Roue de Paris

   depuis  2001

ノエルの一環でパリの観覧車は、今、コンコルド広場にある。
Roue de Paris パリの歯車(車輪)とある。

ロンドンでは目に見え、パリでは車輪に見える。
アントワーペンではダイヤモンドに見えるらしい。

右側が凱旋門で左がチュイルリー公園。
左に見える馬の彫像は アントワーヌ·コワズヴォ Antoine Coysevox  (1640 – 1720) 作の<ペガサスに乗るメルキュール  Mercure monté sur Pégase (1699 – 1702) >。

Roue de Paris

Morocco Flag Maroc

モロッコのマラケシュ Marrakech の博物館で、
観覧車はアラブに起源を有するという説明を目にした。写真がそれ: 伝統のブランコ balançoires traditionnelles : で、この実物が展示されていた。

何よりも水が貴重な国の伝統のスパ(スーペリア)での4連泊は王侯貴族の気分を味わえて最高だった。お風呂も。モロッコの公用語はフランス語。フナ広場でその後乱射事件があった。

なお、カフェ/アン・キャンズでプリンに使用しているグラスはマラケッシュのもの。

1083

エッフェル塔百態 80 オベリスク・海の泉/コンコルド広場

   depuis  2001

11月24日17時24分薄暮のコンコルド広場からのエッフェル塔 Tour Eiffel 。

ヒエログリフ(神聖文字)のオベリスク Obélisque を右に、
そして左には海の泉Fontaine des Mers 。

エッフェル塔は点灯したばかり。オベリスクはその前からライトアップされている。

302

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Hong Kong Flag

もう20年以上も前になりますが、香港の夕焼けと夜景を想い出します。最近の様子を知りたいものです。

Philippines Flag

35年も前ですが、マニラの夕日には感動しました。

エッフェル塔百態 79  大河の泉/コンコルド広場

   depuis  2001

ノエルと新年に向けての準備が整い、
多くの観光客とパリ市民で賑う薄暮のコンコルド広場から見るエッフェル塔。

手前に写っているのは、
広場にある二つの噴水のうち<大河の噴水 Fontaine des Fleuves>と呼ばれるもの。

広場の設計をしたのは アンジュ=ジャック・ガブリエル Ange-Jacques Gabriel (1698-1782)だが、
オベリスク/クレオパトラの針を挟んでセーヌ川側の<海の噴水  Fontaine des Mers >と対で噴水を配置した(1836)のは ジャック・イニャス・イトルフ  Jacques Ignace Hittorff (1792-1867) だ。

パリ1区と5区の区役所、パリ北駅、フランツ・リスト広場の Église Saint-Vincent-de-Paul も彼の作品。

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昨25日の昼は<フェルメット・マルブフ 1900>で星川君のパリ個展の成功裡での終了を祝した。来月のノエルまで暫しパリとお別れだ。

パリの街燈 réverbère 4                      コンコルド広場 Pl.de la Concorde

   depuis  2001

エトワール凱旋門からシャンゼリゼ大通りを下って終点のコンコルド広場には複数の種類の街燈がある。広めに俯瞰すると・・・

金色の<クレオパトラの針>と呼ばれるオベリスクがシャンゼリゼ大通りからの中心で、シャンゼリゼはグラン・パレの方向に街路樹の切れ目のところを右斜めに走る。

手前2連の街燈はリヴォリ通りのもの(広場は擁壁から右)でオテル・ド・ヴィルのそれと同タイプ。その右の街燈がシャンゼリゼ大通りの街燈と同タイプ。
金色の街燈はコンコルド広場だけのもの。

コンコルド広場に設置されている金色の吻側・燭台型街燈。ヒットルフ Jacques Ignace Hittorff (1792-1867)の作品。左端の噴水/海の泉の左がシャンゼリゼ大通り。

ツール・ド・フランスの周回コースはシャンゼリゼからこの噴水の左へセーヌ河岸に出て、右のほうからシャンゼリゼに入る。街燈の手前は金色のゲートを通ってチュイルリー公園だ。

下はシャンゼリゼと同タイプの3連街燈。オベリスクから左端の方角にシャンゼリゼ。

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暗くなると。。。

2010年12月のチュイルリー公園

   depuis  2001

今年の師走はアン・キャンズ・カフェのため川之江に滞在しています。そこで昨年のパリを思い出してみました。寒そうな冬景色ですが体感ではさほどではありません。冬のパリは湿度が高く風がないからです。東京の冬は夏と反対に湿度が低く風があって気温以上に寒く感じられます。

