ゴッホ美術館のロートレック/アムステルダム

   depuis  2001

1886年にアントウェルペンからパリに出たゴッホは1887年11月にロートレックらと共同展を開いている。また同年、ロートレックはゴッホの肖像画を描いている。ゴッホ34歳、ロートレック23歳。

ゴッホ美術館はツールーズ・ロートレックの油絵 (写真 上段:ガブリエルの肖像 Gabrielle はナショナル・ギャラリーの所蔵) のほか、1300点近くのリトグラフを所蔵している。

数多くの所蔵コレクションの中から100点を選んで9月15日まで 特別企画展 Beauty in abundance を開催中であったので訪れることにした(14€)。

ギャラリー・イグレック所蔵の2作品も展示されていた。

Toulouse-LautrecToulouse-Lautrec

アンリ4世とルーベンス/ルーベンスの家/アントウェルペン Anvers

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Belgium Flag

 ルーベンスはゴッホ等とは違って生前からの人気画家で当時の豪邸 (廃墟同然になっていた) が修復されて<ルーベンスの家>として公開されている。

写真は1590年3月のイヴリーの戦い ( イヴリーは、ノルマンディー地方のウール川沿いの小都市 ) で、カトリックの推すマリエンヌ公を破ったフランス王アンリ4世を描いた4点セットのうちの一枚だ。アンリ4世の騎乗する白馬の他は未完と思われる。

同様の戦いの場面を描いた絵は、フィレンツェのウッフィツィ美術館にも所蔵されている。
ナント勅令でユグノー戦争に終止符を打つのは1598年のことだ。

アンリ4世/イヴリーの戦い

ジョルジュ・サンク George V はマロニエの並木道

   depuis  2001

シャンゼリゼ大通 Avenue des Champs-Élysées ( プラタナスの並木道 ) との交差部にルイ・ヴィトン本店がある ジョルジュ・サンク大通り Avenue George V はマロニエの並木道だ。

フォー・シーズンズ・ジョルジュ・サンク周辺の8月初めの様子。

Av. George V

今日から4泊5日で Belgium Flag  アントワープと Netherlands Flag  アムステルダム に小旅行してきます。

コートールド と オルセー/セザンヌ と マネ

   depuis  2001

United Kingdom Flag  昨年 ロンドンのコートールド・ギャラリーに行った折に出会った <セザンヌのカード遊びをする人々> と <マネの草上の昼食> ( いずれも写真の上 ) と
France Flag  オルセー美術館のそれら ( 写真の下 ) との対比。

セザンヌ

セザンヌ2

マネマネ2

オルセー美術館は改装が終わって、作品群が本来の位置に戻ってきたように思われた。

食事の後の美味しいケーキ/LAPÂTISSERIE

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毎年恒例になってきた、お友達との夏のお食事会。

今回はLA PÂTISSERIE BY CYRIL LIGNAC のイチゴのケーキとマカロンを美味しくいただきました。
日本のケーキのように軽いようでありながら、
フランスのケーキらしい濃厚な乳製品の味もしっかりしていて
食事の後に大変美味しくいただきました。

2012.08.04.

エッフェル塔百態 69  アンリ4世騎馬像

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シテ島 (ポン・ヌフ橋) 上のアンリ4世騎馬像 Statue équestre d’Henri IV を右端に、真ん中にフランス学士院を重層したエッフェル塔。
フランス学士院とエッフェル塔を除けば写っているのはすべてシテ島上。
騎馬像の向こうはシテ島の下流端の緑地  で、階段を下りると ポン・ヌフ公園 Parc du Ponu Neuf 。セーヌ河畔にも出られ、バトウ・ムッシュの乗船場でもある。
ポン・ヌフの起工はアンリ3世の治世だが、アンリ4世治世の1607年に竣工した。
台座にはラテン語で HENRICI MAGNI とあるが、これはアンリ4世の愛称である大アンリ Henri le Grand の意味だ。

* * *

エッフェル塔の左に街燈とその足元に<ヴェリブ Vélib’>の貸し出し所が見える。

エッフェル塔百態 68  シャンジュ橋/コンシェルジュリー/パリ・プラージュ/時計の塔

   depuis  2001

シャトレ広場前のシャンジュ橋 Pont au Change からのエッフェル塔。

下流に見える橋がポン・ヌフ  Pont Neuf  。
左はシテ島で、化粧直しの終わったコンシェルジュリー。
エッフェル塔の左にフランス学士院。
セーヌ右派流に沿うパリ・プラージュは気温23度とあって閑散としている。

Tour Eiffel / Pont au Change

現在の橋はN のマークが付いていることから推察できるようにナポレオン3世時代 (1858) のものだが、両替橋の名はその昔の橋上に両替商や宝石・金細工の店があったことに由来している。フィレンツェのポンテ・ヴェッキオ(橋)を渡ったところのアパートが懐かしい。

2012.07.31.

コンシェルジュリーの<時計の塔 Tour de l’Horloge du palais de la Cité >
壁時計部分だけが遅れていたが。。。

中央の時計の左右の彫像は、ファスケスを置き正義の手と法を持っている左が<法の力>、天秤と剣を持っている右が<正義・公正の執行>を寓意している。
François Christophe Armand Toussaint (1806-62) により改修された (1852) 。
また、時計の頂部にはアンリ3世 Henri III (在位1574-89) の使った二つの<王の紋章>が付いている。
父アンリ2世 (母カトリーヌ・ド・メディチ) の<モノグラム>である HCC も見える。
アンリ3世が1350年にジャン王が設置した時計を1585年に取り換えた。

2012.11.19.

ロータリーとモニュメント 60  Michel Debré 広場

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セーブル通りなど6本の道が交差する Michel Debré 広場  Place Michel Debré  は「赤十字の交差点 Carrefour de la Croix Rouge 」と呼ばれていた。カルフール Carrefour は世界に展開するスーパーマーケットとしてお馴染みの名詞だ。
広場のモニュメントは彫刻家 César のケンタウルス Le Centaure ( 1985 ) だ。
フランス文化省が製作を依頼した。
右に見えているのがセーブル通りで、左奥の緑の先が Le Bon Marché 。

Pl. de la Croix Rouge

 Michel Debré (1912-96) はレジスタンスで、戦後のド・ゴール政権下で大臣・首相を務めた。

人気の15ユーロ/アミアン Amiens

   depuis  2001

アミアン大聖堂横手のソンヌ川沿いのレストラン街の一軒でのサラダ。
多数の人が注文していたのでつられてみることにした。

スカンピ、ガンバ、サンジャックにイチゴ、スイカ、ドライトマト、ブラッドオレンジ、パイナップルとベビーリーフにメールアリコ。
中央凹の大皿からこぼれんばかりの盛り付け、食べても食べてもまだまだ。。(北海道を思い出してしまった。) 。

Belgium Flag  ベルギー Belge の Affligem の生ビールの大ジョッキも美味しかった。

United States Flag  この日の夜半にはハワイのスコールを思わせる雷雨があった。パリを含むフランスの広域で雷雨があったようだ。

2012.07.27.

美しい絵ガラスの聖母/シャルトル大聖堂

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Cathédrale Notre-Dame de Chartres

シャルトル大聖堂 Cathédrale Notre-Dame de Chartres は聖母マリア信仰の拠点であることはもとより、ステンドグラスの美しさで世界に知られている。とりわけシャルトル・ブルーは有名だ。

25年ほど前になるが、パリ駐在の友人に「大聖堂を見るならシャルトルですよ。」と車で案内してもらったことがある。今回 「ツール・ド・フランス 2012 」の観戦に出かけて、久しぶりに見たシャルトルの街も大聖堂もその時の記憶とはしっくりこなかった。

恐らくノートルダム寺院を含むパリの街並みも、フランスの各都市もその間に格段に美化されてきたことと大聖堂が昔のままで時間だけが経過したということによるのだろう。

<美しい絵ガラスの聖母 Notre-Dame de la Belle Verrière >と呼ばれるステンドグラスは1194年の火事を生き抜いたもの。

赤い部分がそれで、周囲の天使は火災後復元して付け加えられた。

<ナント勅令>のアンリ4世はユグノー (プロテスタント) から カソリック への改宗絡みでランス大聖堂での戴冠式を行えず、シャルトル大聖堂での戴冠となった。

ピカルディー美術館/アミアン

   depuis  2001

アミアン Amiens はパリの北方ピカルディー地方の首府だ。ソンム川 Somme 氾濫原の湿地帯を活用した野菜の栽培地、水上庭園やアミアン大聖堂で名高い。

<ピカルディー美術館 Musée de Picardie> はあいにく模様替え中で全館を見ることはできなかった。

Eustoma grandiflorum/トルコキキョウ 

   depuis  2001

ヴァンセンヌの日曜日の朝市でトルコキキョウ Eustoma ( Lisianthus) の花を買いました。9€ でした。

原産地はUnited States Flag Mexico Flag 品種改良はJapan Flag

France Flag 27日から1泊2日でパリ北方の町 アミアン Amiens に小旅行してきます。

United Kingdom Flag ロンドンオリンピックの開会式はホテルのテレヴィジョンで22時から観ることになります。

2012.07.27.    07:30   /  Vincennes

2012.07.27.  22:46    / Amiens

Paris Plages 2012 / Pont Neuf

   depuis  2001

7月25日はパリの猛暑だった。

昨年の今頃は薄手のセーターを欠かせないほど気温が低く、パリ・プラージュも今ひとつだったが、今日のセーヌ右岸のポン・ヌフ上流の様子は・・・

Paris Plages

ヴァカンスに出かけられないフランス国民が4割近くになって社会問題になっている。
政府が費用を補助する道を模索しているという。

今捥ぎってきたマロニエの実

   depuis  2001

今日25日は近年の体験の中では最高の暑さで、32度という表示を街中で見かけた。日陰に入れば爽やかで心地よいのだが、メトロとかバスとかが蒸し暑い。

帰り途中ヴァンセンヌの森の一角でもいできたマロニエの実。直径4センチぐらい。もう一月もすれば割れて落下する。

ロータリーとモニュメント 59 スターリングラード攻防戦広場

   depuis  2001

スターリングラード攻防戦を記念して命名された広場 Place de la Bataille de Stalingrad のモニュメントは Rotonde de la Villette (ラ・ヴィレットの円形建物)だ。
クロード・ニコラ・ルドゥー Claude-Nicolas Ledoux (1736-1806) による建築 (1784-89) 。パリに入る農産物への通行税徴税のため<ラ・ヴィレットの関門>として建設された。

10本の道路とサン・マルタン運河が交錯し、運河の上流側はラ・ヴィレットのドック Bassin de la Villette となっていてルルク運河に接続する。

Russian Federation Flag  Germany Flag     スターリングラード攻防戦は東部戦線における独ソの戦いであり、フランスが係ったわけではないが、第二次大戦の優劣を転換することになるドイツの敗北であった。

