ロータリーとモニュメント 10  トロカデロと11月11日広場

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トロカデロと11月11日広場 Place du Trocadero et du 11 Novembre のモニュメントはFOCH の騎馬像だ。シャイヨー宮を通して真っすぐエッフェル塔・旧陸軍士官学校・ジョフリ元帥の騎馬像を向いている。

Pl. du Trocadéro et du 11 Novémbre

FOCH は銘板から推測できるかも知れないが、第一次世界大戦時の西部戦線の仏英連合軍の総司令官であり、また1918年11月11日11時に交わされた休戦協定時のフランス元帥 Mareshal de France であった。11月11日広場というのは第一次世界大戦の終戦記念広場の意だ。

隣接するパッシー墓地の壁面に <名も無き英雄たち> を称えるレリーフがある。

Pl. du Trocadéro et du 11 Novémbre

また、フォッシュは銘板にあるようにイギリスとポーランドの元帥でもあったので、トラファルガー広場の近くにも FOCH の騎馬像がある。8月9日から13日までロンドンに滞在することとしているので今度は写真を撮ってこよう。(ロンドン Rondres の Foch は下に写真)

凱旋門からの Avenue Foch は超高級住宅地を貫く広々とした大通りで、スエズ運河を開削したレセップスの大邸宅がブーローニュの森に向かって右側にあったはずだが・・・

よく出張するのでオルセー美術館で見れるとは限らないのだが、<草上の朝食><オランビア>で有名な マネ Manet などが眠るパッシー墓地は広場に接している。上写真のレリーフの擁壁の向こうが墓地だ。市内観光に便利な パリ・ルージュ の発着地点でもある。

セーヌ川をイエナ橋で渡河してブランリィ河岸 Quai Branly から振り返って見たシャイヨー宮である。解像度が悪くて見難いものの中央に FOCH  の騎馬像が・・そこが6本の道路が集まるロータリーだ。

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United Kingdom FlagロンドンのFOCH  の騎馬像。ヴィクトリア駅を出て正面の公園の前にある。

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エッフェル塔百態 29  オランジュリー美術館

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Musée de l'Orangerie

オランジュリー美術館正面右前からのエッフェル塔の冬景色。

Tour Eiffel

左にエッフェル塔、中央にシャイヨー宮、右にグランパレ。手前にコンコルド広場とセーヌを渡るコンコルド橋。
樹木落葉で見通しがよく、金色に輝いているのがアレクサンドル3世橋。

オランジュリー美術館といえば モネ だが、2010年の12月の企画展で見たマリー・ローランサンの絵を2枚載せておこう。

ロータリーとモニュメント…..20事例

  depuis que 2001

完全なロータリー式交差点は日本では珍しいが、パリでは凱旋門のあるシャルル・ド・ゴール・エトワールを代表に各所で見ることができる。
ロータリーとモニュメントとと題していくつかを案内しよう。

20を越えるロータリーとモニュメントは20事例を含めカテゴリー<広場とモニュメント>で個別に紹介しているのでそれを見ていただきたい。

先ずは12本の道路が放射状に集まるシャルル・ド・ゴール・エトワール。全体がシャルル・ド・ゴール広場と呼ばれていて中心に凱旋門が位置している。

手前はシャンゼリゼ大通りで、凱旋門を通して幽かにデファンスが望める。凱旋門は小山の頂上にあるため12本の道路はすべて下り坂になっている。また、ロータリーのためシャンゼリゼ通りから直進して門を潜り抜けることはできない。屋上に見物客の姿が・・

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ナション Nation 広場 のモニュメントは Monument de la République だ。

像の向きはフォーブル・サン・アントワーヌ通りをとおしてバスティーユ広場、その先はエッフェル塔だ。

メトロ2号線、6号線の始発駅であり、1号線、9号線とRER  A線 の停車駅である Nation はエトワールと対をなす大型円形ロータリーの地下だ。12本の放射道路のうちヴァンセンヌへ一直線のBoulevard Cour de Vincennes で開かれる朝市は規模の大きさで有名だ。

ニューヨークのバッテリーパークで到着列車が折り返すのではなくそのままぐるっと回って始発列車になるのに驚いたことがあるが、メトロ 2号線は到着列車が進行方向を変えることなくそのまま始発列車になる。広場の大きさが想像できようというものだ。

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ここしばらく続いていたナション広場の改修がほぼ一段落し、大木の伐採と潅木花木の植栽でモニュメントの見通しもよくなった。また同時に進行していた像後方の Trône の改装も終了した (写真右の2本の円柱) 。Cours de Vincennes の大規模改良もトラムの新設工事に関連する部分を除き概成した。(2011年8月)

