パリの街燈 réverbère 14  ヴォ―ジュ広場

   depuis  2001

パリで一番古い広場 (1612) であるヴォ―ジュ広場 Place des Vosges の街燈は懸垂式。

落葉の進んだマロニエの秋色と背後の建物との調和がいい。

広場(4区)と建物(3区)の間の道は、左へ マレ地区 Le Marais の目抜き通り フラン・ブルジョワ通り Rue des Francs Bourgeois に繋がる。フラン・ブルジョワの名は、市民税を払わないくて済むほど貧しい第三身分の平民(ブルジョワ)をこう呼んでいたことによる。中産階級の人々が住んでいたという意味ではない。

パリの街燈/ヴォ―ジュ広場

パリの街燈 réverbère 13  ルーブル宮

   depuis  2001

ルーブル宮 Palais du Louvre に面する街燈には頭部に十字が付いている。

Cour Napoléon。

背後はドノン翼。

パヴィリオン Mollien の外壁は科学をテーマにした彫刻で覆われているが、左に半分だけ見えているのは<歴史と真実 L’Histoire et la Vérité>という  Pierre Loison 1857 の作品。

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ロータリーとモニュメント 75 フランツ・リスト広場

   depuis  2001

いまだ彼を凌ぐピアニストはいないといわれるフランツ・リスト Frantz Liszt (1811-86)の名を冠したロータリー フランツ・リスト広場 Pl. Franz Liszt のモニュメントは円形の植え込みと 新古典様式のサン・ヴァンサン・ド・ポール教会 St-Vincent de Paul 。
ラ・ファイエット道りを初め7道路が集まる。

<La Campanella >の演奏で一躍有名になった頃、フジコ・ヘミング とCDG空港(ロワシー空港)でたまたま話をする機会があった。
以降、彼女のアルバムはすべて手に入れたし、リトグラフを買ったりもした。

1830年代前半パリにいたころ、ショパン(1810-49)の 12の練習曲 作品10 がリストに献呈されているが、これだけは楽譜を見てすぐには弾きこなすことができなかったという逸話がついている。

Pl. Franz Liszt

メトロ 7号線  ポワソニエール Poissonniere 下車。

ノエル(クリスマス)へ向けて準備進むパリ

   depuis  2001

エスパス・ジャポンで個展を開いているH君に<手作りのムール貝の白ワイン蒸し>の差し入れをした後、    パリのノエル前の様子を見がてらぶらりしてみた。

ギャラリー・ラファイエット/オスマンは飾り付けが始まったところだが、隣のプランタンは終わったようだ(写真)。マドレーヌ広場のエディアールやキャヴィアの専門店 Caviar Kaspia 等とともに準備完了したマリアージュ・フレールでお客さんに頼まれていた買い物をした。

途中パトリック・ロジェのウインドウではチンパンジーのオブジェに見入ったりもした。

ロワイヤル・ヴィレッジもロワイヤル通りも飾り付けが終わっていた。日が暮れると電飾が点灯するのかどうかは定かでない。据付が終わるのと点灯とは必ずしも同時ではないから。

ヴェルサイユ宮殿 Château de Versailles

   depuis  2001

オステルリッツ駅から RER C線   でヴェルサイユに行ってきました。

ヴェルサイユ宮殿の大改装は今なお継続中ですが、改装後の鏡の間(写真)などを見てきました。20世紀の印象とさほど変わりは感じられませんでした。

帰りは宮殿正面のバス停から始発のバス 171 に乗り、終点のポン・ド・セーブルPont de Sèvres  からはメトロ9号線と1号線を使いました。
このほうが分かりやすく安全面でもお薦めの行き方です。

マンサール Jules Hardouin-Mansart  (1646-1708) による後期バロック様式の建築  /  ルブラン Charles Le Brun (1619-90) による室内装飾 (ルイ14世様式) / ルノートル André Le Nôtre (1613-1700) によるフランス式造園で、1682年完成。
ルイ14世の絶対王政が確立し、彼をして<朕は国家なり>と言わしめました。

改装工事継続中の宮殿正面。金色になって昔とは大違いです。

パリの街燈 réverbère 10 エリゼ宮 Palais de l’Élysée

   depuis  2001

エリゼ宮の街燈。  フォーブル・サントノレ通りの街燈が付いていないのは当然だ。

パリの街燈/エリゼ宮

エリゼ宮殿はアーマンド・クロード・モレ Armand-Claude Mollet の建築による1722年完成の古典主義の建物で、1873年(1870年から第3共和政)以降大統領官邸となった。

ポンパドール夫人(1753-64?)やナポレオン1世と皇后ジョセフィーヌ(1805)の邸宅であったこともある。

エッフェル塔百態 76  国民会議(ブルボン宮殿)

   depuis  2001

ブルボン宮殿はルイ14世の庶子ルイーズ・フランソワーズ・ド・ブルボン Louise Françoise de Bourbon (1673-1743) により建造(1728)されたが、フランス革命により接収(1791)され下院にあたる国民会議の議場となる (上院にあたる元老院はアンリ4世の王妃でルイ13世の母、マリー・ド・メディチ改築 (1631) のリュクサンブール宮殿)。

Tour Eiffel / Assemblée Nationale (Palais Bourbon)

 

パリの街燈 réverbère 6  ヴァンドーム広場

   depuis  2001

ヴァンドーム広場 Place Vendôme の街燈

背後はオテル RITZ の玄関口でその門燈も写っている。

下は広場入口角の街燈。後ろは法務省。

パリ市庁舎前の街燈と同じだが、この写真でパリの市章がついているのが分かる。

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右上の写真で、金色の王冠の下にダブルエルLL。左にフル―ル・ド・リス。

パリの街燈 réverbère1  パリ市庁舎 Hôtel de Ville

   depuis  2001

パリの街中にはいろいろなデザインの街燈 réverbère があります。

それぞれが風景に溶け込んでいますので、街燈に目が行く人は少ないかもしれません。

そこで、街燈だけに注目して紹介してみることにしました。

まずは オテル・ド・ヴィル Hôtel de Ville パリ市庁舎の街燈からです。

背後の建物が市庁舎で、時計の下に左から<自由・平等・友愛>の文字が見えます。また、左の市旗と国旗とユーロ旗の下には<たゆたえども沈まず>の市章を見ることができます。
なお、樹木は
2008年8月のテンポラリーな造作(パリ・プラージュと同趣旨でヴァカンスのため)。

