今年のクリスマスと新年はパリ/ヴァンセンヌで

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本日はTulipeクリスマス(ノエル)です。

早朝に新宿を発ってパリに向かい、

本年のノエルはヴァンセンヌで過します。花は Tulipe です。

2013年/新年のカウントダウンは

パリで行います。

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ちょっと Seoul へ

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Korea, Republic of Flag               今日の早朝から2泊3日でソウルへ行ってきます。

今回は初めて Lotte Hotel Seoul に泊まります。

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写真はいつもの THE SHILLA の客室から迎賓館・四阿を含む庭園を見たもの。

庭園の左端が Duty Free Shop 。ホテルの無料市内循環バスを使って多くの客が訪れる。

THE SHILLA / Seoul

エッフェル塔百態 81 カルーゼル凱旋門/カルーゼル広場

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カルーゼル広場のカルーゼル凱旋門 Arc de triomphe du Carrousel とエッフェル塔。

カルーゼル凱旋門はチュイルリー宮殿(1871年に焼失)前のカルーゼル広場にオステルリッツの3帝戦などでの ナポレオン・ボナパルトの戦勝 を記念して1809年に設置された。

凱旋門の頭部には当初ナポレオンが ヴェネチア Venise のサン・マルコ寺院から奪った<サン・マルコの馬 Chevaux de Saint-Marc >が置かれていたが、
王政復古後の1828年に現在のものに置き直された。

フランソワ・ジョゼフ・ボシオ  François-Joseph Bosio により彫刻(コピー)された
凱旋と勝利を表すクアリガ Quadrige (4頭立ての一人乗り二輪戦車)の
両サイドに金色で平和の女神を配す。

オリジナルのサン・マルコの馬はヴェネチア美術館にある。    ナポレオン1世の皇帝章

Germany Flag

東西冷戦時ベルリンの東西を分けた ブランデンブルグ門 にも 勝利の女神の乗った<クアドリガ>が置かれているが、この門をくぐったのはベルリンの壁が取り壊されて(1989年)間もないころだった。

各所に壁の一部が残っていて、壁のコンクリート破片がお土産として売られていたころだ。

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今年の漢字は「 金  」になりました。

ロンドンオリンピック2012や
至近の山中伸弥京大教授からの連想が効いていると思います。

山中京大教授の買ったチョコ

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Sweden Flag

現地時間で10日、ノーベル賞の授与式と晩餐会・舞踏会が催された。

写真は医学生理学賞を受賞した京大の山中伸弥教授が
1000枚購入したと報道されたチョコレート。

Nobel

ALFR NOBEL      1833-1896     と刻印。

このチョコは2006年の8月にストックホルムへ行ったときに購入したもの。

晩餐会の催された市庁舎のホールやの舞踏会の行われた黄金の間(階段を昇ったところ)で
たばこ好きのフランス人のガイドから
ノーベル賞についての説明を受けたことが思い起こされます。

ロートレック/オルセー美術館

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改装なったオルセー美術館にロートレックを見に行った。
写真撮影がフラッシュなしでも禁止となったようだ。が、携帯で撮っている人は少なくない。
美術館ビジネスは日本程ではないにせよ世界中に蔓延している。有名どころはどこも人であふれていて昔のようにゆっくり見とれているというわけにはいかない。
学生や絵心のある人が模写している風景もあまり見かけなくなった。

メインの大作を二枚。これらは、                     2012.08.05.
踊っている ラ・グリュ La Goulue の家の装飾のために描いたパネル(1895)。
分割された(1926)パネルの復元(1930)跡が痛々しい。
上のパネルは、「ムーランルージュでのダンス La danse au Moulin Rouge」、「La Goulue et Valentin de désossé(ダンサー)」、下のパネルは「ムーア人の踊り La danse mauresque」等と個別に呼ばれる。踊り手は何れもラ・グリュだ。

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17時18分 新宿で震度3を観測。震源地は三陸沖で、最大震度5弱、マグニチュード7.3と発表。

気味悪い揺れで、震度3強という感じだった。

パリへ

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早朝に新宿を出てパリに向かいます。

ギャラリー・イグレックが支援している
クレパス画家 星川 孝 君のパリ個展 (11月13日~17日、20日~24日 13時~19時(土は18時) : エスパス・ジャポンにて) に同行します。

在仏の日本人の方、日本に関心をお持ちのフランス人等の方やこの期間にパリ滞在予定の方の御来場(入場料 : 無料)をお待ちいたしております。

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フリージャ  Freesia と アザミ Chardon の花が迎えてくれました。

ブラッセリー 梅宮/北鎌倉

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北鎌倉に行ってきました(2012.10.30)。

円覚寺・建長寺への最寄り駅の横須賀線北鎌倉近くの

<ブラッセリー 梅宮>でお友達と昼食をとりました。

御浸し・茶わん蒸し・お吸い物・ごはん・香の物が付いています。

左が入口。奥の右にお庭があります(下の写真)。

因みに、オーナーは梅宮辰夫さんの弟さんだそうですがちっとも似ていません。弟さんの方が素敵。

ロータリーとモニュメント 61  ラ・ソルボンヌ広場      秩序と進歩/ブラジル国旗

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ブラジルの国旗 Brazil Flag にある<秩序と進歩 Ordem e Progresso>は
フランス革命後の社会の混乱を背景にその秩序と進歩を探求した 社会学の元祖オーギュスト・コント Auguste Comte(1798-1857) の言葉だ。

ブラジルが共和制になったのは1889年、フランス革命後100年目にあたる。

サンミッシェル大通り Bd. St-Michel に面する ラ・ソルボンヌ広場 Pl. de la Sorbonne  に彼のモニュメントがある。<全てに(色々)有難う>の落書きがみえる。
永遠を寓意する棕櫚を捧げているのは聖母子に擬えたクロティルデ・ド・ヴォー Clotilde de Vaux (1815-46)で、コントが熱烈に愛した(1844-46)詩人。右は学習中のプロレタリア。

ミラボー橋の4彫像の作者、Jean-Antoine Injalbert (1845-1933) の作品 Monument à Auguste Comte (1902) 。

蒸し暑さから脱出:パリへ

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Japan Flag     今日から40日間蒸し風呂から退避します。     France Flag

恐らく滞在期間中一滴の汗すら掻かないことでしょう。

電力消費の軽減に多少なりとも貢献します。

このところ100円割れの続いているユーロ安を生かせればとも思っています。

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ジェット気流が弱いのでしょう、予定より早くパリに着きました。

