フェルメールの展示/アムステルダム国立美術館

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Netherlands Flag

アムステルダム国立美術館は4点のフェルメール Johannes Vermeer (1632-75) を所蔵しているが、写真はその展示の様子。

左から<小路><牛乳を注ぐ女><青衣の女>、写っていないがその右に<恋文>(写真下)。何気に展示されているのが良い。

フェルメール/アムステルダム国立美術館

<恋文>

フェルメール/恋文

Roue de Paris

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ノエルの一環でパリの観覧車は、今、コンコルド広場にある。
Roue de Paris パリの歯車(車輪)とある。

ロンドンでは目に見え、パリでは車輪に見える。
アントワーペンではダイヤモンドに見えるらしい。

右側が凱旋門で左がチュイルリー公園。
左に見える馬の彫像は アントワーヌ·コワズヴォ Antoine Coysevox  (1640 – 1720) 作の<ペガサスに乗るメルキュール  Mercure monté sur Pégase (1699 – 1702) >。

Roue de Paris

Morocco Flag Maroc

モロッコのマラケシュ Marrakech の博物館で、
観覧車はアラブに起源を有するという説明を目にした。写真がそれ: 伝統のブランコ balançoires traditionnelles : で、この実物が展示されていた。

何よりも水が貴重な国の伝統のスパ(スーペリア)での4連泊は王侯貴族の気分を味わえて最高だった。お風呂も。モロッコの公用語はフランス語。フナ広場でその後乱射事件があった。

なお、カフェ/アン・キャンズでプリンに使用しているグラスはマラケッシュのもの。

1083

山中京大教授の買ったチョコ

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Sweden Flag

現地時間で10日、ノーベル賞の授与式と晩餐会・舞踏会が催された。

写真は医学生理学賞を受賞した京大の山中伸弥教授が
1000枚購入したと報道されたチョコレート。

Nobel

ALFR NOBEL      1833-1896     と刻印。

このチョコは2006年の8月にストックホルムへ行ったときに購入したもの。

晩餐会の催された市庁舎のホールやの舞踏会の行われた黄金の間(階段を昇ったところ)で
たばこ好きのフランス人のガイドから
ノーベル賞についての説明を受けたことが思い起こされます。

風車の国の太陽光発電/I amsterdam

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Netherlands Flag

アムステルダム国立美術館の周辺この一帯は以前2度訪れた時とは風景がまるで変ってしまっていて戸惑いを隠せなかった。お目当ての店がこの辺りにあって、2度目の時は近々閉店するように言っていたのだが。。

このモニュメントから手前は水面を伴う広大な広場になっていて、地下は各種のツアーバスの発着場になっている。ただ、出来上がって間もないせいで樹木が小さく日陰に乏しい。

背景がアムステルダム国立美術館(入口は左側)だが、見ての通り新築かと思うほどの全面改修で太陽光パネルがびっしりと屋根を覆っている。

I amusterdam

ルーベンス/ヴァン・ダイク/テニールス

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Belgium Flag

この3人は世界に知られている画家で、いずれもアントウェルペン生まれだ。

ヴァン・ダイク Antoon van Dyck  (1599-1641)  はイギリスの画家だと思っている人がいるほどイングランド王室の宮廷画家として1632年以降のイギリスの画壇を牽引した画家。

また、テニールス David Teniers (1610-1690)  も当時ブリュッセルを支配していたオーストリア大公の宮廷画家として異国のブリュッセルで活躍した。

ルーベンス Petro Paulo Rubens (1577-1640) もイタリアのマントヴァ公とスペインのイサベラ王女の宮廷画家を務めた。スペイン王室の宮廷画家ベラスケスはヴァン・ダイクと同年の生まれだ。

アントウェルペンの目抜き通りと、隣接する広場に3人の立像がある。2人が教えを受けた先輩ルーベンスの像は広場にあり、没200年の1840年の記念碑で、背景はアントウェルペン大聖堂だ。

May Milton / Toulouse-Lautrec

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かねてから鑑てみたいと思っていたロートレックのリトグラフ< May Milton >(1895)にアムステルダムのゴッホ美術館で遭遇した。平凡な構図だが、なぜか親しみやすい。パリでの公演時に次のニューヨーク公演のためのポスターとしてロートレックに依頼したもの。

イギリスのダンサーであった彼女はこのポスターのお蔭でその名を今に残しているが、風貌も才能もいまいちであったようだ。ロートレックがこのように描いているところを見れば美人だったように思えるが。

これだけの生きたサンゴが。。Hotel Estheréa

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3連泊したアムステルダムの Hotel Estheréa のロビーにいるサンゴの数々。写真では分からないが、すべてのサンゴが生きていて休むことなく動き続けているのには驚いた。

世界遺産に登録されているアムステルダムの地区内にある、運河に面した昔ながらのクラシックな四つ星ホテルで、何とも居心地がよかった。シャンデリア、ランプなど古くからのものに良き時代の贅を感じた。

部屋に冷蔵庫はあるがミニバーはなく、ロビーでカフェ・テ等のドリンク・菓子のサービスがあるのも珍しかった。

写真の上段が中央、中段が左側、下段が右側。

運河に面するホテルの外観だが、古のアムステルダムの風情そのままのところがよい。

ここからほど近い、面影を無くした<アンネ・フランクの家>を筆頭に激変するアムステルダムなのだが。。

タリス Thalys に乗ってみよう

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この夏パリからアントウェルペン、アムステルダムに小旅行するのにタリス Thalys を利用した。以前にもブラッセルからの帰りに使ったことがある。ケルンへも行ける。