2008年は EU 発足15周年 でした。

ロータリーとモニュメント 68  ディアギレフ広場

   depuis  2001

バレエ・リュス Ballets Russes の創設者で芸術プロデューサーだった
セルゲイ・ディアギレフ Serge de Diaghilev (1872 – 1929 )の名を冠した
ディアギレフ広場  Pl.Diaghilev はオペラ座の裏手にある。

1906年のプチ・パレに始まりオペラ座やシャトレ座で絵画展、音楽会、バレエ公演等をロシアの芸術家を使ってプロデュースしパリを中心に活動し成功を収めた。

例えば、リムスキー・コルサコフ、ラヴェル、ラフマニノフ、スクリャービン、プロコフィエフ、ストラヴィンスキー、チャイコフスキー等ロシアの作曲家を世界に紹介した。

フランスでは、ピカソ、マチス、ローランサン、ドビュッシー、ココ・シャネル等も関った。

Pl. Diaghilev

6道路が交差し混雑が常態のロータリーで、モニュメントは植木鉢と街燈。

左の建物がオスマン大通りに面する <ギャラリー・ラファイエット Galerie Lafayette >、
右がオペラ座の裏。

真ん中の建物はいわゆるオスマン様式のそれで2層(3階と6階)のバルコニーがある。

一般的にオスマン様式といわれるアパートは、日本風でいうところの3階と6階部分にバルコニーがついているタイプのもので、不動産市場でも高く、人気があります。

エッフェル塔百態 68  シャンジュ橋/コンシェルジュリー/パリ・プラージュ/時計の塔

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シャトレ広場前のシャンジュ橋 Pont au Change からのエッフェル塔。

下流に見える橋がポン・ヌフ  Pont Neuf  。
左はシテ島で、化粧直しの終わったコンシェルジュリー。
エッフェル塔の左にフランス学士院。
セーヌ右派流に沿うパリ・プラージュは気温23度とあって閑散としている。

Tour Eiffel / Pont au Change

現在の橋はN のマークが付いていることから推察できるようにナポレオン3世時代(1858)のものだが、両替橋の名はその昔の橋上に両替商や宝石・金細工の店があったことに由来している。

フィレンツェのポンテ・ヴェッキオ(橋)を渡ったところのアパートが懐かしい。

2012.07.31.

コンシェルジュリーの<時計の塔 Tour de l’Horloge du palais de la Cité >の
壁時計部分だけが遅れていたが。。。

中央の時計の左右の彫像は、ファスケスを置き正義の手と法を持っている左が<法の力>、天秤と剣を持っている右が<正義・公正の執行>を寓意している。

François Christophe Armand Toussaint (1806-62) により改修された(1852)。

また、時計の頂部にはアンリ3世 Henri III (在位1574-89)の使った
二つの<王の紋章>が付いている。

父アンリ2世(母カトリーヌ・ド・メディチ)の<モノグラム>である HCC も見える。

アンリ3世が1350年にジャン王が設置した時計を1585年に取り換えた。

2012.11.19.

ロータリーとモニュメント 59 スターリングラード攻防戦広場

   depuis  2001

スターリングラード攻防戦を記念して命名された広場 Pl. de la Bataille de Stalingrad のモニュメントは Rotonde de la Villette (ラ・ヴィレットの円形建物)だ。

クロード・ニコラ・ルドゥー Claude-Nicolas Ledoux (1736-1806) による建築(1784-89)。パリに入る農産物への通行税徴税のため<ラ・ヴィレットの関門>として建設された。

10本の道路とサン・マルタン運河が交錯し、運河の上流側はラ・ヴィレットのドック  Bassin de la Villette となっていてルルク運河に接続する。

Russian Federation Flag  Germany Flag     スターリングラード攻防戦は東部戦線における独ソの戦いであり、フランスが係ったわけではないが、第二次大戦の優劣を転換することになるドイツの敗北であった。

 Pl. de la Bataille de Stalingrad / Rotonde de la Villette

写真を拡大してみれば、円形建物の右に高架でメトロ2号線が走っている。

メトロの駅は Stalingrad  で、高架の2号線のほか地下に7号線、5号線。

パラソルが見えているのはこの辺り一帯が<パリ・プラージュ/ラ・ヴィレット Paris Plages / La Villette>だからだ。セーヌ川右岸側の河原だけではないのだ。

写真左手を流れるサンマルタン運河はこの部分で閘門になっているが、閘門をまたぐ橋上から上流のラ・ヴィレットのドックを望んだのが下の写真。奥にトラムウェイ T3b 。

近年この一帯は再開発されドックは大改修されて、水辺に展開する人気のゾーンとなっている。この時期はパリ・プラージュ/ラ・ヴィレットとなっていてパリに居ながらヴァカンスを味わえるというわけだ。

Bassin de la Villette

フランスの哲学者モンテーニュ Montaigne / ソルボンヌ

   depuis  2001

<随想録 Essais >で知られる16世紀フランスの哲学者モンテーニュの像がソルボンヌの正面にある。ポール・ランドウスキー Paul Landowski (1875-1961)の作品(1933)で、オリジナルはマーブル。

写真で、右足の靴が輝いているのは学生が試験前に撫でる伝統があるからだそうだ。

台座には、「パリは私の子供の頃の私の心だった・・」と 随想録の一節が刻まれている。

モンテーニュはボルドー出身の市長も務めた大金持ちの跡取りで、自身も市長も務めた。

18世紀の啓蒙哲学者モンテスキューもボルドー出身。

像の前のSorbonne/パリ大学 Ⅳ Université de Paris と カルチェラタンを貫く Rue des  Écoles 。

Sorbonne

エッフェル塔百態 64  アンヴァリッド遊歩道

   depuis  2001

アンヴァリッド広場(遊歩道) Esplanade des Invalides からのエッフェル塔。

Tour Eiffel / Esplanade des Invalides

右側がセーヌ川で、
アレクサンドル3世橋の右岸下流側にグラン・パレ、上流側にプチ・パレ。(下の上)

左側にアンヴァリッド。(下の下)

両者の間が Champ de Mars と並ぶ広大な Esplanade des Invalides だ。

アレクサンドル3世橋

Hôtel de Invalides

Chapelle expiatoire  マリー・アントワネット と ルイ16世

   depuis  2001

<Chapelle expiatoire 贖罪の礼拝堂>は 皇帝ナポレオンの失脚後7月革命までの 王政復古時代 Restauration (1814-30)に、ナポレオンの百日天下を挟んで王位にあったルイ18世(在位1814-24)が兄のルイ16世とマリー・アントワネットのための礼拝堂として建設した後期新古典主義の建物だ(1826年完成)。

カルーゼル凱旋門 や シャトウ・マルメゾン を建築した ピエール・フランソワ・レオナール・フォンテーヌ Pierre-François-Léonard Fontaine(1762-1853)の作品。