入れ違いに香港 Hong Kong Flag に発ったお友達は大変でしょう。

ギャラリー・イグレック の花々 37  タイサンボク

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タイサンボクの花が開きました。

ギャラリー・イグレックでタイサンボクの開花を見るのは初めてです。

この時期に川之江にいたことがなかったからです。

タイサンボク Magnolia はパリでも人気があり、大事にされている花木です。

ヴァンセンヌでも庭木として、また、植え込みとしてよく見かけます。

France Flag ちなみに、タイサンボクの学名 Magnolia grandiflora  は17世紀 フランスの植物学者 ピエール・マニョル Pierre Magnol からきています。

United States Flag

ゴルフ好きの人なら、The Open 等とともに4大トーナメントのひとつ、マスターズの行われるオーガスタ・ナショナル・ゴルフクラブ(ジョージア州)の5番コースの名がマグノリアであることをご存知の方は多いと思います。

マニョリアは英語読みではマグノリアで、ルイジアナ州とミシシッピー州では州花になっているほどにジョージア州を含むアメリカ南部に多く見られる花木だそうです。

無謀にも娘が友人と二人で、ルイジアナ州のニューオルリンズからシカゴまでレンタカーでアメリカを縦断した頃のことを思い出してしまいます。
また、ルイジアナは元はフランスの植民地でした。

その友人は<芝苺>を号するガラス作家として活躍しています。

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母校新宿区立西戸山中学校の玄関口に
タイサンボク(泰山木)の大木がありました(改築後横庭に移植)。

その花言葉は<前途洋々>です。

今日の夕方、通りがかりに観たところ丁度下の写真のように2輪咲いていました。同程度の大木だと思ってましたが比較すると小ぶりでその分花も小さいようです。2012.06.14.

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上の写真で蕾の三つは。。。。(上:29日 下:30日)

THE SHILLA に来ています。

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Korea, Republic of Flag

4月1日から2泊3日でソウルのシーラに滞在しています。今回は、マンションのお友達など4人の旅です。

ソウルではいつも新羅ホテルに泊まるのは朝ご飯が美味しいから。

ロビーの煌めきはクリストフル、生のお花は桜と白いアマリリス、その後はユキヤナギと白いアマリリス。

このホテルのお花はパリのどのホテルのお花よりセンスがあって素晴らしいと思います。

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玄関ロビーの様子。2枚目は4月1日、3枚目は4月3日のお花。

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次に朝食の様子。バイキング方式ですが、洋・日・韓・中・ベ・その他、品数の豊富さで有名です。

露天神社 / お初天神

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梅の時期になると天神さんを思い浮かべます。今日は京都の北野天神社の京とうふ藤野の

<京みやびきぬごし>と<京のお揚げ>をいただきました。

梅田の曽根崎にあり、<近松門左衛門の曽根崎心中>で有名になった露天神。

露と散る涙に袖は朽ちにけり 都のことを思出づれば

菅原道真公が筑紫に左遷され京から大宰府に向かう途中、

おそらく、豊中の服部天神の次に立ち寄ったと思われる。

京を去る時の

東風吹かば にほひおこせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ

と比べると・・・

時を経て、露天神のごく近くで、お初と徳兵衛の心中事件があり、当時勇名をはせていた近松門左衛門が早速書き下ろし、上演、絶賛を博した。それ以降<お初天神>と呼ばれるようになったとか。

今では露天神といってもピンとくる人は少ない。

遅い梅の開花

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近所の<梅林のポケットパーク>の今。

パリに出かける半月前の2月初めにはすでにちらほら咲きだったのに、ひな祭りも過ぎた今もまだこんな状況で、多くの梅の木はつぼみ膨らむといったところです。ところで・・・豊中の梅の木は元気かな?

鶯の声も聞こえませんし、姿もまだ見かけていません。(3月13日:鶯をマンション敷地内で見ました。)

ヒヨドリだけは色気づいていて画面にも写っています。

一陽来復の御守 / 穴八幡宮

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節分も近ずき、久しぶりに気温が10度を超えたので冬至から節分の間頒布している

一陽来復>の御守を頂きに穴八幡宮に行ってきた。

金銀融通の御守ともいわれていて人気がある。

御守を毎年変わる方角 / 恵方(今年は亥子)に向けて柱や壁のなるべく高いところに

お祭りすると御利益があるという。

お祭りする日は冬至・大晦日・節分で且つ夜中の12時に限る。

江戸時代元禄年間からの伝統あるお守りだ。

穴八幡宮

穴八幡宮は鎮座950年になるが、<高田馬場の流鏑馬>として新宿区指定無形民俗文化財となっているのは、将軍吉宗が疱瘡平癒祈願の流鏑馬を奉納して以来将軍家の厄除けや若君誕生の祝いに高田馬場で流鏑馬を奉納したことによる。現天皇陛下誕生祝いのため再興された。

また、八幡宮境内にあった将軍家光命名の放生寺は廃仏毀釈後分割されているが真言宗のお寺だ。

境内には弘法大師の像があり、周りに第六十五番三角寺など四国八十八ヶ所の砂を敷いた八十八枚の敷石が巡らしてあって、居ながらにして四国八十八ヶ所巡りができる仕掛けになっている。

復に福の字を当て一陽来福としているのと、葵のご紋が見える。

写真は放生寺の入り口で崖っぷちにあり手前一帯が神田川右岸の早稲田の低地だ。

放生寺

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本日から2月の営業を始めます。

都合により、2月1日から10日まで とさせていただきます。

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日曜日の朝の楽しみ方 / salle de cine’ma

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今日は朝映画館にいってイーストウッドの新作、E・エドガーをみてきました。

アメリカの初代FBI長官E・エドガーを描いた作品でディカプリオが熱演、ほろりと最後に涙。

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日曜日の朝の初回は映画が割引でみれる上に(たとえば平日9.5ユーロが6ユーロ)、

フランス人はお寝坊さんが多いので人もすくなく、ガラガラの映画館で映画を楽しめます。

日本の映画が公開されているときもあるので、旅行ついでにフランスの映画館で

日本の映画をみるのもよい想い出になるかも・・・?