 Pl. de la Bataille de Stalingrad / Rotonde de la Villette

写真を拡大してみれば、円形建物の右に高架でメトロ2号線が走っている。
メトロの駅は Stalingrad  で、高架の2号線のほか地下に7号線、5号線。

パラソルが見えているのはこの辺り一帯が<パリ・プラージュ/ラ・ヴィレット Paris Plages / La Villette>だからだ。セーヌ川右岸側の河原だけではないのだ。

写真左手を流れるサンマルタン運河はこの部分で閘門になっているが、閘門をまたぐ橋上から上流のラ・ヴィレットのドックを望んだのが下の写真。奥にトラムウェイ T3b 。

近年この一帯は再開発されドックは大改修されて、水辺に展開する人気のゾーンとなっている。この時期はパリ・プラージュ/ラ・ヴィレットとなっていてパリに居ながらヴァカンスを味わえるというわけだ。

Bassin de la Villette

エッフェル塔百態 67 パリの守護聖人聖ジュヌヴィエーヴ/トゥールネル橋

   depuis  2001

サン・ルイ島とセーヌ左岸に架かるトゥールネル橋上流、サン・ルイ島からのエッフェル塔。トゥールネル橋上のモニュメントが<パリの守護聖人聖ジュヌヴィエーヴ>だ。
パリの中心であるサン・ルイ島、シテ島から上流方向、つまり外を向いていることによってパリを守護していることを表現している。
ポール・ランドウスキー Paul Landowski (1875-1961) による彫刻 (1928) 。

Brazil Flag
彼はリオ・デ・ジャネイロのコルコバード Corcovado の巨大キリスト像 (1922-31) の作者として世界に知られている (初めて見て、山上の像の足元に立った時は本当に驚いた) 。

Tour Eiffel / Pont de la Tournelle

 Tournelle は12世紀に建設された<フィリップ・オーギュストの城壁 Enceinte de Philippe Auguste>の四角い塔 (砦) の名。
城壁で囲まれたここより下流、現芸術橋付近までがパリ市内だった。

ウインドウショッピング 11            Le Louvre des Antiquaires-2

   depuis  2001

ツール・ド・フランス 2012 最終ステージ  la 20e étape はテレビで観戦することにした。
来年の 100回大会はシャンゼリゼで是非。。。
Le Louvre des Antiquaires で見れる豪華なピアノ。

ツール・ド・フランス 2012/シャルトル Chartres

   depuis  2001

ツール・ド・フランス 2012 / la 19e étape 第19ステージ : タイム・トライアル を観戦するため早朝からシャルトルに向かいます。メトロ1号線 Nation でメトロ6号線に乗り換えMontparnasse Bienvenüe 下車、 モンパルナス駅から SNCF で約1時間の距離です。

Chartres はシャルトル大聖堂で有名です。

* * *

残り1km地点を通過し、ゴールまでの上り坂に入る選手。

Tour de France 2012 / Ville de Chartres

最後の上り坂を必死でゴールへ。。タイムトライヤルは2分間隔でのスタート。

Tour de France 2012 / Ville de Chartres

昨年に比べてスポンサーの街宣車が多いように思われた。
おかげで写真のようなグッズを手に入れることができた。

Tour de France / Ville de Chartres

来年はツール・ド・フランスも100回目、ナポレオンの出身地コルシカ島からスタートする。果たしてどんな企画が。。

ロンドンオリンピックとヴァンセンヌ

   depuis  2001

United Kingdom Flag     ロンドンオリンピック開会まで一週間となった。

ヴァンセンヌ でも所縁の出場選手を紹介する立て看板が RER ヴァンセンヌ駅前広場に置かれている。テコンドー、アーチェリー、ジュウドー。。。10名。

後方真中の木はタイサンボク  magnolia à grandes fleurs で、花が咲いている。

En route pour Londres !

En route pour Londres !   (ロンドンへ いざ出陣!)

ウインドウショッピング 10            Le Louvre des Antiquaires

   depuis  2001

昨日、食事と両替がてらオペラ界隈に出かけたついでに Le Louvre des Antiquaires に寄ってみました。景気はますます悪くなっているようで、これまでに無くブースの空きが目立ちました。120年前のクリストフルの燭台、1900年のバカラ、うっとりしてしまいます。

昨日のパリは最高温度28度と今夏最も暑い日だったそうですが、日陰だと肌寒い陽気で、東京では考えられない過ごしやすさでした。パリ祭も終わりヴァコンスが始まっていますが、観光客を含め多くの人が街中に出て賑わっていました。

Le Louvre des Antiquaires

パリ ・ ミキ パリ店に展示/星川 孝 クレパス画

   depuis  2001

川之江の<クレパス画家 星川 孝>さんの絵が PARIS オペラ大通りにある<メガネのパリ・ ミキ> PARIS MIKI で展示される運びとなりました。
これは 流星堂 と ギャラリー・ イグレック ( カフェ/ アン・ キャンズ)御贔屓の K さんの肝いりによって実現したもので、11月にパリのエスパス・ジャポンで開かれる彼の個展の終了時まで展示されます。本日預かってきた作品2点を持参してPARIS MIKI へ行ってきました。
パリに来られたら是非お立ち寄りになってみていただければと思います。

ギャラリー・イグレック 店主

今日のお店の様子。上二枚は店の中、下はオペラ大通りからで右側すぐにオペラ座。

2012.07.18.

翌日からの様子。星川さんのクレパス画2点が展示されています。
反射を避けるためにやむを得ずこのアングルになっています。
このままでは肝心の絵を見難いですので、是非画像を2度クリックして拡大して見てください。

2012.07.23.

価格はいずれも300ユーロ  とするようお願いしてきました。

2012.07.25.

蒸し暑さから脱出:パリへ

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Japan Flag     今日から40日間蒸し風呂から退避します。     France Flag
恐らく滞在期間中一滴の汗すら掻かないことでしょう。
電力消費の軽減に多少なりとも貢献します。
このところ100円割れの続いているユーロ安を生かせればとも思っています。

* *

ジェット気流が弱いのでしょう、予定より早くパリに着きました。
入れ違いに香港 Hong Kong Flag に発ったお友達は大変でしょう。

ギャラリー・イグレック の花々 71  ソウタンムクゲ

   depuis  2001

茶花として愛用されるソウタンムクゲの花が咲き始めました (2012.06.27) 。
花名は千利休の孫にあたる千宗旦に由来しています。
いよいよ夏本番ということでしょう。
明日早朝に新宿を出てパリに向かいます。

ソウタンムクゲ

* *

パリのソウタンムクゲ/家ではホーチャンムクゲと呼んでいます。

フランスでは、Hibiscus syriacus  または Rose de Sharon と呼ばれます。

2012.07.18

ギャラリー・イグレック の花々 70  オキザリス・デッペイ

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006

Mexico Flag が原産地。カタバミ科カタバミ属。葉っぱだけを見て、マメ科のクローバーと間違える人がいます。全て四つ葉なので、ラッキークローバーと呼ばれたりします。

2012.06.27

エッフェル塔百態 66                        人権宣言(フランス革命)200周年記念碑

   depuis  2001

France Flag   今日7月14日はフランスの革命記念日 (パリ祭)  14 Juillet だ。  France Flag

今年は明々後日の17日からの滞在なので
残念ながら新大統領オランドを肉眼で見ることはできない。

エッフェル塔はフランス革命100周年を記念して1889年に建設されたものだが、200周年の際の記念塔も シャン・ド・マルス公園 Parc du Champ de Mars の一角にある。

人権宣言200周年記念塔で、1789<人間と市民の権利の宣言>1989とある (写真下) 。

フランス革命の基本理念である自由と平等などを謳ったいわゆる<人権宣言>(ラファイエット起草) の「宣言200周年」を示す人権記念塔 (イワン作) として建てられたものだ。

写真上の面には、アテネ、ローマ、ルクセンブルグ、
ボン、アムステルダム、コペンハーゲン、
裏面には、リスボン、マドリッド、パリ、ブラッセル、ロンドン、ダブリンの都市名がある。

フランスの哲学者モンテーニュ Montaigne / ソルボンヌ

   depuis  2001

<随想録 Essais >で知られる16世紀フランスの哲学者モンテーニュの像がソルボンヌの正面、ポール・パンルヴェ広場 Place Paul Painlevé にある。ポール・ランドウスキー Paul Landowski (1875-1961)の作品 (1933) で、オリジナルはマーブル。写真で、右足の靴が輝いているのは学生が試験前に撫でる伝統があるからだそうだ。
台座には、「パリは私の子供の頃の私の心だった・・」と 随想録の一節が刻まれている。

モンテーニュはボルドー出身の市長も務めた大金持ちの跡取りで、自身も市長も務めた。
18世紀の啓蒙哲学者モンテスキューもボルドー出身。

像の前の Sorbonne/パリ大学 Ⅳ Université de Paris と カルチェラタンを貫くエコール通り Rue des  Écoles 。

Sorbonne

リモージュ焼 La porcelaine de Limoges

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リモージュ Limoges はリモージュ焼で知られるフランス中部の都市で、画家のルノワールや我が Rose の出身地だ。Musée national Adrien Dubouché  に入れば、リモージュ焼の歴史や絵付けを見ることができる。
磁器 porcelaine の原材料であるカオリンの鉱床をリモージュの近郊で1768年に発見。1771年にアルトワ伯が工場を稼働させて磁器の生産が始まった。1784年にセーブル王室工場 (セーブル焼) に買いとられて以降デザイン等の洗練が進むことになる。

Musée national Adrien Dubouché

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Spain Flag  スペインの<サンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼の道>の一つが通っているので、その道筋を示すサンジャックの埋め込みを町のそこかしこで見ることができる (写真下) 。

photographie d'une coquille Saint-Jacques en cuivre insérée dans les pavés d'une rue de Limoges et marquant le passage de la Via Lemovicensis menant à Saint-Jacques de Compostelle

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古い町並みの残る Cour du Temple (写真左) 、聖シュテファン/サン=テティエンヌ大聖堂 St-Etienne cathedral (写真下) 等が見どころ。

1737年設立で今はベルナルド Bernardaud の傘下にあるロワイヤル・リモージュ ancienne manufacture ROYALE de Limoges のポットを購入した (写真下) 。

金色の擬宝珠と足、伝統文様がお気に入りの磁器(クラシック)だ。

ヤグルマギクと真珠でデザインした<マリー・アントワネット>シリーズの一つ。

Denmark Flag
中に入っているのはロイヤル・コペンハーゲンの<フィギュリン>で、コペンハーゲンに小旅行した時に古物商の店で買ったものの一つ。
デンマークではリモージュに遅れること2年、1773年から磁器の生産が始まった。