1793年にコンコルド広場においてギロチンで処刑されて後、サン・ドニ大聖堂に埋葬されることになる1815年までの間埋葬されていた元マドレーヌ墓地で、ルイ16世公園 Sq. Louis-XVI となっている。

見学は有料。メトロ9号線 St-Augustin 下車、オスマン大通りをサンラザール方向へ歩いて右側。

Chapelle Expiatoire / Square Louis XVI
Chapelle Expiatoire / Square Louis XVI

ロータリーとモニュメント 57  オペラ広場

   depuis  2001

オペラ座の前の オペラ広場 Place de l’Opéra  には7本の道路が集まり、
常時観光バスなどで混雑している。

観光バスのいるところがカプシーヌ大通りで、オペラ広場を直角に横切る。

Opéra Garnier-5

反対にオペラ座の前から整然としたオスマン様式の建物の連担するオペラ大通りを見ると・・・

前の人だかりのところはメトロ・RERの出入り口で、その間で車の見える

左右の道路が カプシーヌ大通り Bd. des Capucines 。左の建物斜めにRue du Quatre Septembre,右の建物斜めにヴァンドーム広場に至るぺ通り Rue de la Paix。

突き当りはアンドレマルロー広場で、その向こうがルーブル宮。

Av. de l'Opéra

ロータリーとモニュメント 56  ガイヨン広場

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レストラン<ドゥルーアン>の面する
ガイヨン広場 Place Gaillon のモニュメントは泉 Fontaine だ。

建物にはめ込んだ型の(水飲み場・水道)泉 Fontaine で、
レストランの名が <La Fontaine Gaillon >だ。

写真の中央アーチの部分がフォンテーヌで、1707年に起源をもち、
1828年 (MDCCCXXVIII) に改修の終わった古い泉だ。
ルイ・ヴィスコンティ Louis Visconti (1791-1853) の作品。

彼は後に、モリエールの泉(1843)や
サン・シュルピスの噴水(1848)を手掛けることになる。

Pl. Gaillon

ルイ13世騎馬像 / ヴォージュ広場

   depuis  2001

パリで最も古い橋は皮肉にも新しい橋ポン・ヌフであることはすでに紹介したが、パリで最も古い広場が ヴォ―ジュ広場 (1605-1612) だ。

いずれもフランソワ1世と並んで最も人気の高いフランス王アンリ4世の治世(1589-1610)の建造物だ。

この広場にアンリ4世の後のルイ13世の像が建てられたのが1639年で当初はCharles Dupaty (1771-1825) 作のブロンズ像だった。

ヴィクトワール広場 のルイ14世の騎馬像ともどもフランス革命後に取り壊されたが、1829年11月4日に現在の像に建て替えられた。Dupaty と Cortot によるマーブルの作品。

ヴォ―ジュ広場 Pl. des Vosges の周りは王の館(下写真上)、王妃の館(下写真下)を含め四角にコリドール付きレンガ造りの36の館が取り囲んでいる。

写真の樹木はマロニエだが、枯葉が舞う9月も風情がある。
広場に面する回廊も随分綺麗になってきた。

ヴィクトル・ユゴーが住んでいたところが
<ヴィクトル・ユゴー美術館> になっている(下写真上左奥)。

王の館

王妃の館

ブキニスト 2 / ノートルダム寺院

   depuis  2001

ノートルダム寺院からセーヌ下流左岸のブキニスト。

シテ島のノートルダム寺院とパリ警視庁。

人だかりの橋はプティ・ポン橋で上流の橋がドゥーブル橋。下を流れるのがセーヌ左派流。

下段の右・中央・下段の左とセーヌ川は流れてゆく。

下段右にはノートルダム寺院とパリ市立病院

中央には市立病院と警視庁

下段左には警視庁とサント・シャペル。

ブキニストはいつもすべての店が開いているわけではなく、大体こんなもの。

ブキニスト

エッフェル塔百態 62  ガリエラ美術館

   depuis  2001

<ガリエラ美術館 Musée Galliera (モード・衣装美術館 Musée de la Mode et du Costume )> 前からのエッフェル塔。中に入れば全景を撮れるのだが閉館中だった。またの機会にしよう。

Tour Eiffel / Musée Galliera

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.ガリエラ公爵夫人はジェノバの貴族出身で、同じく貴族出の夫がオルレアン鉄道(パリ駅が現オルセー美術館)社長など鉄道事業や金融業で成功、巨万の富を得た。

7月革命(1830)直後の夫の死にともなう相続財産の保全に追われることになった。

ガリエラ美術館もその一つでモードの変遷・歴史に興味ある方には見ごたえがあるでしょう。

ガリエラ宮殿 Palais Galliera がルネッサンス様式で建てられているのはジェノバ出身の証し。

朝市のプレジダン・ウィルソン大通りで<市立近代美術館  Musée d’Art Moderne de la Ville de Paris >の入っているパレ・ド・トキョー Palais de Tokyo と向き合っている宮殿裏の庭側(一部は公園として開放されている。)から見ると・・・

Palais Galliera

 Palais de Tokyo の名は宮殿の面するセーヌ川沿いの河岸道路(第二次大戦後ニュー・ヨーク大通りと呼ばれている。)を第一次大戦大戦勃発以降同盟国の日本をさしてトキョー大通りと呼んでいたことによる。

ロータリーとモニュメント 53  ルネ・カサン広場

   depuis  2001

ルネ・カサン広場 Place Renè Cassin はレ・アール Les Halles 地区の市場移転跡地一帯の再開発事業に伴って道路の地下化が図られたため
現在ではロータリーの機能は失われ緑地帯の一部になっている。

オブジェは L’Écoute (聞く)と題する Henri de Miller(アンリ・ド・ミラー)1986年の作品。

正面はサントゥスタッシュ教会 St-Eustache 。左に商・工品取引所、右にショッピングセンター( Forum des Halles ) がある。間の緑地はただ今改修中で立ち入り禁止。

Pl. R.Cassin

広場の名となっているルネ・カサンはフランスの法学者で国際連盟のフランス代表を長らく務めた。また、1948年に国連総会で採択された<世界人権宣言>の起草者としてノーベル平和賞を受賞している。

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オブジェ L’Écoute (聞く)を残して広場の掘削の進んだ工事の現況。     2012.11.14.