お勧めは<一等車で早めに予約を取っておく>ことで、インターネット上で簡単に手続きできる。

TGV 並の高速性と座席、車内サービスが気に入っている。

パリ・ノルド7時25分発、アントウェルペン9時27分着で、朝食が付く(写真上)。

さらに、途中、ブラッセルを過ぎると茶菓のサービスがある。

アムステルダム13時16分発、パリ・ノルド16時35分着で軽食(ワイン・ビール・ドリンク各種)が付く(写真下)。やはり、途中、茶菓のサービスがある。

アントウェルペンからアムステルダム1時間強でも軽食が出る。

今回取った切符の値段はアムステルダム・パリの例で8000円弱(シニア割引適用)だったが、もっと早くに取れればもう少し安い。日本の常識では信じがたいだろうが、日本の新幹線も航空機も高すぎるのだ。

なお、シニア割引を使った場合はパスポートまたはその写しを持参しておくこと。

デルフトブルーの夜警/レンブラント Rembrandt

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レンブラント Rembrandt van Rijn (1606-1669)の代表作で、
かつ、名作の誉れ高い通称<夜警>、
実の名は<フランス・バニング・コック隊長の市警団>のデルフト焼きによる陶板画です。

Royal Delft の作品で、自慢の<デルフトブルー>が冴えています。

レンブラント/夜警

アムステルダム国立美術館の至宝<フランス・バニング・コック隊長の市警団 1642>は・・・

レンブラント/夜警

因みに、レンブラントの描いた原画はこれより大きく、1715年にダム広場の市役所に移した際に特に左側と上・下部をカットしたと言われています。

明らかにそれ以前のLundens (1622-83)による模写 ( 下の写真 ) がそれを裏付けています。

ルーベンス/夜警

デルフト/フェルメール Johannes Vermeer

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デルフト焼きとフェルメールでお馴染みのデルフトを訪れました。日本の近代治水では<神は人間を創ったが国土はオランダ人が造った>というオランダから多くを学んだのだそうですが、そのデルフト工科大学もあります。

デルフト焼きはオランダ東インド会社を擁した17世紀に日本・中国の影響を受けつつ発展した陶器です。

現在残っている二つのうちの一つ Royal Delft の工房を訪ねました。

フェルメールの地元とあって、フェルメールの<真珠の耳飾の少女><ワイングラスを持つ娘>のほか、デルフトの街を描いたたった2枚の風景画の内の一枚<小路>の陶板画が展示されていました。

同時代を生きたレンブラントの代表作<夜警>(オランダ国立美術館所蔵)の陶板画は圧巻でした。

フェルメールの作品は30数点に過ぎないとされていますが、そのうち4点をアムステルダム国立美術館が所蔵しています。すべて来日したことがあります。

デルフトと接するデン・ハーグのマウリッツハイス美術館は<ディアナとニンフたち><真珠の耳飾りの少女>の2点を所有していますが、現在全面改装中で閉館、その間、2点はいずれも日本でお仕事中です。

デン・ハーグにも寄りましたが現地では見れませんでした。

アムステルダム国立美術館は改装が終わって、所蔵の4点<青衣の女><恋文><牛乳を注ぐ女><小路>とも在席でした。9時の開館と同時に入館しましたのでゆっくりと鑑賞することができました。

アントウェルペン と ルーベンス ~ネロ と パトラッシュ の物語

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フランスでは、今日8月15日は聖母昇天祭の祝日です。聖母マリアが肉体と霊魂を伴って天国にあげられたという<聖母被昇天>を記念する祝日です。

* *

アムステルダムに行く前に、途中、ベルギーのアントウェルペン(アントワープ)  Anvers に立ち寄りました(2012.08.8-9)。

アントウェルペンは最近ではモードの街として一躍有名になりましたが、
ダイヤモンド取引の町、ルーベンスの生まれ故郷として知られてきました。

アントウェルペン大聖堂では<フランダースの犬>にも登場する ルーベンスの絵(聖母被昇天・キリストの昇架・キリストの降架・キリストの復活) を鑑賞することができます。

大聖堂の前にはトヨタから寄贈されたフランダースの犬の石碑モニュメントが設置されていて、今上天皇・皇后両陛下も来られたということです。

しかし、観光局(Office du tourisme)の人に話しを聞いてみたところ、日本人によってこの物語が逆輸入されたもののベルギーでの知名度は低いというのが実のところのようです。

日本人には涙を誘うネロとパトラッシュの悲哀の物語も、西欧人にはよく知られた厳しい中世の時代のごくありふれた日常だったのかもしれません。

大聖堂中央に位置する<聖母被昇天 1625-26>。
こちらはオープンなのでネロも見ることができました。

ルーベンス/聖母被昇天

こちらがクローズされていてお金が無くては見れなかった
<キリストの昇架 1609-10>と<キリストの降架 1611-14>で、
当時から拝観料が必要だったため、貧しいネロは観たくても観れませんでした(涙)。

今は入場料 (5€)を払わなければ聖母被昇天すら観ることができません。教会で有料の他例を知りませんが、拝観料のおかげで大聖堂の大改装ももう一息とのコメントがありました。

ルーベンス/キリスト昇架

ルーベンス/キリスト降架

パリで 絵が明るくなった ゴッホ/ゴッホ美術館

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故国オランダとベルギー・アントウェルペン時代の一貫して暗いゴッホの絵は1886年にパリ・モンマルトルに移って以降一転して明るくなった。

写真の上段は代表作のひとつ、<ジャガイモを食べる人々>(1885)でオランダ時代、

下段二枚はモンマルトルの風車を描いたフランス・パリ時代の作品(1887)。

ゴッホ/ジャガイモを食べる人々

ゴッホ/モンマルトルの風車ゴッホ/モンマルトルの風車

United Kingdom Flag

パリに移り住んだ1886年にモンマルトルの風車を描いた<The Blute-Fin Windmill,Montmartre (1886)>がグラスゴーの<Kelvingrove Art Gallery and Museum>にあった。2013.08.02.

