アミアンのアール・ヌーボー/ジュール・ヴェルヌの家

   depuis  2001

SF小説の元祖といわれている<海底二万里 Vingt mille lieues sous les mers >の作者ジュール・ヴェルヌ Jules Verne (1828-1905) は晩年を市会議員としてパリの北方ピカルディー地方の首府アミアン Amiens で過ごしたが、その屋敷はアール・ヌーボー様式で、現在でもその面影が残っている。
今は退役している世界初のアメリカの原子力潜水艦ノーチラスは誰でも知っているが、そもそもノーチラスはナポレオンが1800年に設計を命じた潜水艦の名で、海底二万里 (1870) でもその名が使われている。
海底二万里は潜水艦ノーチラスに乗船した主人公の海洋生物学者の海底冒険小説でアトランティス大陸等も登場する。

 

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人気の15ユーロ/アミアン Amiens

   depuis  2001

アミアン大聖堂横手のソンヌ川沿いのレストラン街の一軒でのサラダ。
多数の人が注文していたのでつられてみることにした。

スカンピ、ガンバ、サンジャックにイチゴ、スイカ、ドライトマト、ブラッドオレンジ、パイナップルとベビーリーフにメールアリコ。
中央凹の大皿からこぼれんばかりの盛り付け、食べても食べてもまだまだ。。(北海道を思い出してしまった。) 。

Belgium Flag  ベルギー Belge の Affligem の生ビールの大ジョッキも美味しかった。

United States Flag  この日の夜半にはハワイのスコールを思わせる雷雨があった。パリを含むフランスの広域で雷雨があったようだ。

2012.07.27.

美しい絵ガラスの聖母/シャルトル大聖堂

   depuis  2001

Cathédrale Notre-Dame de Chartres

シャルトル大聖堂 Cathédrale Notre-Dame de Chartres は聖母マリア信仰の拠点であることはもとより、ステンドグラスの美しさで世界に知られている。とりわけシャルトル・ブルーは有名だ。

25年ほど前になるが、パリ駐在の友人に「大聖堂を見るならシャルトルですよ。」と車で案内してもらったことがある。今回 「ツール・ド・フランス 2012 」の観戦に出かけて、久しぶりに見たシャルトルの街も大聖堂もその時の記憶とはしっくりこなかった。

恐らくノートルダム寺院を含むパリの街並みも、フランスの各都市もその間に格段に美化されてきたことと大聖堂が昔のままで時間だけが経過したということによるのだろう。

<美しい絵ガラスの聖母 Notre-Dame de la Belle Verrière >と呼ばれるステンドグラスは1194年の火事を生き抜いたもの。

赤い部分がそれで、周囲の天使は火災後復元して付け加えられた。

<ナント勅令>のアンリ4世はユグノー (プロテスタント) から カソリック への改宗絡みでランス大聖堂での戴冠式を行えず、シャルトル大聖堂での戴冠となった。

ピカルディー美術館/アミアン

   depuis  2001

アミアン Amiens はパリの北方ピカルディー地方の首府だ。ソンム川 Somme 氾濫原の湿地帯を活用した野菜の栽培地、水上庭園やアミアン大聖堂で名高い。

<ピカルディー美術館 Musée de Picardie> はあいにく模様替え中で全館を見ることはできなかった。

Eustoma grandiflorum/トルコキキョウ 

   depuis  2001

ヴァンセンヌの日曜日の朝市でトルコキキョウ Eustoma ( Lisianthus) の花を買いました。9€ でした。

原産地はUnited States Flag Mexico Flag 品種改良はJapan Flag

France Flag 27日から1泊2日でパリ北方の町 アミアン Amiens に小旅行してきます。

United Kingdom Flag ロンドンオリンピックの開会式はホテルのテレヴィジョンで22時から観ることになります。

2012.07.27.    07:30   /  Vincennes

2012.07.27.  22:46    / Amiens

リモージュ焼 La porcelaine de Limoges

   depuis  2001

リモージュ Limoges はリモージュ焼で知られるフランス中部の都市で、画家のルノワールや我が Rose の出身地だ。Musée national Adrien Dubouché  に入れば、リモージュ焼の歴史や絵付けを見ることができる。
磁器 porcelaine の原材料であるカオリンの鉱床をリモージュの近郊で1768年に発見。1771年にアルトワ伯が工場を稼働させて磁器の生産が始まった。1784年にセーブル王室工場 (セーブル焼) に買いとられて以降デザイン等の洗練が進むことになる。

Musée national Adrien Dubouché

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Spain Flag  スペインの<サンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼の道>の一つが通っているので、その道筋を示すサンジャックの埋め込みを町のそこかしこで見ることができる (写真下) 。

photographie d'une coquille Saint-Jacques en cuivre insérée dans les pavés d'une rue de Limoges et marquant le passage de la Via Lemovicensis menant à Saint-Jacques de Compostelle

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古い町並みの残る Cour du Temple (写真左) 、聖シュテファン/サン=テティエンヌ大聖堂 St-Etienne cathedral (写真下) 等が見どころ。

1737年設立で今はベルナルド Bernardaud の傘下にあるロワイヤル・リモージュ ancienne manufacture ROYALE de Limoges のポットを購入した (写真下) 。