オテル・ド・ヴィル広場の冬の夜

    depuis  2001

パリ市庁舎前の広場であるオテル・ド・ヴィル広場 Pl. de l’Hôtel de Ville では年中各種のイヴェントが催されているが、冬はスケート場になっている。

クリスマス時のニューヨーク・ロックフェラーセンターほど規模は大きくないようだが、早い夜ともなると市庁舎のイルミネーションが映えてヒューマンスタイルなところが何とも心地よい。

撮影ポイントは市役所正面の Av. Victoria 勝利の道だ。

正面左の噴水のところにはピラミッドが、リヴォリ通りを挟んでBHVが、また、右に目を向けるとノートルダム寺院のライトアップが観光客の目を楽しませてくれる。

Pl. de l'Hôtel de Ville

Pl. de l'Hôtel de Ville-2

シャトレ劇場へ / Kodo Dadan

   depuis  2001

Théâtre musical de paris

KODO DADAN

坂東玉三郎が芸術監督をつとめる、鼓童のパリ公演 DADANを観にシャトレ劇場(シャトレ座)へいってきた。

鼓童のダイナミックな太鼓パフォーマンスにフランス人の観客は大興奮。

最後はスタンディングオベーションでした。

公演は本日18日まで。

http://www.chatelet-theatre.com/

Théâtre musical de paris-2

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シャトレ座は外装工事中。

2012.08.

ロータリーとモニュメント 32  ブルボン宮広場

   depuis  2001

コンコルド広場からセーヌ川の方にギリシャ様式の国民会議(フランス議会下院)、ブルボン宮が見えるが、その裏側の下院  Assemblée Nationale (Palais Bourbon) の車寄せというか小さなロータリー、ブルボン宮広場 Place du Palais Bourbon のモニュメント。

<法 La Loi> と名付けられたジャン=ジャック・フッシェル Jean-Jacques Feuchère (1807-52) の作品(1852)で1854年に設置された。

写真下はコンコルド橋からのブルボン宮。

Pl. du Palais Bourbon

Assemblée Nationale (Palais Bourbon)

エッフェル塔百態 50  旧陸軍士官学校・フォントノア広場

   depuis  2001

フォントノア広場 Place de Fontenoy  から
旧陸軍士官学校 Ecole Militaire を通してみるエッフェル塔だ。

Ecole Militaire

両者の中心軸が一致しているので、
できるだけエッフェル塔が見えるように上の写真では故意に軸をずらせて撮影している。

Ecole Militaire をエッフェル塔側からつまりシャン・ド・マルス公園から見ると・・・

Ecole Militaire

士官学校前中央にジョフリ元帥の騎馬像が置かれ、  ジョフリ広場 Place Joffre と呼ばれる。

ジョフリ元帥はエッフェル塔の下部アーチを通して トロカデロと11月11日広場 Place du Trocadero et du 11 Novembre  のフォッシュ元帥と一直線上で向き合っている。

エッフェル塔百態 47  アレクサンドル3世橋

   depuis  2001

アレクサンドル3世橋右岸詰からのエッフェル塔。

右の刈込の緑道は<女王の間 Cours de la Reine >。

ジョルジュ·ガルデ Georges Gardet ( 1863–1939) のライオン像も見える。

右側はグランパレ、プチパレ(写真下の上)。
左側はアレクサンドル3世橋とアンヴァリッド(写真下の下)。

エッフェル塔百態 46  外務省

   depuis  2001


Ministère des Affaires Étrangeres 

右の建物が外務省。右に回ればセーヌ川で正面はセーヌに面している。

道路は Rue de l’Université でサンジェルマン・デ・プレからエッフェル塔までのセーヌ川に沿う延長の長い通りだ。前の緑はアンヴァリッドとセーヌ川間の Esplanade des Invalides 。

セーヌ川を渡って対岸からフランス外務省を見ると・・・

Ministère des Affaires Étrangeres

中央右が外務省。左端がコンコルド橋で
対岸外務省左横三色旗が上がっているのがブルボン宮(下院)だ。

ロータリーとモニュメント 28 Place de Victor et Hélène Basch

   depuis  2001

オルレアン門 Porte d’Orléans  からパリ市内に入り、
1944年8月25日広場  Pl. du 25 Août 1944  から
ルクレール将軍大通り Av. du Général Leclerc  を進んで最初のロータリーが
ヴィクターとエレヌ・バッシュ広場 Pl. de Victor et Hélène Basch だ。

地下はメトロ4号線のアレジア Alésia で、モニュメントはヴェースに入れた棕櫚6本だ。

<パリは燃えているか?> ヒトラーのパリ焦土作戦を未然に防止し実行しなかった自由フランス軍のルクレール少将とドイツ防衛軍のコルテッツ大将とがモンパルナス駅で降伏文書を取り交わし、パリを開放した日が1944年8月25日だ。その日、ルクレールはオルレアン門 (Pl. du 25 Août 1944) からパリに入城し、アレジア、ダンフェール・ロシュローを辿ってパリ警視庁へと進軍したが、その広場と道とに記念の名を冠したものだ。

アレジアのロータリーは6本の道路が交差するのだが左右に抜けるアレジア通り Rue d’Alésia 等いずれも幹線でいつも混雑している。写真中央がルクレール将軍大通りでこの先が ダンフェール・ロシュロー広場だ。また、ネオロマネスク様式のサンピエール・ド・モンルージュ教会は歴史的建造物。

広場名になっているヴィクターとエレヌのバッシュ夫妻は1944年1月10日に殺害された。ヴィクター・バッシュはブダペスト生まれのフランス人権連盟の創設者であり哲学者で、当時の文壇の大御所エミール・ゾラが擁護したことでも知られるあの有名な<ドレフュス事件>にも関与している。

ロータリーとモニュメント 24  ヴォーバン広場

   depuis  2001

ヴォーバン広場 Place Vauban は大型の半円ロータリーでモニュメントは二人の元帥像だが、
アンヴァリッドに位負けして影が薄い。注意して見れば左右にひとつづつ像を確認できる。

エッフェル塔は左45度の方角なのでこれらの写真では捉えられない。

ドーム Le dôme de Saint-Louis-des-Invalides  の破風に王の紋章が見て取れる(拡大すれば・・)。

Hôtel des Invalides

広場の名になっているヴォーバン Sébastien Le Prestre de Vauban (1633-1707) は、ルイ14世治世下の元帥であり、軍事(特に、要塞建設)のエンジニアでもあった。
アンヴァリッド正面右側のサルヴァドール・アジェンデ広場 Place Salvador Allende に彼の立像がある。

014012

Église Notre-Dame-du-Travail

   depuis  2001

鉄骨構造の教会を初めてみました。エッフェルの時代の建築でパリの歴史建造物になっています。ジュール・アストリュック Jules-Godefroy Astruc (1862-1955)による建築(1902)です。
労働者のための聖母教会で、安価であることが課題でした。
メトロ13号線 ペルネティ Pernéty が最寄り駅。