巡礼の街 ルルド Lourdes / 奇跡の水

   depuis  2001

ピレネー山脈のフランス側の麓の町 ルルド Lourdes は巡礼の街だ。
1858年に<聖母マリアが出現>して以来、奇跡の水が信仰をよんでいる。
マッサビエルの洞窟 (写真) から湧き出る<ルルドの泉>がそれだ。

ルルドの泉の水は写真の左手に多数の蛇口が用意されていてそこで頂けるようになっている。

マッサビエルの洞窟

聖母マリアが現れた場所に建てられた大聖堂 Basilique Notre Dame du Rosaiの長い階段を昇ったところにある入口前テラスから見たルルドの街。
右の丘の上に見えるルルド城 Château fort de Lourdes はローマ時代に起源をもつ要塞で、
夜にはライトアップされてさながら Czech Republic Flag チェコのプラハ城の趣だ。
Slovakia Flag プラハ城を訪れたのは未だチェコ・スロバキアの時代だ。

Korea, Republic of Flag 余談だが、韓国ドラマで最も気に入っているのが<プラハの恋人>だ。

Basilique Notre Dame du Rosaire

アクセスはフランス南西部の中心都市で、エアバス本社のある トゥールーズ から列車。空港もある。ボルドーからも列車で。

2006.08

エッフェル塔百態 65  グロー将軍広場

   depuis  2001

グロー将軍広場 Place du Général Gouraud からのエッフェル塔の夜景。ライン42 、69、87 のバス停 Rapp-La Bourdonnais より。写真の下方に逆向きのバス停が見える。

グロー将軍は第一次大戦の終盤、西部戦線で第4軍を率いてストラスブールを開放した。右腕を失った将軍の半身像がアンヴァリッドの右翼、アンヴァリッド大通りに面する Square d’Ajaccio にある (写真下) 。アジャクシオ Ajaccio はナポレオンの生まれたコルシカ島の都市名。

 

Sq. d'Ajaccio

アジャクシオ公園のグロー将軍像。後ろはアンヴァリッド Hôtel de Invalides 。

ロータリーとモニュメント 58  ヴァルベール広場

   depuis  2001

ヴァルベール広場 Place Valhubert にはモニュメントはいらない。
広場に面して植物園 Jardin des Plantes とオーステルリッツ駅 Gare d’Austerlitz が広がり、セーヌ川には オーステルリッツ橋 Pont d’Austerlitz が架かる (両方の写真の左側手前) 。

オーステルリッツとは、皇帝ナポレオンが1805年2月にオーストリア帝国とロシア帝国の連合軍に勝利した3帝戦と呼ばれる<オーステルリッツの戦い>に因んだものだ。 Czech Republic Flag(現在)広場の名の ヴァルベール はその戦いで負傷し41歳で亡くなった将軍の名。勿論、凱旋門にも名が刻まれている。ヴァンドーム広場の Colonne Vendôme は戦利品の大砲で建造された。

Pl. Valhubert / Jardin des Plantes

上は植物園、下がオーステルリッツ駅。オーステルリッツ駅はリモージュ、トゥールーズ方面行きのパリ駅だ。

Pl. Valhubert / Gare d'Austerliz

斜め右へオピタル大通り Boulevard de l’Hôpital を進めばイタリア広場 Place d’Italie へ一直線だ。

エッフェル塔百態 64  アンヴァリッド遊歩道

   depuis  2001

アンヴァリッド広場 (遊歩道)  Esplanade des Invalides からのエッフェル塔。
右側がセーヌ川で、アレクサンドル3世橋を渡って右岸下流側にグラン・パレ、上流側にプチ・パレがある。

Tour Eiffel / Esplanade des Invalides

(下の上の写真) 左側にアンヴァリッド (下の下の写真) があり、両者の間が Champ de Mars と並ぶ広大な Esplanade des Invalides だ。

アレクサンドル3世橋

Hôtel de Invalides

ブルトン美術館/ Musée Departemental Breton /keltia

   depuis  2001

ケルト文化が色濃く残るブッターニュの (カンペール焼で名の通る) カンペール Quimper に
ブルトン美術館 Musée Departemental Breton がある。ケルト文化の出土品やケルト (ブルトン) の民族衣装等が展示されている。
カンペールへは、パリ・モンパルナス駅から TGV で直行できる。

Musée Departemental Breton

中庭に何気にある彫像はケルトのデザインだ。

美術館内に過去の企画展のポスターがあったので紹介する。
ケルト celt の民族衣装がきれい。コーンウォール cornouaille の職人達  をテーマにしたもの (1997-98) もある (2段目の右から2枚目) 。

Musée Departemental Breton

右の写真はお土産で買ったブッターニュならではのウイスキー・フラスコ
keltia (ブルトン語:ケルト) とあって、その下に6本の国旗とケルトの文様が配されている。
上段左から右へ、スコットランド、アイルランド、ブッターニュ、下段同、ウェールズ、マン、コーンウォールのケルト6国だ。
ブッターニュの旗は現在、地域圏 Région Bretagne の旗として使われている。
その下はケルトの代表的な伝統文様の一つ。
ブッターニュは長らくイギリスの影響下にあり、はっきりフランス領となったのはフランス革命後のことだ。

ポーランド風餃子/polskie pierogarnie /Cracovie

   depuis  2001

Poland Flag

このところ国内線の格安航空会社の就航が相次いでいるが、ヨーロッパの格安航空/easy Jet を利用して ポーランドの京都、クラコヴィ Cracovie (クラクフ) に旅行した時のことだ。

戦災を受けることなく古都の風情を残しかつ整備の行き届いた綺麗な街だ。3年前まで27年間 ローマ法王だったヨハネ・パウロ2世の出身地であったことや世界遺産になったためだろう。物価は安く、おかげで超高級ホテルに滞在できたが、食べ物に難があった (高くても不味い) 。唯一お勧めはポーランド風の餃子 (団子) 。これは美味しい。

polskie pierogrnie

Zapiecek という餃子屋さん。小さなお店なのだが有名らしい。店内には…

Zapiecek

2008.08

中世の街並み/アルザスのコルマール Colmar

   depuis  2001

コルマールは中世からルネッサンス期の街並みが保存されている町として知られる。神聖ローマ帝国時代の自由都市として発展。仏独の領土争いが繰り返されてきたアルザス地方の街。

写真は プチ・ヴェニス Petite Venise  と呼ばれる水郷。

自由の女神の彫刻家フレデリク・バルトルディはコルマールの出身。

Colmar

2007.08

カンペール焼 / Faiences de Quimper を追補しました。御覧ください。

ストラスブール と ケール/Strasbourg – Kehr

   depuis  2001

France Flag 2007年6月に TGV がパリ・エストからストラスブールまでの運行を開始した。

ストラスブールは仏独が歴史的に領土争いを繰り返してきたライン川沿いの都市で、フランス最大の河川港 (日本では過っての淀川の伏見港) を持ち交通の要衝として栄えてきた水郷都市だ。EU の欧州議会などが置かれていてブラッセルと並ぶEU 都市でもある。

Strasbourg

090

天文時計が見落とせないストラスブール・ノートルダム大聖堂は
ロマネスク様式とゴシック様式混淆で必見。

Germany Flag ライン川を渡るとドイツの街ケールだ。ストラスブールのサテライトとしてフランス領であったこともあって、今も市民の往来が活発だ。

2007年の8月にはまだパスポートが必要であったが、ケール行きのバスはチェックなしだった (運転手にちょっと脅かされはしたが) 。
ドイツの方が物価が安いとあって、市民はケールに買い物に行くのだそうだ。

ケールでは丁度骨董市だったので記念に皿を手に入れた。

左の写真はケールの街中のモニュメント。

1870-1871とあるのはビスマルクのプロイセンがナポレオン3世のフランスを破った普仏戦争のこと。
ケールの属すバーデンがプロイセンと連合して勝利した記念碑。

この戦争を境にフランス第3共和制、統一ドイツ帝国の誕生となる。

2007.08

ウインドウショッピング 9  Egon Schiele

    depuis  2001      Austria Flag

2005年から2006年にかけてグラン・パレのナショナル・ギャラリーで催された「クリムトやシーレ等ウイーンの4画家展」に行った娘からシーレの絵葉書 Nu à la pantoufle à carreaux (1917) をもらってファンになった。

パッサージュ・ジュフロワ Passage Jouffroy  の古美術書店で エゴン・シーレ Egon Schiele (1890-1918) のリトグラフを見かけた。(クリムト、ゴッホ、ムンクの影響を受けた。スペイン風邪で若死。)オリジナルの20枚綴りで350€、旧価格800€とある。お買得のようだが。。。

2010.12

ウインドウショッピング 8  Articles de Dessin

    depuis  2001

RER A 線の Vincennes  駅近くのデッサン用品を扱うお店のショウ・ウインドウ。
レンブラントのパステル、90色セットで148€。エキストラ・ファインとあるがそんなにするの?

Articles de Dessin

2011.07

シチリアの旅 カターニャ・シラクーザ・パレルモ その2

    depuis  2001

Italy Flagシラクーザはカターニャから中長距離バスをつかって1時間半。
アルキメデスの出身地として有名な古代ギリシャ植民市のうちの一つ。古代の建築群が公園の中に保管されています。

 

 

古代円形劇場。最上部分までのぼると海が一望できる。

石牢としてつかわれていたオレッキオディディオニジオ (天国の石切場) 。耳の形が美しい。

その横にあるもうひとつの洞窟。縄をつくっている職人のアトリエだった。
現在は落石の危険があるようで中にははいれない。

アレトゥーサの泉、茂っているのはパピルス。

泉のすぐ横から海を眺める。とってもキレイでした。
日帰り観光でしたが、十分満喫できました。

Chapelle expiatoire  マリー・アントワネット と ルイ16世

   depuis  2001

<Chapelle expiatoire 贖罪の礼拝堂>は 皇帝ナポレオンの失脚後7月革命までの 王政復古時代 Restauration (1814-30) に、ナポレオンの百日天下を挟んで王位にあったルイ18世 (在位1814-24) が兄のルイ16世とマリー・アントワネットのための礼拝堂として建設した後期新古典主義の建物だ (1826年完成) 。

カルーゼル凱旋門 や シャトウ・マルメゾン を建築した ピエール・フランソワ・レオナール・フォンテーヌ Pierre-François-Léonard Fontaine (1762-1853) の作品。

1793年にコンコルド広場においてギロチンで処刑されて後、サン・ドニ大聖堂に埋葬されることになる1815年までの間埋葬されていた元マドレーヌ墓地で、ルイ16世公園 Square Louis-XVI となっている。