金色の擬宝珠と足、伝統文様がお気に入りの磁器(クラシック)だ。

ヤグルマギクと真珠でデザインした<マリー・アントワネット>シリーズの一つ。

Denmark Flag
中に入っているのはロイヤル・コペンハーゲンの<フィギュリン>で、コペンハーゲンに小旅行した時に古物商の店で買ったものの一つ。
デンマークではリモージュに遅れること2年、1773年から磁器の生産が始まった。

巡礼の街 ルルド Lourdes / 奇跡の水

   depuis  2001

ピレネー山脈のフランス側の麓の町 ルルド Lourdes は巡礼の街だ。
1858年に<聖母マリアが出現>して以来、奇跡の水が信仰をよんでいる。
マッサビエルの洞窟 (写真) から湧き出る<ルルドの泉>がそれだ。

ルルドの泉の水は写真の左手に多数の蛇口が用意されていてそこで頂けるようになっている。

マッサビエルの洞窟

聖母マリアが現れた場所に建てられた大聖堂 Basilique Notre Dame du Rosaiの長い階段を昇ったところにある入口前テラスから見たルルドの街。
右の丘の上に見えるルルド城 Château fort de Lourdes はローマ時代に起源をもつ要塞で、
夜にはライトアップされてさながら Czech Republic Flag チェコのプラハ城の趣だ。
Slovakia Flag プラハ城を訪れたのは未だチェコ・スロバキアの時代だ。

Korea, Republic of Flag 余談だが、韓国ドラマで最も気に入っているのが<プラハの恋人>だ。

Basilique Notre Dame du Rosaire

アクセスはフランス南西部の中心都市で、エアバス本社のある トゥールーズ から列車。空港もある。ボルドーからも列車で。

2006.08

ブルトン美術館/ Musée Departemental Breton /keltia

   depuis  2001

ケルト文化が色濃く残るブッターニュの (カンペール焼で名の通る) カンペール Quimper に
ブルトン美術館 Musée Departemental Breton がある。ケルト文化の出土品やケルト (ブルトン) の民族衣装等が展示されている。
カンペールへは、パリ・モンパルナス駅から TGV で直行できる。

Musée Departemental Breton

中庭に何気にある彫像はケルトのデザインだ。

美術館内に過去の企画展のポスターがあったので紹介する。
ケルト celt の民族衣装がきれい。コーンウォール cornouaille の職人達  をテーマにしたもの (1997-98) もある (2段目の右から2枚目) 。

Musée Departemental Breton

右の写真はお土産で買ったブッターニュならではのウイスキー・フラスコ
keltia (ブルトン語:ケルト) とあって、その下に6本の国旗とケルトの文様が配されている。
上段左から右へ、スコットランド、アイルランド、ブッターニュ、下段同、ウェールズ、マン、コーンウォールのケルト6国だ。
ブッターニュの旗は現在、地域圏 Région Bretagne の旗として使われている。
その下はケルトの代表的な伝統文様の一つ。
ブッターニュは長らくイギリスの影響下にあり、はっきりフランス領となったのはフランス革命後のことだ。

中世の街並み/アルザスのコルマール Colmar

   depuis  2001

コルマールは中世からルネッサンス期の街並みが保存されている町として知られる。神聖ローマ帝国時代の自由都市として発展。仏独の領土争いが繰り返されてきたアルザス地方の街。

写真は プチ・ヴェニス Petite Venise  と呼ばれる水郷。

自由の女神の彫刻家フレデリク・バルトルディはコルマールの出身。

Colmar

2007.08

カンペール焼 / Faiences de Quimper を追補しました。御覧ください。

ストラスブール と ケール/Strasbourg – Kehr

   depuis  2001

France Flag 2007年6月に TGV がパリ・エストからストラスブールまでの運行を開始した。

ストラスブールは仏独が歴史的に領土争いを繰り返してきたライン川沿いの都市で、フランス最大の河川港 (日本では過っての淀川の伏見港) を持ち交通の要衝として栄えてきた水郷都市だ。EU の欧州議会などが置かれていてブラッセルと並ぶEU 都市でもある。

Strasbourg

090

天文時計が見落とせないストラスブール・ノートルダム大聖堂は
ロマネスク様式とゴシック様式混淆で必見。

Germany Flag ライン川を渡るとドイツの街ケールだ。ストラスブールのサテライトとしてフランス領であったこともあって、今も市民の往来が活発だ。

2007年の8月にはまだパスポートが必要であったが、ケール行きのバスはチェックなしだった (運転手にちょっと脅かされはしたが) 。
ドイツの方が物価が安いとあって、市民はケールに買い物に行くのだそうだ。

ケールでは丁度骨董市だったので記念に皿を手に入れた。

左の写真はケールの街中のモニュメント。

1870-1871とあるのはビスマルクのプロイセンがナポレオン3世のフランスを破った普仏戦争のこと。
ケールの属すバーデンがプロイセンと連合して勝利した記念碑。

この戦争を境にフランス第3共和制、統一ドイツ帝国の誕生となる。

2007.08

遥々 ボルドー/Bordeaux から         ギャラリー・イグレック の花々 65 ナスビ

  depuis  2001

ボルドーのアンティケで手に入れた茄子 aubergine 柄の花器。

フランスのナスは大振りですのでデザインとして自然な発想に思えます。

今では、ギャラリー・イグレックの床の間/違い棚にすっかり馴染んで
来客の目を楽しませています。

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ナンシー派美術館 / 世界遺産・スタニスラス広場

   depuis  2001
アール・ヌーボーでもナンシー派と呼ばれるその総師<エミール・ガレ Charles Martin Émile Gallé >作のランプやベッド等を展示しているナンシー派美術館 Musée de l’École de Nancy を訪れたのは2005年8月のことだ。

