとの角の建物。

Rond- Point des Champs-Élysées

パリ東西の主軸/シャンゼリゼ大通り Avenue des Champs-Élysées

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凱旋門の屋上から東南方向のシャンゼリゼ大通り。
街路樹はプラタナス。ロンポアン・デ・シャンゼリゼの先、広がっている緑はマロニエ。
コンコルド広場のオベリスクの向こう突き当りがルーブル宮。
右側地平線に突き出ているドームがパンテオン。
左手にポンピドー・センターと大屋根のマドレーヌ寺院。
グラン・パレの奥にはノートルダム寺院。

Av. des Champs-Élysées

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Av. des Champs-Élysées

ルーブル宮の左にポンピドー・センター、右にノートルダム寺院。

2011年 シャンゼリゼのイルミネーションは・・

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 クリスマスまであと1週間。今年のシャンゼリゼのイルミネーションは・・・
街路樹に光の輪のループを3本づつつけて、少々近未来的。

でも個人的には過去におこなっていたクラシックなイルミネーションが一番と思うのですが、芸術の都、パリとしては斬新なアイデアであたらしいものを提案していかないといけないというプレッシャーもあるのかな、っと思いながら。写真にとってみても、ちょっと微妙なのです・・・

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2008年12月のシャンゼリゼ大通り

エッフェル塔百態 45  マティニョン大通り

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7月14日の革命記念日の当日、パレードを見るためメトロの開いている9号線ミロメニル Miromesnil で下車、徒歩でマティニョン大通りをシャンゼリゼ大通りに向かって歩く人々と晴天に顔をのぞかせるエッフェル塔。

シャンゼリゼ大通りをクラシックカーが優雅に疾走

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7月31日の日曜日クラシックカー愛好家の催しがあったのだろう、シャンゼリゼ大通りで多数のクラシックカーを目撃した。イギリスもアメリカも見たので世界的な行事かと。      クラシックカーの饗宴

クラシックカー-1クラシックカー-2クラシックカー-3

パイヴァ候爵夫人の館 Hôtel de la Païva

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7月最後の日曜日は、シャンゼリゼにあるパイヴァ候爵夫人の館の見学ツアーに参加してきた。
パイヴァ候爵夫人は、19世紀フランスで最も名を馳せた高級娼婦 (クルチザンヌ) 。 今はにぎやかな大通シャンゼリゼはその昔、チュルリーやルーブル宮にいくまでの馬車道でした。ここが開発されたとき、パイヴァ候爵夫人はその土地を購入、贅の限りをつくした自分の館を建てたのです。 この館を建てた頃には、高級娼婦の仕事からは足をあらい、文字通りパイヴァ候爵夫人となっていたわけですが、彼女の屋敷で開かれたサロンは著名人が集まりつつも、上流階級の人からは成金趣味と嫉妬の入り混じった眼で見られていたようです。 たしかに内装はちょっとゴテゴテした印象・・でも、オペラ座のホールの天井画を描いたポール・ボドリーによる天井画や、サン・ミッシェルの噴水広場の彫刻を担当したアンリ・アルフレッド・ジャックマールの彫刻を施した暖炉 (写真左下) 、香水入りの水がでる蛇口つきのクリストフル製の浴槽 (写真右下) などその当時の贅を尽くした感じはそのままに残っていました。 4

現在はイギリスのトラベル・クラブが館を所有しているそうですが、そのお陰で館が建てられた当時の趣を残しているとのこと。暖炉それ以外の当時のシャンゼリゼの建物はすべて立て直しされ、シャンゼリゼはすっかりかわってしまいました。 みてのとおりほとんどが大型店舗にとってかわり、シャンゼリゼの両脇の建物や土地はほとんどアメリカなど外資のものらしいです。確かに今のシャンゼリゼはあまり行きたくない場所のナンバーワン。日本人会も引っ越したので年に1度いくかいかないかの場所になりました。スリも多いですし、ツーリストには狙われやすい場所がらなので、十分注意してください。 パイヴァの館の見学はフランス語で、パイヴァの館保存委員会のようなものが見学ツアーを定期的に企画しています。 入場料は17ユーロでした。