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ゴッホ美術館のロートレック/アムステルダム

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1886年にアントウェルペンからパリに出たゴッホは1887年11月にロートレックらと共同展を開いている。また同年、ロートレックはゴッホの肖像画を描いている。ゴッホ34歳、ロートレック23歳。

ゴッホ美術館はツールーズ・ロートレックの油絵 (写真 上段:ガブリエルの肖像 Gabrielle はナショナル・ギャラリーの所蔵) のほか、1300点近くのリトグラフを所蔵している。

数多くの所蔵コレクションの中から100点を選んで9月15日まで 特別企画展 Beauty in abundance を開催中であったので訪れることにした(14€)。

ギャラリー・イグレック所蔵の2作品も展示されていた。

Toulouse-LautrecToulouse-Lautrec

アンリ4世とルーベンス/ルーベンスの家/アントウェルペン Anvers

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 ルーベンスはゴッホ等とは違って生前からの人気画家で当時の豪邸 (廃墟同然になっていた) が修復されて<ルーベンスの家>として公開されている。

写真は1590年3月のイヴリーの戦い ( イヴリーは、ノルマンディー地方のウール川沿いの小都市 ) で、カトリックの推すマリエンヌ公を破ったフランス王アンリ4世を描いた4点セットのうちの一枚だ。

アンリ4世の騎乗する白馬の他は未完と思われる。

同様の戦いの場面を描いた絵は、フィレンツェのウッフィツィ美術館にも所蔵されている。

ナント勅令でユグノー戦争に終止符を打つのは1598年のことだ。

アンリ4世/イヴリーの戦い

コートールド と オルセー/セザンヌ と マネ

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United Kingdom Flag  昨年 ロンドンのコートールド・ギャラリーに行った折に出会った                                                                                <セザンヌのカード遊びをする人々> と <マネの草上の昼食> ( いずれも写真の上 ) と

France Flag  オルセー美術館のそれら ( 写真の下 ) との対比。

セザンヌ

セザンヌ2

マネマネ2

オルセー美術館は改装が終わって、作品群が本来の位置に戻ってきたように思われた。

リモージュ焼 La porcelaine de Limoges

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リモージュ Limoges はリモージュ焼で知られるフランス中部の都市で、

画家のルノワールや我が Rose の出身地だ。

Musée national Adrien Dubouché  に入れば、リモージュ焼の歴史や絵付けを見ることができる。

磁器 porcelaine の原材料であるカオリンの鉱床をリモージュの近郊で1768年に発見。1771年にアルトワ伯が工場を稼働させて磁器の生産が始まった。

1784年にセーブル王室工場(セーブル焼)に買いとられて以降デザイン等の洗練が進むことになる。

Musée national Adrien Dubouché

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    Spain Flag

スペインの<サンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼の道>の一つが通っているので、その道筋を示すサンジャックの埋め込みを町のそこかしこで見ることができる(写真下)。

photographie d'une coquille Saint-Jacques en cuivre insérée dans les pavés d'une rue de Limoges et marquant le passage de la Via Lemovicensis menant à Saint-Jacques de Compostelle

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古い町並みの残る Cour du Temple(写真左) 、聖シュテファン/サン=テティエンヌ大聖堂 St-Etienne cathedral (写真下)等が見どころ。

1737年設立で今はベルナルド Bernardaud の傘下にあるロワイヤル・リモージュ ancienne manufacture ROYALE de Limoges のポットを購入した(写真下)。

金色の擬宝珠と足、伝統文様がお気に入りの磁器(クラシック)だ。

ヤグルマギクと真珠でデザインした<マリー・アントワネット>シリーズの一つ。

Denmark Flag
中に入っているのはロイヤル・コペンハーゲンの<フィギュリン>で、コペンハーゲンに小旅行した時に古物商の店で買ったものの一つ。
デンマークではリモージュに遅れること2年、1773年から磁器の生産が始まった。

ポーランド風餃子/polskie pierogarnie /Cracovie

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Poland Flag

このところ国内線の格安航空会社の就航が相次いでいるが、ヨーロッパの格安航空/easy Jet を利用して ポーランドの京都、クラコヴィ Cracovie (クラクフ)に旅行した時のことだ。

戦災を受けることなく古都の風情を残しかつ整備の行き届いた綺麗な街だ。3年前まで27年間 ローマ法王だったヨハネ・パウロ2世の出身地であったことや世界遺産になったためだろう。

物価は安く、おかげで超高級ホテルに滞在できたが、食べ物に難があった(高くても不味い)。唯一お勧めはポーランド風の餃子(団子)。これは美味しい。

polskie pierogrnie

Zapiecek という餃子屋さん。小さなお店なのだが有名らしい。店内には…

Zapiecek

2008.08

ストラスブール と ケール/Strasbourg – Kehr

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France Flag 2007年6月にTGVがパリ・エストからストラスブールまでの運行を開始した。

ストラスブールは
仏独が歴史的に領土争いを繰り返してきたライン川沿いの都市で、フランス最大の河川港(日本では過って、淀川の伏見港)を持ち交通の要衝として栄えてきた水郷都市だ。