見学は有料。メトロ9号線 St-Augustin 下車、オスマン大通りをサンラザール方向へ歩いて右側。

Chapelle Expiatoire / Square Louis XVI
Chapelle Expiatoire / Square Louis XVI

エッフェル塔百態 63  ジョフリ広場

   depuis  2001

旧陸軍士官学校前の ジョフリ広場 Place Joffre から見るエッフェル塔。

ジョフリ広場のモニュメントは第一次大戦時のフランス元帥(1916) Joffre の騎馬像で、
エッフェル塔の向こうに位置するトロカデロと11月11日広場のフランス元帥(1918) Foch の騎馬像とエッフェル塔を挟んで一直線上で向き合っている。

先輩であり、またパパ・ジョフリと愛称された人気のジョフリ元帥が
陸軍士官学校前を占めているわけだ。

arbre remarquable/保存樹

フランスの arbre remarquable 保存樹の一例を紹介しよう。

このようなロゴ表示を見つけたらちょっと覗いてみたら。。。

下の写真は、ヴァンセンヌの市役所前広場にある葉が紫色に紅葉するヨーロッパブナ(日本では銅ブナと呼ぶらしい) Hêtre pourpre だ。

ヨーロッパ原産でブナ科に属す。

樹高23メートル、幹回り(目通り)3.7メートルということで2011年の指定。

Fontaine Louvois / 川の女神

   depuis  2001

オペラ大通りの近く日本食店の並ぶサンタンヌ通りを入ったところ (Square Louvois) に川の女神をあしらった噴水がある。ルヴォアの噴水 Fontaine Louvois (1844) だ。
ジュール・クラグマン Jean-Baptiste-Jules Klagmann (1810-67) の作品。

フランスの4大河川である セーヌ川 La Seine・ロワール川 La Loire・ガロンヌ川 La Garonne・ソーヌ川 La Saône に敬意を表したもので、マロニエを背にそれらの女神像が美しい。
ソーヌ川はリヨンでスイスのレマン湖からくるローヌ川 Le Rhône に合流する支流なのだが、ローヌが男性名詞なのでソーヌを使っているわけだ。

女神の乗る水盤を支えているのはやはり4体の<いるかに乗ったトリトン>だ。トリトンはギリシャ神話の海神ポセイドンの息子で、波を操るホラ貝を手にし人魚のように具象される。

Fontaine Louvois

セーヌとガロンヌの女神は見えない。右の建物はリシュリュー通りに面するフランス国立図書館。

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左岸からルーブル宮に渡るカルーゼル橋の左岸下流側の橋塔はセーヌ川を表象する女神像(ルイ・プティトー作の坐像 1846) だ。左手に抱えた水瓶からこぼれる水でセーヌの恵みを表現している。

アルマ広場には LA SEINE の女性像があるがとても女神には見えない。

Saint Louis /ルイ9世

   depuis  2001

サン・ルイ島にその名が残り、シテ島のステンドグラスが最高のサント・シャペルの建設者である ルイ9世 は saint に列せられた唯一のフランス王(在位 1226-1270)である。

サン・ルイ伝に、ヴァンセンヌをたびたび訪れて
オークの木陰で民の調停をしたという記述がある。

下の写真はヴァンセンヌ城の正面右端にある Statue de  SAINT LOUIS (1906 Mony 作)。

第8回の十字軍遠征中チュニジアで病没、その遺灰がフランスに帰って700周年にあたった1971年にパリ市からヴァンセンヌ市に寄贈されたもの。

Statue de SAINT LOUIS

クリスタル・グラスのサン・ルイ。1767年にルイ15世から名前をもらって王立のガラス工場となり、1781年にクリスタルの開発に成功。
ラリック、バカラもいいが、長らく愛用しているのはサン・ルイだ。

セントルイスはアメリカ合衆国の中都市でリヨン市と姉妹都市。
セントルイスブルースはジャズの名曲。

ヴァンセンヌ城 Château de Vincennes の裏門、森の塔 Tour du Bois 前、ヴァンセンヌの森 Bois de Vincennes に面する大広場は Esplanade St-Louis と呼ばれる。

* * *

サクレクール寺院正面左にサン・ルイの騎馬像がある
(右はサン・ジャンヌ・ダルクの騎馬像)。

* * *

ヴァンセンヌ広場(大通り) Cours de Vincennes からナシオン広場への入口、王座の道に立つ王座の塔 Colonnes du Trône の右側はサン・ルイの立像だ。
左はフィリップ・オウギュストの立像。

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ヴァンセンヌの荘園にあったオーク chêne の大木の下で下々の争いごとの調停をしたというサン・ルイのオーク  Chêne votif de Saint Louis 。

現在のオークは、1952年にパリ大司教/枢機卿による祝福を受けて、ヴァンセンヌの副市長によって植樹されたもので60年を越す。ヴァンセンヌ城  Châtau de Vincennes  にある。

この日も強い日差しだったが、
オークの木陰でヴァンセンヌ城の見学者が車座に座って説明を受けていた。

093

パリの消防/SAPEURS POMPIERS DE PARIS

   depuis  2001

<パリの消防>はフランス陸軍の消防工兵部隊で平時は内務省とパリ警視総監の指揮下にあるパリ消防旅団 Brigade des sapeurs-pompiers de Paris(BSPP) に委ねられている。

パリ1区の消防署(兵舎) Caserne Pompers の建物と消防車に SAPEURS POMPIERS DE PARIS (パリ消防士) とあり、また、大きく SAPEURS (工兵) の表示があるのがその辺の事情をうかがわせている。

7月14日の革命記念日のシャンゼリゼ大通りでのパレードではトリを務める。

入口上部のガレー船の船首は(消防がスポンサーによって運営されていた時期の)当スポンサーのシンボルではないかと・・・

1643

リヨン駅 Gare de Lyon 近くにある12区の Caserne Pompers 。正面左右に門番がいるが、これは消防服を着用した人形。従来は工兵が常駐していたのだろう。

パリの市章/たゆとうとも沈まず

   depuis  2001

 サン・ドニ門からサン・ドニ通りをパリの中心部に向かって歩いて右側にパッサージュ Passage du Grand Cerf を通り抜けたところでパリ市の市章を見つけた。
市立の保育園/幼稚園 e’cole maternelle の建物だ。
市章の上には国旗が、その上には自由・平等・友愛の文字が埋め込まれている。
<たゆとうとも沈まず> 帆船が市章になっているのは船頭の組合長が代々シテ島を支配してきたことに由来するといわれる。

もともと、パリの守護聖人 聖ジュヌヴィエーヴがフン族の侵略からパリを守った故事 (464年) に起源するともいわれる。

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メトロ1号線 Hôtel de Ville  のタイル張り壁面にある市章 は色つきでわかりやすい。

ラテン語で<揺蕩えども沈まず>とあり、
レジョン・ドヌール勲章 Ordre national de la légion d’honneur解放勲章 Ordre de la Libération (ロレーヌ十字 Croix de Lorraine ) 第一次大戦の十字 Croix de guerre 1914-1918 が吊るされている。

パリの市庁舎 Hôtel de Ville の2枚の飾り窓にある市章は。。。

波と帆船の上に (王政時代から使われてきた王の紋章/青地に百合の花)
フランスの国花、百合。

シールド (盾) の左にオーク (永続) 、右に月桂樹 (勝利) の小枝をクロスに。
サミットに冠 (王政時代のものではなく、城壁) 。

オルセー美術館 Musée d’Orsay にある市章は。。。

15区区役所の市章

5区区役所の市章 (パンテオン広場)
上段に<自由><平等><友愛>、中段に<5区区役所>とあって、その下の
パリ市章にラテン語で<揺蕩えども沈まず>とある。
133
3区区役所 マリア―ジュ Mariages の間のガラス窓に…
163

街燈に市章が… 街燈の脚部の多くで見られるので、4754最も身近なパリの市章と言ってよい。写真はラ・ファイエット通り Rue La Fayette のもの。 例えば、ヴァンドーム広場に行かれたときには街燈にも目お向けてみてください。

Blason de Paris / Place Vendôme

 

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040

<パリ市立プチ・パレ美術館  Musée des Beaux-Arts de la Ville de Paris > に入ったら天井を見上げてみよう。エントランス・ホール中央にパリ市章を見ることができる。
プチ・パレはW.チャーチル大通りを挟んで前のグラン・パレとセーヌ川に架かるアレクサンドル3世橋とともに1900年のパリ万博時に建設されたもの。
* * * 005
全国レジスタンス評議会 CNR (Conseil National de la Resistance) 70 周年の案内板に付けられたパリ市章。 2013.08.25.日の今日、パリ市役所前広場 Place de l’Hôtel  de Ville de Paris で16時30分から記念式典が公開で催される。 しかし、現地時間で午後4時には CDG 空港に向けて出発するので、見ることはできなかった。 明日26日午後には環境が激変する。
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モンソー公園 Parc  Monceau も夏の日光浴に人気の公園だ。 リオ・デ・ジャネイロ広場前の門扉の塗装が新しくなってパリ市章が見易くなっていた。 1148
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373

ビュット・ショーモン公園の外周鉄柵にあるパリ市章。
左が月桂樹、右がオークになっている。

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消防署に見られるパリ市章

左はパリの市章で、帆船の上に国花の百合が王の紋章風に置かれている。

4187

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388レピュブリック広場 Place de la République  の中心にある<フランス共和国 (1870 から第3共和政) とパリ市の栄光を記念する碑 (1883)>の台座に取付けられた高浮き彫りのパリ市章。

現在の市章は帆一枚だが、ここでは3枚だ。レジョン・ド・ヌール章は付いていない。
また、左右の小枝は対称形で、いずれも月桂樹のように見える。

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プチ・パレの玄関入り口のゲートにあるパリの市章。1288豪華さに圧倒されて気付かないかも知れない。 1900年のパリ万博のもの。マストは3本だ。

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モンソー公園の池に架かる太鼓橋に取り付けられたパリの市章。
マストと帆は3本、3枚。 <Fluctuat nec mergitur たゆたえども沈まず>は読みづらくなっている。

1143

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188カルナヴァレ美術館で見られるパリの市章。

門扉のアーチ部の中心にパリの市章が付けられていて、フランス革命100周年の1889年が刻まれている。
オスマン男爵 (セーヌ県知事) の勧告で1866年にパリ市が買収した。

 

 

 

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082四季の泉に刻まれたパリの市章

グルネル通り、<マイヨール美術館 Musée Maillol >のエントランスにもなっている四季の泉に浅浮彫されたパリの市章。

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<聖ジュヌヴィエーヴの泉 Fontaine Sainte-Geneviève >にパリ市章。