下の写真は12月5日のもので、オランジュリー美術館の中からチュイルリー公園・コンコルド広場の方向を見たものです。今年もきっと同じでしょう。

コンコルド広場東端に仮設されている観覧車の右に透けて見えるのが旧海軍省でその左はクリヨンです。

Jardin des Tuileries/2010/12

真ん中はロダン Auguste Rodin作の L’Ombre(1880)。右がEve(1881)。アダムとイヴ。
左は La Méditation,avec bras(1881)。

ロータリーとモニュメント 42  マドレーヌ広場

   depuis  2001

ロワイヤル通り、マドレーヌ大通り、マルセルブ大通りなど8本が集まるマドレーヌ広場 Pl. de la Madeleine のモニュメントはマドレーヌ寺院(右)だが、

2009年にはテンポラリーに…..(下)     Louis Derbré(1925-2011) の作品。リュクサンブール公園のメディチの泉にあったこともある。

寺院正面の通りがロワイヤル通りで手前がコンコルド広場。下の写真は寺院裏側で、左に<フォーション>、右に<エディアール>が広場に面している。

また、ロワイヤル通りの左側には<ラリック><クリストフル><マキシム><ベルナール>などの高級店が連なっている。<バカラ>は正面左手で広場に面している。

最近ユーロ安が進んでいるがもっと円高だった頃ラリックに通い詰たのが懐かしいが、掛かりつけだったB.Y.さんはその後どうしているのだろう?景気の低迷で店舗を縮小してから久しい。

マリアージュ・フレール>のお店もエディアールの横にあります。ただしマドレーヌ店はブティックのみ。サロン・ド・テはないので、お茶をしたい場合はフォーションか<ラデュレ>となりますか・・

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マドレーヌ寺院の正面からブルボン宮を見ると(2006年8月)・・ロワイヤル通り Rue Royale

ロータリーとモニュメント 32  ブルボン宮広場

   depuis  2001

コンコルド広場からセーヌ川の方にギリシャ様式の国民会議(フランス議会下院)、ブルボン宮が見えるが、その裏側の下院  Assemblée Nationale (Palais Bourbon) の車寄せというか小さなロータリー、ブルボン宮広場 Place du Palais Bourbon のモニュメント。

<法 La Loi> と名付けられたジャン=ジャック・フッシェル Jean-Jacques Feuchère (1807-52) の作品(1852)で1854年に設置された。

写真下はコンコルド橋からのブルボン宮。

Pl. du Palais Bourbon

Assemblée Nationale (Palais Bourbon)

ロータリーとモニュメント 5  コンコルド広場

   depuis  2001

      長方形のロータリーである コンコルド広場 Place de la Concorde のモニュメントは
<ルクソールのオベリスク>とも<クレオパトラの針>
とも呼ばれるオベリスク Obélisque だ。

そして、オベリスクを挟んで2つの噴水:                                                                                                <手前に大河の泉 Fontaine des Fleuves 、奥(南側)に海の泉  Fontaine des Mers  >がある。

写真上ギリシャ様式の国民議会下院のブルボン宮 (1728) と

写真下同様式(新古典・ネオクラシック)のマドレーヌ寺院  (1826) とは
セーヌ川を挟んで直線上にある。

写真下左はホテル・クリヨン L’hôtel de Crillon 右は旧海軍省 L’hôtel de la Marine で(ガブリエル Ange-Jacques Gabriel によるツインの古典様式建築 1774)、

パリの主軸であるリボリ通りはクリヨンで軸をずらせて シャンゼリゼ大通りへと向かう。

写真上でアンヴァリッド、モンパルナスタワー、ネオ・ゴシック様式のサント・クロチルド聖堂が見えるがエッフェル塔は視界に入らない。

写真上の左、下の右のチュイルリー公園から広場を見ると・・

中心軸から少し左にずらして撮影しているので、
オベリスクの向こうに凱旋門を見ることができる。

その間がシャンゼリゼ大通りだ。
金色のゲートの向こうがコンコルド広場、こちら側がチュイルリー公園。

曇天のようだが撮影ポイントはカンカン照り。

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このポイントだとモンパルナスタワーは入らない。

Pl. de la Concorde                                                                                                                                                                                    2012.08.07

エッフェル塔百態 29  オランジュリー美術館

   depuis  2001

      オランジュリー美術Musée de l'Orangerie館正面右前からのエッフェル塔の冬景色。

Tour Eiffel

左にエッフェル塔、中央にシャイヨー宮、右にグランパレ。手前にコンコルド広場とセーヌを渡るコンコルド橋。

樹木落葉で見通しがよく、金色に輝いているのがアレクサンドル3世橋。

オランジュリー美術館といえば モネ だが、2010年の12月の企画展で見たマリー・ローランサンの絵を2枚載せておこう。

ロータリーとモニュメント…..20事例

  depuis que 2001

    完全なロータリー式交差点は日本では珍しいが、パリでは凱旋門のあるシャルル・ド・ゴール・エトワールを代表に各所で見ることができる。ロータリーとモニュメントとと題していくつかを案内しよう。