EU の欧州議会などが置かれていてブラッセルと並ぶEU 都市でもある。

Strasbourg

090

天文時計が見落とせないストラスブール・ノートルダム大聖堂は
ロマネスク様式とゴシック様式混淆で必見。

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Germany Flag ライン川を渡るとドイツの街ケールだ。

ストラスブールのサテライトとしてフランス領であったこともあって、
今も市民の往来が活発だ。

2007年の8月にはまだパスポートが必要であったが、ケール行きのバスはチェックなしだった(運転手にちょっと脅かされはしたが)。
ドイツの方が物価が安いとあって、市民はケールに買い物に行くのだそうだ。

ケールでは丁度骨董市だったので記念に皿を手に入れた。

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左の写真はケールの街中のモニュメント。

1870-1871とあるのはビスマルクのプロイセンがナポレオン3世のフランスを破った普仏戦争のこと。

ケールの属すバーデンがプロイセンと連合して勝利した記念碑。

この戦争を境にフランス第3共和制、統一ドイツ帝国の誕生となる。

2007.08

シチリアの旅 カターニャ・シラクーザ・パレルモ その2

    depuis  2001

Italy Flag シラクーザは中長距離バスをつかって1時間半。

アルキメデスの出身地として有名な古代ギリシャ植民市のうちの一つ。

古代の建築群が公園の中に保管されています。

古代円形劇場。最上部分までのぼると海が一望できる。

石牢としてつかわれていたオレッキオディディオニジオ(天国の石切場)。
耳の形が美しい。

その横にあるもうひとつの洞窟。縄をつくっている職人のアトリエだった。
現在は落石の危険があるようで中にははいれない。

アレトゥーサの泉、茂っているのはパピルス。

泉のすぐ横から海を眺める。とってもキレイでした。

日帰り観光でしたが、十分満喫できました。

シチリアの旅 カターニャ・シラクーザ・パレルモ その1

    depuis  2001

Italy Flag 6月12日から17日まで5泊6日でシチリアを旅して来ました。

いずれの都市も海の近くに新鮮な魚市場があり、パリではなかなか食べられない

新鮮な海の幸をつかった美味しいイタリアンを満喫してきました。

連日30度を超える陽気でした。

シチリア滞在中は、カターニャを拠点に、パレルモ(2時間40分)、シラクーザ(1時間半)へは中長距離バスをつかって観光地めぐりをしました。

(シチリアでは列車よりもバスのほうが本数も多く遅れも少ないためとても便利です)

シチリアというとマフィアのイメージもあって治安が不安になるところですが

数年前に訪れたナポリに比べると駅の近くをのぞけば治安もパリとかわらない程度で無事に旅を終わらせることができました。

ベルギー:リエージュ Liège で手榴弾事件

   depuis  2001

Belgium Flag リエージュで起きた手榴弾事件・・おととし行ったモロッコ・マラケッシュ、フナ広場のテロ事件といい、訪れた街に災難がおきると大変複雑な気分になります。小さいお子さんまで犠牲になったということで、年末なのにとても悲しいですね。

リエージュ   とはどんな街?

Maison de Victor Horta / オルタ美術館

            depuis  2001   Belgium Flag

アール  アール・ヌーボー Art Nouveau の本場といえばフランスではナンシー、ベルギーではブリュッセルだ。

ヴィクトール・オルタが私邸として建築した邸宅 Maison de Victor Horta がオルタ美術館 Musée Horta として公開されている。2000年に世界遺産に登録された。

旧市街からトラムに乗って最寄まで行けるのだが早めに下りてしまい随分と迷った末にたどり着いた苦い経験がある。分かり難いといえばその通りなので確かな地図でしっかり調べてから行かれることをお勧めする。

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ボジョレ・ヌーボー Beaujolais Nouveau は
11月17日に解禁だ。

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France Flag

改装なったオルセー美術館 Musée d’Orsay のアール・ヌーボー部門にオルタ Victor Horta のコーナーができたので紹介しておく。

Victor Horta / Musée d'Orsay

2012.08.05.

コートールド・ギャラリー Courtauld Gallery

   depuis  2001

 United Kingdom Flag

<耳を切り落としたゴッホの自画像 Self-Portrait with Bandaged Ear (1889)>
                                                                                                 Vincent van Gogh (1853-90)
背景には富士山と遊女の絵が見え日本の浮世絵に関心が深かったことが伺える。

Paul Cézanne(1839-1906)

セザンヌ

<カード遊びをする人々 The Card Players(1892-95)>
                                                                                                              Paul Cézanne(1839-1906)

セザンヌ

 <フォリー=ベルジェールのバー Le bar aux Folies-Bergère(1881-82)>
                                             Édouard Manet(1832-83)

マネ

<桟敷 The Theater Box(1874)>

Amedeo Modigliani(1884-1920)          Pierre-Auguste Renoir(1841-1919)

モジリアニ

ルノワール

どれひとつとっても名品ばかりだ。どこかの美術館で見た覚えがあるなら恐らく当ギャラリーが貸し出したものに違いない。

ただ、上2段目左のセザンヌの<カード遊びをする人々>はオルセー美術館のそれとはカードの枚数やワインボトルの位置、背景など微妙に異なっている。その他にもいくつか類似作品が残されているらしく、果たしてセザンヌの気に入っていた作品はどれでどこに?

