エッフェル塔百態 82  アンドロ・シトロエン公園

   depuis  2001

ヨーロッパ病院  Hôpital européen Georges-Pompidou (2001) からのエッフェル塔。

撮影位置は ジョルジュ・ポンピドー病院 の玄関を入ったところで、緑の向こうがアンドロ・シトロエン公園 Parc André-Citroën の導入部で左手にセーヌ川に面する公園が開ける。

Tour Eiffel / Parc André-Citroën

公園内に入ったところからセーヌ川を望む(奥の建物はセーヌ右岸)。手前には大規模なカスケードと噴水があり子供たちの夏の格好の遊び場になっている。

パリのどこかでバルーンを見たらそれは写真の Air de Paris で、
シトロエン公園から上がっている。

Parc André-Citroën

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エッフェル塔百態 81 カルーゼル凱旋門/カルーゼル広場

   depuis  2001

カルーゼル広場のカルーゼル凱旋門 Arc de triomphe du Carrousel とエッフェル塔。

カルーゼル凱旋門はチュイルリー宮殿(1871年に焼失)前のカルーゼル広場にオステルリッツの3帝戦などでの ナポレオン・ボナパルトの戦勝 を記念して1809年に設置された。

凱旋門の頭部には当初ナポレオンが ヴェネチア Venise のサン・マルコ寺院から奪った<サン・マルコの馬 Chevaux de Saint-Marc >が置かれていたが、
王政復古後の1828年に現在のものに置き直された。

フランソワ・ジョゼフ・ボシオ  François-Joseph Bosio により彫刻(コピー)された
凱旋と勝利を表すクアリガ Quadrige (4頭立ての一人乗り二輪戦車)の
両サイドに金色で平和の女神を配す。

オリジナルのサン・マルコの馬はヴェネチア美術館にある。    ナポレオン1世の皇帝章

Germany Flag

東西冷戦時ベルリンの東西を分けた ブランデンブルグ門 にも 勝利の女神の乗った<クアドリガ>が置かれているが、この門をくぐったのはベルリンの壁が取り壊されて(1989年)間もないころだった。

各所に壁の一部が残っていて、壁のコンクリート破片がお土産として売られていたころだ。

* *

今年の漢字は「 金  」になりました。

ロンドンオリンピック2012や
至近の山中伸弥京大教授からの連想が効いていると思います。

エッフェル塔百態 80 オベリスク・海の泉/コンコルド広場

   depuis  2001

11月24日17時24分薄暮のコンコルド広場からのエッフェル塔 Tour Eiffel 。

ヒエログリフ(神聖文字)のオベリスク Obélisque を右に、
そして左には海の泉Fontaine des Mers 。

エッフェル塔は点灯したばかり。オベリスクはその前からライトアップされている。

302

* * *

Hong Kong Flag

もう20年以上も前になりますが、香港の夕焼けと夜景を想い出します。最近の様子を知りたいものです。

Philippines Flag

35年も前ですが、マニラの夕日には感動しました。

エッフェル塔百態 79  大河の泉/コンコルド広場

   depuis  2001

ノエルと新年に向けての準備が整い、
多くの観光客とパリ市民で賑う薄暮のコンコルド広場から見るエッフェル塔。

手前に写っているのは、
広場にある二つの噴水のうち<大河の噴水 Fontaine des Fleuves>と呼ばれるもの。

広場の設計をしたのは アンジュ=ジャック・ガブリエル Ange-Jacques Gabriel (1698-1782)だが、
オベリスク/クレオパトラの針を挟んでセーヌ川側の<海の噴水  Fontaine des Mers >と対で噴水を配置した(1836)のは ジャック・イニャス・イトルフ  Jacques Ignace Hittorff (1792-1867) だ。

パリ1区と5区の区役所、パリ北駅、フランツ・リスト広場の Église Saint-Vincent-de-Paul も彼の作品。

* * *

昨25日の昼は<フェルメット・マルブフ 1900>で星川君のパリ個展の成功裡での終了を祝した。来月のノエルまで暫しパリとお別れだ。

エッフェル塔百態 78  モンテーニュ大通り

   depuis  2001

ロン・ポワン・デ・シャンゼリゼから直ぐの
モンテーニュ大通り Av. Montaigne からのエッフェル塔。

ノエル(クリスマス)の飾りつけが施された
モンテーニュ大通りの左手にエッフェル塔が顔を覗かせる。

突き当たりのアルマ広場とそこから右手に始まるジョルジュ・サンク大通りと手前のシャンゼリゼ大通りとで囲まれる黄金の三角地帯には高級店がひしめく。

エッフェル塔百態 76  国民会議(ブルボン宮殿)

   depuis  2001

ブルボン宮殿はルイ14世の庶子ルイーズ・フランソワーズ・ド・ブルボン Louise Françoise de Bourbon (1673-1743) により建造(1728)されたが、フランス革命により接収(1791)され下院にあたる国民会議の議場となる (上院にあたる元老院はアンリ4世の王妃でルイ13世の母、マリー・ド・メディチ改築 (1631) のリュクサンブール宮殿)。