20を越えるロータリーとモニュメントは20事例を含めカテゴリー<広場とモニュメント>で個別に紹介しているのでそれを見ていただきたい。

先ずは12本の道路が放射状に集まるシャルル・ド・ゴール・エトワール。全体がシャルル・ド・ゴール広場と呼ばれていて中心に凱旋門が位置している。

手前はシャンゼリゼ大通りで、凱旋門を通して幽かにデファンスが望める。凱旋門は小山の頂上にあるため12本の道路はすべて下り坂になっている。また、ロータリーのためシャンゼリゼ通りから直進して門を潜り抜けることはできない。屋上に見物客の姿が・・

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ナション (  Nation ) 広場 のモニュメントは Monument de la République だ。

像の向きはフォーブル・サン・アントワーヌ通りをとおしてバスティーユ広場、その先はエッフェル塔だ。

メトロ2号線、6号線の始発駅であり、1号線、9号線とRER  A線 の停車駅である Nation はエトワールと対をなす大型円形ロータリーの地下だ。12本の放射道路のうちヴァンセンヌへ一直線のBd. Cour de Vincennes で開かれる朝市は規模の大きさで有名だ。

ニューヨークのバッテリーパークで到着列車が折り返すのではなくそのままぐるっと回って始発列車になるのに驚いたことがあるが、メトロ2号線は到着列車が進行方向を変えることなくそのまま始発列車になる。広場の大きさが想像できようというものだ。

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ここしばらく続いていたナション広場の改修がほぼ一段落し、大木の伐採と潅木花木の植栽でモニュメントの見通しもよくなった。また同時に進行していた像後方の Trône の改装も終了した(写真右の2本の円柱)。Cours de Vincennes の大規模改良もトラムの新設工事に関連する部分を除き概成した。(2011年8月)

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2011/07/23 の朝市で・・ウサギLapin と花



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メトロ6号線と8号線が交差する Daumesnil広場 はライオンの噴水だ。クリスマスの時期にはイルミネーションが施される。セーヌ川に向かってベルシー ( Bercy ) へと下る  Bd.Reuilly  (写真左方向)沿い両側の朝市も中々だ。

写真手前から中央やや左に抜けるドーメニル大通りはバスチーユからヴァンセンヌに至る道路。

ナポレオン戦争時の将軍であり、1814年3月プロイセンにパリを陥落された際<フォート・ヴァンセンヌの防衛>としても名を残すことになるドーメニルの名を冠したものである。ヴァンセンヌ市役所前に銅像がある。        また、凱旋門にもその名が刻まれている。

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メトロ4号線、6号線と RER B 線のダンフェール・ロシュホー ( Denfert Rochereau ) はライオンだ。

真ん中の建物はRER B 線の駅舎で線路はその下にある。パリの国内線中心のオルリー空港へはRER B 線か駅前から出ているロワシーバスを利用するとよい。

右樹木奥にカタコンブの入り口がある。サルトル・ボーヴォワール・ボードレール・等の眠るモンパルナス墓地も至近だ。左の緑地、駅舎などを含むロータリー全体がダンフェール・ロシュホー広場になっていてスケールが大きい。

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長方形のロータリーである コンコルド広場のモニュメントは

<ルクソールのオベリスク>とも<クレオパトラの針>とも呼ばれるオベリスクだ。

写真上ギリシャ様式の国民議会下院のブルボン宮と

写真下同様式のマドレーヌ寺院とは セーヌ川を挟んで直線上にある。

写真下左はホテルクリヨン右は旧海軍省で、

パリの主軸であるリボリ通りはクリヨンで軸をずらせて シャンゼリゼ大通りへと向かう。

写真上でアンヴァリッド、モンパルナスタワーが見えるがエッフェル塔は視界に入らない。

写真上の左、下の右のチュイルリー公園から広場を見ると・・

中心軸から少し左にずらして撮影しているので、オベリスクの向こうに凱旋門を見ることができる。

その間がシャンゼリゼ大通りだ。金色のゲートの向こうがコンコルド広場、こちら側がチュイルリー公園。

曇天のようだが撮影ポイントはカンカン照り。

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長方形ロータリーのレピュブリック広場

タンプル通りが中央を横切っている双子ロータリーだ。

広場にはホームレスなどもいるので、この辺りではキョロキョロ・ウロウロしないのが賢明だ。

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バスティーユ広場のモニュメントは7月革命の記念柱 Colonne de Juillet だ。