また、下左のマネの<草上の昼食>はオルセー美術館にあるものと構図は一緒だが明らかに別物だ。

<草上の昼食 The Luncheon on the Grass(1863)>
Édouard Manet(1832-83)                                              Pablo Picasso(1881-1973)


マネ 

< Never More(1897)>
                                                                                          ゴーギャン Paul Gauguin(1848-1903)
タヒチに対する深い絶望を背景の二人の女性の監視と不吉な鳥とされるワタリガラスで表現しているという。

ゴーギャン

1897年といえばボストン美術館で観たゴーギャンの代表作とされる<われわれはどこからきたのか? われわれはなにものか?われわれはどこへいくのか? D’où venons-nous ? Que sommes-nous ? Où allons-nous ?>の制作年と同じだ。

また、ゴッホの耳切り事件が起きたのは1888年一時期共同生活していたアルルでのことだが耳を切ったのはゴッホ自らではなくゴーギャンだったという説もある。

ギャラリーの玄関口と中の様子は。。。

故ダイアナ妃/メモリアル・ウォーク/グリーンパーク

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United Kingdom Flag

The Diana-Princess of Wales Memorial Walk

ケンジントン宮殿 故ダイアナ妃の足跡がザ・ リッツからバッキンガム宮殿に向かうグリーンパークの中に<メモリアル・ウォーク>として残されている。上の写真は宮殿からピカデリー大通りに出る最短の遊歩道との交差部にメモリアル・ウォークの方向を示したものだ。左がバッキンガム宮殿だ。

ダイアナ妃が健在であった頃ケンジントン宮殿を訪ねたことがある。今宮殿を改装中で近じか中にも入れるようになるらしい。

下の写真は<メモリアル・ガーデン>

メモリアルガーデン

ダイアナ妃が亡くなったのを知ったのはミラノのホテル・プリンチペでだったが、そう月日の経たない頃例の<自由の炎>のあるアルマトンネルに出向いて冥福を祈ったものだ。
その頃は一種の追っかけだったわけだ。

ロンドンオリンピック 2012 に向けて改装中

   depuis  2001

 United Kingdom Flag

ユーロスター終着駅ロンドンオリンピックカウントダウン

トラファルガー広場 カウントダウン

ロンドンオリンピック2012のカウントダウンが始まっています。ユーロスター終着駅 St Pancras station とトラファルガー広場の2011.08の様子です。

ユーロスター終着駅

ユーロスター終着駅の拡張工事が急ピッチで進んでいます。

ピカデリー大通ピカデリー大通りの道路工事の状況ですが至るところ工事中といったところです。

トラファルガー広場

トラファルガー広場に面するナショナルギャラリーも改装中です。

中心部の建物の外装が明るくなり黒ずんだ赤茶色の街のイメージが一掃されつつあります。その分昔のロンドンらしさは失われてきています。あのリージェントストリートの変わりようは一種の寂しささえ。

クロムウェル大通りケンジントン

ダイアナ妃のケンジントンパレスにほど近いケンジントン界隈ですが、France Flag  ニースかカンヌと見間違えるほどロンドンの暗いイメージは払拭されつつあります。

Japan Flag  日本では、なでしこジャパンがロンドンへ向けてがんばる!と盛り上がっているようですね。オリンピックが楽しみです。

ロンドン暴動

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United Kingdom Flag     ロンドンから帰ってきて2日目。久しぶりのロンドンはとてもよかった。清潔感、ジェントルマンな人々・・ みごとな美術館、優雅なアフタヌーンティ。

滞在中にメディアで毎日伝えられた「ロンドン暴動」も、ロンドン市内の観光名所にはたくさんの警官が配置されていて、観光地だけをまわっている分には特に問題がないようだった。

ちらりと行ったカムデンタウンには割れた窓ガラスの店舗もあったが、正直パリでは落書きや窓ガラスの割れたのはほとんど日常茶飯事なので衝撃も少ない。

ただ、一連の暴動で思うのは、ヨーロッパ全体に移民問題、貧富の格差が進んでいて、実際多くの人々のストレスは相当たまっているんだろうということ。

パリよりも明らかにきれいで民度の高さがうかがえるロンドンも、虚構の世界に近いものがあるのかもしれない。

実際にロンドンでみかける人は、イモっぽいな~と思うとフランス人(失礼!)、うわー洗練されている!と思うのはロンドンっ子かお金持ちの旅行者だ。

ただ、ロンドンでみられるイメージがイギリスの全てではないのは当然のことで、富やポジティブなイメージがロンドンに集中しているだけに、実際の生活では格差もパリ以上に激しく、人々のフラストレーションは相当に高まっているものと思われる。

****

数日たってロンドンの暴動も沈静化してきたようだが、これからロンドンオリンピックにむけて不安の種ができたことだけは間違いない。

旅行者にとっては魅力的なロンドン。

パリのようにはなってほしくない気持ちもあるのだが、そんな考え方はもう、時代遅れなのかもしれない。ふぅ。

コートールド・ギャラリー ~ 特別企画展 トゥールーズ・ロートレックとジェーン・アブリル 開催中

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United Kingdom Flag       今回コートールド・ギャラリー(Courtauld Institute of Art))というとことろへ行ってきた。

大英博物館、テート・ギャラリー、ナショナル・ギャラリー・・・大物ばかり行っていて、すっかり行き忘れていた美術館。

これが、とても見ごたえのある美術館だった。

小規模でありながら、印象派画家を中心に有名な作品がぎっしりつまっている。入場料6ポンドだが、この値段でこのコレクションは正直とてもお値打ちもの。

マネ 「フォリー=ベジェールの酒場」
ポール・セザンヌ  「サントヴィクトワール山」
オーギュスト・ルノワール 「La Loge」
ゴッホ 「耳を切った自画像」
ゴヤ、ゴーギャン、ドガ、コロー、ピサロ、モネ・・・