Église Notre-Dame-du-Travail

ロータリーとモニュメント 21 オデオン広場/ポール・クローデル広場

    depuis  2001

    オデオン広場  Place de l’Odéon のモニュメントは オデオン座 と カフェ。

Pl. de l'Odéon

下の写真はオデオン座の裏正面で、リュクサンブール公園に面していて ポール・クローデル広場 Place Paul Claudel と呼ばれる。

ポール・クローデル(1868-1955) は駐日大使を務めたこともあるフランスの外交官で、劇作家。

オーギュスト・ロダンの弟子で、ロダンとの愛憎でも知られる 彫刻家の カミーユ・クローデル Camille Claudel (1864-1943) は姉。

9月21日から10月29日まで<ロメオとジュリエット>が上演されるようだ。

Odéon

パイヴァ候爵夫人の館 Hôtel de la Païva

   depuis  2001

   7月最後の日曜日は、シャンゼリゼにあるパイヴァ候爵夫人の館の見学ツアーに参加してきた。

パイヴァ候爵夫人は、19世紀フランスで最も名を馳せた高級娼婦(クルチザンヌ)。 今はにぎやかな大通シャンゼリゼはその昔、チュルリーやルーブル宮にいくまでの馬車道でした。ここが開発されたとき、パイヴァ候爵夫人はその土地を購入、贅の限りをつくした自分の館を建てたのです。 この館を建てた頃には、高級娼婦の仕事からは足をあらい、文字通りパイヴァ候爵夫人となっていたわけですが、彼女の屋敷で開かれたサロンは著名人が集まりつつも、上流階級の人からは成金趣味と嫉妬の入り混じった眼で見られていたようです。 たしかに内装はちょっとゴテゴテした印象・・でも、オペラ座のホールの天井画を描いたポール・ボドリーによる天井画や、サン・ミッシェルの噴水広場の彫刻を担当したアンリ・アルフレッド・ジャックマールの彫刻を施した暖炉(写真左下)、香水入りの水がでる蛇口つきのクリストフル製の浴槽(写真右下)などその当時の贅を尽くした感じはそのままに残っていました。 4

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現在はイギリスのトラベル・クラブが館を所有しているそうですが、そのお陰で館が建てられた当時の趣を残しているとのこと。暖炉それ以外の当時のシャンゼリゼの建物はすべて立て直しされ、シャンゼリゼはすっかりかわってしまいました。 みてのとおりほとんどが大型店舗にとってかわり、シャンゼリゼの両脇の建物や土地はほとんどアメリカなど外資のものらしいです。確かに今のシャンゼリゼはあまり行きたくない場所のナンバーワン。日本人会も引っ越したので年に1度いくかいかないかの場所になりました。スリも多いですし、ツーリストには狙われやすい場所がらなので、十分注意してください。 パイヴァの館の見学はフランス語で、パイヴァの館保存委員会のようなものが見学ツアーを定期的に企画しています。 入場料は17ユーロでした。

ロータリーとモニュメント 20  フォントノア広場

フォントノア広場  Place de Fontenoy  はEcole Militaire 前の半円ロータリーで
モニュメントは Monument de la Défense Nationale  だ。

ダンフェール・ロシュロー広場ではライオンの台座に刻まれているが、
ここでは石柱そのものだ。

モニュメントは写真下右の
旧陸軍士官学校の正面を向いていてその向こうにエッフェル塔が位置する。

建物は右ウイングに陣取る世界遺産のユネスコ本部だ。

下左は各国の世界遺産を例示した看板群のうち日本の事例で宮島、
中央はユネスコ本部入り口。

ロータリーとモニュメント 19   エドモン・ロスタン広場

   depuis  2001

エドモン・ロスタン広場 Pl. Edmond Rostand のモニュメントは
<噴水 Fontaine du bassin Soufflot >だ。

 ガブリエル・ダヴィウ Gabriel Davioud (1823-81)の建築(1862)で、
Gustave Crauk(1827-1905)の彫刻(1864)。

写真手前はリュクサンブール公園、正面はパンテオン
この街燈と交通標識は被写体としては邪魔だが、街燈そのものは素敵だ。

エドモン・ロスタン(1868-1918)は舞台女優サラ・ベルナール(1844-1923)の活躍した時代に発表した戯曲<シラノ・ド・ベルジュラック>で知られる劇作家。

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広場に面する<ダロワイユ DALLOYAU/Luxembourg>からの風景。

建物に沿って左から右に一直線のサン・ミッシェル大通り Bd. St-Michel 、
標識にあるように建物の間 スフロ通り Rue Soufflot を入ればパンテオン広場で、
パンテオンと5区の区役所がある。

右・黄金の柵で囲まれているのがリュクサンブール公園 Jardin de Luxembourg 。

Pl. Edmond Rostand

ロータリーとモニュメント 18   シャトレ広場

   depuis  2001

シャトレ広場 Place de Châtelet は
豪華なスフィンクスの台座に金色で目立つ彫像を乗せた泉 fontaine だ。

ヤシの泉あるいは勝利の泉 Fontaine du Palmier(ou fontaine de la Victoire)と呼ばれる。

ナポレオンがイタリア・エジプトに勝利したのを記念して
飲料用に建造(1806-08)された勝利の泉だ。

サミットに乗る金色の女神は両手に月桂樹 laurier の花輪を掲げて勝利を表している。
ルイ・ボワゾ Louis Boizot (1743-1809) 作の
<不滅 Immortalité >で、勝利 La Victoire を寓意している。

なお、円柱はパームを表す。ヤシ palme は不死/勝利の象徴だ。

オリジナルは<カルナヴァレ美術館 Musée Carnavalet> にある。

Pl. du Châtelet
Pl. du Châtelet

上の写真左の建物は パリ・シャトレ劇場 (シャトレ座) 。泉を挟んで対面に パリ市立劇場 (写真下の右の建物)がある。どちらも ガブリエル・ダヴィウ の建築だ。

右の写真で、台座の中央には月桂冠で囲まれた<カタジロワシ Aigle impérial >を置いて、ナポレオンの勝利と栄光を表している。これもルイ・ボワゾの彫刻。

その上には4つの彫像があり、慎重、節制、正義、力を寓意している。

下の写真は2008年2月の撮影で90度視点が異なるが落葉しているので広場とモニュメントが共に分かりやすい。中央右にサンジャックの塔 Tour St-Jacques が見えるがこの時点ではまだ改装工事中だ。