1830年7月27~29日の市民革命により、1815年に王制復古したブルボン王朝を打倒し立憲君主制を発足させたいわゆる<7月革命>の記念柱だ。

左写真に<27 28 29 ・ Juillet 1830> の銘が、右写真の正面には<・・市民のために戦ったフランス市民の栄光のために>の記載がある。

1789年7月14日のフランス革命は当時この場所にあったバスティーユ(の監獄)の襲撃から始まった。      革命後取り壊されて広場になっていた。

写真には写っていないが広場に面するオペラバスティーユはバスティーユからヴァンセンヌに至る元ヴァンセンヌ鉄道の駅舎の跡地だ。高架の鉄路は長い緑道として残っているし、リヨン駅からサンテミリオンに至る高架下はお洒落なブティックなどになっていて若者の人気が高いそうだ。。

また、広場の下にはサンマルタン運河が南北に横切っていて、メトロ1号線のホームから運河を望める。      広場の北の運河上の緑道の一部はバスティーユの市場になっていて朝市で賑う。

Colonne de Juillet の先端には金色に輝く・・Le Génie de la Liberté(自由の守り神)が。。。      

メトロ Sully Morland  H.Galli  を出た所の H.Galli 公園にバスティーユ監獄の基礎の一部が移設保存されている(写真右)。

セーヌ川側からサンマルタン運河と<7月革命記念柱>を望む。記念柱と緑がバスティーユ広場でその下が運河上にあるメトロ1号線のバスティーユ駅。右端にオペラバスティーユも見える。ボート群は大方ボートピープルだ。

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ギメ美術館の面するイエナ広場 Iéna  のモニュメントはアメリカ合衆国の初代大統領ワシントンの騎馬像だ。

Iéna

Musée National des Arts Asiatiques-Guimet

車が停車しているのが Av. du Président Wilson で騎馬像方向にトロカデロ広場に至る。

アルマ・マルソーからイエナ間での道路側帯で開かれる<イエナ・プレジダン・ウィルソンの朝市>は鮮度の良さで知られる超高級朝市だ。        メトロ9号線 Iéna か Arma Marceau で下車。

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 ヴィクトワール広場はルイ14世の騎馬像だ。6本の道路が放射する円形ロータリー。

騎馬像は太陽王ルイ14世のせいだろう、フランス革命後に取り壊され王政復古後に再建されたとの記録がある。

手前にヴィクトール門があり、抜けると<京子食品>の面する Rue de Petit Champs  で、オペラ大通りに出るまでに<十字屋><安兵衛><来々軒>など日本料理店の多いサンタンヌ通り Rue Ste-Anne を横切る。

参照 : バスで行く区役所巡り 2区

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トロカデロと11月11日広場のモニュメントは FOCH の騎馬像だ。

   シャイヨー宮を通して真っすぐエッフェル塔を向いている。

FOCH は銘板から推測できるかも知れないが、第一次世界大戦時の西部戦線の仏英連合軍の総司令官であり、また1918年11月11日11時に交わされた休戦協定時のフランス元帥 Mareshal de France であった。

11月11日広場というのは第一次世界大戦の終戦記念広場の意だ。

隣接するパッシー墓地の壁面に <名も無き英雄たち> を称えるレリーフがある。

またフォッシュは銘板にあるようにイギリスとポーランドの元帥でもあったので、トラファルガー広場にも FOCH の騎馬像がある。8月9日から13日までロンドンに滞在することとしているので今度は写真を撮ってこよう。

凱旋門からの Av. Foch は超高級住宅地を貫く広々とした大通りで、スエズ運河を開削したレセップスの大邸宅がブーローニュの森に向かって右側にあったはずだが・・・

よく出張するのでオルセー美術館で見れるとは限らないのだが、<草上の朝食><オランビア>で有名な マネ Manet などが眠るパッシー墓地は広場に接している。市内観光に便利な パリ・ルージュ の発着地点でもある。

セーヌ川をイエナ橋で渡河してブランディ河岸 Quai Brandy から振り返って見たシャイヨー宮である。解像度が悪くて見難いものの中央に FOCH  の騎馬像が・・そこが6本の道路が集まるロータリーだ。

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レオン・ブリュム広場の中心のモニュメントは・・・

オスマンのパリ改造計画の基幹の一つであるレピュブリック広場とナション広場(いずれも既出)を繋ぐ直線のヴォルテール大通りが横切るほか7本の道路が放射する四角形のロータリーだ。正面建物に沿って右側にレピュブリック広場、左側にナション広場だ。ビルの間のラ・ロケット通りはバスチーユに向かう。              メトロ9号線の Voltaire が広場の地下にある。