さらに、9月18日までは、「特別企画展 トゥールーズ・ロートレックとジェーン・アブリルを開催中。ロートレックとムーラン・ルージュの踊り子、ジェーン・アブリルの関係に焦点を当て、数々の作品が展示されていた。

シカゴ美術館、MOMA、アルビのトゥールーズ・ロートレック美術館、フランス国立図書館などなどから作品が運び込まれており、ロートレックが好きな人には見ごたえのある展覧会となっていた。ロンドンでもロートレックに出会えないかなーと思っていたら、たまたまめぐり合えた展覧会。これもご縁というものでしょうか、大満足でした。

ヴィクトリア&アルバート博物館 V&A

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United Kingdom Flag

0072   ロンドン初日の午後は、今回の宿の近くにあるヴィクトリア&アルバート博物館へ。

ロンドンは主要な美術館が無料ということで、なんとも気軽に一流の品をみることができる、贅沢な街。

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この博物館にはなんとも0201膨大な数の工芸品が収蔵されている。工芸品やデザインに興味がある人には絶対おすすめの美術館。服飾でもグラフィックでもデザインを勉強したい人はパリよりもロンドン!パリはお菓子とお料理を勉強する人にいいけれど、デザインとか音楽は東京やロンドンよりもずーっと遅れていて、センスがやぼったい。そこが「住む」には人間味があって心地よいのかもしれないけれど。

展示物の見せ方にもセンスが感じられる、おすすめの美術館です。

ユーロスター Eurostar

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France Flag  ⇒  United Kingdom Flag

初めてユーロスターを利用してロンドンへ4泊5日の小旅行を計画した。今まではかなり直前に旅行の予定を立てていたためか、値段的にユーロスターよりも航空券が安いことのほうが多かった。

事前に計画をたてて随分前に予約すれば、値段もお手ごろで、2時間半弱の列車の旅はなんとも快適。

パリ→ロンドンへは、チェックインが30分前までではあるが、入国審査カードの記載などもあるので少し前もっていったほうが安心です。

ユーロスターは一等、二等、特等(主にビジネス客)があるようなのですが、正直タリスなどにくらべて車両が古く快適とはいえないので、少し値段はあがっても早めに予約できる旅であれば一等のほうがお勧めです。値段に含まれている朝食(上)夕食(右)もそれなりに美味です。

それにしても、もうそろそろ車両を新しくしてほしい・・ロンドンオリンピックも近いことですし。

何よりも便利なのは直行でロンドン中心街へつける事。

チェックインもスムーズで時間が有効に使えます。

ロータリーとモニュメント 10  トロカデロと11月11日広場

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トロカデロと11月11日広場 Place du Trocadero et du 11 Novembre のモニュメントは
FOCH の騎馬像だ。

   シャイヨー宮を通して真っすぐエッフェル塔・旧陸軍士官学校・
ジョフリ元帥の騎馬像を向いている。

Pl. du Trocadéro et du 11 Novémbre

FOCH は銘板から推測できるかも知れないが、第一次世界大戦時の西部戦線の仏英連合軍の総司令官であり、また1918年11月11日11時に交わされた休戦協定時のフランス元帥 Mareshal de France であった。

11月11日広場というのは第一次世界大戦の終戦記念広場の意だ。

隣接するパッシー墓地の壁面に <名も無き英雄たち> を称えるレリーフがある。

Pl. du Trocadéro et du 11 Novémbre

またフォッシュは銘板にあるようにイギリスとポーランドの元帥でもあったので、トラファルガー広場の近くにも FOCH の騎馬像がある。8月9日から13日までロンドンに滞在することとしているので今度は写真を撮ってこよう。(ロンドン Rondres の Foch は下に写真)

凱旋門からの Av. Foch は超高級住宅地を貫く広々とした大通りで、スエズ運河を開削したレセップスの大邸宅がブーローニュの森に向かって右側にあったはずだが・・・

よく出張するのでオルセー美術館で見れるとは限らないのだが、<草上の朝食><オランビア>で有名な マネ Manet などが眠るパッシー墓地は広場に接している。上写真のレリーフの擁壁の向こうが墓地だ。市内観光に便利な パリ・ルージュ の発着地点でもある。

セーヌ川をイエナ橋で渡河してブランリィ河岸 Quai Branly から振り返って見たシャイヨー宮である。解像度が悪くて見難いものの中央に FOCH  の騎馬像が・・そこが6本の道路が集まるロータリーだ。

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United Kingdom Flag    ロンドンのFOCH  の騎馬像

ヴィクトリア駅を出て正面の公園の前にある。

リエージュ / Liège

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Belgium Flag

   ベルギーのフランス語圏であるワロン地方の中心都市リエージュの青空市を紹介しよう。

Liège

ムーズ川 ( Meuse ) に沿って延々と続く有名な大規模<青空市>。

左は店の一つで鶏が8.5€。

 右はオランダからのボートで、上の写真では市の前に着岸している。Boat & Bike Tours との記載がある。

Liège

リエージュは中世は司教領の首都で、写真は司教の宮殿(現在は州政庁・裁判所等)。

(注)  ひと月限定。7月初めには消去します。

その間、反響があれば情報を逐次追加することもできます。

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7月9日(土) 6チャンネルで リエージュの新婚さんの朝食 が放映されていました。青空市、駅なども。観光に力を入れているところなので数年先が楽しみです。