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2011/07/23 の朝市で・・ウサギ Lapinと花



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メトロ6号線と8号線が交差するドメニル Daumesnil 広場 はライオンの噴水だ。クリスマスの時期にはイルミネーションが施される。
セーヌ川に向かってベルシー  Bercy へと下る ルイイ大通り Boulevard Reuilly (写真左方向) 沿い両側の朝市も中々だ。

写真手前から中央やや左に抜けるドメニル大通りはバスチーユからヴァンセンヌに至る道路。ナポレオン戦争時の将軍であり、1814年3月プロイセンにパリを陥落された際<フォート・ヴァンセンヌの防衛>としても名を残すことになるドメニルの名を冠したものである。ヴァンセンヌ市役所前に銅像がある。また、凱旋門にもその名が刻まれている。

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メトロ4号線、6号線と RER B 線のダンフェール・ロシュホー  Denfert Rochereau  はライオンだ。

真ん中の建物はRER B 線の駅舎で線路はその下にある。パリの国内線中心のオルリー空港へはRER B 線か駅前から出ているロワシーバスを利用するとよい。

右樹木奥にカタコンブの入り口がある。サルトル、ボーヴォワール、ボードレール等の眠るモンパルナス墓地も至近だ。左の緑地、駅舎などを含むロータリー全体がダンフェール・ロシュホー広場になっていてスケールが大きい。

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長方形のロータリーである コンコルド広場 Place de la Concorde のモニュメントは<ルクソールのオベリスク>とも<クレオパトラの針>とも呼ばれるオベリスクだ。

写真上ギリシャ様式の国民議会下院のブルボン宮と
写真下同様式のマドレーヌ寺院とは セーヌ川を挟んで直線上にある。
写真下左はホテルクリヨン、右は旧海軍省で、パリの東西の主軸であるリボリ通りはクリヨンのところで軸をずらせて シャンゼリゼ大通りへと向かう。
写真上でアンヴァリッド、モンパルナスタワーが見えるがエッフェル塔は視界に入らない。

写真上の左、下の右のチュイルリー公園から広場を見ると・・

中心軸から少し左にずらして撮影しているので、オベリスクの向こうに凱旋門を見ることができる。その間がシャンゼリゼ大通りだ。金色のゲートの向こうがコンコルド広場、こちら側がチュイルリー公園。曇天のようにみえるが、撮影ポイント付近はカンカン照り。

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長方形ロータリーのレピュブリック広場 Place de la République 

タンプル通りが中央を横切っている双子ロータリーだ。
広場にはホームレスなどもいるので、この辺りではキョロキョロ・ウロウロしないのが賢明だ。大改修後大長方形ロータリーとなって、現在は車で広場を横断することはできない。

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バスティーユ広場のモニュメントは7月革命の記念柱 Colonne de Juillet だ。

1830年7月27~29日の市民革命により、1815年に王制復古したブルボン王朝を打倒し立憲君主制を発足させたいわゆる<7月革命>の記念柱だ。

左写真に<27 28 29 ・ Juillet 1830> の銘が、右写真の正面には<・・市民のために戦ったフランス市民の栄光のために>の記載がある。1789年7月14日のフランス革命は当時この場所にあったバスティーユ (の監獄) の襲撃から始まった。革命後取り壊されて広場になっていた。

写真には写っていないが広場に面するオペラバスティーユはバスティーユからヴァンセンヌに至る元ヴァンセンヌ鉄道の駅舎の跡地だ。高架の鉄路は長い緑道として残っているし、リヨン駅からサンテミリオンに至る高架下はお洒落なブティックなどになっていて若者の人気が高いそうだ。。
また、広場の下にはサンマルタン運河が南北に横切っていて、メトロ1号線のホームから運河を望める。広場の北の運河上の緑道の一部はバスティーユの市場になっていて朝市で賑う。

Colonne de Juillet の先端には金色に輝く・・Le Génie de la Liberté(自由の守り神)が。。。      

メトロ7 号線 Sully Morland を出た所の Henri Galli 公園にバスティーユ監獄の基礎の一部が移設保存されている (写真右) 。

セーヌ川側からサンマルタン運河と<7月革命記念柱>を望む。
記念柱と緑がバスティーユ広場でその下が運河上にあるメトロ1号線のバスティーユ駅。右端にオペラバスティーユも見える。ボート群は大方ボートピープルだ。

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「ギメ美術館」が面するイエナ広場 Place d’Iéna のモニュメントはアメリカ合衆国の初代大統領ワシントンの騎馬像だ。