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日本では本日1月28日(土)公開です。

初詣 玄国寺・諏訪神社

           2012年の新年は<玄国寺>で迎えました。

除夜の鐘の音を聞きながら・・・心地よい穏やかな新春でした。

炊き出しの振る舞い豚汁をいただいたのち<諏訪神社>にもお参りしました。

玄国寺-1諏訪神社

玄国寺は岩倉具視の住居を移築していることで知られる真言宗豊山派のお寺。行列は除夜の鐘を突く人々。写真左が鐘楼。右は太鼓。

諏訪神社は旧諏訪町の戸山ヶ原を見下ろす高台にあり、明治17年に諏訪ノ森近衛射的場の開場式で射的砲術を天皇陛下が境内で御覧になった天覧所趾としても知られる。

諏訪神社の祭神は建御名方神と(その妃)八坂刀売神。
「タケミナカタノカミは越の国の統一と倭国編入に出向いた大国主命と縄文人の飛騨王国関係者と思われる奴奈河姫との政略結婚で生まれた子で、長じて越国王となり、ニギハヤヒ、コトシロヌシと共に信濃国の開拓、統一と倭国編入を果たし、地元開発のため永住した。」とする説がある。

地下鉄:東京メトロ副都心線 西早稲田 JR: 山手線 高田馬場

新年明けましておめでとうございます。

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旧年中は<ロートンヌ展><ライブ><Café  アン・キャンズ>を通して

<ギャラリー・イグレック>をお訪ね頂き有難うございました。

また、<ギャラリー・イグレックの日記帳>にも多数のアクセスをいただきました。

本年は開設12年目の<辰>年に肖り

昇龍を期したいと思っておりますのでご愛顧の程よろしくお願いいたします。

                                                                                                                                                                                                                               2012年1月1日

Bonne année ! Nous vous souhaitons une excellente année 2012 !

  • 新年明けましておめでとうございます。皆様方にとって2012年が素晴らしい年でありますように。
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小泉八雲記念公園

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Greece Flag

 10月26日にギリシャ救済に向けたユーロ圏首脳の合意が成立し

ユーロの信頼問題はひとまず危機的状況を脱した。

<怪談>などで知られる小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)がギリシャ生まれであることを知っている人は少ない。彼はギリシャのレフカダ島の生まれで少・青年期をアイルランドのダブリンで過ごした。明治23年にアメリカの新聞記者として来日したがその後記者をやめ、松江・熊本・東京で教鞭をとる傍ら伝統的な日本文化を扱う名作を数多く世界に紹介した。記念公園は明治37年(1904年)54歳で亡くなるまでの2年間を過ごした所(新宿区大久保1-1)にあり、ギリシャ風の趣を込めた公園ということになっているのだが。。

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レフカダ島には行ったことがないが、30年近く前ギリシャのアテネを訪れたことがある。当時のアテネは排気ガスが充満していて遺跡を含め建物は白いどころか真っ黒だったこと、貴重なものは何一つ残されていないのではと思える程考古学的に悲惨だったこと(例えば、パルテノン神殿のレリーフはすべて大英博物館にある。)、空港に機関銃を構えた兵士が大勢いたこと等の記憶がある。また、当時既にギリシャの通貨ドラクマの信用はゼロで出国した途端に無価値(他の通貨に交換不能)であった。

芝苺展~銀座にて

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 知り合いのガラス作家の方が銀座で初の個展を開きます。

銀座にお立ち寄りの方は是非足を運んでみてください。

ムリーニ法という手法で作られた宙吹きガラスの作品の数々。

会期 2011年10月25日(火)~10月30日(日)

会場 ギャラリー悠玄

会場詳細東京都中央区銀座6-3-17

詳細はこちらから

鉄炮隊百人組出陣 50周年

新宿区無形民俗文化財に指定されている<鉄炮隊百人組出陣>50周年が開催された。皆中稲荷で出陣式を行い巡回して戻るのだが実技を行うメイン会場の西戸山公園の野球場で参加した。

東日本大震災の被災者が百人町にも多数避難されていることもあり、<がんばろう東北。百人隊応援出陣>として相馬中村藩古式炮術の友情出演があって大いに盛り上がった。

鉄炮隊百人組の謂れについては皆中 (かいちゅう)稲荷のリンクに詳しいので読んでもらいたいが、徳川幕府は開幕時甲州街道の防御に重点を置いていて伊賀衆(服部半蔵)にそれを受け持たせた。新宿駅付近の内藤新宿に配置していた鉄炮隊が定住したのが百人町で町名の縁起だ。今の皇居である江戸城の防備も担当していた。半蔵門はその名残でお濠を渡れば甲州街道だ。

東日本太平洋沖地震から6ヶ月

<黙禱>  早や6ヶ月が経った。付帯して生じた原発の事故もいまだ先が見えてこないし、津波による被災地の復興も政治に翻弄されて計画すら立てられない状況だ。被災者は誠にお気の毒だがそれほど事態は深刻だということだろう。

今日は昼から東大の弥生講堂で催された<東日本大震災:大学の責務と貢献を考える>と題したシンポジウムに参加してきた。旧7帝大を中心に11大学の中堅の文・理・工・医・経等の学者の 第一線の研究者からの発信 と題した講演と東・名・京の総長のパネル討議だったが、なかなか興味深い内容だった。

日本はこれを機会に原点-例えば66年前の敗戦時-に立ち返ってこれからの持続可能な進路を模索すべきではないかという意見が多かったように思った。地球規模でも然り、転換期に来ているとみている学者が多いようだ。

14 Juillet …革命記念日

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今回明後日からの渡仏を決めたのは <パリ祭> に参加するためだ。これまではこの時期にパリを訪れるのは不可能だった。やっと念願がかなったというわけだ。

1789年7月14日にバスティーユの襲撃に端を発したフランス革命を記念する革命記念日のお祭りだ。シャンゼリゼでの軍事パレードはテレビやビデオでお馴染みだがぜひ現場の雰囲気を味わってみたい。

夜はオペラ・ガルニエで <天井桟敷の人々> を鑑賞することにしているので、今年の 14 Juillet  は忙しい。

パリ祭が過ぎればフランスはバカンスの幕開けだ。

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メトロ コンコルドが下車不可など会場周辺が広範囲にわたって交通規制されているため、2駅先のPA_metro_ligne_9PA_metro_ligne_13ミロメニル Miromesnil で下車徒歩でAv. Matignon から入って ロータリ- Rond Point des Champs-Élysées  に陣取ることにした。

サルコジ大統領は10時に Av. Friedland に到着後、軍用車で凱旋門からシャンゼリゼ大通りをコンコルド広場に向かう途中10時07分に前を通過した。

先頭車両の左、敬礼しているのがサルコジ大統領。

写真左の方が解像度がよい。上は敬礼していない。

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14日の記念日の前夜祭がバスティーユ広場をはじめ各所で行われるのだが、ヴァンセンヌでも教会横の広場で

老若男女がダンスに興じた。屋台も出てビールやソーセージが安い値段で地元のおばさん連中によって振舞われていた。

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14日の革命記念日のトリはエッフェル塔を夜空に浮かび上がらせる花火だ。