JALのオーディオ:クラシック(6月)ではリエージュ出身でパリで成功した作曲家フランクの曲が採りあげられていました。下の写真は新設されたリエージュ駅で駅前広場の整備は進行中。

リエージュ駅

Opéra Bastille (新オペラ座) 白鳥の湖 哀愁

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   オペラ・ガルニエのチケットが取れました。演目は<天井桟敷の人々>です。

7月中旬にその報告はするとして、先にオペラ・バスチーユを紹介しましょう。

写真上は外観、下の左右は内部・観客席、外観の左端に上演中の<白鳥の湖>のディスプレーが見えます。    新オペラ座は外観・内部ともにガルニエとは対照的に現代的な造作になっています。

  Opéra Bastille-1
Opéra Bastille-2Opéra Bastille-3

オペラ上演中は写真を撮る人は見渡したところプロのカメラマン以外皆無でしたが、フィナーレでは撮影オーケーで一斉にシャッターを切っていました。
マナーの良さに感心させられました。

Opera Bastille-4

白鳥の湖 (Le Lac des Cygnes ) で思い出すのは

ヴィヴィアン・リー と ロバート・テイラー主演の映画、<哀愁> でしょう。

ロバートはスコットランド出身の軍人、ヴィヴィアンはバレリーナ。

主題曲はスコットランド民謡別れの曲(過ぎ去った日・Auld Lang Syne)、
バレーは白鳥の湖

映画の原名<Waterloo Bridge>日本名<哀愁>はロマンスものの至宝とされています。

哀愁 白鳥の湖 別れの曲

<過ぎ去った日 >(蛍の光)のメロディをバックに踊る白鳥に扮したビビアン・リー(<哀愁> より)。

愛猫<ホーちゃん>も鑑賞・・・

ROSEバレーを観る

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地下鉄でのテロ事件があって以降ご無沙汰していたロンドンをこの夏4泊5日 で訪れました。

Waterloo Bridge で <哀愁> しましたので写真を2枚載せておきます。橋の上流にビッグベンと国会議事堂、それにロンドン・アイも写っています。 右の緑はエンバンクメントです。

Waterloo Bridge-1

Waterloo Bridge-2

Palais des Beaux Arts de Lille (リール美術館)

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     パリ北駅から TGV でノンストップ一時間、リール (Lille) の町にフランスでルーブル美術館に次ぐ規模だといわれている美術館がある。Palais des Beaux Arts de Lille である。

ユーロスター Eurostar はここから方向を転じてロンドンに向かう。タリス Thalys は直進してブリュッセル・アムステルダム・ケルンへと向かう。

Palais des Beaux Arts de Lille -1

Palais des Beaux Arts de Lille -2

 上が入口、下が全景で入り口は建物の左端にある。一角は大きな広場を挟んで手前にも向き合って類似の建物があり正に宮殿だ。

玄関ホールはいかにも重厚な造りだ。

Palais des beaux-arts de Lille-3

階段部分のステンドグラスも中々綺麗だ。


Palais des beaux-arts de Lille-4

それでは展示作品のいくつかを紹介しよう。

 フランドル地方では何と言ってもブリューゲル。

リールは中世にはフランドル伯の領地であった。

Palais des beaux-arts de Lille-5

スペインの画家 ゴヤ の作品2点。

Palais des beaux-arts de Lille-6

 ビュッフェの作品           ピカソの作品

  ビュッフェの作品は    最近入手したもののようで、 ピカソ と並べて絵画部門の部屋に入る最初の部屋に展示されていた。

当サイトへのアクセス数が多いので写真を三枚追加した。

ロートレックを訪ねて

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      ロートレックを Naucelle に訪ねた。2005年11月のことである。

easy Jet でツールーズまで行き、あとは SNCF を使った。駅からはタクシーか徒歩20~30分なのだが時期外れのためかタクシーがなく駅員に相談したところ、電話をしてくれ迎えに来てくれるという。

Naucelle 駅は小さな田舎駅で、写真左はホームから出口を見たところである。左が Toulouse 右が Rodez  の方向である。

しばらく待っていると齢70代後半と思われる品の良い小柄なお婆さんが来てくれた。この方が Toulouse Lautrec の遠縁にあたる管理人さんであった。

家の案内、ロートレック幼少期の説明などお世話になったが、今もご健在だろうか?

7年近く経ちましたが、今もご健在だそうです。2012.05.25.

   ロートレックが幼少期に過ごした館である。アルビの生家から馬車で行き来していたという。

右の写真中央の出入り口に見える人影がロートレックの遠縁にあたる管理人さんである。

館の玄関口は写真の向こう側で、こちら側は下の写真で窺えるように、傾斜地を利用した広々とした庭園になっている。

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居間の壁に幼少期のロートレックが描いた絵がそのまま残されていた。

馬車と牛と馬だと思われるが才能を感じ取れるだろうか?

