エッフェル塔百態 65  グロー将軍広場

   depuis  2001

グロー将軍広場 Place du Général Gouraud からのエッフェル塔の夜景。ライン42 、69、87 のバス停 Rapp-La Bourdonnais より。写真の下方に逆向きのバス停が見える。

グロー将軍は第一次大戦の終盤、西部戦線で第4軍を率いてストラスブールを開放した。右腕を失った将軍の半身像がアンヴァリッドの右翼、アンヴァリッド大通りに面する Square d’Ajaccio にある (写真下) 。アジャクシオ Ajaccio はナポレオンの生まれたコルシカ島の都市名。

 

Sq. d'Ajaccio

アジャクシオ公園のグロー将軍像。後ろはアンヴァリッド Hôtel de Invalides 。

広告

エッフェル塔百態 64  アンヴァリッド遊歩道

   depuis  2001

アンヴァリッド広場 (遊歩道)  Esplanade des Invalides からのエッフェル塔。
右側がセーヌ川で、アレクサンドル3世橋を渡って右岸下流側にグラン・パレ、上流側にプチ・パレがある。

Tour Eiffel / Esplanade des Invalides

(下の上の写真) 左側にアンヴァリッド (下の下の写真) があり、両者の間が Champ de Mars と並ぶ広大な Esplanade des Invalides だ。

アレクサンドル3世橋

Hôtel de Invalides

エッフェル塔百態 47  アレクサンドル3世橋

   depuis  2001

アレクサンドル3世橋右岸詰からのエッフェル塔。

右の刈込の緑道は<イリーヴァン公園 Jardin d’Erivan >で、ラファイエット侯爵の像 Statue de Marquis de Lafayette が見える。その右が<女王の間 Cours de la Reine >。
ジョルジュ·ガルデ Georges Gardet (1863–1939) のライオン像も見える。

右側はグランパレ、プチパレ (写真下の上) 。
左側はアレクサンドル3世橋とアンヴァリッド (写真下の下) 。

エッフェル塔百態 40               ギャラリー・ラファイエット屋上 / Galerie Lafayette

   depuis  2001

Galeries Lafayette

       エッフェル塔の下、太陽光で反射しているのがグラン・パレとプチ・パレ。

その左の大屋根がマドレーヌ寺院 (写真右) 。左にアンヴァリッドも見える。

また、左端2本の尖塔はサント・クロチルド聖堂だ。

エッフェル塔百態 38  ブルトゥイユ広場

    depuis  2001

 ブルトゥイユ広場 Place de Breteuil からのエッフェル塔。パスツールの坐像があるブルトゥイユ広場の正面はアンヴァリッドだが、左斜め45度の Avenue de Saxe を見ると真正面にエッフェル塔を望める。

オスマンの設計でブルトゥイユ広場、ザックス大通りと旧陸軍士官学校、シャンドマルス公園、エッフェル塔、シャイヨー宮の中心軸とフォッシュの騎馬像とが一直線上にあるからだ。

Tour Eiffel - Place de Breteuil

エッフェル塔の足元、三色旗の掲揚されているのが旧陸軍士官学校。

並木道はザックス大通りでフォントゥノイ広場まで。

左手にユネスコ本部がある。

また、土曜日には朝市がる。

* * *

余談だが、手前の人だかりはエコなのか、健康なのか、懐具合なのか、最近流行の<バイクツアー>の連中だ。

列車やボートも組み合わせてヨーロッパを広く長期間にわたって周遊してるツアーもある。

Hôtel des Invalides - Pastuer

ロータリーとモニュメント 24  ヴォーバン広場

   depuis  2001

Hôtel des Invalides

ヴォーバン広場 Place Vauban は大型の半円ロータリーでモニュメントは二人の元帥像だが、
アンヴァリッドに位負けして影が薄い。注意して見れば左右にひとつづつ像を確認できる。