ガルニエでバレーを鑑賞した後、腹おさえにオペラ直ぐのベトナム料理屋でホーを食べてからシャン・ド・マルス公園に向かった。

混雑を予想してメトロ8号線PA_metro_ligne_8でエコール・ミリテールをやり過ごしラ・モット・ピケ・グルネルまで行ってから徒歩を選んだ。

11時直前にはエッフェル塔のイルミネーションも消灯され、やっと暮れた夏の夜空に花火とエッフェル塔のシルエットが映えわたった。

汗を掻いたことのないパリが・・・

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用があって住宅地の方の郵便局に行ってきた。今日の東京は30度を超す猛暑の上湿気もたっぷり。歩いている人は少ない。ついでにスーパーにも寄ってきたが、客は疎ら。暑さのせいで皆さん外出を控えているようだ。マンションのエントランスの温度も節電協力で28度の設定。駆け込んでも涼しくもなんともない。

汗かきの身にとってはハンカチのいらないパリの夏の値打ちは何物にも代えがたい。                                                                                                                       いくら歩いても汗の一滴すら出ないのだから。

そのパリが目の前だ。

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朝4時に外に出てみた。小一時間ぶらぶらしていると汗が噴き出してきた。日差しも強くなってきたので早々に退散することにした。東京は今日も早朝散歩すらできない猛暑日だ(7月10日)。

横綱力士碑…富岡八幡宮

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年に数回は行く<大衆酒場 魚三>で安酒を飲んできた。東京の下町の一つ門前仲町の地下鉄東西線出口直ぐにある。何しろ安いのと午後4時からの開店に長蛇の行列が名物だ。

2時間半ほど飲んだ後、この日は湿気が少なく風も吹いていたのでほろ酔い加減で永代通りを渡れば目と鼻の先にある富岡八幡宮と深川不動にお参りしてきた。

富岡八幡宮には横綱力士碑や伊能忠敬像がある。17世紀後半から勧進相撲が境内で行われていたこと、測量に出かける前に必ず参詣していたことに由来する。

千葉県佐原市の伊能忠敬旧宅は3月11日の東日本太平洋沖大地震で前を流れる運河とともに大被害を受けた。パリでお世話になっている佐原出身の美容師さんの情報だ。

横綱力士碑富岡八幡宮深川不動

京料理<近為>は深川不動の参道にある。

土用の鰻

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今年の土用の丑の日は7月21日だが、本年もパリ滞在中となるため昨日早目の鰻を食することとした。

土用の鰻は麹町善国寺坂の<秋本>と決めている。

麹町界隈では老舗の鰻屋で、坂名の由縁である店の前にあった善国寺の石碑が中庭に保存されている。

帰り 番町 のバス停で待っている間10分余り久しぶりの夕立があった。

束の間の夏の風情を味わえた夕刻ではあった。

ソウルシーラホテル ( THE SHILLA ) に3泊します

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Korea, Republic of Flag

明日からソウルに行ってきます。家族3人で韓国料理を満喫してきます。この時期恒例のシーラ(新羅)ホテル滞在です。東日本太平洋沖地震の際もいち早く安否確認の電話をしてくれたお友達がいるので心強いです。    着いたら直ぐにお気に入りの<カルグックス>を食べることにしよう。

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26日はあいにく台風接近中とあって着陸できない場合は引き返すという条件付きの成田離陸となりましたが、実際は風もさほどではなく雨も降っていない涼しい仁川空港着でした。

 

  THE SHILLA は韓洋折衷のモダンなホテルです。 敷地は広く迎賓館や四阿などがあり免税店、散策コースもあります。

日本の統治時代の朝鮮総督府の建物跡地で工事が始まっていました。総督府の建物は30年前には博物館として利用されていましたが、その存置には賛否があり当時既に取り壊すことが決まっていました。                後方はソウル市庁舎になります。

円形ロータリーの正面に THE PLAZA  があり部屋から眼下に大砲でもびくともしないだろうと思われるほどに重厚な旧総督府を眺めたものでした。

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カルグックス は<明洞餃子> ビビンバ は<古宮>の石焼でないのがお薦め。

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韓国ドラマ<H.I.T.-女性特別捜査官>は THE SHILLA を使っています。

緑のカーテン・・・ゴーヤ

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   今年もベランダに<ゴーヤ>を植えました。今年で何年目になるだろう?

近年エコ意識の高揚と共にゴーヤ人気が高まりつつありましたが、今年は3月11日に発生した<東日本太平洋沖大地震>に伴う原子力発電所の大事故による電力供給量の不足に対応するための節電対策の一つとして緑のカーテンとしてのゴーヤがこれまで以上に脚光を浴びています。一時は品薄状態の時期もあったほどでした。ゴーヤは縦にも横にも広がり一株当たりの遮光面積が大きいので、ベランダの温度低下にはことのほか都合がよい。そのうえ、果実を味わえる楽しみもあります。

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すくすくと元気に成長しています。毎日多数の黄色い花が咲き、すでに結実しているものもあります。          しかし、カーテンとしての役割を果たすにはまだまだです。 6月23日記す。

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緑のカーテンらしくなってきました。11個のゴーヤも日ごと大きくなっています。 7月10日記。

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パリへのお土産に大きく育ったもの3つを収穫しました。 7月12日早朝。

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ここ数日の残暑の厳しさに息を吹き返したのか連日再び花を多数つけるようになりました。ゴーヤの収穫は9月の初めには終了し、一株で10個程度でした。 9月15日記。

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1115台風はようやく北海道沖に去った。昨日昼過ぎからの東京接近時の風は猛烈だったが、ゴーヤは元気に生き延びた。ネットに這わせているのが幸いした。一斉収穫後につけた実も大丈夫で日ごと大きくなっている。 9月22日記。

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気温が下がってきたためだろう、10数個のゴウヤの実がなかなか大きくならなくなった。それでも新しい芽には花を付けている。 10月16日。

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水遣りを停止。小ぶりだが10個のゴーヤを収穫。ネットを外す。10月21日。

新宿箱根山被災

    久しぶりの早朝散歩で箱根山に行ってきた。

都立戸山公園にある箱根山は標高44.6mで山手線内で最も高い地点として知られている。

江戸時代に尾州徳川家の下屋敷のあったところで44.8haの広さがあった。そのうち18.7haが公園として姿を変えているのだが当時の面影を残しているのはこの人造の築山<箱根山>だけだそうだ。

公園面積の大きさは新宿御苑の約三分の一、ヴァンセンヌの森の1.8%である。

このたびの東日本太平洋沖大地震で頂上に亀裂が入ったようで、立ち入り禁止となっているのには驚いた。

中央ハレーションを起こしているところが頂上。敷石に亀裂が生じたらしい。

ここ数日気温が低く特に早朝はすがすがしく散歩している人が多い。

ロートレックを訪ねて

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      ロートレックを Naucelle に訪ねた。2005年11月のことである。

easy Jet でツールーズまで行き、あとは SNCF を使った。駅からはタクシーか徒歩20~30分なのだが時期外れのためかタクシーがなく駅員に相談したところ、電話をしてくれ迎えに来てくれるという。

Naucelle 駅は小さな田舎駅で、写真左はホームから出口を見たところである。左が Toulouse 右が Rodez  の方向である。

しばらく待っていると齢70代後半と思われる品の良い小柄なお婆さんが来てくれた。この方が Toulouse Lautrec の遠縁にあたる管理人さんであった。

家の案内、ロートレック幼少期の説明などお世話になったが、今もご健在だろうか?