Pl. du Châtelet

ロータリーとモニュメント 5  コンコルド広場

   depuis  2001

      長方形のロータリーである コンコルド広場 Place de la Concorde のモニュメントは
<ルクソールのオベリスク>とも<クレオパトラの針>
とも呼ばれるオベリスク Obélisque だ。

そして、オベリスクを挟んで2つの噴水:                                                                                                <手前に大河の泉 Fontaine des Fleuves 、奥(南側)に海の泉  Fontaine des Mers  >がある。

写真上ギリシャ様式の国民議会下院のブルボン宮 (1728) と

写真下同様式(新古典・ネオクラシック)のマドレーヌ寺院  (1826) とは
セーヌ川を挟んで直線上にある。

写真下左はホテル・クリヨン L’hôtel de Crillon 右は旧海軍省 L’hôtel de la Marine で(ガブリエル Ange-Jacques Gabriel によるツインの古典様式建築 1774)、

パリの主軸であるリボリ通りはクリヨンで軸をずらせて シャンゼリゼ大通りへと向かう。

写真上でアンヴァリッド、モンパルナスタワー、ネオ・ゴシック様式のサント・クロチルド聖堂が見えるがエッフェル塔は視界に入らない。

写真上の左、下の右のチュイルリー公園から広場を見ると・・

中心軸から少し左にずらして撮影しているので、
オベリスクの向こうに凱旋門を見ることができる。

その間がシャンゼリゼ大通りだ。
金色のゲートの向こうがコンコルド広場、こちら側がチュイルリー公園。

曇天のようだが撮影ポイントはカンカン照り。

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このポイントだとモンパルナスタワーは入らない。

Pl. de la Concorde                                                                                                                                                                                    2012.08.07

エッフェル塔百態 33  Conciergerie ( Châtelet )

   depuis  2001

パリ市立劇場前からのエッフェル塔。

左端とんがり帽子2本の建物はコンシェルジェリーで入場するとマリー・アントワネットの独房が再現されている。パリ最古の公共の時計が取り付けられているもうひとつの四角いとんがり帽子はただいま修復中で写真から外している。金色のアンヴァリッドも見える。その手前の緑はシテ島の下流端。手前の橋は両替橋 Pont au Change でセーヌ右派流を右から左へ渡河してシテ島に入る。

右の樹木はシャトレ広場の一角。

エッフェル塔百態 29  オランジュリー美術館

   depuis  2001

      オランジュリー美術Musée de l'Orangerie館正面右前からのエッフェル塔の冬景色。

Tour Eiffel

左にエッフェル塔、中央にシャイヨー宮、右にグランパレ。手前にコンコルド広場とセーヌを渡るコンコルド橋。

樹木落葉で見通しがよく、金色に輝いているのがアレクサンドル3世橋。

オランジュリー美術館といえば モネ だが、2010年の12月の企画展で見たマリー・ローランサンの絵を2枚載せておこう。

Palais de la Porte Dorée Aquarium Tropical / アール・デコ

   depuis  2001

アール・デコ様式 (Art Déco ) の<ポルト・ドレー宮殿>の中にある熱帯水族館。

旧植民地に棲息する熱帯魚が中心だ。が、鰐等もいる。

パリにまで来て熱帯魚を見る必要はないが、建物外壁の装飾は一見の価値がある。                             また、フランスだけに<ナポレオン>が王様らしく泳いでいるように見える。

403

最寄駅はメトロ8号線 Porte Dorée 下車、徒歩で直ぐ。<ヴァンセンヌの森>も視界に入る。

 トラム3号線 ( T3a) は工事中。⇒供用中。

Le Louvre des Antiquaires

   depuis  2001

パレ・ロワイヤル広場からルーブル宮を正面に見て左側の建物 (旧 GRAND HOTEL DU LOUVRE ) に      入る人は少ない。ここが高級骨董店群が店を連ねる Le Louvre des Antiquaires である。

装飾品・絵画・陶磁器・ガラス製品から家具・調度品に至るまでジャンルは豊富だ。

Le Louvre des Antiquaires

高級すぎて手も足も出ないが、ウインドウショッピングで目の保養にはなるだろう。

上の写真は2010年8月のものだが、クリスマスの時期になると下の写真のようなデコレーションが施される。

Le Louvre des Antiquaires

ここが2009年12月の正面の入口ロビーだ。

ここ1年少々の間にギャラリーブースの空きが目立つようになってきた。継続する景気の悪さが具現化してきたのだろう。  パリの観光客も以前に比べると随分減ってきたように思う。スペインやイタリヤの観光客は明らかに減少している。ドイツ・イギリス・アメリカ・中国などが主のようだ。

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2012年2月の夜景をどうぞ。

LE LOUVRE DES ANTIQUAIRES

Opéra Bastille (新オペラ座) 白鳥の湖 哀愁

   depuis  2001

   オペラ・ガルニエのチケットが取れました。演目は<天井桟敷の人々>です。

7月中旬にその報告はするとして、先にオペラ・バスチーユを紹介しましょう。

写真上は外観、下の左右は内部・観客席、外観の左端に上演中の<白鳥の湖>のディスプレーが見えます。    新オペラ座は外観・内部ともにガルニエとは対照的に現代的な造作になっています。

  Opéra Bastille-1
Opéra Bastille-2Opéra Bastille-3

オペラ上演中は写真を撮る人は見渡したところプロのカメラマン以外皆無でしたが、フィナーレでは撮影オーケーで一斉にシャッターを切っていました。
マナーの良さに感心させられました。

Opera Bastille-4

白鳥の湖 (Le Lac des Cygnes ) で思い出すのは

ヴィヴィアン・リー と ロバート・テイラー主演の映画、<哀愁> でしょう。

ロバートはスコットランド出身の軍人、ヴィヴィアンはバレリーナ。

主題曲はスコットランド民謡別れの曲(過ぎ去った日・Auld Lang Syne)、
バレーは白鳥の湖

映画の原名<Waterloo Bridge>日本名<哀愁>はロマンスものの至宝とされています。

哀愁 白鳥の湖 別れの曲

<過ぎ去った日 >(蛍の光)のメロディをバックに踊る白鳥に扮したビビアン・リー(<哀愁> より)。

愛猫<ホーちゃん>も鑑賞・・・

ROSEバレーを観る

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地下鉄でのテロ事件があって以降ご無沙汰していたロンドンをこの夏4泊5日 で訪れました。

Waterloo Bridge で <哀愁> しましたので写真を2枚載せておきます。橋の上流にビッグベンと国会議事堂、それにロンドン・アイも写っています。 右の緑はエンバンクメントです。