Iéna

Musée National des Arts Asiatiques-Guimet

車が停車しているのが Av. du Président Wilson で騎馬像方向にトロカデロ広場に至る。

アルマ・マルソーからイエナ間での道路側帯で開かれるイエナ・プレジダン・ウィルソンの朝市は鮮度の良さで知られる超高級朝だ。        メトロ9号線 Iéna か Arma Marceau で下車。

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 ヴィクトワール広場 Place des Victoires はルイ14世の騎馬像だ。
6本の道路が放射する円形ロータリー。
騎馬像は太陽王ルイ14世のせいだろう、フランス革命後に取り壊され王政復古後に再建されたとの記録がある。

手前にヴィクトール門があり、抜けると<京子食品>の面する Rue de Petit Champs  で、オペラ大通りに出るまでに<十字屋><安兵衛><来々軒>など日本料理店の多いサンタンヌ通り Rue Ste-Anne を横切る。参照 : バスで行く区役所巡り 2区

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トロカデロと11月11日広場 Place du Trocadéro et du 11 Novémbre のモニュメントは FOCH の騎馬像だ。シャイヨー宮を通して真っすぐエッフェル塔を向いている。

FOCH は銘板から推測できるかも知れないが、第一次世界大戦時の西部戦線の仏英連合軍の総司令官であり、また1918年11月11日11時に交わされた休戦協定時のフランス元帥 Mareshal de France であった。11月11日広場というのは第一次世界大戦の終戦記念広場の意だ。

隣接するパッシー墓地の壁面に <名も無き英雄たち> を称えるレリーフがある。

またフォッシュは銘板にあるようにイギリスとポーランドの元帥でもあったので、トラファルガー広場にも FOCH の騎馬像がある。8月9日から13日までロンドンに滞在することとしているので今度は写真を撮ってこよう。

凱旋門からの Avenue Foch は超高級住宅地を貫く広々とした大通りで、スエズ運河を開削したレセップスの大邸宅がブーローニュの森に向かって右側にあったはずだが・・・

よく出張するのでオルセー美術館で見れるとは限らないのだが、<草上の朝食><オランビア>で有名な マネ Manet などが眠るパッシー墓地は広場に接している。市内観光に便利な パリ・ルージュ の発着地点でもある。

セーヌ川をイエナ橋で渡河してブランディ河岸 Quai Brandy から振り返って見たシャイヨー宮である。解像度が悪くて見難いものの中央に FOCH  の騎馬像が・・そこが6本の道路が集まるロータリーだ。

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レオン・ブリュム広場 Place Léon Blum の中心のモニュメントは・・・

オスマンのパリ改造計画の基幹の一つであるレピュブリック広場とナション広場(いずれも既出)を繋ぐ直線のヴォルテール大通りが横切るほか7本の道路が放射する四角形のロータリーだ。正面建物に沿って右側にレピュブリック広場、左側にナション広場だ。ビルの間のラ・ロケット通りはバスチーユに向かう。メトロ9号線の Voltaire が広場の地下にある。

現在のモニュメントは今風のオブジェになっているが、以前は広場の名になっている Léon Blum の彫像が置かれていた。(バスで行く区役所巡り その3 11区の写真 を参照されたい。)

レオン・ブリュムはヨーロッパにファシズムの嵐が吹き荒れるなか、1936年6月に発足した人民戦線内閣の首相であり、また第二次世界大戦後の臨時内閣の首相も務めた人物だ。
この地域から下院議員に初当選したことに因んで旧ヴォルテール広場を改称した。写ってはいないが右側にある区役所巡りで紹介済みの11区の区役所の前庭に彫像は移設されている。ユダヤ系フランス人だったこともあり1940年パリ陥落後逮捕されドイツの強制収容所に収容されるなど激動の人生だった。

モニュメントが夏には夾竹桃のヴェースに。右が区役所前に移設された<リオン ブリュム>像。

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ヴィクトルユゴー広場 Place Victor Hugo は噴水だ。この広場は10本の道路が集まる円形ロータリーだ。

シャルル・ド・ゴール広場からブーローニュの森に至る Avenue Victor Hugo 沿いは Avenue  Foch 沿いと並んで超高級住宅地だ。在仏日本大使館勤務の後輩がこの辺りの家具、調度品付の邸宅に住んでいて食事に招待されたことを思い出す。

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クリシー広場 Place de Clichy は戦勝記念のモニュメントだ。

写真手前側が Boulevard de Clichy クリシー大通りで、ムーランルージュのあるピガール広場に向かう。前方の緑はバティニョル大通りで、凱旋門に一直線だ。

