フェルメールの展示/アムステルダム国立美術館

   depuis  2001

Netherlands Flag

アムステルダム国立美術館は4点のフェルメール Johannes Vermeer (1632-75) を所蔵しているが、写真はその展示の様子。

左から<小路><牛乳を注ぐ女><青衣の女>、写っていないがその右に<恋文>(写真下)。何気に展示されているのが良い。

フェルメール/アムステルダム国立美術館

<恋文>

フェルメール/恋文

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Roue de Paris

   depuis  2001

ノエルの一環でパリの観覧車は、今、コンコルド広場にある。
Roue de Paris パリの歯車(車輪)とある。

ロンドンでは目に見え、パリでは車輪に見える。
アントワーペンではダイヤモンドに見えるらしい。

右側が凱旋門で左がチュイルリー公園。
左に見える馬の彫像は アントワーヌ·コワズヴォ Antoine Coysevox  (1640 – 1720) 作の<ペガサスに乗るメルキュール  Mercure monté sur Pégase (1699 – 1702) >。

Roue de Paris

Morocco Flag Maroc

モロッコのマラケシュ Marrakech の博物館で、
観覧車はアラブに起源を有するという説明を目にした。写真がそれ: 伝統のブランコ balançoires traditionnelles : で、この実物が展示されていた。

何よりも水が貴重な国の伝統のスパ(スーペリア)での4連泊は王侯貴族の気分を味わえて最高だった。お風呂も。モロッコの公用語はフランス語。フナ広場でその後乱射事件があった。

なお、カフェ/アン・キャンズでプリンに使用しているグラスはマラケッシュのもの。

1083

パリで 絵が明るくなった ゴッホ/ゴッホ美術館

   depuis  2001

Netherlands Flag

故国オランダとベルギー・アントウェルペン時代の一貫して暗いゴッホ Vincent van Gogh (1853-90)の絵は1886年にパリ・モンマルトルに移って以降一転して明るくなった。

写真の上段は代表作のひとつ、<ジャガイモを食べる人々>(1885)でオランダ時代、

下段二枚はモンマルトルの風車を描いたフランス・パリ時代の作品(1887)。

ゴッホ/ジャガイモを食べる人々

ゴッホ/モンマルトルの風車ゴッホ/モンマルトルの風車

United Kingdom Flag

The Blute-Fin Windmill,Montmartre (1886)

 

パリに移り住んだ1886年にモンマルトルの風車を描いた<The Blute-Fin Windmill,Montmartre (1886)>がグラスゴーの<Kelvingrove Art Gallery and Museum>にあった。

2013.08.02.

 

 

 

 

フランスの国旗  日本の国旗

Moulins et jardins à Montmartre (1886)

 

パリの「オランジュリー美術館」で開かれていた「ブリヂストン美術館の名品−石橋財団コレクション展」で、同時期の作品<モンマルトルにて風車と公園 Moulins et jardins à Montmartre (1886)>の展示があった。

2017.08.06.

 

ゴッホ美術館のロートレック/アムステルダム

   depuis  2001

1886年にアントウェルペンからパリに出たゴッホは1887年11月にロートレックらと共同展を開いている。また同年、ロートレックはゴッホの肖像画を描いている。ゴッホ34歳、ロートレック23歳。

ゴッホ美術館はツールーズ・ロートレックの油絵 (写真 上段:ガブリエルの肖像 Gabrielle はナショナル・ギャラリーの所蔵) のほか、1300点近くのリトグラフを所蔵している。

数多くの所蔵コレクションの中から100点を選んで9月15日まで 特別企画展 Beauty in abundance を開催中であったので訪れることにした(14€)。

ギャラリー・イグレック所蔵の2作品も展示されていた。

Toulouse-LautrecToulouse-Lautrec

アンリ4世とルーベンス/ルーベンスの家/アントウェルペン Anvers

   depuis  2001

Belgium Flag

 ルーベンスはゴッホ等とは違って生前からの人気画家で当時の豪邸 (廃墟同然になっていた) が修復されて<ルーベンスの家>として公開されている。

写真は1590年3月のイヴリーの戦い ( イヴリーは、ノルマンディー地方のウール川沿いの小都市 ) で、カトリックの推すマリエンヌ公を破ったフランス王アンリ4世を描いた4点セットのうちの一枚だ。