Waterloo Bridge-1

Waterloo Bridge-2

エッフェル塔百態 24  ノートルダム大聖堂

   depuis  2001

サン・ルイ島に架かるトゥールネル橋からのエッフェル塔。

セーヌ川を挟んで左にエッフェル塔、右にシテ島の上流端とノートルダム大聖堂
という構図だ。

バトウ・ムッシュ (Bateaux Mouches) に大勢の観光客が乗船している。

トゥールネル橋の左岸詰には鴨料理で有名な< La Tour d’Argent>  が、
右岸詰に <勇鮨> がある。

シテ島の最上流端を島側から見ると・・・

シテ島上流端-3

左は最先端ののぞき窓、強化ガラス製で水中に没しても大丈夫な構造、振り向くと中央の写真のような入口になっていて入ると右写真。フランスらしいといえばそうかも。
わざわざ行くほどのことはない。

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ノートルダム大聖堂 Cathédrale Notre-Dame を正面からと右横から見れば…
ゴシック様式とバラ窓が。。。

Cathédrale Notre-Dame-1

Cathédrale Notre-Dame-2

リヨン駅 (Gare de Lyon) に行かれたら

   depuis  2001

南仏の方面に旅行するとか<ル・トラン・ブルー>で食事するとかでリヨン駅に立ち寄る機会があれば、リヨン駅正面右手にある RAPT の本社ビルを訪れるのもいいかも。

馬車の時代から現在に至るパリの交通の歴史が一目瞭然だ。写真は馬車からバスへの歩みで外から見たもの。馬がバスの頭部になったというイメージ。

RAPT-1RAPT-2RAPT-3

Gare de Lyon

リヨン駅正面。 Maison de la RAPT は右側建物の道路を挟んで右奥。

エッフェル塔百態 21  ルーブル美術館

   depuis  2001

ルーブル美術館のシュリー翼に近いリシュリュー翼から対面のドノン翼を望むと
エッフェル塔 Tour Eiffel が見える。

Tour Eiffel - Musée Louvre

雨模様の日には美術館がもってこいだ。この日も人出が少なくゆっくり鑑賞できた。

中庭中央がピラミッド、対面がドノン翼、右端上にエッフェル塔 という構図だ。

バスが見えるところの右側に69番Ligne 69などのバス停があり、道路が

ルーブル美術館を貫いてリヴォリ通りとセーヌ川左岸を結んでいる。

  ルーブル美術館中庭 Cour Pyramide Napoléon から。

左はドノン翼、真ん中が カルーゼル凱旋門 Arc de Triomphe du Carrousel である。

凱旋門を潜るとカルーゼル公園を経てチュイルリー公園だ。

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ルーブル美術館の至宝の一つ<モナ・リザ>はガラスによる保護をとおり越していまやガラスケースの中に収まっている。しかもこのケースにすら触れられないようになっているのだ。

8月に訪れた大英博物館でも至宝<ロゼッタ石>は同様にガラスケースの中だった。ナショナルギャラリーやヴィクトリア・アルバート博物館でも絵画等はすべて保護されていた。30年前にはロゼッタ石に触れて写真を撮ったのに・・

バスで行く区役所巡り 9  7区

   depuis  2001

二十区まであるパリの区役所を巡ってきたが、いよいよ最後は

 7区区役所        バス  ライン69

フランス政府の役所が点在するアセンブリの裏側に位置する。


最上段写真でアーチの上、中庭の時計の上にパリの市章が見えます。

区役所内には日本への義捐金の募金箱が。

ヴァンセーヌでも同じような箱がおいてあるようです。

バスで行く区役所巡り 8  10区

   depuis  2001

10区区役所         バス 38行目 ライン39 ライン47

重厚で豪華な区役所。

GARE DE L'ESTフォーブール・サンマルタン通りに面し右奥(写真の左側)がパリ東駅、左側にサンマルタン門が見える。
パリ東駅と、そのすぐ北西のパリ北駅の開業により界隈が華やかに賑っていた頃が偲ばれる建造物。

ESPACE JAPON は最近区役所右側のナンシー通りに引っ越してきた。

前回は入れなかったマリアージュ等内部を紹介しましょう。2011・4・1

二つの企画展が開かれていました。

地上階のロビーでは旧フランスの植民地の写真展。

1階ではパリ・コミューン140周年記念の企画展。

バスで行く区役所巡り 7  1区

   depuis  2001


193
197195.

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1区区役所  バス:76番

メトロ1号線ルーヴル・リヴォリ Louvre Rivoli  からすぐ南・東。一帯がルーブル宮の東端に面した観光地であるからか通常は内部を公開していない。

入って左側(右写真)は近々ホテルになるようで、面接に大勢の人が列をなしていました。

パリ北駅などの建築家 Jacques Hittorff (1792-1867) の作 (1857) 。

鐘楼の右側に古くからある<サンジェルマン・オーセロワ教会>と対をなすように設計されたので、さながら教会のようなバラ窓が付いている。鐘楼は区役所の付属ではない。

鐘楼(1860)はその中心に建設された。
テオド-ル・バリュー Theodore Ballu (1817 – 1885) の作品。

バスで行く区役所巡り 6  3区・8区・17区・19区

   depuis  2001

      パリ最終日を前に、今回最後(?)の区役所めぐり。

 3区区役所   ライン75

3e

シテ島の商事裁判所の建築家 アントワーヌ·ニコラ·ベイリー Antoine-Nicolas Bailly による設計。ネオ・ルネサンス様式(1868)。

パリの市章のある頭部破風の上に、誕生・結婚・投票・死を寓意するジャン・ラグランジェ Jean Lagrange のレリーフが載っている。風格を感じさせる外観だ。

3区の区民が結婚式を挙げるマリア―ジュ・ホールです(3葉)。

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区役所の正面に位置するテンプル公園 Square du Temple (1857)。

19e-parc

ジャン=シャルル·アルファン の設計で、人工池、ガブリエル・ダビウの鉄柵・野外ステージ等を配していて、パリを改造したナポレオン3世、第二帝政期の公園の典型と言われる。

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 8区区役所   ライン94

8e

マリア―ジュ・ホールは。。。

きれーっ・・ベルサイユ宮殿のようです。

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 17区区役所    ライン66

17e

パリの区役所で唯一近代的な建物。

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 19区区役所   ライン75

Gabriel Davioud (1823-81)と Jules Bourdais(1835-1915) の建築(1878)。
ガブリエル・ダビウ は
シャトレ広場の噴水やシャトレ座、サン・ミッシェル広場の噴水の建築家。

19e

前にはパリでも有数の広さを誇る ビュット・ショーモン公園 が広がっています。

                                                                                     きれいな階段の装飾

有名人の?写真とサイン。またまた照れちゃいます。

 

この続きは、また次回の滞在で!