現在のモニュメントは今風のオブジェになっているが、以前は広場の名になっている Léon Blum の彫像が置かれていた。       ( バスで行く区役所巡り その3 11区の写真 を参照されたい。 )

レオン・ブリュムはヨーロッパにファシズムの嵐が吹き荒れるなか1936年6月に発足した人民戦線内閣の首相であり、また第二次世界大戦後の臨時内閣の首相も務めた人物だ。

この地域から下院議員に初当選したことに因んで旧ヴォルテール広場を改称した。写ってはいないが右側にある区役所巡りで紹介済みの11区の区役所の前庭に彫像は移設されている。ユダヤ系フランス人だったこともあり1940年パリ陥落後逮捕されドイツの強制収容所に収容されるなど激動の人生だった。

モニュメントが夏には夾竹桃のヴェースに。右が区役所前に移設された<リオン ブリュム>像。

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ヴィクトルユゴー広場は噴水だ。

この広場は10本の道路が集まる円形ロータリーだ。

シャルルドゴール広場からブーローニュの森に至る Av.Victor Hugo 沿いは Av. Foch 沿いと並んで超高級住宅地だ。

在仏日本大使館勤務の後輩がこの辺りの家具、調度品付の邸宅に住んでいて食事に招待されたことを思い出す。

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クリシー広場は戦勝記念のモニュメントだ。

写真手前側が Bd. de Clichy クリシー大通りで、ムーランルージュのあるピガール広場に向かう。前方の緑はバティニョル大通りで、凱旋門に一直線だ。

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シャルルドゴールエトワールやナションと並んで大型で完全な円形ロータリーであるイタリア広場のモニュメントは噴水とアルフォンジュアンの功績碑だ。

ジュアン元帥は第2次世界大戦においてアルジェリアのチュニス戦線とイタリアの山岳戦で名を馳せた名将だ。

像の向いている方向はアルジェリアとイタリアの方向である。

噴水の向こうに見えているのがパンテオンで広場からゴブラン大通りが延びている。元帥の右に透けて見えるのは13区の区役所だ。

国立ゴブラン工場 Manufacture Nationale des Gobelin が通りの左側にある。

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Pl. du Mal Juin には特段のモニュメントはなく庭園となっていて Bd. Péreire の中央緑地帯であるプロムナードと一体になってマイヨー門広場及び隣接するブーローニュの森に連続している。

10本の道路が集まる大きな円形ロータリー。写真右奥はポルトドマイヨー広場でその左にはブーローニュの森が拡がっている。

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 サントギュスタン広場 Pl. St-Augustin  のモニュメントはジャンヌダルクの騎馬像だ。

このロータリは9本の道路が交差する変型交差点で非常に分かり辛く,またサンラザール駅に近接していることも手伝って交通渋滞が常態だ。

右は教会の前からでモニュメントは後ろ向き。

ジャンヌダルク像は St-Augstin 教会の,真前中央だ。

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ブルトゥイユ広場 Pl. de Breteuil のモニュメントは狂犬病の予防接種で知られるパスツールの坐像だ。

ウイルスがまだ知られていない時代にワクチンの予防接種に辿り着いた細菌学の元祖だ。

像もさることながら台座も素晴らしい。如何に人々や家畜に慕われていたかを想像できるではないか。

像の正面はアンヴァリッド、後ろはプロムナードを経てパスツール大通りへ。メトロ Pasteur 駅を右に折れると Hôpital Pasteur だ。

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シャトレ広場は豪華なスフィンクスの台座に金色で目立つ彫像を乗せた泉 fontaine だ。

写真左の建物はパリシャトレ劇場、泉を挟んで対面にパリ市立劇場がある。

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エドモンロスタン広場 Pl. Edmond Rostand のモニュメントは噴水だ。

写真手前はリュクサンブール公園、正面はパンテオン。この街燈と交通標識は邪魔だが、街燈そのものは素敵だ。

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Pl. de Fontenoy は Ecole Militaire 前の半円ロータリーでモニュメントは Monument de la Défense Nationare  だ。

モニュメントは写真下右の旧陸軍士官学校の正面を向いていてその向こうにエッフェル塔が位置する。

建物は右ウイングに陣取る世界遺産のユネスコ本部だ。下左は各国の世界遺産を例示した看板のうち日本の事例で宮島、中央はユネスコ本部入り口。

(未完)