7年近く経ちましたが、今もご健在だそうです。2012.05.25.

   ロートレックが幼少期に過ごした館である。アルビの生家から馬車で行き来していたという。

右の写真中央の出入り口に見える人影がロートレックの遠縁にあたる管理人さんである。

館の玄関口は写真の向こう側で、こちら側は下の写真で窺えるように、傾斜地を利用した広々とした庭園になっている。

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居間の壁に幼少期のロートレックが描いた絵がそのまま残されていた。

馬車と牛と馬だと思われるが才能を感じ取れるだろうか?

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ロートレックの生家のあるアルビ (Albi) はToulouse と Naucelle  の間の町である。

Albi にはMUSSE TOULOUSE LAUTREC (ツールーズ・ロートレック美術館)がある。

 左は駅舎で、手前が旧市街で坂道の多い高台になっている。鉄道右手で、ボルドーで大西洋に注ぐフランスの大河 ガロンヌ川の支流 Le Tarn を渡河する。美術館は徒歩で直ぐだ。

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美術館はBerbie 宮殿の一角 元司教館を改築したものである。

6年前にここを訪れた時には展示作品にこれといったものがなく、ロートレックが初めて手がけたポスターとして有名な AMBASSADEURS aristide BRUANT の畳半畳とか一畳もある習作がただ雑然とと言われても仕方のない状態で展示されていたことしか覚えていない。 きっとまだ整備中だったのだろう。

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 右が Berbie 宮殿。

下は旧市街の東端の古い橋と堰。この落差を利用して中央の建物で製粉が行われていた。閘門も付属している。

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d’Art Moderne の殿堂であるニューヨークの MOMA (The Museum Of Modern Art) に当時のムーラン・ルージュの人気ダンサーであった ラ・グリュー を描いた油絵がある。

「ムーラン・ルージュに入るラ・グリュー」 と呼ばれる油絵で、デフォルメがすばらしい。

Lautrec  MOMA

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それではムーラン・ルージュ ( Le Moulin Rouge ) に行ってみよう。

昔と違って随分今風に改装されてはいるが、暫くいると30年前を徐々に思い出す。薄暗い玄関ホールにロートレックのいた19世紀末から20世紀初頭のポスターや絵が飾られていたような記憶がある。中に入らなくても外見だけでも見てみよう。

左は外観。右は玄関入口。

メトロ2号線 Blanche が最寄駅。ここはモンマルトルの丘をサクレ・クール聖堂まで登って降りてくるプチトランの発着場でもある。

Moulin Louge - 3

入口左の壁に描かれたフレスコ画。左上にキャンパスに向かって絵筆をとるロートレックが描かれている。

映画 「ムーラン・ルージュ」 に これと同じ場面がある。

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2009年11月から12月にかけて東京渋谷の文化村で

<ロートレック・コネクションー愛すべき画家をめぐる物語>と題する美術展がありました。

会場入り口と入場券です。

Reinede Joie par Victor Joze.

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渋谷まで出向いたのは案内広告が入場券でも使われている<快楽の女王>であったからです。

デジタル技術を使用したリトグラフもどきが2万円程度で売られていたのには驚きました。フランス製です。素人目に区別は付きません。複製表示の義務付けもなしだそうです。

Reine de Joie  (1892) は 彩が鮮やかでお気に入りのコレクションの一つです。因みに、Victor Joze はポーランドの作家 Jose Dorbski のペンネームです。1892年の作品です。

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ロンドンの THE  COURTAULD  Gallery で TOULOUSE-LAUTREC AND JANE AVRIL   Beyond the Moulin Rouge と題してロートレック展が開かれていることを知ってロンドンを訪れた。

ギャラリーはサマーセット・ハウスのテームズ川の反対側に入っているがウォータールー橋に沿う川側から入られることをお勧めする。

Summerset House は巨大な建造物で右がテームズ川側を見たところで正面に見える建物が四角に中庭を取り囲んでいる。ギャラリーは手前で入り口正面が写真中央、ロートレックの企画展は左右の進入路から見えるように立て看板が置かれている。

978ムーランルージュを去るジェーンアヴリル

上の油絵は是非見てみたいと思っていた作品

<ムーランルージュを出るジェーンアヴリル> です。

ニューヨークの MOMA 美術館 からは3点の出展があったがそのうちの一点は既に紹介した作品

<ムーラン・ルージュに入るラ・グリュー>でした。

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ギャラリー・イグレックに展示中の2011/ロートレック展のポスター

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2012.08.10 オランダ・アムステルダムのゴッホ美術館を訪れた。3度目の訪問だ。

ゴッホ美術館のロートレック/アムステルダム

1886年にアントウェルペンからパリに出たゴッホは1887年11月にロートレックらと共同展を開いている。また同年、ロートレックはゴッホの肖像画を描いている。ゴッホ34歳、ロートレック23歳。

ゴッホ美術館はツールーズ・ロートレックの油絵(写真下/上はナショナル・ギャラリー所蔵))のほか、1300点近くのリトグラフを所蔵している。

数多くの所蔵コレクションの中から100点を選んで9月15日まで 特別企画展 Beauty in abundance を開催中であったので訪れることにした(14€)。

ギャラリー・イグレック所蔵の2作品も展示されていた。

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改装なったオルセー美術館にロートレックを見に行った。

写真撮影がフラッシュなしでも禁止となったようだ。が、携帯で撮っている人は少なくない。

美術館ビジネスは日本程ではないにせよ世界中に蔓延している。有名どころはどこも人であふれていて昔のようにゆっくり見とれているというわけにはいかない。

学生や絵心のある人が模写している風景もあまり見かけなくなった。

メインの大作を二枚。                     2012.08.05.