バスで行く区役所巡り 5  12区・2区・14区

   depuis  2001

今日もまた出かけてきました。よい天気でした。

12区区役所  

バス 29番

12e

 この前に住んでいたドゴミエ Dougommier のすぐ近くで何かとお世話になりました。

クリスマスの時期には美しいイルミネーションが施されます。

時計の上にパリの市章が付いています。

すぐ左横には歴史的建造物である旧ヴァンセンヌ鉄道の廃線敷きがあり、

今は長い緑道として区民に親しまれています。

 きれいな天井画が描かれています。

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 続いてそのまま 29番 のバスで

 2区区役所

2e

monument historique 文化史跡として登録されているようです。

ちなみに、この看板?はパリ市内のあちらこちらで見かけられますが、

スタルク Philippe Starck, (1949-) のデザインによるものです。

日本では、浅草のアサヒビール・スーパードライ・・ホールのデザインで知られています。

Pl. des Victoires

区役所正面奥右側にビクトワール広場。

有名なパッサージュ <ギャラリー・ビビエンヌ> のすぐ近くです。

広場の周りには若者むけのオシャレなブティックも並んでいます。

以前、正面右側にある中央郵便局の前にあった
コム・デ・ギャルソンのお店に通ったものです。

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  続いて 28番 のバスで

14区区役所

14e

昔住んでいたこともあるアレジアの近くです。すぐそばに市もたっています。

時計の上にパリの市章を見ることができます。

 中もきれいでした。

 

  結婚式が執り行われる、大広間

 入口のドアーに MARIAGES の文字が見えます。 おもわず照れてしまいます。

バスで行く区役所巡り 4  6区・5区・13区

   depuis  2001

今日はすっかり冷えました。

区役所巡りの続きです。

6区区役所           63番86番70番84番  

Mairie du 6e

中央中庭に見える彫像は、Gustave Crauk(1827-1905)作の<ケンタウルスの戦い Le Combat du centaure ,  marbre (1888-1900) >(下の写真参照)。

ガラス越しですが中もステキ。

正面はサン・シュルピス教会。
最近化粧直しが終わってきれいになりました。

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6em interieur

門をくぐったところでポーズ・・

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続いて

 5区区役所                89番 87番

5e

5e porte

パンテオンの左正面です。きれいな建物。

独特のパリの市章が付けられています。
この向かい、パンテオンの左側には伝統の有名進学高校アンリ4世もあります。

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最後に

13区区役所       83番27番47番67番

PLACE D”ITALIE (イタリア広場) のロータリー真北に位置します。

 5区、6区とくらべると、いまひとつ、かな。
十分立派ですけどね。

御用達の<エビ蕎麦屋> はもう少し南の TORBIAC 通りを入ったところにあります。

13区

バスで行く区役所巡り 3  4区・20区・11区

   depuis  2001

天候曇りのちときどき晴れ。一人でぶらり、区役所めぐりの続き。

4区区役所        Ligne 69 Ligne 63

4e

左すぐが RIVOLI 通りです。前はパリ市庁舎/オテル・ド・ヴィレの裏側です。

時計の上にパリの市章があります。

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20区区役所        Ligne 69 ライン61

20e

GAMBETTA のロータリーの正面に位置しています。

時計の下に、フランス共和国/自由・平等・友愛 と刻まれています。

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11区区役所        ライン46 ライン56 Ligne 69 ライン61

11e

VOLTAIREのレオン・ブリュム広場が前庭です。

レオン・ブリュムの立像が中央右に見えます。

落葉中でなければ区役所の全景を写真に収めることはできないでしょう。

中へ入った玄関ロビーには…ナポレオン3世治世に発足した・・の文字が見えます。

1871年3月28日に市庁舎でコミューンの成立を宣言し5月20日までパリを統治した革命政府パリコミューンは11区と20区の区役所の間にあるペール・ラシェーズ墓地で終焉を迎えるのだが、鎮圧軍の前線本部が11区の区役所に置かれていたことと<血の一週間 la Semaine Sanglante >の説明がある。

上にはパリの市章が見える。

バスで行く区役所巡り 2  18区・9区

   depuis  2001

 今日はあいにくの雨でしたが、18区と9区の区役所を訪ねてきました。

先ず、

 18区区役所         31行目 ライン85

 参考: バス路線図

18e

ここはお友達が結婚式を挙げた区役所です。

エッフェル塔が建てられ18区の市庁舎た頃の鉄とガラスの時代を象徴するような建物で、

内部もとっても素敵です。今日も結婚式が挙行されていました。

区役所左側の奥にサクレクール寺院が見えています(写真右)。

この細くて急な坂道を市内で見かけるバスとは違う小型のモンマルトルバスが

区役所からモンマルトルの山を越えてピガール広場まで運行しています。

IMGP4693
IMGP4694

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最上段と左の写真で、いずれも時計の上にパリの市章を見ることができます。

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続いて

 9区区役所           ライン85

9e

中庭のある、昔の貴族の館を想わ9区市庁舎せる区役所です。時計の下にパリ市の市章があります。

あいにく土曜日の閉庁時間に差し掛かって、内部を見ることはできませんでした。

 また、次回!

バスで行く区役所巡り 1  15区・16区

   depuis  2001

今パリにきています。今年2度目のパリです。

今回は、バスで区役所を巡っています。

パリ市民の多くが区役所のmariage hall で結婚式を挙げています。

つまり、どの区役所も区民のためのmariage hallを備えているのです。

その様子を紹介することも目的の一つにして、区役所をめぐることとしました。

15区と16区、どちらもなかなか立派です.

参考: バス路線図 (下のバスをクリックしてもみることができます。)

画面のBUS PARIS をクリック

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15区区役所 バス ライン39 ライン70

15e

Désiré Louis Henri Devrez (1824-1896)による建築(1876)。歴史的建造物。

右端にある彫像は15区の住民であった彫刻家ブールデル Émile-Antoine Bourdelle の作品です。

モンパルナス駅にほど近いブールデルのアトリエ兼住居は現在<ブールデル美術館 Musée Bourdelle >となっています。また、右側には、アドルフ・シェリウー広場 Pl. Adolphe-Chérioux が隣接しています。

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16区区役所     Ligne 63

トロカデロ広場から Av. Geroges Mandel を
ブーローニュの森の方へ下って Rue de la Pompe との交差点。

メトロ9号線PA_metro_ligne_9  Rue de la Pompe 下車。前の道路は Av. Geroges Mandel 。

16e