エッフェル塔は左45度の方角なのでこれらの写真では捉えられない。

ドーム Le dôme de Saint-Louis-des-Invalides  の破風に王の紋章が見て取れる(拡大すれば・・)。

広場の名になっているヴォーバン Sébastien Le Prestre de Vauban (1633-1707) は、ルイ14世治世下の元帥であり、軍事 (特に、要塞建設) のエンジニアでもあった。
アンヴァリッド正面右側のサルヴァドール・アジェンデ広場 Place Salvador Allende に彼の立像がある。

014012

ロータリーとモニュメント 5  コンコルド広場

   depuis  2001

 長方形のロータリーである コンコルド広場 Place de la Concorde のモニュメントは<ルクソールのオベリスク>とも<クレオパトラの針>とも呼ばれるオベリスク Obélisque だ。

そして、オベリスクを挟んで2つの噴水:<手前に大河の泉 Fontaine des Fleuves 、奥 (南側) に海の泉  Fontaine des Mers  >がある。

写真上ギリシャ様式の国民議会下院のブルボン宮 (1728) と写真下同様式 (新古典・ネオクラシック) のマドレーヌ寺院  (1826) とはセーヌ川を挟んで直線上にある。
写真下左はホテル・クリヨン L’hôtel de Crillon 右は旧海軍省 L’hôtel de la Marine で(ガブリエル Ange-Jacques Gabriel によるツインの古典様式建築 1774)、パリの主軸であるリボリ通りはクリヨンで軸をずらせて シャンゼリゼ大通りへと向かう。
写真上でアンヴァリッド、モンパルナスタワー、ネオ・ゴシック様式のサント・クロチルド聖堂が見えるがエッフェル塔は視界に入らない。

写真上の左、下の右のチュイルリー公園から広場を見ると・・

中心軸から少し左にずらして撮影しているので、オベリスクの向こうに凱旋門を見ることができる。その間がシャンゼリゼ大通りだ。
金色のゲートの向こうがコンコルド広場、こちら側がチュイルリー公園。
曇天のようだが撮影ポイントはカンカン照り。

***

このポイントだとモンパルナスタワーは入らない。

Pl. de la Concorde                                                                                                                                                                                    2012.08.07

エッフェル塔百態 33  Conciergerie ( Châtelet )

   depuis  2001

パリ市立劇場前からのエッフェル塔。

左端とんがり帽子2本の建物はコンシェルジェリーで入場するとマリー・アントワネットの独房が再現されている。パリ最古の公共の時計が取り付けられているもうひとつの四角いとんがり帽子はただいま修復中で写真から外している。金色のアンヴァリッドも見える。その手前の緑はシテ島の下流端。手前の橋は両替橋 Pont au Change でセーヌ右派流を右から左へ渡河してシテ島に入る。右の樹木はシャトレ広場の一角。

ロータリーとモニュメント…..20事例

  depuis que 2001

完全なロータリー式交差点は日本では珍しいが、パリでは凱旋門のあるシャルル・ド・ゴール・エトワールを代表に各所で見ることができる。
ロータリーとモニュメントとと題していくつかを案内しよう。

20を越えるロータリーとモニュメントは20事例を含めカテゴリー<広場とモニュメント>で個別に紹介しているのでそれを見ていただきたい。

先ずは12本の道路が放射状に集まるシャルル・ド・ゴール・エトワール。全体がシャルル・ド・ゴール広場と呼ばれていて中心に凱旋門が位置している。

手前はシャンゼリゼ大通りで、凱旋門を通して幽かにデファンスが望める。凱旋門は小山の頂上にあるため12本の道路はすべて下り坂になっている。また、ロータリーのためシャンゼリゼ通りから直進して門を潜り抜けることはできない。屋上に見物客の姿が・・

* * *

ナション Nation 広場 のモニュメントは Monument de la République だ。

像の向きはフォーブル・サン・アントワーヌ通りをとおしてバスティーユ広場、その先はエッフェル塔だ。

メトロ2号線、6号線の始発駅であり、1号線、9号線とRER  A線 の停車駅である Nation はエトワールと対をなす大型円形ロータリーの地下だ。12本の放射道路のうちヴァンセンヌへ一直線のBoulevard Cour de Vincennes で開かれる朝市は規模の大きさで有名だ。