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La revue blanche / Misia Sert / Toulouse-Lautrec

002

ミシア・セール Misia Sert (1872-1950) はピアニストであり、多数の画家や詩人の助言者 Égérie であり、20世紀初頭のミュージシャンだったとされ、パリの女王 Reine de Paris と呼ばれた。

19世紀末から20世紀初頭のパリの美術・文芸活動をリードした(1880-1903)文芸誌 La revue blanche の創業者の一人タデウシュナタンソン Thadée Natanson (1868-1951) の妻だった。

Toulouse-Lautrec (1864-1901) の< La revue blanche (1895)> は、この文芸誌のためのポスター(リトグラフ)を彼女をモデルにして描いたものだ。

ココ・シャネル Coco Chanel (1883-1971)が唯一信頼した女性とかでも大変有名なその時代のミューズだそうです。

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エーゲリア Égérie (ミューズ)はローマ神話の泉のニンフ(女神)で、女性の助言者を比喩する。ミューズはギリシャ神話の音楽・文芸の女神。

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ボレロを踊るマルセル・ランデ / ロートレック

   depuis  2001

ロートレック Henri de Toulouse-Lautrec (1864-1901)が 1995-96 に描いた油絵
<ボレロを踊るマルセル・ランデ Marcelle Lender dansant le boléro dans Chilpéric >。

1900年当時のパリを彷彿させる象徴としてワシントン・ナショナルギャラリー National Gallery of Art, Washington からお里帰りしてきた。縦横ほぼ1.5mの大作。

マルセル・ランデ(1862-1926)はロートレックお気に入りのダンサーの一人。
1968年に京都で盗難事件のあった(7年の時効直後に見つかった)アルビのロートレック美術館所蔵の<マルセル Marcelle(1894)>と同一人物だ。

Marcelle Lender dansant le boléro dans Chilpéric / National Gallery of Art, Washington
Marcelle Lender dansant le boléro dans Chilpéric / National Gallery of Art, Washington

パリ市立のプチ・パレ美術館で開催されている<La Ville Spectacle  PARIS 1900>にて。2014.08.10.

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ロートレックの装丁画 / 闘牛

   depuis  2001

Henri de Toulouse-Lautrec (1864-1901)の描いた珍しい装丁画<闘牛 La Taureaumachie (1894)>がプチ・パレで催された<パリ1900展>で展示されていた。

ナンシーの René Wiener(1855-1939)が<裸のマヤ>のゴヤ Francisco de Goya(1746-1828)のエッチング集を出版するに当ってその表紙を飾る絵をロートレックに依頼したもの。

デザインを構想するため闘牛の見物をするなどして先ず油絵(1894・55.5x72cm)を描いた。ただし、-GOYA –   LA  TAUREAUMACHIE の文字はない。

La Taureaumachie / Henri de Toulouse-Lautrec
La Taureaumachie / Henri de Toulouse-Lautrec

2014.08.10.

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自由劇場 Le Théâtre-Libre とロートレック

   depuis  2001

パリ現代演劇の父とも言われるアンドレ・アントワーヌ André Antoine(1858-1943)が起こした<自由劇場 Le Théâtre-Libre> での公演プログラム。

<倒産及び詩人と金融資産家のプログラム Programme de Une faillite et Le poète et le financier,8novembre 1893.>、
ロートレック Henri de Toulouse-Lautrec (1864-1901) によるリトグラフと紹介されている。

<パリ市立歴史図書館 Bibliothèque historique de la ville de Paris> の所蔵。

演目「倒産」はノルウェーのノーベル賞作家ビョルンソンBjørnstjerne Bjørnson(1832-1910)の作(1874)で、
アンドレ・アントワーヌがステージングし主人公を演じた。

もう一つの演目はフランスの劇作家モーリス・ヴォガール(1863-1918)の作品だ。

Programme de Une Failliteet Le poète et le financier,8novembre 1893 / Théâtre-Libre / Henri de Toulouse-Lautrec
Programme de Une faillite et Le poète et le financier,8novembre 1893 / Théâtre-Libre / Henri de Toulouse-Lautrec

このリトグラフはギャラリー・イグレックでも所蔵している。

ピガール広場に至る 37 rue André-Antoine に自由劇場に関する 銘板が設置されている。

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竹久夢二展  ベル・エポックを生きた夢二とロートレック

   depuis  2001

竹久夢二(1884-1934)生誕130周年を記念して、岡山高島屋で竹久夢二展が開かれています。岡山・瀬戸内市の<夢二郷土美術館>等の主催です。

ロートレック Henri de Toulouse-Lautrec (1864-1901)より20年後の生まれですが、
19世紀後半から1914年までのパリの良き時代/ベル・エポック Belle Époque を共に生きた世代ではあります。

サントリー・ポスターコレクションからディヴァン・ジャポネやムーラン・ルージュ グリュのポスター、週刊風刺雑誌「Le Rire」の表紙を飾ったロートレックの作品(コロタイプ)等の展示がありました。

夢二の木版画の記念限定増刷の予約が可能な作品があります。
増刷できる原版が在ること、再現できる刷師がいることが必須になりますが
これからは益々難しくなるようです。

木版画(夢二)にしろ石版画(ロートレック)や銅版画にしろ、原画を描いた画家(イラストレーター)の名は残りますが、彫師や刷師の名は残りません。学芸員の方から色々とお話を伺うことができました。

竹久夢二展 / 高島屋 岡山
竹久夢二展 / 高島屋 岡山

パリを訪れたのは1932年のことです。

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ロートレック生誕150周年 / 2014 / アルビ Albi

   depuis  2001

昨年はトゥールーズ・ロートレック Toulouse-Lautrec (1864-1901) 生誕150周年だった。
ド・ゴール大通りに面したメディアテーク Médiathèque d’Albi-centre Pierre-Amalric (2001)に残るロートレックの大写真。今日も熱波に加えて日差しがきつい。

150ème anniversaire de la naissance de Toulouse-Lautrec / Médiathèque Pierre-Amalric / Albi
150ème anniversaire de la naissance de Toulouse-Lautrec / Médiathèque Pierre-Amalric / Albi
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ロートレックの生家 / アルビ Albi

   depuis  2001

トゥールーズ・ロートレック Henri de Toulouse-Lautrec (1864-1901) の生家 、
(旧)Hôtel du Bosc 。

アンリ・ド・トゥールーズ・ロートレック通り Rue Henri de Toulouse-Lautrec を右に進めばサント・セシル大聖堂 Cathédrale Sainte-Cécile は直ぐそこだ。