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シャルルドゴールエトワールやナションと並んで大型で完全な円形ロータリーであるイタリア広場 Place d’Italie のモニュメントは噴水とアルフォンジュアンの功績碑だ。

ジュアン元帥は第2次世界大戦においてアルジェリアのチュニス戦線とイタリアの山岳戦で名を馳せた名将だ。

像の向いている方向はアルジェリアとイタリアの方向である。

噴水の向こうに見えているのがパンテオンで広場からゴブラン大通りが延びている。元帥の右に透けて見えるのは13区の区役所だ。
国立ゴブラン工場 Manufacture Nationale des Gobelin が通りの左側にある。

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マレシャル・ジュワン広場 Place du Maréchal Juin には特段のモニュメントはなく庭園となっていて Boulevard Péreire の中央緑地帯であるプロムナードと一体になってマイヨー門広場及び隣接するブーローニュの森に連続している。

10本の道路が集まる大きな円形ロータリー。写真右奥はポルト・ド・マイヨー広場でその左にはブーローニュの森が拡がっている。

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 サント=ギュスタン広場 Place St-Augustin  のモニュメントはジャンヌダルクの騎馬像だ。

このロータリは9本の道路が交差する変型交差点で非常に分かり辛く,またサン=ラザール駅に近接していることも手伝って交通渋滞が常態だ。

右は教会の前からでモニュメントは後ろ向き。

ジャンヌダルク像は St-Augstin 教会の真前中央だ。

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ブルトゥイユ広場 Place de Breteuil のモニュメントは狂犬病の予防接種で知られるパスツールの坐像だ。
ウイルスがまだ知られていない時代にワクチンの予防接種に辿り着いた細菌学の元祖だ。

像もさることながら台座も素晴らしい。如何に人々や家畜に慕われていたかを想像できるではないか。
像の正面はアンヴァリッド、後ろはプロムナードを経てパスツール大通りへ。メトロ6 、12 号線 Pasteur 駅を右に折れると Hôpital Pasteur だ。

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シャトレ広場 Place du Châtelet は豪華なスフィンクスの台座に金色で目立つ勝利の女神像を乗せた泉 fontaine だ。

写真左の建物はパリシャトレ劇場、泉を挟んで対面にパリ市立劇場がある。

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エドモンロスタン広場 Place Edmond Rostand のモニュメントは噴水だ。

写真手前はリュクサンブール公園、正面はパンテオン。この街燈と交通標識は邪魔だが、街燈そのものは素敵だ。

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フォントノア広場 Place de Fontenoy は Ecole Militaire 前の半円ロータリーでモニュメントは Monument de la Défense Nationale  だ。

モニュメントは写真下右の旧陸軍士官学校の正面を向いていてその向こうにエッフェル塔が位置する。背後の建物は右ウイングに陣取る「世界遺産のユネスコ本部」だ。下左は各国の世界遺産を例示した看板のうち日本の事例で宮島、中央はユネスコ本部入り口。

 

 

 

 

(未完)

そのほか多数の事例を別稿で紹介しています。カテゴリー<広場とモニュメント>をクリックして御覧ください。その続きは<ギャラリー・イグレックの日記帳-2、3>でご覧ください。

エッフェル塔百態 25  シャン・ド・マルス公園

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Parc du Champ de Mars からのエッフェル塔。真正面がシャイヨー宮 ( Palais de Chaillot ) だ。イルミネーションの正面はシャイヨー宮側だが、エッフェル塔の全景を強調するにはシャン・ド・マルス公園側が良い。雑物が一切入らないからだ。そして何より順光である。

Tour Eiffel

もう少し旧陸軍士官学校 Ecole Militaire の方に視点を移すと・・・

Tour Eiffel

写真上のエッフェル塔アーチを見ると<ロータリーとモニュメント>で案内した Foch の騎馬像が・・トロカデロと11月11日広場だ。

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少し公園の右の並木道の方に入ると。。。

シャンドマルス公園

エッフェル塔百態 14  コンコルド橋

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Pont de la Concorde / Pont Alexande III

コンコルド橋からセーヌ川の下流方向にアレクサンドル3世橋とエッフェル塔。
中央奥の建物はシャイヨー宮で、三色旗を掲げている方が右ウイング。

アレクサンドル3世橋はロシアのロマノフ王朝最後の皇帝として知られるニコライ2世が1900年に友好関係にあったフランス政府に贈ったものです。

 ここは、最も人気のあるセーヌ川のビュウポイントの一つです。
写真上でクリックし、拡大した写真上でもう一度クリックしてみてください。