ウインドウショッピング 19  Le Bon Marché

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パリのファッションデザイナーである ソニア・リキエル、 イザベル・マラン、 ジャンポール・ゴルチェ  ブランドの商品を展示 (左より右へ) している。
履いている左右のパンプス escarpin はアントウェルペンのファッションデザイナーの一人  ドリス・ヴァン・ノッテン  のブランド商品のようだ。1ユーロ100円で勘定しても、靴まで入れると一式 20万~35万円。

2012.07.24.

ルーベンス/ヴァン・ダイク/テニールス

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この3人は世界に知られている画家で、いずれもアントウェルペン生まれだ。

ヴァン・ダイク Antoon van Dyck (1599-1641) はイギリスの画家だと思っている人がいるほどイングランド王室の宮廷画家として1632年以降のイギリスの画壇を牽引した画家。

また、テニールス David Teniers (1610-1690) も当時ブリュッセルを支配していたオーストリア大公の宮廷画家として異国のブリュッセルで活躍した。

ルーベンス Petro Paulo Rubens (1577-1640) もイタリアのマントヴァ公とスペインのイサベラ王女の宮廷画家を務めた。スペイン王室の宮廷画家ベラスケスはヴァン・ダイクと同年の生まれだ。

アントウェルペンの目抜き通りと、隣接する広場に3人の立像がある。2人が教えを受けた先輩ルーベンスの像は広場にあり、没200年の1840年の記念碑で、背景はアントウェルペン大聖堂だ。

アントウェルペン と ルーベンス ~ネロ と パトラッシュ の物語

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フランスでは、今日8月15日は聖母昇天祭の祝日です。聖母マリアが肉体と霊魂を伴って天国にあげられたという<聖母被昇天>を記念する祝日です。

* *

アムステルダムに行く前に、途中、ベルギーのアントウェルペン (アントワープ) Anvers に立ち寄りました (2012.08.8-9) 。アントウェルペンは最近ではモードの街として一躍有名になりましたが、ダイヤモンド取引の町、ルーベンスの生まれ故郷として知られてきました。

アントウェルペン大聖堂では<フランダースの犬>にも登場する ルーベンスの絵 (聖母被昇天・キリストの昇架・キリストの降架・キリストの復活) を鑑賞することができます。

大聖堂の前にはトヨタから寄贈されたフランダースの犬の石碑モニュメントが設置されていて、今上天皇・皇后両陛下も来られたということです。しかし、観光局 (Office du tourisme)の人に話しを聞いてみたところ、日本人によってこの物語が逆輸入されたもののベルギーでの知名度は低いというのが実のところのようです。
日本人には涙を誘うネロとパトラッシュの悲哀の物語も、西欧人にはよく知られた厳しい中世の時代のごくありふれた日常だったのかもしれません。

大聖堂中央に位置する<聖母被昇天 1625-26>
こちらはオープンなのでネロも見ることができました。

ルーベンス/聖母被昇天

こちらがクローズされていてお金が無くては見れなかった
<キリストの昇架 1609-10><キリストの降架 1611-14>で、
当時から拝観料が必要だったため、貧しいネロは観たくても観れませんでした(涙)。

今は入場料 (5€) を払わなければ聖母被昇天すら観ることができません。教会で有料の他例を知りませんが、拝観料のおかげで大聖堂の大改装ももう一息とのコメントがありました。カンタベリー大聖堂が有料でした (2017.08.)。

ルーベンス/キリスト昇架

ルーベンス/キリスト降架

アンリ4世とルーベンス/ルーベンスの家/アントウェルペン Anvers

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 ルーベンスはゴッホ等とは違って生前からの人気画家で当時の豪邸 (廃墟同然になっていた) が修復されて<ルーベンスの家>として公開されている。

写真は1590年3月のイヴリーの戦い ( イヴリーは、ノルマンディー地方のウール川沿いの小都市 ) で、カトリックの推すマリエンヌ公を破ったフランス王アンリ4世を描いた4点セットのうちの一枚だ。アンリ4世の騎乗する白馬の他は未完と思われる。

同様の戦いの場面を描いた絵は、フィレンツェのウッフィツィ美術館にも所蔵されている。
ナント勅令でユグノー戦争に終止符を打つのは1598年のことだ。

アンリ4世/イヴリーの戦い