今回は猛暑のため、幼少期に馬車で遊びに行っていたという
<ボスク城 Château du Bosc >には行かなかった。

Maison Natale de Toulouse-Lautrec / Albi
Maison Natale de Toulouse-Lautrec / Albi
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サント・セシル大聖堂 と ロートレック美術館

   depuis  2001

サント・セシル大聖堂 Cathédrale Sainte-Cécile と<トゥールーズ・ロートレック美術館>を
サント・セシル広場に面したカフェから見た。

トゥールーズ・ロートレック美術館は大聖堂に隣接する(元)司教の宮殿 Palais de la Berbie にある。13世紀、タルン川 Le Tarn 畔に聳え立つ要塞として建設された。赤レンガ造りだ。

Cathédrale Sainte-Cécile / Palais de la Berbie / Musée Toulouse-Lautrec
Cathédrale Sainte-Cécile / Palais de la Berbie / Musée Toulouse-Lautrec
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トゥールーズ・ロートレック美術館 / アルビ Albi

   depuis  2001

宮殿に収容されている美術館内部は赤レンガ造りのアーチ群で修復されている(2012)。
前回訪れたとき(2000)の面影が探せない。

タルン川 Le Tarn を臨むバルコニー手前の近代的展示室。

奥に2点、Reine de Joie  (1892) 、右に2点、La revue blanche (1895)
ポスターと習作が並べて展示されている。

La revue blanche の習作のタデウシュナタンソン Thadée Natanson 夫人の顔が気に入った。

ギャラリー・イグレックではこれらのリトグラフを所蔵している。

Musée Toulouse-Lautrec / Albi
Musée Toulouse-Lautrec / Albi
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束の間の征服/ロートレック/オーギュスタン美術館

   depuis  2001

Conquête de passage / Henri de Toulouse-Lautrec / Musée des Augustins / Toulouse
Conquête de passage / Henri de Toulouse-Lautrec / Musée des Augustins / Toulouse

トゥールーズ Toulouse にあるオーギュスタン美術館 Musée des Augustins で、ロートレック Henri de Toulouse-Lautrec (1864-1901) の<束の間の征服 Conquête de passage (1896)>等を鑑賞した。別名<コルセットを着ける女>の方が分かりやすい。

キャンバスに張った Marouflé の紙に黒チョークとオイルで描いたチョーク画。

トゥールーズ・ロートレック伯爵アルフォンスが寄贈した(1904)もの。

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巻き髪をする女性 / ロートレック

   depuis  2001

Femme se frisant / Henri de Toulouse-Lautrec / Musée des Augustins / Toulouse
Femme se frisant / Henri de Toulouse-Lautrec / Musée des Augustins / Toulouse

 

トゥールーズ Toulouse にあるオーギュスタン美術館 Musée des Augustins で、ロートレック Henri de Toulouse-Lautrec (1864-1901) の<巻き髪をする女性 Femme se frisant (1891)>を見れる。
カールする女等と紹介されるこの絵は「厚紙に描いた油絵」で、父親であるトゥールーズ・ロートレック伯爵アルフォンスが寄贈した(1904)もの。

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新装なったロートレックの町 / アルビ Albi

   depuis  2001

昨年(2014)はロートレック生誕150周年でした。
また、「アルビの司教都市」として世界遺産になり(2010)町の整備が進みました。

写真はド・ゴール将軍大通り Avenue Général de Gaulle のアルビメディアセンター Médiathèque d’Albi-centre Pierre-Amalric 前からアルビ国立劇場 Scène Nationale d’Alb(2014)を見たところです。ロートレックの作品(左にもう4枚)で修景されています。

左突き当たりがラペルーズ広場 Place Lapèrouse でここから先が旧市街です。

150ème Anniversaire de la Naissance de Toulouse-Lautrec / Albi
150ème Anniversaire de la Naissance de Toulouse-Lautrec / Albi

右の絵は<クリスマスの晩餐会のメニューカード>にあるロートレック(1896)。

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ロートレックの版画集「彼女たち ELLES」

   depuis  2001.

ギュスターヴ・ペレGustave Pellet (1859–1919)が11点組み100部限定で出版した<ロートレックHenri de Toulouse-Lautrec (1864-1901)による 彼女たちElles (1896)>の内の2作品です。
彼女たちとは娼婦たちのことです。

Frontispice pour Elles / Femme en corset,conquete de passage / Henri de Toulouse-Lautrec / Musée Van Gogh
Frontispice pour Elles / Femme en corset,conquete de passage / Henri de Toulouse-Lautrec / Musée Van Gogh
Conquête de passage / Henri de Toulouse-Lautrec / Musée des Augustins / Toulouse
Conquête de passage / Henri de Toulouse-Lautrec / Musée des Augustins / Toulouse

右の作品はその扉絵「ロートレックによる彼女たち」(1枚目)をベースに、ラ・プリュム芸術出版社の「サロン・デ・サン Salon des Cent 」で展示会を開いた際に作製したポスターです。
左は「コルセットの女、束の間の征服」(9枚目)で、このリトグラフのための習作がオーギュスタン美術館にあります。
背景や紳士が習作とはかなり異なっています。
いずれも、クリーム・ウォーヴ紙 Papier vélin にプリントしたカラー・リトグラフです。

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ロートレックを魅了した女性

   depuis  2001

ロートレック Henri de Toulouse-Lautrec (1864-1901)がセーヌ河口のル・アーヴル Le Havre からボルドーまでの船旅(1895)で乗り合わせたダカール行きの人妻です。リスボンまで同行してしまったそうです。友人がいなければ、ダカールまで行きそうだったと伝えられています。

1056プリュム誌 La Plume (1889)の創刊者、レオン・デシャン Léon Deschamps(1864-99) がボナパルト通りに開設した「サロン・デ・サン Salon des Cent 」で催した「国際ポスター展」の宣伝ポスターに彼女を描きました<Salon des Cent ,La passagère du 54 (1896)>。作品名を54号室の女性船客と名付けています。本を手にしています。

ロートレックの写真を多数撮った友人モーリス・ギベール Maurice Guibert (1856-1913) との旅でした。
プチ・パレ美術館で観たものです。

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黒の長手袋をイラストしたロートレック

   depuis  2001

ロートレックの世界で「黒い長手袋」といえば歌手のイヴェット・ギルベール Yvette Guilbert (1865-1944) を指します。レジオン・ドヌール勲章を受賞(1932)しています。

Couverture de l'Album Yvette Guilbert / Henri de Toulouse-Lautrec (1864-1901) / Musée Van Gogh / Amsterdam
Couverture de l’Album Yvette Guilbert / Henri de Toulouse-Lautrec (1864-1901) / Musée Van Gogh / Amsterdam