聖ジュヌヴィエーヴが祈りのため上り下りした道として残っているラ・モンターニュ・サント・ジュヌヴィエーヴ通り Rue de la Montagne Ste-Geneviève の修道院がもう少しという所に円型の<聖ジュヌヴィエーヴの泉 Fontaine Sainte-Geneviève >がある。
聖ジュヌヴィエーヴの丘の頂上に近い険しいロータリーなのだが広場の名は付いていない。
泉のフェンスにはパリの守護聖人 / 聖ジュヌヴィエーヴ所縁のパリの市章が取り付けられている。
パリ市の案内板の向いている方にラ・モンターニュ・サント・ジュヌヴィエーヴ通りが急勾配で下っていて、泉の右側を上ると間もなく頂上だ。
パリの香りを嗅ぐ・・として
古い道で食材店やレストラン等が並ぶムフタール通り Rue Mouffetard (看板の向こうに歩けば通りに至る) 等への散策路 (徒歩・自転車) を案内している。

142

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元サン・マルタン・デ・シャン修道院:現国立工芸院の北西端にある<緑の森の泉 Fontaine du Vert bois >に見られるパリ市章

 頭部にフランス王の紋章が付いているのはこの泉がルイ14世の命により建設されたからだ。パリ最古の泉は王の道:サン・ドニ通りに装飾目的で建設された<罪のない泉 Fontaine des Innocents (1549)>だが、この泉は公共用の給水所の第一号 (1712) で、元は少し北側にあった。オスマン計画で障害となったが、ビクトル・ユゴーの嘆願により現在の場所に移転 (1882) されて残った経緯を有している。 手前の道路はサン・マルタン通り。制作者は古典主義の建築家 ピエール・ブレット Pierre Bullet (1639-1716) 。

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パリ5区のブーランジェ通り Rue des Boulangers にある小学校に見られるパリの市章 
マストは3本、月桂樹が左で右にオーク。パリでは過去において男女別学が多かったため、建物にも男子/女子いずれかが刻まれていることが多いが、ここは共学 Mixte と強調されている。レストラン KOKORO はこの向かい側左手にある。

Emblème de Paris / École élémentaire Mixte / Rue des Boulangers

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オテル・ポトツキーのパリの市章

071慎重・雄弁・伝令のシンボルであるカドゥケウス Caducée にパリの市章を置いている、。カドゥケウスはギリシャ神話のエルメスが持っている杖 (蛇に咬まれた傷を治す) で、頂部に翼を付け、柄に蛇が巻き付いている。現在、イル・ド・フランス商工会議所として使用されている オテル・ポトツキー Hôtel Potocki はポーランド貴族ポトツキーの依頼による、ジュール・ルブール作の古典主義建築 (1884) 。市章 (商工会議所の紋章かもしれない) の下の要人用扉はブロンズ製の透かし彫りで、ペルタとファスケスをアレンジしたようにも見える。ジュール・ルブールのデザインに基づくクリストフルの制作。

 

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パリの市章 / Château de Champs-sur-Marrne

 

Emblème de Paris / Château et Parc de Champs-sur-Marrne

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パリ市章 / 王座の円柱 Colonnes du Trône

 

 

Blason de Paris / Colonnes du Trône / Avenue du Trône

パリ9区のサン・ジョルジュ支所 (多分) に見られるパリ市章

1170

 

<揺蕩えども沈まず>とあり、フル―・ド・リスと3本マストの船のシールド(盾)の左に月桂樹、右にオークを置き、上に王冠風の城壁を乗せている。

 

 

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ナポレオン1世が建設を決めた5か所の市場 (1811) の1つMarché des Blancs-Manteaux (1819) の建物に見られるパリの市章。白衣 Blancs-Manteaux は元修道院 (1258) の名。
レジオン・ドヌール勲章 (1900) とその下に第一次大戦の十字 Croix de guerre 1914-1918 が吊るされているので、それ以降第二次大戦前に取り付けられたものと思われる。ブドウやザクロなどの果物は豊穣と市場の寓意だろう。
Fluctuat Nec Mergitur 揺蕩えども沈まず

Blason de Paris / Marché des Blancs-Manteaux (ancien)
Blason de Paris / Marché des Blancs-Manteaux (ancien)
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ドメニル大通りに面した<ドメニル幼稚園 École maternelle Daumesnil>に見られるパリの市章。
マストは3本、上にフルール・ド・リスと城壁の冠のパリ市章が、両サイドにフランス共和国のエンブレムRF を配したペルタ (小楯) の上に置かれている。左にオーク、右に月桂樹の小枝が<揺蕩えども沈まず>のリボンでペルタに結わえられている。
パリ市立幼稚園の表記の下には自由・平等・友愛と。
1889年創立のため、勲章 (1900以降) は付いていない。

Blason de Paris / École maternelle Daumesnil / Avenue Daumesnil
Blason de Paris / École maternelle Daumesnil / Avenue Daumesnil
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パリ=ソルボンヌ大学 Université Paris-Sorbonne (パリ第4大学) に見られるパリの市章。帆は3枚。
コリント式列柱の上部、左右4個のペルタ (小盾) の左に1642右に1883。
ソルボンヌのシャペル Chapelle de la Sorbonne に眠るリシュリュー枢機卿 (1585-1642) が再改修した年とその再々改修の年 (新ソルボンヌ) だと思われる。
サン=ジャック通り Rue Saint-Jacques に面した部分で、建物の正面は右側のエコール通り Rue des Écoles 。

Blason de Paris / Université Paris-Sorbonne / Rue Saint-Jacques
Blason de Paris / Université Paris-Sorbonne / Rue Saint-Jacques

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セレスチン Célestins に本部のある共和国防衛隊 Garde républicaine のバビロン兵舎 Caserne Babylone に見られるパリの市章。隊員はパリ市章を着けている。
再建された兵舎 (1934) に付けられた紋章 (1935) で、レジョン・ドヌール勲章 Ordre national de la légion d’honneur (左) と第一次大戦の十字 Croix de Guerre 1914-1918 をぶら下げている。

Blason de Paris / Garde républicaine / Caserne Babylone
Blason de Paris / Garde républicaine / Caserne Babylone

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<ジャンヌ・ダルクの騎馬像>の作者で、アレクサンドル3世橋の右岸一対の橋柱頂部の彫像の作者でもあるエマニュエル・フレミエ Emmanuel Frémiet (1824-1910) がデザインしたアレクサンドル3世橋の32の燭台の台座に見られるパリの市章 (1900) 。他に、国鳥である「ガリアの雄鶏」や「ロマノフ皇帝章」もある。

背後にモンパルナスタワー Tour Montparnasse 、エールフランス (左) 、アンヴァリッド (右) が見える。

Blason de Paris / Pont Alexandre III
Blason de Paris / Pont Alexandre III

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サン=ルイ島 (左) とオテル・ド・ヴィル河岸、セルスタン河岸 (右) を結ぶマリー橋 Pont Marie (1614-35) に取り付けられた街燈の台座に見られるパリの市章 Blason de Paris 。<揺蕩えども沈まず>の文字、フルール・ド・リス (百合の花) は省略されている。レジオン・ドヌール勲章受賞前のものか?と・・

Blason de Paris / Pont Marie
Blason de Paris / Pont Marie

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聖イノサン Saints-Innocents 教会の墓地の壁に作られた水飲み場:ニンフの泉 Fontaine des Nymphes が原型(1549)。その後墓地の移転と市場 Marché des Innocents の設置(1788)、その再編(1860)を経て現在型に至っている。イノサンの泉 Fontaine des Innocents 四方の隅にある合計8体のニンフの足元にパリの市章が見られる。

Blason de Paris / Fontaine des Innocents / Place Joachim-du-Bellay

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プチ・パレの中庭から見えるパリの市章 / 帆船と波。マストは3本。月桂樹 laurier とオーク chêne の小枝でクロスに囲まれたフランス共和国 R F (1900年は第3共和政) 。金色の月桂樹 laurier の輪を掲げて勝利と栄光を表現する女神達。

1326

 

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水道栓のパリ市章

Fontaine Wallace de petit modèle / Palais Brongniart / Place de la Brongniart

フォンテーヌ・ウォレス Fontaines Wallace の仲間で、プチ・モデル  Petit modèle de Fontaine Wallace と呼ばれるもの。

ウォレスの私財ではなく、パリ市の資金で設置された水飲み場。

ブロンニャール宮殿 Palais Brongniart (1807) / Bourse 前のブロンニャール広場にある。

パリの市章が鋳込まれている。開けられている左の面が水の出口。

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ピエール・キュリーを紹介されて研究の場を得たマリー・キュリー Marie Curie (1867-1934) が放射能の実験に打ち込んだ (1894-1904) のが ESPCI Paris ( Ecole Supérieure de Physique et de Chimie Industrielles ) パリ市立工業物理化学高等専門大学 (1882) 。名門グランゼコール。
創立50周年記念の銘板 (1932) にパリの市章がある。頭部に「揺蕩えども沈まず」、底部に「自由・平等・友愛」、サイドに「RF と VP」/ フランス共和国とパリ市。帆は1枚、「レジョン・ドヌール勲章」と「第一次大戦の十字」がぶら下げられている。左にオーク、右に月桂樹の小枝。
パンテオン南のカルチェ・ラタン地区の一角で、キュリー研究所、パリ6大学ピエール・エ・マリー・キュリー・キャンパスが近くにある。

Blason de Paris / ESPCI Paris(Ecole Supérieure de Physique et de Chimie Industrielles)
Blason de Paris / ESPCI Paris(Ecole Supérieure de Physique et de Chimie Industrielles)

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パリの市章 サント=トリニテ教会裏の私立幼稚園

Blason de Paris / École maternelle / Rue de la Trinité
Blason de Paris / École maternelle / Rue de la Trinité

サント=トリニテ教会 (1861-67)  裏のトリニテ通り Rue de la Trinité とブランシュ通りとの交差点にある
パリ市立の幼稚園 École maternelle の壁面を飾る大きなパリ市章。
<揺蕩えども沈まず>はシールドの上部にある。

初等教育の無料化等のジュール・フェリー 法で知られる Jules Ferry (1832-93)  が初めて教育相(後に首相)となった年が1879年だ。

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市営浴場に見られるパリの市章

 

Blason de paris / Bains-Douches Municipaux / Rue St-Merri
Blason de paris / Bains-Douches Municipaux / Rue St-Merri

パリ4区のサン・メリー地区の市営浴場に見られるパリの市章。上段に<揺蕩えども沈まず>とある。
レジョン・ドヌール勲章 Ordre national de la légion d’honneur と第一次大戦の十字 Croix de guerre 1914-1918 が吊るされている。

ジョルジュ・ポンピドー広場 Place George Pompidou 南側のサン・メリー通り Rue St-Merri に面している。
市営浴場(個室シャワールーム)はパリ市内17か所で運営されているようだ。