そのほか56事例を別稿で紹介しています。

カテゴリー<広場とモニュメント>をクリックして御覧ください。

その続きは<ギャラリー・イグレックの日記帳-2>でご覧ください。

ツール・ド・フランス ( Le Tour de France ) 2010 シャンゼリゼ大通り

   depuis  2001

  今年のツール・ド・フランスの最終日は7月24日の日曜日に決まった。昨年はシャンゼリゼ通り、一昨年はビブリオテーク・ミッテランの国立図書館前で観戦したが、今年はどこにするかまだ決めていない。

一昨年の場所はセーヌ川をトルビアック橋で右岸から左岸に渡った直後、フランス国立図書館前の直線コースでスピードが落ち絶好の観戦ポイントだと思いきや、あっという間に集団が通過、いかにもあっけなかった。昨年のシャンゼリゼ大通りは周回コースのためスピードはさほどでなかったものの観戦者や各国のチームの応援団が多すぎて場所取りが大変だった。少なくとも4時間前には観戦場所を確保しておく必要があるから。

撮影地点は  ロン・ポワン・デ・シャンゼリゼでフランクリン・ルーズベルト大通りとの交差点だ。

選手がシャルル・ド・ゴール・エトワールからコンコルド広場に向かって集団となって通過中だ。

実は、素人には選手団が到着する前に行われる車を使ったスポンサーによる広告宣伝が面白い。次から次へと時速40~50キロのスピードで走り抜けていく。それが2時間程度続くのだ。

お菓子類、水・ジュース類・帽子など様々な参加企業の商品が観客の方に投げられ、観客は我先にとこぞってそれを拾うわけだ。近年は安全を考えて投下される商品も限られてきて以前の賑いはない。

では、参加企業のいくつかを紹介して雰囲気を味わっていただこう。

 

 

左は2009年の物。Vittel のペットボトルなどにもロゴが入っていて、それを喜ぶ人もいる。<参加した>という気持ちになるのは確かだ。

エッフェル塔百態 18  コンコルド広場

    depuis  2001

      コンコルド広場から見たエッフェル塔である。

この日は2010年7月のツール・ド・フランスの最終日で、
コース管理の状況やディスプレイが覗える。周回するコンコルド広場と凱旋門との間シャンゼリゼ大通りは観戦者で最も賑わう場所である。

ツール・ド・フランスについては別稿で紹介する。

ランスと言えばジャンヌ・ダルク / Jeanne d’Arc

 depuis 2001

ランス Reims には数回寄ったことがありますが、

頭を過るのはいつも藤田嗣治とジャンヌ・ダルク (Jeanne d’Arc) です。

ジャンヌ・ダルク (1412-1431) に纏わる歴史の中でもオルレアンの解放とシャルル7世の戴冠式は重要です。イングランドとの百年戦争の最中、ランス大聖堂で戴冠式を行うことによりシャルル7世を正式のフランス王とし王の空白を解消したのです。

ジャンヌ・ダルクの騎馬像は金ぴかのせいだけではなく最も好きなモニュメントの一つです。

ルーブル宮の西北端 ピラミッド広場 にあります。
エマニュエル・フレミエの作(1889)です。

ジャンヌ・ダルクは1429年9月8日にこの付近にあったサントノレ門で行われたイングランドとの戦いで負傷しました。

ルーブル宮には、装飾芸術協会傘下の 装飾芸術美術館・モードと織物美術館・広告博物館 の3館が入っていて、入場すればすべてを鑑賞することが可能です。興味のある人には必見だと思います。

ところで、イングリッド・バーグマンが ジャンヌ・ダルク を演じた映画 Joan of Arc を覚えている方はおられるでしょうか? マラケシュに行った折、カサブランカ→イングリッド・バーグマン→ジャンヌ・ダルク と頭を過りました。

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リヴォリ通りに接するピラミッド広場はジャンヌ・ダルク像を中心に左右対称になっていて(下の写真)、右側に ホテル レジーナ が入っています。古い造りと調度品、特にステンドグラスの素晴らしさには驚きました(宿泊当時)。また、市内観光や近郊観光のプログラムを多数用意している シティラマ は右正面に入っています。

21世紀の新年は家族で レジーナ に宿泊して、リヴォリ通りを歩いて直ぐのコンコルド広場で迎えました。大型の送風機で紙吹雪を広場中に撒き散らしていたこと、リヴォリ通りがホコテンになっていたこと、広場に入りきれないほどの大勢の人出で賑っていたこと、雪がちらつく霙模様の寒い新年であったことなどを思い出します。

Pl. des Pyramides

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Reims に残るジャンヌ・ダルクの足跡をいくつか…..