彼女のために、熱烈なファンだった美術評論家のギュスターヴ・ジェフロア Gustave Geffroy(1855-1926) がアルバムの発行を企画して、「レスタンプ・オリジナル(1893-95)」の発行者であるアンドレ・マルティ社  Chez André Marty に100部限定で制作を依頼、ロートレック Henri de Toulouse-Lautrec (1864-1901)が挿絵を受け持ちました(1894)。
16ページ全てに彼女を描いた挿画があり、彼女が活躍していたカフェ=コンセール(演芸喫茶)の情景を評論しました。
写真はその表紙で、ピアノの上に置かれたイヴェット・ギルベールのトレードマークである「黒い長手袋」と「パフ」を簡潔・大胆にイラストレーションしています。下段に価格:50フランとあります。

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アンドレ・マルティの版画集とロートレック

   depuis  2001

アンドレ・マルティ André Marty が10回に亘って95点の作品を100部限定で頒布出版した(1893-95)版画集<レスタンプ・オリジナル L’Estampe originale>の第1号の表紙を飾ったロートレック Henri de Toulouse-Lautrec (1864-1901) の6色刷りリトグラフ(1893)です。

刷師はロートレックが使っていたアンクール Edouard Ancourt 印刷所のコテル爺さん Père Cotelle、出来栄え(刷り具合)を観ているのはダンサーでありアートにも造詣の深かったジャンヌ・アヴリル Jane Avril (1868-1943)です。
版画家と刷師との関係を覗うことのできる作品です。

今日はロートレックの誕生日です。

Couverture de L'Estampe originale / Henri de Toulouse-Lautrec / Musée Van Gogh / Amsterdam
Couverture de L’Estampe originale / Henri de Toulouse-Lautrec / Musée Van Gogh / Amsterdam
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何気にロートレック / リッツ / ヴァンドーム広場

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Toulouse-Lautrec / Ritz / Place Vendôme
Toulouse-Lautrec / Ritz / Place Vendôme

ホテルリッツのブティック回廊に入る手前にトゥルーズ・ロートレック Toulouse-Lautrec (1864-1901)の画(段ボールにオイル)が飾られている。左は Toilet 。
キャンバスに張った Marouflé の紙に黒チョークとオイルで描いたもの。ジェーン・アヴリルの様にもラ・グーリュのようにも思えるが・・そうではなくて、横顔の女(マダム ルーシー)Femme de profil (Madame Lucy) のようだ。

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ロートレックによる<横顔の女>オルセー美術館

   depuis  2001

Femme de profil / Henri de Toulouse-Lautrec / Musée d'Orsay
Femme de profil / Henri de Toulouse-Lautrec / Musée d’Orsay

オルセー美術館 Musée d’Orsay 所蔵のロートレック Henri de Toulouse-Lautrec (1864-1901) 作の<横顔の女 Femme de profil (1896)>。ダンボール紙 Carton に油彩。

 

Toulouse-Lautrec / Ritz / Place Vendôme
Toulouse-Lautrec / Ritz / Place Vendôme

先に紹介したリッツのそれと同じ構図だが、横顔の細部等の筆致は曖昧。サインも異なる。

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ブリヂストン美術館のロートレックをオランジュリー美術館で

<ブリヂストン美術館の名品−石橋財団コレクション展 Tokyo-Paris Chefs-d’œuvre du Bridgestone Museum of Art, Collection Ishibashi Foundation >がオランジュリー美術館 Musée de l’Orangerie で開催中(au 21 août 2017)。東京/八重洲は閉館中らしい。
ロートレック Henri de Toulouse-Lautrec (1864-1901) の油絵作品<サーカスにて: 舞台裏で (1887頃) Au cirque : dans les coulisses (vers 1887)>の展示があった。

Au cirque : dans les coulisses (vers 1887) / Henri de Toulouse-Lautrec

編集

余震続く

   depuis  2001

東北地方太平洋沖地震の余震活動はまだまだ続いでいます。

新宿区には百人町にも観測地点があります。

3月11日の本震で震度5弱を観測して以来、これまで震度3が6回観測されています。

震度2以下では注意していないとそれを体感できませんが、震度3になると地震だとわかります。

3月は本震を含めて3回でしたが、4月に入ってすでに4回、収まるまでにはまだまだ時間がかかりそうです。

3月15日・・震源地:静岡県東部 震度6強 M6.0

3月19日・・震源地:茨城県北部 震度5強 M6.1

                                         4月07日・・震源地:宮城県沖 震度6強 M7.1

                               4月11日・・震源地:福島県浜通り 震度6弱 M7.0

                                         4月12日・・震源地:千葉県東方沖 震度5弱 M6.4

                                         4月16日・・震源地:栃木県南部 震度5強 M5.9

本震の震源地は三陸沖、

百人町に震度3以上を記録させた震源地が全て異なっているのが気味悪いです。

今日は6月7日。4月16日以降、新宿で震度3以上の地震はありません。

7月31日・・震源地:福島県沖 震度5弱 M6.4 で震度3を観測。パリ滞在中でした。

2012年1月1日・・震源地:鳥島近海 M7.0  5か月ぶりに震度3を観測。元旦から縁起でもない。

3月14日・・震源地:千葉県東方沖 震度5強 M6.1 新宿震度3

2012年12月7日:三陸沖 震度5弱 M7.3      新宿:震度3 と発表だが気持ち悪い揺れだった。

2013年11月10日:茨城県南部 震度5弱 M5.5 新宿:震度3。

2013年11月16日:千葉県北西部 震度4 M5.4 新宿:震度3.

フランス大使館発表

   depuis  2001

駐日フランス大使館は、

緊急な用のない在日フランス人に対し関東地方を離れるように勧告した。

14日夜、フランス支援隊来日。

フランス政府は在住フランス人の日本国外への脱出のための専用機を用意した。

* * *

6月18日 CDG 空港で静岡県産の茶葉から EU の規定値を超える放射性セシウムを検出したことにより廃棄処分を決定。

東北地方太平洋沖大地震で東京大揺れ

   depuis  2001

14時46分M8.8、15時06分M7.0の地震が宮城県沖で、

15時15分にはM7.4の地震が茨城県沖で立て続けに発生し、

東京でも、かつて経験したことのない大揺れ(震度5強)に遭遇した。

幸い、カンペール(フランス)とロンドンで買ったヒップフラスコと

アテネで手に入れた彫像が倒れた程度で、

絵画・陶器・ガラス製品等の調度品に被害はなかったが、

損傷寸前という状況であった。

気象庁はM8.8⇒9.0に改正(13日)。