フランス共和国/自由・平等・友愛/パリ市 の表示も覗える。

 

シチリアの旅 カターニャ・シラクーザ・パレルモ その1

    depuis  2001

Italy Flag 6月12日から17日まで5泊6日でシチリアを旅して来ました。

いずれの都市も海の近くに新鮮な魚市場があり、パリではなかなか食べられない新鮮な海の幸をつかった美味しいイタリアンを満喫してきました。

連日30度を超える陽気でした。

シチリア滞在中は、カターニャを拠点に、パレルモ (2時間40分)、シラクーザ (1時間半) へは中長距離バスをつかって観光地めぐりをしました。

(シチリアでは列車よりもバスのほうが本数も多く遅れも少ないためとても便利です)

シチリアというとマフィアのイメージもあって治安が不安になるところですが数年前に訪れたナポリに比べると駅の近くをのぞけば治安もパリとかわらない程度で無事に旅を終わらせることができました。

ギャラリー・イグレック の花々 67  キランソウ

   depuis  2001

抜いても抜いても生えてくるキランソウ。
いじけた格好ですがそれでも小さな花をつけています。

弘法草 と呼ばれている薬草で今なお生薬として利用されています。

東北の 厄除け こけし

 depuis que 2001

今年は昨年の東日本大震災への復興支援の意味合いもあって こけしブーム が演出されているそうです。

35年ほど前になりますが<こけし>を集めた時期がありました。

収集した こけし は17年前(1995.01.17)の阪神・淡路大震災の時には豊中にあって被災しました。

頭が重く不安定な構造と置いていた場所のせいでその多数の首が折れてしまいました。

4月から、大震災を無傷で乗り越えたもののうち6体を ギャラリー・イグレックの別室 に展示しています。

ウナギ高騰。アナゴも高騰。

   depuis  2001

今年になってウナギの稚魚の不漁によるウナギの高騰が報じられてきているが、アナゴも不漁らしい。

ウナギは土用の頃に食べるだけだからあまり気にしてはいなかったが、アナゴとなるとそうはいかない。

4月初めから2か月余り川之江に滞在した際に<寿芳>に行って聞いた話だ。

先代からの名物 焼アナゴと散らし鮨 に打撃となると客にとっては大変だ。

ご主人の話では今のところ勉強して転嫁せずにいるらしいが・・・

お気に入りで欠かせない明石の白アナゴは。。。

パリ東西の主軸/シャンゼリゼ大通り Avenue des Champs-Élysées

   depuis  2001

凱旋門の屋上から東南方向のシャンゼリゼ大通り。
街路樹はプラタナス。ロンポアン・デ・シャンゼリゼの先、広がっている緑はマロニエ。
コンコルド広場のオベリスクの向こう突き当りがルーブル宮。
右側地平線に突き出ているドームがパンテオン。
左手にポンピドー・センターと大屋根のマドレーヌ寺院。
グラン・パレの奥にはノートルダム寺院。

Av. des Champs-Élysées

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Av. des Champs-Élysées

ルーブル宮の左にポンピドー・センター、右にノートルダム寺院。

遥々 ボルドー/Bordeaux から         ギャラリー・イグレック の花々 65 ナスビ

  depuis  2001

ボルドーのアンティケで手に入れた茄子 aubergine 柄の花器。

フランスのナスは大振りですのでデザインとして自然な発想に思えます。

今では、ギャラリー・イグレックの床の間/違い棚にすっかり馴染んで
来客の目を楽しませています。

**

ギャラリー・イグレック の花々 – 65 / ナンキン

   depuis  2001

植えたわけでもないナンキンの花。シキビの木の前でみるみる成長しています。

弘法大師所縁の仏事花 シキビ の花は終わっていて写せませんでした。

また、神事に使う サカキとヒサカキ の花も終わっていました。

ナンキンは中国語、カボチャはポルトガル語。

* * *

カフェ/アン・キャンズからのお知らせ:6月の営業は本日で終了しました。

7月は7月1日から10日までです。

ウインドウショッピング 6  Mariage Frères

  depuis  2001

マリアージュ・フレール Mariage Frères はギャラリー・イグレック/カフェ・アン・キャンズで使用している紅茶です。なかでも マルコ・ポーロ を お勧めしています。

写真はマリアージュ・フレールのサン・ジェルマン・デ・プレ店で、右側がお店で左側が喫茶になっています。

マドレーヌ店。確か1階(日本の2階)が喫茶になっています。

 

ギャラリー・イグレック の花々 61  コクチナシ

   depuis  2001

コクチナシはサツキのように思うが侭に刈り込みし易い点で庭木に適しています。

今年は虫にやられることなく3株ともたくさんの蕾を持っています。

クチナシと同じく今日の夕方、一番花が開きました。

083

その後・・・          2012.06.27

* * *

大きくなり過ぎたので、3株全てのコクチナシを根元から伐採しました。2013.10.15.

クチナシの様に息を吹き返すでしょうか?

小枝が出てきました。育ってくれればいいのですが・・2014.06.08.

ギャラリー・イグレック の花々 60  クチナシ

   depuis  2001

クチナシの一番花です。

玄関石畳の脇に2メートルを超える立派なクチナシが2株ありましたが、角に刈り込みを続けるうちに木が弱り虫に負けだしたので10年近く前に根元から伐採してしまいました。

今は庭のそこかしこにその子供達がゆっくりと成長を続けているのですが、その一つで今日の夕方開花しました。昼間、八幡さんにお参りに行った際、
境内でクチナシの花が一輪咲いているのを見ました。

川之江の八幡宮は旧北土佐街道に面してあり、一石造りの笠石を持つ大鳥居でも有名です。

また、境内に移築されている一柳陣屋門は2階建てで珍しい。陣屋跡には石碑があり、ギャラリー・イグレック前を八幡さんとは反対に右に行ったところ。

ブラジルからアクセス/Bom dia

 depuis 2001

ブラジルは日本から見るとちょうど地球の裏側になります。
時差は12時間、昼と夜が逆になります。

20年余り前一回につき2週間程度の旅程で
3年余りの間に5度ブラジルを訪問したことがあります。
ヴァリグの直行便で、ロサンジェルスかリマ経由で24時間かかりました。

カウンターパートのリオ・デ・ジャネイロを拠点にフロリアノポリス、ブルメナウ、ポルト・アレグレや日本大使館のあるブラジルの首都ブラジリア等に行きました。

ポン・デ・アスーカル、巨大キリスト像、イパネマやレブロンのビーチ等の
スケールの大きさに圧倒されました。

貧しいけれどどこまでも陽気な人々には幸せとは何かを考えさせられもしました。

シュハスコ料理とピンガやカフェジーニョ、
南十字星、エメラルド、アクアマリン・・懐かしいです。

通貨はクルゼイロからクルザードに変わったスーパーインフレの時期でした。

* *

本日久しぶりにブラジルからのアクセスがあり、当時を思い出してしまいました。

2012年2月25日以降で20ヶ国からのアクセスがありましたが、アフリカ大陸の国からだけは皆無です。

ブラジルの公用語はポルトガル語ですがポルトガルからのアクセスもありません。

また、中国からのアクセスがないなどアクセス国をみていると世界情勢を穿ってしまったりして面白いです。

* *

Brazil Flag ブラジルのチョウといえば モルフォチョウ でお土産品として人気です。
川之江を滑空しているのは ホシミスジ です。

ギャラリー・イグレック の花々 57  コフジウツギ

   depuis  2001

コフジウツギの開花が始まりました。

好き嫌いのある空木ですが私の好きな初夏を告げる花です。

ギャラリー・イグレックを飾る日も近いでしょう。

同じく夏の花 ムクゲ のつぼみはチッチャクて硬くまだまだこれから・・

ギャラリー・イグレック の花々 56 ツルニチニチソウ

   depuis  2001

ツルキキョウは雑草狩りで最も苦労している野草です。

東京の大手町で花壇に飾られているのを見て驚いた記憶があります。

一ヶ月かけて抜き取ったのですが未だあちこちで小ぶりの花を咲かせています。

ギャラリー・イグレック の花々 54 Radis rouge

Radis  rouge (長型赤白二十日大根) はフランスでサラダなどに多用されています。

ギャラリー・イグレックのカフェ/アン・キャンズでは
フランスで購入してきた種子を自家栽培して提供しています。

可憐で寂しそうな花ですね。

ギャラリー・イグレック の花々 52  キョウチクトウ

キョウチクトウの花が咲き始まると初夏といったところですが。。。

10日ほど前、タイサンボクの一番花が開くと同時に咲き始めましたが、
今もちらほらで蕾が大勢です。

日向に出ると汗ばむほどですが日陰だと肌寒い絶好の陽気が続いているせいでしょう。

ギャラリー・イグレック の花々 49  ナンテン

   depuis  2001

ナンテンの花がようやく咲き始めました。

この時期に川之江にいることが今までなかったので、ここで見るのは初めてです。

<難を転ずる>に通じるとして庭木には定番の木です。

身延山(日蓮宗総本山久遠寺)の南天は枝垂桜とともに圧巻です。

今日は久しぶりに夕立らしい夕立がありました。

パリでは一日のうちに、晴れ・曇り・雨・晴れというのが珍しくありませんが、
東京では夕立も珍しいです。

ギャラリー・イグレック の花々 48         オランダミミナグサ

    Belgium FlagNetherlands Flag

8月8日から12日までの5日間、アントワープとアムステルダムに行くことにしました。

パリ北駅からのタリスと2都市のホテルの予約を手配しました。

3度目になりますが、ルーベンス美術館・ゴッホ美術館・王宮美術館などを訪れます。

春のキューケンホフは最高でしたが、果たして夏は?