アンリ4世の騎乗する白馬の他は未完と思われる。

同様の戦いの場面を描いた絵は、フィレンツェのウッフィツィ美術館にも所蔵されている。

ナント勅令でユグノー戦争に終止符を打つのは1598年のことだ。

アンリ4世/イヴリーの戦い

コートールド と オルセー/セザンヌ と マネ

   depuis  2001

United Kingdom Flag  昨年 ロンドンのコートールド・ギャラリーに行った折に出会った                                                                                <セザンヌのカード遊びをする人々> と <マネの草上の昼食> ( いずれも写真の上 ) と

France Flag  オルセー美術館のそれら ( 写真の下 ) との対比。

セザンヌ

セザンヌ2

マネマネ2

オルセー美術館は改装が終わって、作品群が本来の位置に戻ってきたように思われた。

ゴーギャンを訪ねる・・・Pont-Aven

今となっては3年前のことになるが、ゴーギャン Paul Gauguin の足跡を求めてポン・タヴァン  Pont-Aven を訪ねた。ポン・タヴァンはブルターニュ地方Burtagne の小都市であるが彼が画家として制作の拠点としたところだ。フランスの西北端の大西洋に近いカンペール Quimper からバスで1時間余りを要した。カンペールは<カンペール焼>の本場として知られている町だ。地図で位置関係を案内板で彼の

画歴を見てみると・・・

1886年に本格的に画家としてPont-Aven で偉大な一歩を踏み出して1903年に亡くなるまでの経過が記されている。

ここに拠点を置いていたのは1894年までであったこと、1888年のゴッホとの共同生活と耳切り事件、1891年のタヒチ Tahiti への渡航、1901年の再渡航などが読み取れよう。

上の写真は村の中心地でポール・ゴーギャン広場 Pl.P.Gauguin 手前がラヴァン川 L’Aven 。突き当りを右に入ったところが村役場と美術館。

下写真に見る L’Aven 川の右側に街道が走っている。下方向が下流で南下して大西洋に注ぐ美しい小河川だ。

   depuis  2001

* * *

  Netherlands Flag

2か月で破綻したアルルArles でのフィンセント・ファン・ゴッホとの共同生活の間にゴーギャンが描いた有名な<ひまわりを描くフィンセント・ファン・ゴッホ>はアムステルダムのゴッホ美術館にある。他の絵画作品と違ってこの絵はガラスケースの中に立てかけた状態で展示されている。

2012.08.10.

コートールド・ギャラリー Courtauld Gallery

   depuis  2001

 United Kingdom Flag

<耳を切り落としたゴッホの自画像 Self-Portrait with Bandaged Ear (1889)>
                                                                                                 Vincent van Gogh (1853-90)
背景には富士山と遊女の絵が見え日本の浮世絵に関心が深かったことが伺える。

Paul Cézanne(1839-1906)

セザンヌ

<カード遊びをする人々 The Card Players(1892-95)>
                                                                                                              Paul Cézanne(1839-1906)

セザンヌ

 <フォリー=ベルジェールのバー Le bar aux Folies-Bergère(1881-82)>
                                             Édouard Manet(1832-83)

マネ

<桟敷 The Theater Box(1874)>

Amedeo Modigliani(1884-1920)          Pierre-Auguste Renoir(1841-1919)

モジリアニ

ルノワール

どれひとつとっても名品ばかりだ。どこかの美術館で見た覚えがあるなら恐らく当ギャラリーが貸し出したものに違いない。

ただ、上2段目左のセザンヌの<カード遊びをする人々>はオルセー美術館のそれとはカードの枚数やワインボトルの位置、背景など微妙に異なっている。その他にもいくつか類似作品が残されているらしく、果たしてセザンヌの気に入っていた作品はどれでどこに?

また、下左のマネの<草上の昼食>はオルセー美術館にあるものと構図は一緒だが明らかに別物だ。

<草上の昼食 The Luncheon on the Grass(1863)>
Édouard Manet(1832-83)                                              Pablo Picasso(1881-1973)


マネ 

< Never More(1897)>
                                                                                          ゴーギャン Paul Gauguin(1848-1903)
タヒチに対する深い絶望を背景の二人の女性の監視と不吉な鳥とされるワタリガラスで表現しているという。

ゴーギャン

1897年といえばボストン美術館で観たゴーギャンの代表作とされる<われわれはどこからきたのか? われわれはなにものか?われわれはどこへいくのか? D’où venons-nous ? Que sommes-nous ? Où allons-nous ?>の制作年と同じだ。

また、ゴッホの耳切り事件が起きたのは1888年一時期共同生活していたアルルでのことだが耳を切ったのはゴッホ自らではなくゴーギャンだったという説もある。

ギャラリーの玄関口と中の様子は。。。