Jeanne d'ArcMusée Hotel le VergeurRue Jeanne d'arc

写真上段はランス大聖堂の前にあるジャンヌ・ダルクの騎馬像。大聖堂を見上げています。

ポール・デュボア Paul Dubois(1829-1905) の作品 (1889)。

中央は Musée Hôtel le Vergeur の壁面にある500周年記念の銘版。

17Juillet 1429   CharlesⅦ の文字が見える。

<フルー・ド・リス二つと剣と王冠のジャンヌ・ダルクの紋章>も見える。

下段はランスのジャンヌダルク通り。

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サン・ラザール駅の西側、サントギュスタン教会の前にも<ジャンヌ・ダルクの騎馬像>がある(ワシントンにもある)。

ランス大聖堂前のオリジナル像のレプリカ。

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ジャンヌ・ダルク通り Rue. Jeanne d’Arc とマルセル大通り Bd. St-Marsel との交差点、小さなロータリーに<ジャンヌ・ダルクの立像(1891)>がある。

Émile-François Chatrousse (1829-96) の作品(1887)。

ジャンヌ・ダルク通りの起点でほぼ直線でジャンヌ・ダルク広場が終点。

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サクレ・クール聖堂正面入り口の上部に聖ルイ王(サン・ルイ) Saint Louis/ルイ9世 と対を成してジャンヌ・ダルクの騎馬像があるのをご存知だろうか?

下左の聖堂の写真をクリックして拡大してみてください。右の騎馬像がジャンヌ・ダルクです(右下の写真が見えます)。

イポリット・ルフェーブル Hippolyte Lefèbvre (1863-1935) の作品(1927)。

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ノートルダム寺院のジャンヌ・ダルク Sainte Jeanne d’Arc (1412-31)

ジャンヌダルクの再評価を決定したのはノートルダム寺院/パリであり、列福した(1909)のはノートルダム寺院だった。列聖はバチカンのサン・ピエトロ寺院(1920)。

064

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<ジャンヌ・ダルク>所縁のサン=デニス·デ·ラ·シャペル

ジャンヌ・ダルクがパリ進撃前夜(le 7 septembre 1429)を祈りで過ごしたサン=デニス·デ·ラ·シャペル Église Saint-Denys de la Chapelle です。

初期ゴシック建築(1204)で、聖ジュヌヴィエーヴが古代ローマ遺跡の跡地に建設した礼拝堂(475)を再建したものです。礼拝堂には、サン=ドニ大聖堂に移される(636)までサン=ドニの遺物が収容されていました。

パリからサン=ドニ大聖堂に至るガレ・ローマン時代からの古い道(サン=ドニ L’Estrée)、シャペル通り Rue de la Chapelle に面しています。
この辺りはカルチェ・デ・ラ・シャペル Quartier de la Chapelle と呼ばれています。

左、ネオロマネスク様式の建物はジャンヌ・ダルク大聖堂 Basilique Ste Jeanne d’Arc(1964)で、前にジャンヌ・ダルクの像が置かれています。
第一次大戦における、第一次マルヌの戦い(1914)の勝利に感謝(ジャンヌ・ダルクに)して発意され、完成は勝利50周年にあたります。

Église Saint-Denys de la Chapelle / Basilique Ste Jeanne d'Arc / Rue de la Chapelle

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ジャンヌ・ダルク像 / ジャンヌ・ダルク大聖堂 前

Statue de Jeanne d'Arc / Basilique Ste Jeanne d'Arc / Rue de la Chapelle

ジャンヌ・ダルクがパリ進撃前夜(le 7 septembre 1429)を祈りで過ごしたサン=デニス·デ·ラ·シャペル Église Saint-Denys de la Chapelle 横の<ジャンヌ・ダルク大聖堂 Basilique Ste Jeanne d’Arc >前に置かれているジャンヌ・ダルク像です。

フェリックス·シャルパンティエ Félix Charpentier (1858-1924) の作品(1888)です。

本拠地だったボルドーにある、フランス革命時のジロンド党の大モニュメント Monument aux GirondinsBordeaux の一部を構成する噴水、コンコルドの勝利 Le triomphe de la Concorde (1900) の作者だ。

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火刑台上のジャンヌ・ダルク / サン=デニス·デ·ラ·シャペル

サン=デニス·デ·ラ·シャペルには、<火刑台上のジャンヌ・ダルク Jeanne au Bucher (1954)>と題された彫像が置かれている。
アルバート・パッシュ Albert Pasche (1873-1964) の作品です。

19歳のジャンヌ・ダルクがルーアンのヴィエ・マルシェ広場で処刑されるのは 30 Mai 1431 、17歳でこのシャペルに立ち寄った 7 septembre 1429 から1年8か月後のことだ。