012

万両を持ち込む / マンリョウ ・ モッコク

 depuis que 2001

連日、4月中頃からギャラリー・イグレックで見られる花々を紹介しています。

今日から6月ですが、モッコクとマンリョウの花は未だこれからです。

ギャラリー・イグレックは<カネモ本店>の事務所を改装した空間で運営しています。

事務所の前には商売繁盛を願ってモッコクの木とマンリョウを植栽しています。

右の木がモッコクでその樹下にマンリョウを配置しています。

併せて<万両を持ち込む>と読み解くといいます。

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ギャラリー・イグレックからのお知らせ : 6月のカフェ/アン・キャンズは本日から15日までです。

セビリアの理髪師 Il Barbiere di Siviglia

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5月はバレエに、オペラに楽しい演目がたくさんありました。

27日にオペラ・バスティーユで観劇したのはロッシーニの「セビリアの理髪師」

現代風にアレンジされた衣装であらわれるフィガロ、すべての登場人物がコミカルな動きをしながら、

歌でしっかりときかせる。お客さんも大喜びで大拍手のフィナーレでした。

ロッシーニ (1792-1868) はイタリア生まれだが、パリのイタリア座で活躍したオペラ作曲家。

他に<ウイリアム・テル>が有名。墓はペール・ラシェーズ墓地にある。

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  Spain Flag

<セビリア>を訪れた当時を思い出してしまいました。 未だデジカメのない時代でした。 リスボンで新年を迎えました。 晦日から新年にかけて街中大騒ぎでした。

近くの山に行ってきました。/ ニワナナカマド

   depuis  2001

昨日近くの山に行ってきました。ノイチゴを採りに行ったのですが、ニワナナカマド(庭七竈)の花が咲き始めていましたので少しいただいて来て早速玄関先の大甕に活けました。

ナナカマドは北欧では魔よけの樹とされています。

今度は実が真っ赤になる紅葉の時期に行ってみようと思います。

011

きれいですね~カフェ/アンキャンズのお客さんに楽しんでいただけそうです。

ギャラリー・イグレック の花々 39  クロガネモチ

クロガネモチ (黒鉄黐) は雌雄異株で写真は雌株です。

雄株の方は剪定の失敗により、数年前から養生中で今年も花をつけていません。

縁起木ですので早い回復を望んでいます。

クロガネモチはモチノキ科モチノキ属、カナメモチはバラ科カナメモチ属。

ギャラリー・イグレック の花々 37  タイサンボク

   depuis  2001

タイサンボクの花が開きました。

ギャラリー・イグレックでタイサンボクの開花を見るのは初めてです。

この時期に川之江にいたことがなかったからです。

タイサンボク Magnolia はパリでも人気があり、大事にされている花木です。

ヴァンセンヌでも庭木として、また、植え込みとしてよく見かけます。

France Flag ちなみに、タイサンボクの学名 Magnolia grandiflora  は17世紀 フランスの植物学者 ピエール・マニョル Pierre Magnol からきています。

United States Flag

ゴルフ好きの人なら、The Open 等とともに4大トーナメントのひとつ、マスターズの行われるオーガスタ・ナショナル・ゴルフクラブ(ジョージア州)の5番コースの名がマグノリアであることをご存知の方は多いと思います。

マニョリアは英語読みではマグノリアで、ルイジアナ州とミシシッピー州では州花になっているほどにジョージア州を含むアメリカ南部に多く見られる花木だそうです。

無謀にも娘が友人と二人で、ルイジアナ州のニューオルリンズからシカゴまでレンタカーでアメリカを縦断した頃のことを思い出してしまいます。
また、ルイジアナは元はフランスの植民地でした。

その友人は<芝苺>を号するガラス作家として活躍しています。

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母校新宿区立西戸山中学校の玄関口に
タイサンボク(泰山木)の大木がありました(改築後横庭に移植)。

その花言葉は<前途洋々>です。

今日の夕方、通りがかりに観たところ丁度下の写真のように2輪咲いていました。同程度の大木だと思ってましたが比較すると小ぶりでその分花も小さいようです。2012.06.14.

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上の写真で蕾の三つは。。。。(上:29日 下:30日)

星川 孝 パリ個展 出品作品展示会                              /ギャラリー・イグレック

 depuis que 2001

川之江在住の <クレパス画家 星川 孝> さんが 今年の11月13日(火)から24日(土)までの日、月を除く10日間にわたって パリのエスパス・ジャポン にて個展を催されます。

ギャラリー・イグレックではそれに先立って、10月19日(金)から21日(日)の3日間 星川 孝 パリ個展 への出品作品の展示会を企画して壮行することといたしました。

多数の皆様にご来場いただき激励していただける場となればと思っています。

                                         ギャラリー・イグレック 店主

ギャラリー・イグレック の花々 35         カシワバアジサイ

   depuis  2001

カシワバアジサイの花が咲き始めました。

春のやまじ風にも耐えて沢山の花をつけ自重で木が折れそうなほどです。

宇摩のやまじ風は山形の清川だし・岡山の広川風とともに日本3大局地風といわれています。

満開が近づきました。2012.06.01

切花にして母屋の玄関ホールと床の間を飾っています。

ギャラリー・イグレックから企画展終了ののお知らせ

石川 香代 第2回作品展 / ギャラリー・イグレック

 depuis que 2001

5月17日から20日までの4日間にわたって行いました石川香代さんの作品展を終了しました。

幸い天候にも恵まれ多数のご来場をいただきました。有難うございました。

今後も皆様に興味を持っていただける企画を心がけたいと思っています。

                                              ギャラリー・イグレック 店主

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<Galerie Y ギャラリー・イグレック> の位置図と外観

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ギャラリー・イグレック の花々 30  マツヨイグサ

   depuis  2001

マツヨイグサは次から次へと開花が続き今も見ることができます。2012.06.02

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彼岸の9月20日の  コマツヨイグサ(月見草) です。

エノコログサ や メヒシバ も写っています。

ギャラリー・イグレック の花々 28  ダイダイ

   depuis  2001

家門永続(代々)の縁起木として植栽されています。

写ってはいませんが、昨年のダイダイが未だ沢山残っているのです。

手の届くダイダイはすでに捥いで使用済みです。

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ダイダイの花から吸密するナガサキアゲハ(雄)/2012.05.18

ギャラリー・イグレック の花々 27  シュンギク

   depuis  2001

 

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ギャラリー・イグレックを訪れる蝶で今春目撃したのはナガサキアゲハ・クロアゲハ・キアゲハ・アオスジアゲハ・シジミ・モンシロ・スジグロシロ・モンキ・ホシミスジと写真のアゲハとヒメアカタテハほかの13種です。

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キスジアゲハ を見かけました。未だ青い実の ダイダイの木 辺りを アゲハ や ナガサキアゲハ に混じって乱舞・着卵しています。

2012.09.18.

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カフェ・アン・キャンズからのお知らせ : 5月の営業は今日までです。

ジャルダン・カフェ は明日はお休み。17日から20日までのギャラリー・イグレックでの<石川香代作品展>の間はオープン。

ギャラリー・イグレック の花々 23  カナメモチ

 depuis que 2001

ギャラリー・イグレックの花々を毎日紹介しています。

カナメモチの花もようやく開花を迎えました。

まだまだつぼみも多いですが、ギャラリー・イグレックの玄関口も華やかになってきました。

カナメモチの名は材質が硬く扇の要に用いられてきたことと
モチノキに似ていることに因るとされています。

冬になると真っ赤な実が庭を彩ります。

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北駅で発砲事件を目撃

   depuis  2001

今日は、朝いつもどおり郊外線RER D線にのり会社にむかっていたら、

ちょうど電車が北駅を出たところで「パーン」と音がし、何か黒いものが倒れたのを車窓から目撃しました。

なんだろう??っと車内でザワザワし(といってもほとんどの人が冷静だったのがまた驚きでしたが)、

ある人が「警官が警備員みたいな人と一緒にいた犬を撃ったんだ」っと・・・

一瞬おもった人ではなかったものの、犬に向けて発砲するのも物騒な話。

拳銃の音は人生で初めて聞きました。

ニュースを調べたところ、どうやらリードにつながれていなかった犬が職務質問をしようとした警官を噛むなどしたので、

その場で警官が2発発砲したとのこと。

流れ弾にあたって周りにいた人の1人が軽症をおったそうです。

フランスは大型犬がメトロにのっていたりしますが、これからはあまり近づかないようにしよう・・っと思うのでした。

ギャラリー・イグレック の花々 22  ウノハナ

 depuis  2001

 2001 年 5 月の<卯の花会>をもって ギャラリー・イグレック はオープンしました。

以降、卯の花は ギャラリー・イグレック のシンボル花として親しまれてきました。
写真の花は正式にはバイカウツギですが、これらを含めて卯の花と言っています。

マノン L’Histoire de Manon オペラ座ガルニエ

   depuis  2001

5月のガルニエのバレエ演目L’Histoire de Manon(マノン)を観劇。

アベ・プレヴォーの小説、マノン・レスコーを題材にしたバレエということは知っていたものの、

いつものとおり大した予備知識もなく観劇。

リフトがとても多い演目でマノンを演じるエトワールはとても大変そう、でもとても優雅でした。

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この演目を見終えた後に、遅ればせながら小説も読了。

マノンにもイライラするけれど、マノンを愛するデ・グリューにも、イライラっ(笑)

こんな風になるために親はあなたに教育をほどこしたわけではないでしょう!っと思いつつ、

それでも名作として残され、バレエにもなった小説の読後はなかなか充実していました。

フランス大統領はフランソワ・オランドに 

   depuis  2001

今日はフランス大統領選の2回目投票。

20時開票結果が確定し、フランソワ・オランド François Hollande が約半数以上の票を獲得して、

大統領に選出されました。

住んでいるアパルトメントの近所の住民で喜んでいる人が騒いでいるのが聞こえます・・・

シラク、サルコジと続いた右派から、ミッテラン以来ひさしぶりに左派が政権奪回。

サルコジの不人気がもたらした結果だと思いますが、

さて、左派でフランスの国はよくなるのか?

個人的には、また公務員がダラダラはたらいて、イヤなときにはストをし、働いた人から税金をとって、

ぐーたらな人の面倒をみる、そんなバカをみる社会に逆戻りするんだろうなーと思っています。

日本と比較にならないほど、もともと国民が働かない国なので。。。

ま、自分の国ではなく、私も移民の立場。そういう意味ではオロンド当選、

万歳しなければならないのかもしれませんが。

韓国ドラマとエッフェル塔

   depuis  2001

エッフェル塔百態 1  EU 15周年記念

パリといえばやはりエッフェル塔。

さまざまな表情を見せるエッフェル塔を順次紹介してゆきます。

お楽しみに。

1993年11月1日に発足した EU(欧州連合)の15周年を記念した
2008年のエッフェル塔のイルミネーション。

2008.08.14.

シャイヨー宮から見たエッフェル塔正面。メトロ6号線か9号線の Trocadéro で下車。

<参考: メトロ路線図 >

Busの画面が出ますが、画面上の Métro をクリックしてください。

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韓国ドラマ<テロワール>のパリロケがちょうどこの時期だ。

<朱蒙><がんばれ!クムスン>のハン・ジウン、
<プラハの恋人>のキム・ジュヒョク主演。

編集

ギャラリー・イグレック の花々 8  ツツジ



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   depuis  2001

木が大きくなりすぎて無茶な剪定を毎年続けてきたせいで
今年は三種類のツツジしか咲きませんでした。

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この秋 白のツツジ が大量に狂い咲きしました。
春には見られない斑入りのものもあります。     2012.10.01.

昨秋、一株を残してすべて根元から伐採しました。
小枝が出てきましたが花が咲くのはまだ先です。2014.04.30.