美術館はパトロンの邸宅をそのまま利用しているので大きな家具を展示するには少々狭苦しい印象だった。

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鉄鉱石と石炭を巡って第一次・第二次大戦における仏・独の領土争いの地として世界史に登場するアルザス・ロレーヌ地方のロレーヌは843年以来の歴史を持つロレーヌ公の領地でその首都はナンシーだった。
ナンシーの中心であるスタニスラス広場 Place Stanislas はロココ Rococo 様式の建物・凱旋門・ゲートが並ぶ壮麗な大広場で中央にスタニスラスの立像がある。
1737年から1766年の間、ロレーヌ公であったスタニスラス Stanislas (娘はルイ15世の王妃) が国王ルイ15世を称えて国王広場 Place Royal として建造させたもの (1755年完成) で世界遺産に登録されている。

訪れた2005年は丁度広場建造250周年にあたっていたので建築物を含め広場全体の化粧直しがされていて素晴らしい状態だった。
アール・ヌーボーやロココ様式の建物が市内各所に観られるしまた訪ねてみたい街だ。
パリ東駅から Nancy Ville までTGV 直行列車で1時間半強。

カンペール焼 / Faiences de Quimper

   depuis  2001

 カンペール Quimper はフランスの西端ブルターニュ地方 Breton のフィニスティール県の県庁所在地で、カンペール焼で有名だ。見た目よりずいぶん高価に思われるのだが、どの家庭でも一つは持っているに違いない人気の陶器だ。

カンペール焼の窯元は1690年創業の現存するフランス最古の企業とされる。
上写真に1690・1990の文字が見える。300周年を記念した陶板なのだろう。

アンリオ・カンペール社の陶器はすべてブルターニュの民族衣装や草花をデザインとした手書きで絵付け職人のサインがされている。

流石本場とあって旧市街を案内するプチ・トラムの車体も写真のようにカンペール焼なのだ。

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我が家のコレクションを紹介しておこう。

<アンリオ Henriot で、1922年から1968年の間使用していたサイン/ HENROIT QUIMPER >があるが、今のところ何年の作品かは不明。。

カンペール焼き-1カンペール焼き-2

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1819年に聴診器を発明したルネ・ラエンネック René Laennec はカンペールの出身で立派な座像がある。
彼はブルトン人の著名人。カナダの探検家、ジャック・カルチエもブルトン人。パリのカナダ広場に彼の胸像がある。
ブッターニュはスコットランド、アイルランド、ウェールズなどとともに、ケルト文化の地。

背景の樹木はタイサンボク (泰山木) Magnolia à grandes fleursで、街路樹として使用されている。ナントでも駅前などで見られるが、珍しい例には違いないと思う。
タイサンボクは植物学者でもあったローランド·ミッシェル・Barrin提督によって、ナントに持ち込まれた (1711) 。

ゴーギャンを訪ねる・・・Pont-Aven

今となっては3年前のことになるが、ゴーギャン Paul Gauguin の足跡を求めてポン・タヴァン  Pont-Aven を訪ねた。
ポン・タヴァンはブルターニュ地方Burtagne の小都市であるが彼が画家として制作の拠点としたところだ。フランスの西北端の大西洋に近いカンペール Quimper からバスで1時間余りを要した。カンペールは<カンペール焼>の本場として知られている町だ。地図で位置関係を案内板で彼の画歴を見てみると・・・

1886年に本格的に画家として Pont-Aven で偉大な一歩を踏み出して1903年に亡くなるまでの経過が記されている。
ここに拠点を置いていたのは1894年までであったこと、1888年のゴッホとの共同生活と耳切り事件、1891年のタヒチ Tahiti への渡航、1901年の再渡航などが読み取れよう。

上の写真は村の中心地でポール・ゴーギャン広場 Place Paul Gauguin 、手前がラヴァン川 L’Aven 。突き当りを右に入ったところが村役場と美術館。

左写真に見る L’Aven 川の右側に街道が走っている。下方向が下流で南下して大西洋に注ぐ美しい小河川だ。

   depuis  2001

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  Netherlands Flag 2か月で破綻したアルルArles でのフィンセント・ファン・ゴッホとの共同生活の間にゴーギャンが描いた有名な<ひまわりを描くフィンセント・ファン・ゴッホ>はアムステルダムのゴッホ美術館にある。他の絵画作品と違ってこの絵はガラスケースの中に立てかけた状態で展示されている。

2012.08.10.