ロータリーとモニュメント 1  シャルル・ド・ゴール広場   

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完全なロータリー式交差点は日本では珍しいが、パリでは凱旋門のあるシャルル・ド・ゴール・エトワールを代表に各所で見ることができる。
「ロータリーとモニュメント」と題していくつかを案内しよう。

先ずは12本の道路が放射状に集まるシャルル・ド・ゴール・エトワール。全体が シャルル・ド・ゴール広場 Place Charles de Gaulle と呼ばれていて中心に凱旋門 Arc de Triomphe が位置している。

手前はシャンゼリゼ大通りで、凱旋門を通して幽かにデファンスが望める。凱旋門は小山の頂上にあるため12本の道路はすべて下り坂になっている。また、ロータリーのためシャンゼリゼ大通りから直進して門を潜り抜けることはできない。屋上に見物客の姿が・・

14 Juillet …革命記念日

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今回明後日からの渡仏を決めたのは <パリ祭> に参加するためだ。これまではこの時期にパリを訪れるのは不可能だった。やっと念願がかなったというわけだ。

1789年7月14日にバスティーユの襲撃に端を発したフランス革命を記念する革命記念日のお祭りだ。シャンゼリゼでの軍事パレードはテレビやビデオでお馴染みだがぜひ現場の雰囲気を味わってみたい。

夜はオペラ・ガルニエで <天井桟敷の人々> を鑑賞することにしているので、今年の 14 Juillet  は忙しい。

パリ祭が過ぎればフランスはバカンスの幕開けだ。

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メトロのコンコルドが下車不可など会場周辺が広範囲にわたって交通規制されているため、2駅先の9号線、13号線PA_metro_ligne_13のミロメニル Miromesnil で下車、徒歩でAvvenue Matignon から入って ロータリ- Rond Point des Champs-Élysées  に陣取ることにした。

サルコジ大統領は10時に Avenue Friedland に到着後、軍用車で凱旋門からシャンゼリゼ大通りをコンコルド広場に向かう途中10時07分に前を通過した。

先頭車両の左、敬礼しているのがサルコジ大統領。

 

 

 

 

 

写真左の方が解像度がよい。上は敬礼していない。

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14日の記念日の前夜祭がバスティーユ広場をはじめ各所で行われるのだが、ヴァンセンヌでも教会横の広場で

老若男女がダンスに興じた。
屋台も出てビールやソーセージが安い値段で地元のおばさん連中によって振舞われていた。

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14日の革命記念日のトリはエッフェル塔を夜空に浮かび上がらせる花火だ。

ガルニエでバレエを鑑賞した後、腹おさえにオペラ直ぐのベトナム料理屋でホーを食べてからシャン・ド・マルス公園に向かった。

混雑を予想してメトロ8号線でエコール・ミリテールをやり過ごしラ・モット・ピケ・グルネル La Motte-Picquet Grenelle まで行ってから徒歩を選んだ。

 

 

 

11時直前にはエッフェル塔のイルミネーションも消灯され、やっと暮れた夏の夜空に花火とエッフェル塔のシルエットが映えわたった。

ロータリーとモニュメント…..20事例

  depuis que 2001

完全なロータリー式交差点は日本では珍しいが、パリでは凱旋門のあるシャルル・ド・ゴール・エトワールを代表に各所で見ることができる。
ロータリーとモニュメントとと題していくつかを案内しよう。

20を越えるロータリーとモニュメントは20事例を含めカテゴリー<広場とモニュメント>で個別に紹介しているのでそれを見ていただきたい。

先ずは12本の道路が放射状に集まるシャルル・ド・ゴール・エトワール。全体がシャルル・ド・ゴール広場と呼ばれていて中心に凱旋門が位置している。

手前はシャンゼリゼ大通りで、凱旋門を通して幽かにデファンスが望める。凱旋門は小山の頂上にあるため12本の道路はすべて下り坂になっている。また、ロータリーのためシャンゼリゼ通りから直進して門を潜り抜けることはできない。屋上に見物客の姿が・・

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ナション Nation 広場 のモニュメントは Monument de la République だ。