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ロートレックの生家のあるアルビ (Albi) はToulouse と Naucelle  の間の町である。

Albi にはMUSSE TOULOUSE LAUTREC (ツールーズ・ロートレック美術館)がある。

 左は駅舎で、手前が旧市街で坂道の多い高台になっている。鉄道右手で、ボルドーで大西洋に注ぐフランスの大河 ガロンヌ川の支流 Le Tarn を渡河する。美術館は徒歩で直ぐだ。

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美術館はBerbie 宮殿の一角 元司教館を改築したものである。

6年前にここを訪れた時には展示作品にこれといったものがなく、ロートレックが初めて手がけたポスターとして有名な AMBASSADEURS aristide BRUANT の畳半畳とか一畳もある習作がただ雑然とと言われても仕方のない状態で展示されていたことしか覚えていない。 きっとまだ整備中だったのだろう。

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 右が Berbie 宮殿。

下は旧市街の東端の古い橋と堰。この落差を利用して中央の建物で製粉が行われていた。閘門も付属している。

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d’Art Moderne の殿堂であるニューヨークの MOMA (The Museum Of Modern Art) に当時のムーラン・ルージュの人気ダンサーであった ラ・グリュー を描いた油絵がある。

「ムーラン・ルージュに入るラ・グリュー」 と呼ばれる油絵で、デフォルメがすばらしい。

Lautrec  MOMA

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それではムーラン・ルージュ ( Le Moulin Rouge ) に行ってみよう。

昔と違って随分今風に改装されてはいるが、暫くいると30年前を徐々に思い出す。薄暗い玄関ホールにロートレックのいた19世紀末から20世紀初頭のポスターや絵が飾られていたような記憶がある。中に入らなくても外見だけでも見てみよう。

左は外観。右は玄関入口。

メトロ2号線 Blanche が最寄駅。ここはモンマルトルの丘をサクレ・クール聖堂まで登って降りてくるプチトランの発着場でもある。

Moulin Louge - 3

入口左の壁に描かれたフレスコ画。左上にキャンパスに向かって絵筆をとるロートレックが描かれている。

映画 「ムーラン・ルージュ」 に これと同じ場面がある。

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2009年11月から12月にかけて東京渋谷の文化村で

<ロートレック・コネクションー愛すべき画家をめぐる物語>と題する美術展がありました。

会場入り口と入場券です。

Reinede Joie par Victor Joze.

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渋谷まで出向いたのは案内広告が入場券でも使われている<快楽の女王>であったからです。

デジタル技術を使用したリトグラフもどきが2万円程度で売られていたのには驚きました。フランス製です。素人目に区別は付きません。複製表示の義務付けもなしだそうです。

Reine de Joie  (1892) は 彩が鮮やかでお気に入りのコレクションの一つです。因みに、Victor Joze はポーランドの作家 Jose Dorbski のペンネームです。1892年の作品です。

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ロンドンの THE  COURTAULD  Gallery で TOULOUSE-LAUTREC AND JANE AVRIL   Beyond the Moulin Rouge と題してロートレック展が開かれていることを知ってロンドンを訪れた。

ギャラリーはサマーセット・ハウスのテームズ川の反対側に入っているがウォータールー橋に沿う川側から入られることをお勧めする。

Summerset House は巨大な建造物で右がテームズ川側を見たところで正面に見える建物が四角に中庭を取り囲んでいる。ギャラリーは手前で入り口正面が写真中央、ロートレックの企画展は左右の進入路から見えるように立て看板が置かれている。

978ムーランルージュを去るジェーンアヴリル

上の油絵は是非見てみたいと思っていた作品

<ムーランルージュを出るジェーンアヴリル> です。

ニューヨークの MOMA 美術館 からは3点の出展があったがそのうちの一点は既に紹介した作品

<ムーラン・ルージュに入るラ・グリュー>でした。

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ギャラリー・イグレックに展示中の2011/ロートレック展のポスター

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2012.08.10 オランダ・アムステルダムのゴッホ美術館を訪れた。3度目の訪問だ。

ゴッホ美術館のロートレック/アムステルダム

1886年にアントウェルペンからパリに出たゴッホは1887年11月にロートレックらと共同展を開いている。また同年、ロートレックはゴッホの肖像画を描いている。ゴッホ34歳、ロートレック23歳。

ゴッホ美術館はツールーズ・ロートレックの油絵(写真下/上はナショナル・ギャラリー所蔵))のほか、1300点近くのリトグラフを所蔵している。

数多くの所蔵コレクションの中から100点を選んで9月15日まで 特別企画展 Beauty in abundance を開催中であったので訪れることにした(14€)。

ギャラリー・イグレック所蔵の2作品も展示されていた。

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改装なったオルセー美術館にロートレックを見に行った。

写真撮影がフラッシュなしでも禁止となったようだ。が、携帯で撮っている人は少なくない。

美術館ビジネスは日本程ではないにせよ世界中に蔓延している。有名どころはどこも人であふれていて昔のようにゆっくり見とれているというわけにはいかない。

学生や絵心のある人が模写している風景もあまり見かけなくなった。

メインの大作を二枚。                     2012.08.05.

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La revue blanche / Misia Sert / Toulouse-Lautrec

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ミシア・セール Misia Sert (1872-1950) はピアニストであり、多数の画家や詩人の助言者 Égérie であり、20世紀初頭のミュージシャンだったとされ、パリの女王 Reine de Paris と呼ばれた。

19世紀末から20世紀初頭のパリの美術・文芸活動をリードした(1880-1903)文芸誌 La revue blanche の創業者の一人タデウシュナタンソン Thadée Natanson (1868-1951) の妻だった。

Toulouse-Lautrec (1864-1901) の< La revue blanche (1895)> は、この文芸誌のためのポスター(リトグラフ)を彼女をモデルにして描いたものだ。

ココ・シャネル Coco Chanel (1883-1971)が唯一信頼した女性とかでも大変有名なその時代のミューズだそうです。

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エーゲリア Égérie (ミューズ)はローマ神話の泉のニンフ(女神)で、女性の助言者を比喩する。ミューズはギリシャ神話の音楽・文芸の女神。

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