ランスの夜……幽玄のランス大聖堂

   depuis  2001

フランク王国の流れから816年のルイ1世に始まりジャンヌ・ダルクのシャルル7世、太陽王ルイ14世、ギロチンのルイ16世など1825年のシャルル10世に至るまで25人のフランス王の戴冠式はランス大聖堂 Cathédrale Notre-Dame de Reims で行われた。

ランス大聖堂

第一次世界大戦でランスの市街地はドイツ軍により徹底的に破壊されたが大聖堂も例外ではなかった。定礎以来800年に当たるこの5月6日その修復作業がやっと終了の運びとなった。

 

それでは先ず1976年設置のシャガールのステンドグラスを見てみよう。

上の写真では<2011 / 大聖堂 800周年記念>の立て看板の左に見えている。

626

上は案内板。

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Cathédral Notre-Dame de Reims

昼間の大聖堂のフォアサイド

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜11時から大聖堂は光の芸術のスクリーンとなる。

2段目左が <微笑む天使> 像。

下段右写真は聖堂正面中央ですが、ここに<微笑みの天使>が。。
探してみて。。。。。。

Musée Beaux-Arts de Reims

   depuis  2001

ランス Reims は今観光に力を入れている。大聖堂の修復、アールデコを中心とした街並みの美化、トラムの運行を始め芸術文化にも注力しているようだ。およそ10年ぶりの訪問とあってあまりの変わりように驚くばかりであった。

 

ランス美術館も当時あったのかどうか、訪れた記憶はない。ところが今や Foujita や コロー Camille Corot  を始め充実した美術館の呈をなしている。

 

フジタの作品はエソンヌ県の Musée Foujita からの借り物とはいえ1階左翼の大広間を占有している。
コローの作品は風景画が主だが1階右翼に多数陳列されている。
見落としがちなのがルノワール Renoir が描いた最も小さな少女像といわれる作品とミレー Milett の描いたドラクロワの肖像画だ。

館内は写真撮影が絵画を傷めるとかで禁止。今時と思うがそこがランスらしい。
Foujita の作品は別稿<Musée Foujita     藤田嗣治の足跡を追う>を参照のこと。

Palais des Beaux Arts de Lille (リール美術館)

   depuis  2001

パリ北駅から TGV でノンストップ一時間、リール (Lille) の町にフランスでルーブル美術館に次ぐ規模だといわれている美術館がある。Palais des Beaux Arts de Lille である。

ユーロスター Eurostar はここから方向を転じてロンドンに向かう。タリス Thalys は直進してブリュッセル・アムステルダム・ケルンへと向かう。

Palais des Beaux Arts de Lille -1

Palais des Beaux Arts de Lille -2

 上が入口、下が全景で入り口は建物の左端にある。一角は大きな広場を挟んで手前にも向き合って類似の建物があり正に宮殿だ。

玄関ホールはいかにも重厚な造りだ。

Palais des beaux-arts de Lille-3

階段部分のステンドグラスも中々綺麗だ。


Palais des beaux-arts de Lille-4

それでは展示作品のいくつかを紹介しよう。
フランドル地方では何と言ってもブリューゲル。
リールは中世にはフランドル伯の領地であった。

Palais des beaux-arts de Lille-5

スペインの画家 ゴヤ の作品2点。

Palais des beaux-arts de Lille-6

 ビュッフェの作品           ピカソの作品

ビュッフェの作品は    最近入手したもののようで、ピカソの<毛皮の襟を着けたオルガ Olga au col de fourrure (1923) >と並べて絵画部門の部屋に入る最初の部屋に展示されていた。

当サイトへのアクセス数が多いので写真を三枚追加した。

ロートレックを訪ねて

   depuis  2001

ロートレックを Naucelle に訪ねた。2005年11月のことである。
easy Jet でツールーズまで行き、あとは SNCF を使った。駅からはタクシーか徒歩20~30分なのだが時期外れのためかタクシーがなく駅員に相談したところ、電話をしてくれ迎えに来てくれるという。

Naucelle 駅は小さな田舎駅で、写真左はホームから出口を見たところである。左が Toulouse 右が Rodez  の方向である。
しばらく待っていると齢70代後半と思われる品の良い小柄なお婆さんが来てくれた。この方が Toulouse Lautrec の遠縁にあたる管理人さんであった。

家の案内、ロートレック幼少期の説明などお世話になったが、今もご健在だろうか?
7年近く経ちましたが、今もご健在だそうです。2012.05.25.

ロートレックが幼少期に過ごした館である。アルビの生家から馬車で行き来していたという。

右の写真中央の出入り口に見える人影がロートレックの遠縁にあたる管理人さんである。

館の玄関口は写真の向こう側で、こちら側は下の写真で窺えるように、傾斜地を利用した広々とした庭園になっている。

 

 

居間の壁に幼少期のロートレックが描いた絵がそのまま残されていた。

馬車と牛と馬だと思われるが才能を感じ取れるだろうか?