像の向きはフォーブル・サン・アントワーヌ通りをとおしてバスティーユ広場、その先はエッフェル塔だ。

メトロ2号線、6号線の始発駅であり、1号線、9号線とRER  A線 の停車駅である Nation はエトワールと対をなす大型円形ロータリーの地下だ。12本の放射道路のうちヴァンセンヌへ一直線のBoulevard Cour de Vincennes で開かれる朝市は規模の大きさで有名だ。

ニューヨークのバッテリーパークで到着列車が折り返すのではなくそのままぐるっと回って始発列車になるのに驚いたことがあるが、メトロ 2号線は到着列車が進行方向を変えることなくそのまま始発列車になる。広場の大きさが想像できようというものだ。

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ここしばらく続いていたナション広場の改修がほぼ一段落し、大木の伐採と潅木花木の植栽でモニュメントの見通しもよくなった。また同時に進行していた像後方の Trône の改装も終了した (写真右の2本の円柱) 。Cours de Vincennes の大規模改良もトラムの新設工事に関連する部分を除き概成した。(2011年8月)

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2011/07/23 の朝市で・・ウサギ Lapinと花



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メトロ6号線と8号線が交差するドメニル Daumesnil 広場 はライオンの噴水だ。クリスマスの時期にはイルミネーションが施される。
セーヌ川に向かってベルシー  Bercy へと下る ルイイ大通り Boulevard Reuilly (写真左方向) 沿い両側の朝市も中々だ。

写真手前から中央やや左に抜けるドメニル大通りはバスチーユからヴァンセンヌに至る道路。ナポレオン戦争時の将軍であり、1814年3月プロイセンにパリを陥落された際<フォート・ヴァンセンヌの防衛>としても名を残すことになるドメニルの名を冠したものである。ヴァンセンヌ市役所前に銅像がある。また、凱旋門にもその名が刻まれている。

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メトロ4号線、6号線と RER B 線のダンフェール・ロシュホー  Denfert Rochereau  はライオンだ。

真ん中の建物はRER B 線の駅舎で線路はその下にある。パリの国内線中心のオルリー空港へはRER B 線か駅前から出ているロワシーバスを利用するとよい。

右樹木奥にカタコンブの入り口がある。サルトル、ボーヴォワール、ボードレール等の眠るモンパルナス墓地も至近だ。左の緑地、駅舎などを含むロータリー全体がダンフェール・ロシュホー広場になっていてスケールが大きい。

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長方形のロータリーである コンコルド広場 Place de la Concorde のモニュメントは<ルクソールのオベリスク>とも<クレオパトラの針>とも呼ばれるオベリスクだ。

写真上ギリシャ様式の国民議会下院のブルボン宮と
写真下同様式のマドレーヌ寺院とは セーヌ川を挟んで直線上にある。
写真下左はホテルクリヨン、右は旧海軍省で、パリの東西の主軸であるリボリ通りはクリヨンのところで軸をずらせて シャンゼリゼ大通りへと向かう。
写真上でアンヴァリッド、モンパルナスタワーが見えるがエッフェル塔は視界に入らない。

写真上の左、下の右のチュイルリー公園から広場を見ると・・

中心軸から少し左にずらして撮影しているので、オベリスクの向こうに凱旋門を見ることができる。その間がシャンゼリゼ大通りだ。金色のゲートの向こうがコンコルド広場、こちら側がチュイルリー公園。曇天のようにみえるが、撮影ポイント付近はカンカン照り。

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長方形ロータリーのレピュブリック広場 Place de la République 

タンプル通りが中央を横切っている双子ロータリーだ。
広場にはホームレスなどもいるので、この辺りではキョロキョロ・ウロウロしないのが賢明だ。大改修後大長方形ロータリーとなって、現在は車で広場を横断することはできない。

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バスティーユ広場のモニュメントは7月革命の記念柱 Colonne de Juillet だ。

1830年7月27~29日の市民革命により、1815年に王制復古したブルボン王朝を打倒し立憲君主制を発足させたいわゆる<7月革命>の記念柱だ。

左写真に<27 28 29 ・ Juillet 1830> の銘が、右写真の正面には<・・市民のために戦ったフランス市民の栄光のために>の記載がある。1789年7月14日のフランス革命は当時この場所にあったバスティーユ (の監獄) の襲撃から始まった。革命後取り壊されて広場になっていた。