ニューヨークのバッテリーパークで到着列車が折り返すのではなくそのままぐるっと回って始発列車になるのに驚いたことがあるが、メトロ 2号線は到着列車が進行方向を変えることなくそのまま始発列車になる。広場の大きさが想像できようというものだ。

* * *

ここしばらく続いていたナション広場の改修がほぼ一段落し、大木の伐採と潅木花木の植栽でモニュメントの見通しもよくなった。また同時に進行していた像後方の Trône の改装も終了した (写真右の2本の円柱) 。Cours de Vincennes の大規模改良もトラムの新設工事に関連する部分を除き概成した。(2011年8月)

* * *

2011/07/23 の朝市で・・ウサギ Lapinと花



* * *

メトロ6号線と8号線が交差するドメニル Daumesnil 広場 はライオンの噴水だ。クリスマスの時期にはイルミネーションが施される。
セーヌ川に向かってベルシー  Bercy へと下る ルイイ大通り Boulevard Reuilly (写真左方向) 沿い両側の朝市も中々だ。

写真手前から中央やや左に抜けるドメニル大通りはバスチーユからヴァンセンヌに至る道路。ナポレオン戦争時の将軍であり、1814年3月プロイセンにパリを陥落された際<フォート・ヴァンセンヌの防衛>としても名を残すことになるドメニルの名を冠したものである。ヴァンセンヌ市役所前に銅像がある。また、凱旋門にもその名が刻まれている。

 * * *

メトロ4号線、6号線と RER B 線のダンフェール・ロシュホー  Denfert Rochereau  はライオンだ。

真ん中の建物はRER B 線の駅舎で線路はその下にある。パリの国内線中心のオルリー空港へはRER B 線か駅前から出ているロワシーバスを利用するとよい。

右樹木奥にカタコンブの入り口がある。サルトル、ボーヴォワール、ボードレール等の眠るモンパルナス墓地も至近だ。左の緑地、駅舎などを含むロータリー全体がダンフェール・ロシュホー広場になっていてスケールが大きい。

* * *

長方形のロータリーである コンコルド広場 Place de la Concorde のモニュメントは<ルクソールのオベリスク>とも<クレオパトラの針>とも呼ばれるオベリスクだ。

写真上ギリシャ様式の国民議会下院のブルボン宮と
写真下同様式のマドレーヌ寺院とは セーヌ川を挟んで直線上にある。
写真下左はホテルクリヨン、右は旧海軍省で、パリの東西の主軸であるリボリ通りはクリヨンのところで軸をずらせて シャンゼリゼ大通りへと向かう。
写真上でアンヴァリッド、モンパルナスタワーが見えるがエッフェル塔は視界に入らない。

写真上の左、下の右のチュイルリー公園から広場を見ると・・

中心軸から少し左にずらして撮影しているので、オベリスクの向こうに凱旋門を見ることができる。その間がシャンゼリゼ大通りだ。金色のゲートの向こうがコンコルド広場、こちら側がチュイルリー公園。曇天のようにみえるが、撮影ポイント付近はカンカン照り。

* * *

長方形ロータリーのレピュブリック広場 Place de la République 

タンプル通りが中央を横切っている双子ロータリーだ。
広場にはホームレスなどもいるので、この辺りではキョロキョロ・ウロウロしないのが賢明だ。大改修後大長方形ロータリーとなって、現在は車で広場を横断することはできない。

* * *

バスティーユ広場のモニュメントは7月革命の記念柱 Colonne de Juillet だ。

1830年7月27~29日の市民革命により、1815年に王制復古したブルボン王朝を打倒し立憲君主制を発足させたいわゆる<7月革命>の記念柱だ。

左写真に<27 28 29 ・ Juillet 1830> の銘が、右写真の正面には<・・市民のために戦ったフランス市民の栄光のために>の記載がある。1789年7月14日のフランス革命は当時この場所にあったバスティーユ (の監獄) の襲撃から始まった。革命後取り壊されて広場になっていた。