ロートレックの生家のあるアルビ (Albi) はToulouse と Naucelle  の間の町である。
Albi にはMUSSE TOULOUSE LAUTREC ( ツールーズ・ロートレック美術館) がある。

 

 

 

 

 

左は駅舎で、手前が旧市街で坂道の多い高台になっている。鉄道右手で、ボルドーで大西洋に注ぐフランスの大河 ガロンヌ川の支流 Le Tarn を渡河する。美術館は徒歩で直ぐだ。

美術館はBerbie 宮殿の一角 元司教館を改築したものである。

6年前にここを訪れた時には展示作品にこれといったものがなく、ロートレックが初めて手がけたポスターとして有名な AMBASSADEURS aristide BRUANT の畳半畳とか一畳もある習作がただ雑然とと言われても仕方のない状態で展示されていたことしか覚えていない。 きっとまだ整備中だったのだろう。

 

 

左が美術館入り口。
窓にロートレックのロゴ HTL が見える。

 

 

 

 

 

右が Berbie 宮殿をタルン川 Le Tarn の対岸から見たところ。

 

 

 

左は旧市街の東端の古い橋と堰。
この落差を利用して中央の建物で製粉が行われていた。閘門も付属している。
宮殿側から見たところ。

 

 

 

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d’Art Moderne の殿堂であるニューヨークの MOMA (The Museum Of Modern Art) に当時のムーラン・ルージュの人気ダンサーであった ラ・グリュー を描いた油絵がある。
「ムーラン・ルージュに入るラ・グリュー La Goulue arriving at the Moulin Rouge (1892) 」と呼ばれる油絵で、デフォルメがすばらしい。

Lautrec  MOMA

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それではムーラン・ルージュ ( Le Moulin Rouge ) に行ってみよう。

昔と違って随分今風に改装されてはいるが、暫くいると30年前を徐々に思い出す。薄暗い玄関ホールにロートレックのいた19世紀末から20世紀初頭のポスターや絵が飾られていたような記憶がある。中に入らなくても外見だけでも見てみよう。

左は外観。右は玄関入口。
メトロ2号線 Blanche が最寄駅。ここはモンマルトルの丘をサクレ・クール聖堂まで登って降りてくるプチトランの発着場でもある。

Moulin Louge - 3

入口左の壁に描かれたフレスコ画。左上にキャンパスに向かって絵筆をとるロートレックが描かれている。
映画 「ムーラン・ルージュ」 に これと同じ場面がある。

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2009年11月から12月にかけて東京渋谷の文化村で
<ロートレック・コネクションー愛すべき画家をめぐる物語>と題する美術展がありました。

会場入り口と入場券です。

Reinede Joie par Victor Joze

 

 

渋谷まで出向いたのは案内広告が入場券でも使われている<快楽の女王>であったからです。

デジタル技術を使用したリトグラフもどきが2万円程度で売られていたのには驚きました。フランス製です。素人目に区別は付きません。複製表示の義務付けもなしだそうです。

Reine de Joie (1892) は 彩が鮮やかでお気に入りのコレクションの一つです。因みに、Victor Joze はポーランドの作家  Jose Dorbski のペンネームです。1892年の作品です。

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ロンドンの THE  COURTAULD  Gallery で<TOULOUSE-LAUTREC AND JANE AVRIL   Beyond the Moulin Rouge> と題してロートレック展が開かれていることを知ってロンドンを訪れた。

ギャラリーはサマーセット・ハウスのテームズ川の反対側に入っているがウォータールー橋に沿う川側から入られることをお勧めする。

Summerset House は巨大な建造物で上右がテームズ川側を見たところで正面に見える建物が四角に中庭を取り囲んでいる。ギャラリーは手前で入り口正面が写真上左、ロートレックの企画展は左右の進入路から見えるように立て看板が置かれている。
クラーク美術館 Clark Art Institute が持つ<Jane Avril (1892)>が展示、ポスターに使用されている。

978ムーランルージュを去るジェーンアヴリル

上の油絵は是非見てみたいと思っていた作品、Wadsworth Atheneum 所蔵の<ムーランルージュを出るジェーンアヴリル Jane Avril Leaving the Moulin Rouge (1892)> です。

ニューヨークの MOMA 美術館 からは3点の出展があったがそのうちの一点は既に紹介した作品<ムーラン・ルージュに入るラ・グリュー>でした。

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ギャラリー・イグレックに展示中の2011 / ロートレック展のポスター

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2012.08.10 オランダ・アムステルダムのゴッホ美術館を訪れた。3度目の訪問だ。

ゴッホ美術館のロートレック/アムステルダム

1886年にアントウェルペンからパリに出たゴッホは1887年11月にロートレックらと共同展を開いている。また同年、ロートレックはゴッホの肖像画を描いている。ゴッホ34歳、ロートレック23歳。

ゴッホ美術館はツールーズ・ロートレックの油絵 <白粉を置いたカフェのテーブルに肘をついた女 Poudre de riz (1887) >(ゴッホがパリジャンを典型的に捉えたイラストと評価して、テオが購入した) のほか、1300点近くのリトグラフを所蔵している。
数多くの所蔵コレクションの中から100点を選んで 9月15日まで 特別企画展 Beauty in abundance を開催中であったので訪れることにした (14€) 。

ナショナル・ギャラリー所蔵作品<ガブリエルの肖像 (1891) >の展示もあった。

ギャラリー・イグレック所蔵の2作品も展示されていた。

 

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改装なったオルセー美術館にロートレックを見に行った。
写真撮影がフラッシュなしでも禁止となったようだ。が、携帯で撮っている人は少なくない。美術館ビジネスは日本程ではないにせよ世界中に蔓延している。有名どころはどこも人であふれていて昔のようにゆっくり見とれているというわけにはいかない。
学生や絵心のある人が模写している風景もあまり見かけなくなった。

メインの大作を二枚。Panneau pour la baraque de la Goulue, à la Foire du Trône à Paris (1895)。切り分けられ (1926) 、合成された (1930)。                  2012.08.05.