写真には写っていないが広場に面するオペラバスティーユはバスティーユからヴァンセンヌに至る元ヴァンセンヌ鉄道の駅舎の跡地だ。高架の鉄路は長い緑道として残っているし、リヨン駅からサンテミリオンに至る高架下はお洒落なブティックなどになっていて若者の人気が高いそうだ。。
また、広場の下にはサンマルタン運河が南北に横切っていて、メトロ1号線のホームから運河を望める。広場の北の運河上の緑道の一部はバスティーユの市場になっていて朝市で賑う。

Colonne de Juillet の先端には金色に輝く・・Le Génie de la Liberté(自由の守り神)が。。。      

メトロ7 号線 Sully Morland を出た所の Henri Galli 公園にバスティーユ監獄の基礎の一部が移設保存されている (写真右) 。

セーヌ川側からサンマルタン運河と<7月革命記念柱>を望む。
記念柱と緑がバスティーユ広場でその下が運河上にあるメトロ1号線のバスティーユ駅。右端にオペラバスティーユも見える。ボート群は大方ボートピープルだ。

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「ギメ美術館」が面するイエナ広場 Place d’Iéna のモニュメントはアメリカ合衆国の初代大統領ワシントンの騎馬像だ。

Iéna

Musée National des Arts Asiatiques-Guimet

車が停車しているのが Av. du Président Wilson で騎馬像方向にトロカデロ広場に至る。

アルマ・マルソーからイエナ間での道路側帯で開かれるイエナ・プレジダン・ウィルソンの朝市は鮮度の良さで知られる超高級朝だ。        メトロ9号線 Iéna か Arma Marceau で下車。

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 ヴィクトワール広場 Place des Victoires はルイ14世の騎馬像だ。
6本の道路が放射する円形ロータリー。
騎馬像は太陽王ルイ14世のせいだろう、フランス革命後に取り壊され王政復古後に再建されたとの記録がある。

手前にヴィクトール門があり、抜けると<京子食品>の面する Rue de Petit Champs  で、オペラ大通りに出るまでに<十字屋><安兵衛><来々軒>など日本料理店の多いサンタンヌ通り Rue Ste-Anne を横切る。参照 : バスで行く区役所巡り 2区

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トロカデロと11月11日広場 Place du Trocadéro et du 11 Novémbre のモニュメントは FOCH の騎馬像だ。シャイヨー宮を通して真っすぐエッフェル塔を向いている。

FOCH は銘板から推測できるかも知れないが、第一次世界大戦時の西部戦線の仏英連合軍の総司令官であり、また1918年11月11日11時に交わされた休戦協定時のフランス元帥 Mareshal de France であった。11月11日広場というのは第一次世界大戦の終戦記念広場の意だ。

隣接するパッシー墓地の壁面に <名も無き英雄たち> を称えるレリーフがある。

またフォッシュは銘板にあるようにイギリスとポーランドの元帥でもあったので、トラファルガー広場にも FOCH の騎馬像がある。8月9日から13日までロンドンに滞在することとしているので今度は写真を撮ってこよう。

凱旋門からの Avenue Foch は超高級住宅地を貫く広々とした大通りで、スエズ運河を開削したレセップスの大邸宅がブーローニュの森に向かって右側にあったはずだが・・・

よく出張するのでオルセー美術館で見れるとは限らないのだが、<草上の朝食><オランビア>で有名な マネ Manet などが眠るパッシー墓地は広場に接している。市内観光に便利な パリ・ルージュ の発着地点でもある。

セーヌ川をイエナ橋で渡河してブランディ河岸 Quai Brandy から振り返って見たシャイヨー宮である。解像度が悪くて見難いものの中央に FOCH  の騎馬像が・・そこが6本の道路が集まるロータリーだ。

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レオン・ブリュム広場 Place Léon Blum の中心のモニュメントは・・・

オスマンのパリ改造計画の基幹の一つであるレピュブリック広場とナション広場(いずれも既出)を繋ぐ直線のヴォルテール大通りが横切るほか7本の道路が放射する四角形のロータリーだ。正面建物に沿って右側にレピュブリック広場、左側にナション広場だ。ビルの間のラ・ロケット通りはバスチーユに向かう。メトロ9号線の Voltaire が広場の地下にある。