写真には写っていないが広場に面するオペラバスティーユはバスティーユからヴァンセンヌに至る元ヴァンセンヌ鉄道の駅舎の跡地だ。高架の鉄路は長い緑道として残っているし、リヨン駅からサンテミリオンに至る高架下はお洒落なブティックなどになっていて若者の人気が高いそうだ。。
また、広場の下にはサンマルタン運河が南北に横切っていて、メトロ1号線のホームから運河を望める。広場の北の運河上の緑道の一部はバスティーユの市場になっていて朝市で賑う。

Colonne de Juillet の先端には金色に輝く・・Le Génie de la Liberté(自由の守り神)が。。。      

メトロ7 号線 Sully Morland を出た所の Henri Galli 公園にバスティーユ監獄の基礎の一部が移設保存されている (写真右) 。

セーヌ川側からサンマルタン運河と<7月革命記念柱>を望む。
記念柱と緑がバスティーユ広場でその下が運河上にあるメトロ1号線のバスティーユ駅。右端にオペラバスティーユも見える。ボート群は大方ボートピープルだ。

* * *

「ギメ美術館」が面するイエナ広場 Place d’Iéna のモニュメントはアメリカ合衆国の初代大統領ワシントンの騎馬像だ。

Iéna

Musée National des Arts Asiatiques-Guimet

車が停車しているのが Av. du Président Wilson で騎馬像方向にトロカデロ広場に至る。

アルマ・マルソーからイエナ間での道路側帯で開かれるイエナ・プレジダン・ウィルソンの朝市は鮮度の良さで知られる超高級朝だ。        メトロ9号線 Iéna か Arma Marceau で下車。

* * *

 ヴィクトワール広場 Place des Victoires はルイ14世の騎馬像だ。
6本の道路が放射する円形ロータリー。
騎馬像は太陽王ルイ14世のせいだろう、フランス革命後に取り壊され王政復古後に再建されたとの記録がある。

手前にヴィクトール門があり、抜けると<京子食品>の面する Rue de Petit Champs  で、オペラ大通りに出るまでに<十字屋><安兵衛><来々軒>など日本料理店の多いサンタンヌ通り Rue Ste-Anne を横切る。参照 : バスで行く区役所巡り 2区

* * *

トロカデロと11月11日広場 Place du Trocadéro et du 11 Novémbre のモニュメントは FOCH の騎馬像だ。シャイヨー宮を通して真っすぐエッフェル塔を向いている。

FOCH は銘板から推測できるかも知れないが、第一次世界大戦時の西部戦線の仏英連合軍の総司令官であり、また1918年11月11日11時に交わされた休戦協定時のフランス元帥 Mareshal de France であった。11月11日広場というのは第一次世界大戦の終戦記念広場の意だ。

隣接するパッシー墓地の壁面に <名も無き英雄たち> を称えるレリーフがある。

またフォッシュは銘板にあるようにイギリスとポーランドの元帥でもあったので、トラファルガー広場にも FOCH の騎馬像がある。8月9日から13日までロンドンに滞在することとしているので今度は写真を撮ってこよう。

凱旋門からの Avenue Foch は超高級住宅地を貫く広々とした大通りで、スエズ運河を開削したレセップスの大邸宅がブーローニュの森に向かって右側にあったはずだが・・・

よく出張するのでオルセー美術館で見れるとは限らないのだが、<草上の朝食><オランビア>で有名な マネ Manet などが眠るパッシー墓地は広場に接している。市内観光に便利な パリ・ルージュ の発着地点でもある。

セーヌ川をイエナ橋で渡河してブランディ河岸 Quai Brandy から振り返って見たシャイヨー宮である。解像度が悪くて見難いものの中央に FOCH  の騎馬像が・・そこが6本の道路が集まるロータリーだ。

* * *

レオン・ブリュム広場 Place Léon Blum の中心のモニュメントは・・・

オスマンのパリ改造計画の基幹の一つであるレピュブリック広場とナション広場(いずれも既出)を繋ぐ直線のヴォルテール大通りが横切るほか7本の道路が放射する四角形のロータリーだ。正面建物に沿って右側にレピュブリック広場、左側にナション広場だ。ビルの間のラ・ロケット通りはバスチーユに向かう。メトロ9号線の Voltaire が広場の地下にある。