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La revue blanche / Misia Sert / Toulouse-Lautrec

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ミシア・セール Misia Sert (1872-1950) はピアニストであり、多数の画家や詩人の助言者 Égérie であり、20世紀初頭のミュージシャンだったとされ、パリの女王 Reine de Paris と呼ばれた。
19世紀末から20世紀初頭のパリの美術・文芸活動をリードした (1880-1903) 文芸誌 La revue blanche の創業者の一人タデウシュナタンソン Thadée Natanson (1868-1951) の妻だった。Toulouse-Lautrec (1864-1901) の< La revue blanche (1895) > は、この文芸誌のためのポスター (リトグラフ) を彼女をモデルにして描いたものだ。
ココ・シャネル Coco Chanel (1883-1971) が唯一信頼した女性とかでも大変有名なその時代のミューズだそうです。

エーゲリア Égérie (ミューズ)はローマ神話の泉のニンフ(女神)で、女性の助言者を比喩する。ミューズはギリシャ神話の音楽・文芸の女神。ギャラリー・イグレック所蔵

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ボレロを踊るマルセル・ランデ / ロートレック

 

ロートレック Henri de Toulouse-Lautrec (1864-1901) が 1995-96 に描いた油絵
<ボレロを踊るマルセル・ランデ Marcelle Lender dansant le boléro dans Chilpéric >。

1900年当時のパリを彷彿させる象徴としてワシントン・ナショナルギャラリー National Gallery of Art, Washington からお里帰りしてきた。縦横ほぼ1.5mの大作。
マルセル・ランデ (1862-1926) はロートレックお気に入りのダンサーの一人。
1968年に京都で盗難事件のあった (7年の時効直後に見つかった) アルビのロートレック美術館所蔵の<マルセル Marcelle (1894) >と同一人物だ。

Marcelle Lender dansant le boléro dans Chilpéric / National Gallery of Art, Washington

Marcelle Lender dansant le boléro dans Chilpéric / National Gallery of Art, Washington

パリ市立のプチ・パレ美術館で開催されている<La Ville Spectacle  PARIS 1900>にて。2014.08.10.

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ロートレックの装丁画 / 闘牛

Henri de Toulouse-Lautrec (1864-1901) の描いた珍しい装丁画<闘牛 La Taureaumachie (1894)>がプチ・パレ Petit Palais で催された<パリ 1900 展>で展示されていた。

ナンシーの René Wiener (1855-1939) が<裸のマヤ>のゴヤ Francisco de Goya (1746-1828) のエッチング集を出版するに当ってその表紙を飾る絵をロートレックに依頼したもの。

デザインを構想するため闘牛の見物をするなどして先ず油絵 (1894・55.5x72cm) を描いた。ただし、-GOYA –   LA  TAUREAUMACHIE の文字はない。

La Taureaumachie / Henri de Toulouse-Lautrec

La Taureaumachie / Henri de Toulouse-Lautrec

2014.08.10.

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自由劇場 Le Théâtre-Libre とロートレック

パリ現代演劇の父とも言われるアンドレ・アントワーヌ André Antoine (1858-1943) が起こした<自由劇場 Le Théâtre-Libre> での公演プログラム。
<倒産及び詩人と金融資産家のプログラム Programme de Une faillite et Le poète et le financier,8novembre 1893.>、ロートレック Henri de Toulouse-Lautrec (1864-1901) によるリトグラフと紹介されている。
<パリ市立歴史図書館 Bibliothèque historique de la ville de Paris> の所蔵。

Programme de Une Failliteet Le poète et le financier,8novembre 1893 / Théâtre-Libre / Henri de Toulouse-Lautrec

演目「倒産」はノルウェーのノーベル賞作家ビョルンソンBjørnstjerne Bjørnson (1832-1910) の作 (1874) で、
アンドレ・アントワーヌがステージングし主人公を演じた。
もう一つの演目はフランスの劇作家モーリス・ヴォガール (1863-1918) の作品だ。このリトグラフはギャラリー・イグレックでも所蔵している。ピガール広場に至る 37 rue André-Antoine に自由劇場に関する 銘板が設置されている。

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竹久夢二展  ベル・エポックを生きた夢二とロートレック

竹久夢二 (1884-1934) 生誕130周年を記念して、岡山高島屋で竹久夢二展が開かれています。岡山・瀬戸内市の<夢二郷土美術館>等の主催です。

ロートレック Henri de Toulouse-Lautrec (1864-1901) より20年後の生まれですが、19世紀後半から1914年までのパリの良き時代/ベル・エポック Belle Époque を共に生きた世代ではあります。
サントリー・ポスターコレクションから<ディヴァン・ジャポネ>や<ムーラン・ルージュ グリュ>のポスター、週刊風刺雑誌「Le Rire」の表紙を飾ったロートレックの作品 (コロタイプ) 等の展示がありました。

夢二の木版画の記念限定増刷の予約が可能な作品があります。
増刷できる原版が在ること、再現できる刷師がいることが必須になりますが
これからは益々難しくなるようです。

木版画 (夢二) にしろ石版画 (ロートレック) や銅版画にしろ、原画を描いた画家 (イラストレーター) の名は残りますが、彫師や刷師の名は残りません。学芸員の方から色々とお話を伺うことができました。