現在のモニュメントは今風のオブジェになっているが、以前は広場の名になっている Léon Blum の彫像が置かれていた。(バスで行く区役所巡り その3 11区の写真 を参照されたい。)

レオン・ブリュムはヨーロッパにファシズムの嵐が吹き荒れるなか、1936年6月に発足した人民戦線内閣の首相であり、また第二次世界大戦後の臨時内閣の首相も務めた人物だ。
この地域から下院議員に初当選したことに因んで旧ヴォルテール広場を改称した。写ってはいないが右側にある区役所巡りで紹介済みの11区の区役所の前庭に彫像は移設されている。ユダヤ系フランス人だったこともあり1940年パリ陥落後逮捕されドイツの強制収容所に収容されるなど激動の人生だった。

モニュメントが夏には夾竹桃のヴェースに。右が区役所前に移設された<リオン ブリュム>像。

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ヴィクトルユゴー広場 Place Victor Hugo は噴水だ。この広場は10本の道路が集まる円形ロータリーだ。

シャルル・ド・ゴール広場からブーローニュの森に至る Avenue Victor Hugo 沿いは Avenue  Foch 沿いと並んで超高級住宅地だ。在仏日本大使館勤務の後輩がこの辺りの家具、調度品付の邸宅に住んでいて食事に招待されたことを思い出す。

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クリシー広場 Place de Clichy は戦勝記念のモニュメントだ。

写真手前側が Boulevard de Clichy クリシー大通りで、ムーランルージュのあるピガール広場に向かう。前方の緑はバティニョル大通りで、凱旋門に一直線だ。

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シャルルドゴールエトワールやナションと並んで大型で完全な円形ロータリーであるイタリア広場 Place d’Italie のモニュメントは噴水とアルフォンジュアンの功績碑だ。

ジュアン元帥は第2次世界大戦においてアルジェリアのチュニス戦線とイタリアの山岳戦で名を馳せた名将だ。

像の向いている方向はアルジェリアとイタリアの方向である。

噴水の向こうに見えているのがパンテオンで広場からゴブラン大通りが延びている。元帥の右に透けて見えるのは13区の区役所だ。
国立ゴブラン工場 Manufacture Nationale des Gobelin が通りの左側にある。

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マレシャル・ジュワン広場 Place du Maréchal Juin には特段のモニュメントはなく庭園となっていて Boulevard Péreire の中央緑地帯であるプロムナードと一体になってマイヨー門広場及び隣接するブーローニュの森に連続している。

10本の道路が集まる大きな円形ロータリー。写真右奥はポルト・ド・マイヨー広場でその左にはブーローニュの森が拡がっている。

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 サント=ギュスタン広場 Place St-Augustin  のモニュメントはジャンヌダルクの騎馬像だ。

このロータリは9本の道路が交差する変型交差点で非常に分かり辛く,またサン=ラザール駅に近接していることも手伝って交通渋滞が常態だ。

右は教会の前からでモニュメントは後ろ向き。

ジャンヌダルク像は St-Augstin 教会の真前中央だ。

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ブルトゥイユ広場 Place de Breteuil のモニュメントは狂犬病の予防接種で知られるパスツールの坐像だ。
ウイルスがまだ知られていない時代にワクチンの予防接種に辿り着いた細菌学の元祖だ。

像もさることながら台座も素晴らしい。如何に人々や家畜に慕われていたかを想像できるではないか。
像の正面はアンヴァリッド、後ろはプロムナードを経てパスツール大通りへ。メトロ6 、12 号線 Pasteur 駅を右に折れると Hôpital Pasteur だ。

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シャトレ広場 Place du Châtelet は豪華なスフィンクスの台座に金色で目立つ勝利の女神像を乗せた泉 fontaine だ。

写真左の建物はパリシャトレ劇場、泉を挟んで対面にパリ市立劇場がある。

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エドモンロスタン広場 Place Edmond Rostand のモニュメントは噴水だ。