現在のモニュメントは今風のオブジェになっているが、以前は広場の名になっている Léon Blum の彫像が置かれていた。(バスで行く区役所巡り その3 11区の写真 を参照されたい。)

レオン・ブリュムはヨーロッパにファシズムの嵐が吹き荒れるなか、1936年6月に発足した人民戦線内閣の首相であり、また第二次世界大戦後の臨時内閣の首相も務めた人物だ。
この地域から下院議員に初当選したことに因んで旧ヴォルテール広場を改称した。写ってはいないが右側にある区役所巡りで紹介済みの11区の区役所の前庭に彫像は移設されている。ユダヤ系フランス人だったこともあり1940年パリ陥落後逮捕されドイツの強制収容所に収容されるなど激動の人生だった。

モニュメントが夏には夾竹桃のヴェースに。右が区役所前に移設された<リオン ブリュム>像。

* * *

ヴィクトルユゴー広場 Place Victor Hugo は噴水だ。この広場は10本の道路が集まる円形ロータリーだ。

シャルル・ド・ゴール広場からブーローニュの森に至る Avenue Victor Hugo 沿いは Avenue  Foch 沿いと並んで超高級住宅地だ。在仏日本大使館勤務の後輩がこの辺りの家具、調度品付の邸宅に住んでいて食事に招待されたことを思い出す。

* * *

 

クリシー広場 Place de Clichy は戦勝記念のモニュメントだ。

写真手前側が Boulevard de Clichy クリシー大通りで、ムーランルージュのあるピガール広場に向かう。前方の緑はバティニョル大通りで、凱旋門に一直線だ。

* * *

 

 

シャルルドゴールエトワールやナションと並んで大型で完全な円形ロータリーであるイタリア広場 Place d’Italie のモニュメントは噴水とアルフォンジュアンの功績碑だ。

ジュアン元帥は第2次世界大戦においてアルジェリアのチュニス戦線とイタリアの山岳戦で名を馳せた名将だ。

像の向いている方向はアルジェリアとイタリアの方向である。

噴水の向こうに見えているのがパンテオンで広場からゴブラン大通りが延びている。元帥の右に透けて見えるのは13区の区役所だ。
国立ゴブラン工場 Manufacture Nationale des Gobelin が通りの左側にある。

* * *

マレシャル・ジュワン広場 Place du Maréchal Juin には特段のモニュメントはなく庭園となっていて Boulevard Péreire の中央緑地帯であるプロムナードと一体になってマイヨー門広場及び隣接するブーローニュの森に連続している。

10本の道路が集まる大きな円形ロータリー。写真右奥はポルト・ド・マイヨー広場でその左にはブーローニュの森が拡がっている。

* * *

 サント=ギュスタン広場 Place St-Augustin  のモニュメントはジャンヌダルクの騎馬像だ。

このロータリは9本の道路が交差する変型交差点で非常に分かり辛く,またサン=ラザール駅に近接していることも手伝って交通渋滞が常態だ。

右は教会の前からでモニュメントは後ろ向き。

ジャンヌダルク像は St-Augstin 教会の真前中央だ。

* *  *

 

ブルトゥイユ広場 Place de Breteuil のモニュメントは狂犬病の予防接種で知られるパスツールの坐像だ。
ウイルスがまだ知られていない時代にワクチンの予防接種に辿り着いた細菌学の元祖だ。

像もさることながら台座も素晴らしい。如何に人々や家畜に慕われていたかを想像できるではないか。
像の正面はアンヴァリッド、後ろはプロムナードを経てパスツール大通りへ。メトロ6 、12 号線 Pasteur 駅を右に折れると Hôpital Pasteur だ。

* * *

シャトレ広場 Place du Châtelet は豪華なスフィンクスの台座に金色で目立つ勝利の女神像を乗せた泉 fontaine だ。

写真左の建物はパリシャトレ劇場、泉を挟んで対面にパリ市立劇場がある。

* * *

エドモンロスタン広場 Place Edmond Rostand のモニュメントは噴水だ。

写真手前はリュクサンブール公園、正面はパンテオン。この街燈と交通標識は邪魔だが、街燈そのものは素敵だ。

* * *

 