竹久夢二展 / 高島屋 岡山

竹久夢二展 / 高島屋 岡山

竹久夢二がパリを訪れたのは1932年のことです。

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ロートレック生誕150周年 / 2014 / アルビ Albi

昨年はトゥールーズ・ロートレック Toulouse-Lautrec (1864-1901) 生誕150周年だった。
ド・ゴール大通りに面したメディアテーク Médiathèque d’Albi-centre Pierre-Amalric (2001) に残るロートレックの大写真。今日も熱波に加えて日差しがきつい。

150ème anniversaire de la naissance de Toulouse-Lautrec / Médiathèque Pierre-Amalric / Albi

150ème anniversaire de la naissance de Toulouse-Lautrec / Médiathèque Pierre-Amalric / Albi

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ロートレックの生家 / アルビ Albi

トゥールーズ・ロートレック Henri de Toulouse-Lautrec (1864-1901) の生家 、
(旧) Hôtel du Bosc 。

アンリ・ド・トゥールーズ・ロートレック通り Rue Henri de Toulouse-Lautrec を右に進めばサント・セシル大聖堂 Cathédrale Sainte-Cécile は直ぐそこだ。

今回は猛暑のため、幼少期に馬車で遊びに行っていたという
<ボスク城 Château du Bosc >には行かなかった。

Maison Natale de Toulouse-Lautrec / Albi
Maison Natale de Toulouse-Lautrec / Albi

サント・セシル大聖堂 Cathédrale Sainte-Cécile と<トゥールーズ・ロートレック美術館>を
サント・セシル広場に面したカフェから見た。

トゥールーズ・ロートレック美術館は大聖堂に隣接する (元) 司教の宮殿 Palais de la Berbie にある。13世紀、タルン川 Le Tarn 畔に聳え立つ要塞として建設された。赤レンガ造りだ。

Cathédrale Sainte-Cécile / Palais de la Berbie / Musée Toulouse-Lautrec
Cathédrale Sainte-Cécile / Palais de la Berbie / Musée Toulouse-Lautrec
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トゥールーズ・ロートレック美術館 / アルビ Albi

宮殿に収容されている美術館内部は赤レンガ造りのアーチ群で修復されている (2012) 。
前回訪れたとき (2000) の面影が探せない。
タルン川 Le Tarn を臨むバルコニー手前の近代的展示室。
奥に2点、Reine de Joie (1892) 、右に2点、La revue blanche (1895) 
ポスターと習作が並べて展示されている。
La revue blanche の習作のタデウシュナタンソン Thadée Natanson 夫人の顔が気に入った。
ギャラリー・イグレックではこれらのリトグラフを所蔵している。

Musée Toulouse-Lautrec / Albi
Musée Toulouse-Lautrec / Albi

束の間の征服/ロートレック/オーギュスタン美術館

 

Conquête de passage / Henri de Toulouse-Lautrec / Musée des Augustins / Toulouse
Conquête de passage / Henri de Toulouse-Lautrec / Musée des Augustins / Toulouse

トゥールーズ Toulouse にあるオーギュスタン美術館 Musée des Augustins で、ロートレック Henri de Toulouse-Lautrec (1864-1901) の<束の間の征服 Conquête de passage (1896)>等を鑑賞した。別名<コルセットを着ける女>の方が分かりやすい。

キャンバスに張った Marouflé の紙に黒チョークとオイルで描いたチョーク画。

トゥールーズ・ロートレック伯爵アルフォンスが寄贈した(1904)もの。

巻き髪をする女性 / ロートレック

 

Femme se frisant / Henri de Toulouse-Lautrec / Musée des Augustins / Toulouse
Femme se frisant / Henri de Toulouse-Lautrec / Musée des Augustins / Toulouse

トゥールーズ Toulouse にあるオーギュスタン美術館 Musée des Augustins で、ロートレック Henri de Toulouse-Lautrec (1864-1901) の<巻き髪をする女性 Femme se frisant (1891)>を見れる。

カールする女等と紹介されるこの絵は「厚紙に描いた油絵」で、父親であるトゥールーズ・ロートレック伯爵アルフォンスが寄贈した (1904)もの。

新装なったロートレックの町 / アルビ Albi

昨年 (2014) はロートレック生誕150周年でした。
また、「アルビの司教都市」として世界遺産になり(2010) 町の整備が進みました。

写真はド・ゴール将軍大通り Avenue Général de Gaulle のアルビメディアセンター Médiathèque d’Albi-centre Pierre-Amalric 前からアルビ国立劇場 Scène Nationale d’Alb (2014) を見たところです。ロートレックの作品 (左にもう4枚) で修景されています。

左突き当たりがラペルーズ広場 Place Lapèrouse でここから先が旧市街です。

150ème Anniversaire de la Naissance de Toulouse-Lautrec / Albi
150ème Anniversaire de la Naissance de Toulouse-Lautrec / Albi

右の絵は<クリスマスの晩餐会のメニューカード>にあるロートレック (1896) 。

ロートレックの版画集「彼女たち ELLES」

ロートレックを魅了した女性

黒の長手袋をイラストしたロートレック

ロートレックの世界で「黒い長手袋」といえば歌手のイヴェット・ギルベール Yvette Guilbert (1865-1944) を指します。レジオン・ドヌール勲章を受賞 (1932) しています。