写真手前はリュクサンブール公園、正面はパンテオン。この街燈と交通標識は邪魔だが、街燈そのものは素敵だ。

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フォントノア広場 Place de Fontenoy は Ecole Militaire 前の半円ロータリーでモニュメントは Monument de la Défense Nationale  だ。

モニュメントは写真下右の旧陸軍士官学校の正面を向いていてその向こうにエッフェル塔が位置する。背後の建物は右ウイングに陣取る「世界遺産のユネスコ本部」だ。下左は各国の世界遺産を例示した看板のうち日本の事例で宮島、中央はユネスコ本部入り口。

 

 

 

 

(未完)

そのほか多数の事例を別稿で紹介しています。カテゴリー<広場とモニュメント>をクリックして御覧ください。その続きは<ギャラリー・イグレックの日記帳-2、3>でご覧ください。

ツール・ド・フランス ( Le Tour de France ) 2010 シャンゼリゼ大通り

   depuis  2001

今年のツール・ド・フランスの最終日は7月24日の日曜日に決まった。昨年はシャンゼリゼ通り、一昨年はビブリオテーク・ミッテランの国立図書館前で観戦したが、今年はどこにするかまだ決めていない。

一昨年の場所はセーヌ川をトルビアック橋で右岸から左岸に渡った直後、フランス国立図書館前の直線コースでスピードが落ち絶好の観戦ポイントだと思いきや、あっという間に集団が通過、いかにもあっけなかった。昨年のシャンゼリゼ大通りは周回コースのためスピードはさほどでなかったものの観戦者や各国のチームの応援団が多すぎて場所取りが大変だった。少なくとも4時間前には観戦場所を確保しておく必要があるから。

撮影地点は  ロン・ポワン・デ・シャンゼリゼでフランクリン・ルーズベルト大通りとの交差点だ。選手がシャルル・ド・ゴール・エトワールからコンコルド広場に向かって集団となって通過中だ。

実は、素人には選手団が到着する前に行われる車を使ったスポンサーによる広告宣伝が面白い。次から次へと時速40~50キロのスピードで走り抜けていく。それが2時間程度続くのだ。

お菓子類、水・ジュース類・帽子など様々な参加企業の商品が観客の方に投げられ、観客は我先にとこぞってそれを拾うわけだ。近年は安全を考えて投下される商品も限られてきて以前の賑いはない。

では、参加企業のいくつかを紹介して雰囲気を味わっていただこう。

 

 

左は2009年の物。Vittel のペットボトルなどにもロゴが入っていて、それを喜ぶ人もいる。<参加した>という気持ちになるのは確かだ。

エッフェル塔百態 19  ロン・ポワン・デ・シャンゼリゼ

    depuis  2001

四季の花々で年中埋め尽くされているロン・ポワン・デ・シャンゼリゼ Rond-Point des Champse-Élysées から見るエッフェル塔である。

この写真は今年の4月のもの。円形に配置されている花壇をさらにぐるっとマロニエの並木が取り囲んでいる。

エッフェル塔の方角はシャンゼリゼ大通りとジョルジュサンク大通りとともに黄金のトライアングルの一角を構成するモンテーニュ大通り。

2010年のツール・ド・フランスと2011年のパリ祭とはここに場所取りした。

エッフェル塔百態 18  コンコルド広場

    depuis  2001

      コンコルド広場から見たエッフェル塔である。

この日は2010年7月のツール・ド・フランスの最終日で、
コース管理の状況やディスプレイが覗える。周回するコンコルド広場と凱旋門との間シャンゼリゼ大通りは観戦者で最も賑わう場所である。

ツール・ド・フランスについては別稿で紹介する。

早春のシャンゼリゼ・・・プラタナス platane

   depuis  2001

マロニエ (栃の木) の芽吹きは3月末から始まり、4月初めには開花から一気に満開となりましたが、パリの街路樹に多いプラタナス (鈴懸) は、比してやや遅れ気味になります。

シャンゼリゼ大通りの街路樹もプラタナスですので、4月初めはまだこんな感じで建物や空が透けて見えています。既に、小さいながらも鈴を沢山付けています。

2011.04.09

http://www.youtube.com/results?search_query=%E6%97%A9%E6%98%A5%E3%81%AE%E3%83%91%E3%83%AA&aq=f

<早春のパリ> をご覧ください。