Jeanne au Bucher / Église Saint-Denys de la Chapelle

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ジャンヌ・ダルクが負傷したサント・ノレ門

サン=デニス·デ·ラ·シャペル Église Saint-Denys de la Chapelle を出たジャンヌ・ダルクは古い道、サント・ノレ通りからパリ城内に入る<サント・ノレ門>に進撃した。

当時のサント・ノレ門 Porte Saint-Honoré はフィリップ・オウギュストの城壁を拡張したシャルル5世の城壁に在った(1636 撤去)。現在のアンドレ・マルロー広場一帯である。

8 Septembre 1429、ここでのパリ包囲中に太腿に傷を負った記録がサント・ノレ通り161-3番地で見られる。

金色のジャンヌ・ダルク像がピラミッド広場に置かれているのもここから近いからだ。

Jeanne d'Arc / 8 Septembre 1429 / Porte Saint-Honoré

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ジャンヌ・ダルクとブロア城 / オルレアンの包囲

後に、オルレアンの乙女 Pucelle d’Orléans と愛称されることになる
ジャンヌ・ダルク Jeanne d’Arc (1412-31) はここブロア城からイングランド軍に包囲されていた<オルレアンの解放>に出立した(1429.04.29.オルレアンに到着、05.08.開放)。

ブロア城の礼拝堂において、ランスの大司教ルノー・シャルトル Renault de Chartres による祝福を受けた。約3か月後、ジャンヌ・ダルクの下、ランス大聖堂でシャルル7世の戴冠(1429.07.17.)をした人物である。

ブロアの古い要塞跡であるフォアの塔 Tour de Foix (ブロア城の南西端にある円筒状の塔)で解放表明をしたと伝えられている。
左のゴシックの尖塔はサン・ロメ修道院 Abbaye Saint-Laumer 。

手前はロワール川 La Loire 、コンクリートのパラペットで護られている。
河岸への日常進入口として途切れている部分には、洪水時にゲートを挿入する。

崖上の要塞ブロア城は写真右半分で、入口は奥。

Jeanne d'Arc / Château de Blois / Tour de Foix / Siège d'Orléans

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ジャンヌ・ダルクの騎馬像 / フレミエの立像

ピラミッド広場にある金色の<ジャンヌ・ダルクの騎馬像 (1889)>の彫刻家<エマニュエル・フレミエ Emmanuel Frémiet (1824-1910) の立像> がパリ植物園にある。
動物彫刻家とも言われるだけあって動物の骨学の研究者でもあった。
代表作の一つ <小熊狩り Dénicheur d’oursons (1885)>の縮小版を制作している様子。
台座に<ジャンヌ・ダルクの騎馬像の浅浮彫>が嵌め込まれている。
Henri Greber (1856-1941) の作品(1913)。
なお、現在の騎馬像は置き換えられた第二ヴァージョンで、最初のものは1874年に設置された。

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7本の道路が集まるロータリー ジャンヌ・ダルク広場 Pl. Jeanne d’Arc の真ん中に Notre Dame de la Gare がある。パリ市に編入される以前の地区の聖母教会だ。広場名は編入時から。

下の写真は教会前からジャンヌ・ダルク通り Rue Jeanne d’Arc を見たもの。ジャンヌ・ダルク通りはジャンヌ・ダルクの立像のあるサン・マルセル大通り Bd. St-Marcel まで一直線。

その先に、聖人ジャンヌ・ダルクの眠る<パンテオン>が見える。影は教会のもの。

右の写真は教会内にある彫像で十字剣を持つジャンヌダルクだと思われるが、何の記載も説明もない。

エッフェル塔百態 6  デファンス

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シャトウ・ド・ヴァンセンヌとは反対の
メトロ1号線PA_metro_ligne_1の起終点であるデファンスからもエッフェル塔は見える。

グラン・アルシェのあるデファンスからセーヌを渡ってコンコルド広場まで直線道路になっているので、その途中にある凱旋門が見える。
つまり、凱旋門からはグラン・アルシェを直線上に見ることができる。

エッフェル塔は凱旋門からやや南、セーヌの左岸に位置しているので写真では右側になる。

エッフェル塔左に小さく映っている高層ビルはモンパルナスタワー。

写真上はエッフェル塔が見えるように軸をずらせているが、軸上で凱旋門を望めば写真下左、その位置で振り返れば写真下右でグラン・アルシェだ。

デファンスからカスケード状にセーヌ川に向かって下り、セーヌからは再びなだらかな上り勾配となってその頂上が凱旋門である様子が見て取れよう。