Couverture de l'Album Yvette Guilbert / Henri de Toulouse-Lautrec (1864-1901) / Musée Van Gogh / Amsterdam
Couverture de l’Album Yvette Guilbert / Henri de Toulouse-Lautrec (1864-1901) / Musée Van Gogh / Amsterdam

彼女のために、熱烈なファンだった美術評論家のギュスターヴ・ジェフロア Gustave Geffroy (1855-1926)  がアルバムの発行を企画して、「レスタンプ・オリジナル (1893-95)」の発行者であるアンドレ・マルティ社  Chez André Marty に100部限定で制作を依頼、ロートレック Henri de Toulouse-Lautrec (1864-1901) が挿絵を受け持ちました (1894) 。
16ページ全てに彼女を描いた挿画があり、彼女が活躍していたカフェ=コンセール (演芸喫茶) の情景を評論しました。
写真はその表紙で、ピアノの上に置かれたイヴェット・ギルベールのトレードマークである「黒い長手袋」と「パフ」を簡潔・大胆にイラストレーションしています。下段に価格:50フランとあります。

アンドレ・マルティの版画集とロートレック

アンドレ・マルティ André Marty が10回に亘って95点の作品を100部限定で頒布出版した(1893-95) 版画集<レスタンプ・オリジナル L’Estampe originale>の第1号の表紙を飾ったロートレック Henri de Toulouse-Lautrec (1864-1901) の6色刷りリトグラフ(1893)です。

刷師はロートレックが使っていたアンクール Edouard Ancourt 印刷所のコテル爺さん Père Cotelle、出来栄え(刷り具合)を観ているのはダンサーでありアートにも造詣の深かったジャンヌ・アヴリル Jane Avril (1868-1943)です。
版画家と刷師との関係を覗うことのできる作品です。Musée Van Gogh

今日はロートレックの誕生日です。

Couverture de L'Estampe originale / Henri de Toulouse-Lautrec / Musée Van Gogh / Amsterdam

Couverture de L’Estampe originale / Henri de Toulouse-Lautrec / Musée Van Gogh / Amsterdam

何気にロートレック / リッツ / ヴァンドーム広場

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Toulouse-Lautrec / Ritz / Place Vendôme
Toulouse-Lautrec / Ritz / Place Vendôme

ホテルリッツのブティック回廊に入る手前にトゥルーズ・ロートレック Toulouse-Lautrec (1864-1901) の画 (段ボールにオイル) が飾られている。左は Toilet 。
キャンバスに張った Marouflé の紙に黒チョークとオイルで描いたもの。ジェーン・アヴリルの様にもラ・グーリュのようにも思えるが・・そうではなくて、横顔の女 (マダム ルーシー) Femme de profil (Madame Lucy) のようだ。

ロートレックによる<横顔の女>オルセー美術館

ブリヂストン美術館のロートレックをオランジュリー美術館で

ブリヂストン美術館の名品−石橋財団コレクション展 Tokyo-Paris Chefs-d’œuvre du Bridgestone Museum of Art, Collection Ishibashi Foundation >がオランジュリー美術館 Musée de l’Orangerie で開催中(au 21 août 2017)。東京/八重洲は閉館中らしい。

ロートレック Henri de Toulouse-Lautrec (1864-1901) の油絵作品<サーカスにて: 舞台裏で (1887頃) Au cirque : dans les coulisses (vers 1887)>の展示があった。

Au cirque : dans les coulisses (vers 1887) / Henri de Toulouse-Lautrec

 

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La femme aux gants / Henri de Toulouse-Lautrec / Musée d'Orsay
La femme aux gants / Henri de Toulouse-Lautrec / Musée d’Orsay

<手袋を持つ女性 La femme aux gants (1890) >はトゥールーズ・ロートレック Henri de Toulouse-Lautrec (1864-1901) がモンマルトルのフォレ爺さんの庭 Jardin du père Forest で描いた肖像画の一枚で、印象派的な代表作品。大きな帽子をかぶったエレガントな女性を描いている。

Divan Japonais / Henri de Toulouse-Lautrec
Divan Japonais / Henri de Toulouse-Lautrec

イヴェット・ギルベールYvette Guilbert (1865-1944) が有名になった (1891) カフェ・コンセール Divan Japonais  (日本の長椅子) のポスター<Divan Japonais (1892) >において観客席で (作家の Édouard Dujardin と並んで) イヴェット・ギルベールのショウを観るジャンヌ・アヴリル Jane Avril (1868-1943) のイメージに使われたとされる。

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「三菱一号館美術館」で開催中のパリ♡グラフィック展に行ってきました。
ロートレックのリトグラフを多数所蔵しているアムステルダムの<ゴッホ美術館  Van Gogh Museumから多数出張してきていました。
イヴェット・ギルベールのアルバム<レスタンプ・オリジナル L’Estampe originale>
等を出版したアンドレ・マルティAndré Marty をモデルにしたアドルフ・ヴィレット Adolphe Willette (1857-1926) の作品<The Publisher André Marty (1894)>もその一つです。
「A san ami Marty   A.Willette : 私の友人Martyへ A.Willette」と彫られています。

The Publisher André Marty / Adolphe Willette / Van Gogh Museum

「三菱一号館美術館」の外観:丸の内ブリックスクエア から

三菱一号館美術館 / 丸の内ブリックスクエア