石川 香代 第2回作品展 / ギャラリー・イグレック

 depuis que 2001

5月17日から20日までの4日間、石川香代さんの作品展を開催します。

入場は無料です。多数のご来場をお待ちしています。

なお、当日はジャルダンカフェを開いています。

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かしこくお留守番

   depuis  2001

10日ぶりのパリは、すこし肌寒い気候ですが、新緑が美しい季節です。

ROSEはかしこくお留守番。

猫シッターさんに来ていただいて、無事すごすことができました。

月曜日の朝早くに帰宅するとニャンニャンニャニャニャーとお出迎え。

やっぱり猫がすき。

ギャラリー・イグレック の花々 4  レースラベンダー

   depuis  2001

ラベンダー の名は古フランス語から来ていて、フレンチラベンダー が一般的です。

長らくギャラリー・イグレックにあった
フレンチラベンダー は一昨年に完全に除去しました。

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10月にはいって再び開花し始めました。

ギャラリー・イグレック の花々 1  ローズマリー

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4月から6月はじめの春から初夏にかけて<ギャラリー・イグレック>で見られる花々を

順不同ですが逐次紹介してゆきます。

写真にカーソルを当てて少しずらせば花の名前が出ます。

満開だったハクモクレンとユスラとミモザやウメは撮り忘れました。
サクラは咲かなかったようです。

モミジ の花は風で焦点が合いませんでした。

イヌマキ の花は高所で撮れませんでした。

アラガシ の花は見えませんでした。

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ジャルダン・カフェ / Jardin Café をオープンします。

 depuis que 2001

                            4月の営業は本日をもって終了しました。

5月は1日から15日まで営業します。

なお、4月22日から30日までの間で天気のよい日に限って

ジャルダン・カフェ (オープンカフェ)

をオープンします。営業時にはフランス国旗を出しています。

コーヒーと紅茶のみですが、春の陽気をお楽しみいただければと思います。

ROSE は お留守番

   depuis  2001

日本へ出張のため、今日から12日間お留守番をします。

今回もこんな時いつも来てくれる別嬪でやさしい<セリーヌ>さんが日に2度顔を見せてくれることになっています。

食事の用意、トイレの掃除、毛づくろいなどのほか話し相手にもなってくれるので寂しくはありません。

ロータリーとモニュメント 57  オペラ広場

   depuis  2001

オペラ座の前の オペラ広場 Place de l’Opéra  には7本の道路が集まり、
常時観光バスなどで混雑している。
観光バスのいるところがカプシーヌ大通りで、オペラ広場を直角に横切る。

Opéra Garnier-5

反対にオペラ座の前から整然としたオスマン様式の建物の連担するオペラ大通りを見ると・・・

前の人だかりのところはメトロ・RERの出入り口で、その間で車の見える

左右の道路が カプシーヌ大通り Boulevard des Capucines 。左の建物斜めに Rue du Quatre Septembre 、右の建物斜めにヴァンドーム広場に至るぺ通り Rue de la Paix 。

突き当りはアンドレマルロー広場で、その向こうがルーブル宮。

Av. de l'Opéra

ロータリーとモニュメント 56  ガイヨン広場

   depuis  2001

レストラン<ドゥルーアン>の面するガイヨン広場 Place Gaillon のモニュメントは泉 Fontaine だ。建物にはめ込んだ型の (水飲み場・水道) 泉 Fontaine で、レストランの名が <La Fontaine Gaillon >だ。

写真の中央アーチの部分がフォンテーヌで、1707年に起源をもち、1828年 (MDCCCXXVIII) に改修の終わった古い泉だ。ルイ・ヴィスコンティ Louis Visconti (1791-1853) の作品。
彼は後に、モリエールの泉 (1843) やサン・シュルピスの噴水 (1848) を手掛けることになる。

Pl. Gaillon

la vert galant / アンリ4世

   depuis  2001

サン=ジェルマン=アン=レー城 Château de Saint-Germain-en-Laye で撮った写真。

HENRI IV /  LA VERT GALANT  とあってアンリ4世のエピソードが綴られているのだが、写真としてルーブル美術館の中でも注目・必見絵画の一枚 < ガブリエル・デストレとその妹 Gabrielle d’Estrées et une de ses sœurs >(1594年作品で作者は不明)が使われている。それもそのはず・・・

la vert galant とは<伊達男>の意で、アンリ4世の愛称。絵のガブリエル・デストレはアンリ4世の愛妾。

フランスルネッサンスはフォンテーヌブローで花開き、École de Fontainebleau フォンテーヌブロー派と呼ばれる。前期はルネッサンス王と呼ばれるフランソワ1世が、後期はアンリ4世が力を注ぎフランス絵画のその後の隆盛の礎を築いた。

ガブリエル・デストレはアンリ4世の愛妾だが事実上の寵妃。

彼女がつまんでいる指輪は結婚を、妹が彼女の乳首をつまんでいるのはは妊娠(多産)を暗喩しているという。

<ナント勅令>の宗教戦争のさなか、28歳で3人の子供を残し死産で亡くなるまでの7年間の内助の功績は大きいといわれている。異例の国葬で葬儀が行われたことがその事実を示す。。

この絵は王が彼女の死後に描かせ風呂場のひとつに掲げていたものという。

下の写真はルーブル美術館 Musée du Louvre で撮影したもの。

Portrait présumé de Gabrielle d'Estrées et de sa soeur la duchesse de Villars / Musée du Louvre

Portrait présumé de Gabrielle d’Estrées et de sa soeur la duchesse de Villars / Musée du Louvre

<参考>アンリ2世の寵妃ディアーヌ・ド・ポワチエを描いた「Diane de Poitiers au bain」、François Clouet の作品。

Bois de Vincennes / ヴァンセンヌの森

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パリ東端の ヴァンセンヌの森 Bois de Vincennes はパリ最大の森林・緑地公園で総面積は995ヘクタール、セーヌ川の右支流であるマルヌ川の氾濫原だ。パリ西端のセーヌ川の氾濫原である ブローニュの森 Bois de Boulogne の846ヘクタールを凌ぐ。

下写真の上段はドメニル湖(マルヌ川の川跡)で釣りを楽しむ人々、中段は鴨の一家の散歩、下段は乗馬を楽しむブルジョア。

森の中には別稿で紹介したパリ花公園 Parc Floral de Paris のほか、パリ動物園 Parc Zoologique 、競馬場 Hippodrome / Paris-Vincennes などもある。

パリ動物園は長らく休園したままだったが、最近になってやっと本格的な改修工事が始まったようだ。2014.04.12. から リニューアルを終了して再開園した。

Bois de Vincennes-1Bois de Vincennes-2Bois de Vincennes-3

ルイ13世騎馬像 / ヴォージュ広場

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パリで最も古い橋は皮肉にも新しい橋ポン・ヌフであることはすでに紹介したが、パリで最も古い広場が ヴォ―ジュ広場 (1605-1612) だ。
いずれもフランソワ1世と並んで最も人気の高いフランス王アンリ4世の治世 (1589-1610) の建造物だ。
この広場にアンリ4世の後のルイ13世の像が建てられたのが1639年で当初は Charles Dupaty (1771-1825) 作のブロンズ像だった。
ヴィクトワール広場 のルイ14世の騎馬像ともどもフランス革命後に取り壊されたが、1829年11月4日に現在の像に建て替えられた。Dupaty と Cortot によるマーブルの作品。

ヴォ―ジュ広場 Place des Vosges の周りは王の館 (下写真上) 、王妃の館 (下写真下) を含め四角にコリドール付きレンガ造りの36の館が取り囲んでいる。
写真の樹木はマロニエだが、枯葉が舞う9月も風情がある。広場に面する回廊も随分綺麗になってきた。
ヴィクトル・ユゴーが住んでいたところが<ヴィクトル・ユゴー美術館> になっている (下写真上左奥) 。

王の館

王妃の館

THE SHILLA に来ています。

   depuis  2001

Korea, Republic of Flag

4月1日から2泊3日でソウルのシーラに滞在しています。今回は、マンションのお友達など4人の旅です。ソウルではいつも新羅ホテルに泊まるのは朝ご飯が美味しいから。
ロビーの煌めきはクリストフル、生のお花は桜と白いアマリリス、その後はユキヤナギと白いアマリリス。このホテルのお花はパリのどのホテルのお花よりセンスがあって素晴らしいと思います。

玄関ロビーの様子。2枚目は4月1日、3枚目は4月3日のお花。

次に朝食の様子。バイキング方式ですが、洋・日・韓・中・ベ・その他、品数の豊富さで有名です。

ROSE かかりつけの病院 / vétérinaire (獣医)

   depuis  2001

パリは連日の暖かさですっかり春めいてきて、わが愛猫 ROSE もフワフワしています。
こちらは、我が家行きつけのヴァンセーヌのニャンコ専門獣医さん。
看板も、医院の中も猫グッズであふれています。

来院する猫ちゃんには血統書つきの猫ちゃんも多く、

皆待合室でもとても静かで、おりこうさんなのに、
うちの ROSE はニャンニャニャンニャとおしゃべりどころか、大騒ぎ・・

ほかのセレブな猫ちゃんから白い目でみられることもありますが、
ROSE はこの医院のやさしい先生に、お世辞にも<プリンセス・ロージー> と呼れ、なんとか威厳を保っています・・

近所にこんな素敵な獣医さんがいるなんて、ROSE は幸せものです!

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このところ病院通いが続いています。 2014.06.17.

早春(2011年4月)のエッフェル塔            ビル・アケム橋

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Pont de Bir Hakeim はエッフェル塔を望む人気のビューポイントの一つです。

新年をここで迎える人も多いです。
<ボナネー bonne année >と誰彼となく声を掛け合います。

橋の下セーヌ川で新年を迎えようと
ヨーロッパ各国から集まってきたボートは一斉に汽笛を鳴らします。

エッフェル塔周辺で花火が打ち上げられます。新年を迎えた慶びが溢れるようです。

パリでは各所の広場で新年を祝しあいますが、私はここがお勧めです。

ブキニスト 2 / ノートルダム寺院

   depuis  2001

ノートルダム寺院からセーヌ下流左岸のブキニスト。

シテ島のノートルダム寺院とパリ警視庁。
人だかりの橋はプティ・ポン橋 Petit –  Pont で上流の橋がドゥーブル橋 Pont au Double 。下を流れるのがセーヌ左派流。
下段の右・中央・下段の左とセーヌ川は流れてゆく。
下段右にはノートルダム寺院とパリ市立病院
中央には市立病院と警視庁
下段左には警視庁とサント・シャペル。

ブキニストはいつもすべての店が開いているわけではなく、大体こんなもの。

ブキニスト