 

 

フォントノア広場 Place de Fontenoy は Ecole Militaire 前の半円ロータリーでモニュメントは Monument de la Défense Nationale  だ。

モニュメントは写真下右の旧陸軍士官学校の正面を向いていてその向こうにエッフェル塔が位置する。背後の建物は右ウイングに陣取る「世界遺産のユネスコ本部」だ。下左は各国の世界遺産を例示した看板のうち日本の事例で宮島、中央はユネスコ本部入り口。

 

 

 

 

(未完)

そのほか多数の事例を別稿で紹介しています。カテゴリー<広場とモニュメント>をクリックして御覧ください。その続きは<ギャラリー・イグレックの日記帳-2、3>でご覧ください。

エッフェル塔百態 28  チュイルリー公園


   depuis  2001

チュイルリー公園からのエッフェル塔3葉。

左にオルセー美術館が見える(写真右と下) 。

 

 

 

 

上段と左下写真で金色はアンヴァリッドだが、その右の2本の尖塔はネオ・ゴシック様式のサント・クロチルド聖堂  Basilique Ste-Clotilde だ。

エッフェル塔百態 27  ロダン美術館

   depuis  2001

ロダン美術館 Musée Rodin に入って直ぐの前庭から見えるエッフェル塔。

Tour Eiffel

左がロダン美術館。建物の上部にアンヴァリッドの金色の先端が見える。
美術館の中からはエッフェル塔は見えない。

前庭を右側に進んでエッフェル塔に近ずくと…

<考える人 Le Penseur>の右側の小空間に小さくエッフェル塔がまた左手にアンヴァリッドが。。。

ロダン美術館については別稿(上記のタグのうちロダン美術館をクリック)を参照。

エッフェル塔百態 12  アンヴァリッド

   depuis  2001

アンヴァリッド Hôtel des Invalides 広場 Place des Invalides の東北端から見たエッフェル塔。左に見えている建物が廃兵院で一部が「軍事博物館」として公開されている。

上の写真の左側に回ってアンヴァリッド正面 (下、左) に向いて左手の前庭から見たエッフェル塔。

ロダン美術館 Musée Rodin

   depuis  2001

昨日とはうってかわった雨模様。少し雨がやんだところで朝から美術館にいってきました。
第一日曜日は美術館が無料です。ルーブルやオルセーにはたくさんの人が出ていました。
たくさんの人が利用するので、早めに出発するのが得策です。
今日訪ねたのは久しぶりのロダン美術館。何年か前に美術館の入り口の部分を改装し、すっかりモダンな感じになりました。
お庭も通常なら1ユーロの入場料が必要ですが今日はお庭も無料です。
メトロ13番線でいくなら Varenne で下車、駅構内にもロダンの作品が飾ってあります。
今日はバス 83 でアンバリッドから徒歩で訪れました。

104

お庭

とてもきれいなお庭には、新緑のめばえが。リラ(ライラック)の花も咲き零れています。

お庭から美術館を望む

庭奥からみた美術館外観

お庭、地獄門

お庭の地獄門 (1880-90) 。
日本では東京上野の西洋美術館にありますね (右) 。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パンサー Penseur : 考える人 (1903) と ヴィクトル・ユゴーの記念碑 (1890)

お庭。カレー市民

カレー市民 (1889)

お庭、ヴァルザック

バルザックの記念碑 (1898) とアンバリッド。

さて中に入ってみよう。日本人としてはやはり<花子>だろう。ロダンはモデルとして花子を重用し多くの作品を残しているが、右はそのうちの一つ。

<日本人女優 花子>をモデルにした彫像

本名 太田ひさ は女優として、19世紀初頭から20年間にわたってヨーロッパ各地で活躍した。

ロダン美術館

入館者が多いせいロダン美術館だろう、床の傷みが激しく順次上のように改修しているようだ。

右の彫像 (アイリス、神の使者:1895頃) がロダンらしくて好きなのだが、覗き込んでみている女性を見ると何故かこちらが恥ずかしい。