Tour Eiffel / Assemblée Nationale (Palais Bourbon)

 

エッフェル塔百態 75  サン・ランベール公園

   depuis  2001

15区にあるサン・ランベール公園 Sq. St-Lambert (左の樹木の左側)横のジャン・フォルミジェ通り Rue Jean Formige からのエッフェル塔。

聖ランベール(669-705)は現ベルギーのリエージュ司教領を守った聖人。

Tour Eiffel / Sq. St-Lambert

30度に迫る絶好の晴天(2012.08.17.)とあって、公園では。。。

Sq. St-Lambert

エッフェル塔百態 74  カルーゼル公園

   depuis  2001

カルーゼル公園 Jardin du Carrousel からのエッフェル塔。

前の人の流れは左手のカルーゼルの凱旋門から右手のチュイルリー公園へ、
あるいはその逆の動き。

手前の植え込みは迷路のようになっている。

公園内では複数の<マイヨール Aristide Maillol の彫像>を見れる。

写真では左手に Aristide Maillol 、右手に Le vase Médicis 。

Tour Eiffel / Jardin du Carrousel

少し右方向に移動して振り返ると。。。

中央にマイヨールの Air と題する作品、背景はルーブル美術館で左がリシュリュー翼、右がドノン翼、奥がシュリ―翼、彫像の右にカルーゼルの凱旋門。灌木の植え込みが迷路。

Jardin du Carrousel / Aristide Maillol

エッフェル塔百態 73  オステルリッツ橋

   depuis  2001

ヴァルベール広場 Pl. Valhubert 前のセーヌ川に架かるオステルリッツ橋からのエッフェル塔。

セーヌ川の下流方向を見ていて、
左の左岸側にオステルリッツ駅 Gare  d’Austerlitz 、パリ植物園があり、右岸を直ぐ右折してディドロ大通り Bd.  Diderot に入ればリヨン駅 Gare de Liyon 前だ。

真ん中にエッフェル塔、左にパンテオン、そして右にパリ・ノートルダム寺院(シテ島)という配置で、下流に見える橋はサン・ルイ島に架かるシュリ―橋だ。

サン・マルタン運河は下流右岸直ぐのところから始まる。

ジュシ―タワー Tour Jussieu (Tour  Zamansky)と呼ばれる高層の建物と前、
横の建物はパリ第VI大学。、

エッフェル塔百態 72                         ロータリーとモニュメント 62  レジスタンス広場

   depuis  2001

アルマ橋の左岸詰の レジスタンス広場 Place de la Résistance には5本のアヴェニューと1本のルーが集まる。RER の Pont de l’Alma の駅もある。

右側にセーヌ川が流れていて、アルマ橋を渡れば自由の炎のモニュメントのあるアルマ広場だ。

広場から緑の間を少し下流へケ・ブランリィ Quai Branly を行けばシラクの<ケ・ブランリィ美術館>だ。

エッフェル塔百態 71               ジョルジュ・サンド/ジャン・ド・ラ・フォンテーヌ

   depuis  2001

パリ16区のジョルジュ・サンド通り Rue George Sand と ジャン・ド・ラ・フォンテーヌ通り Rue Jean de la Fontaine との交差点から見えるエッフェル塔。

ジョルジュ・サンドはショパンやリスト等と浮名を馳せた誰もが知る女流作家で、銘板には< ジョルジュ・サンドとして知られるオーロール・デュパン Aurore Dupin (本名) 1804-1876  / 作家 >とある。

写っている通りはジャン・ド・ラ・フォンテーヌ通りで、交差するジョルジュ・サンド通りを左に行くと直ぐ Villa George Sand がある。

もう一方は、<すべての道はローマに通ず>でも、また、寓話詩人としても知られる(カラスとキツネで紹介した)ジャン・ド・ラ・フォンテーヌ Jean de la Fontaine  の名を冠したもので、< ジャン・ド・ラ・フォンテーヌ  Jean de la Fontaine  1621-1695 / 寓話作家 >とある。

エッフェル塔百態 70  ラ・フェルメット・マルブフ1900

   depuis  2001

アールヌーボースタイルのレストラン <ラ・フェルメット・マルブフ1900> の正面から見えるエッフェル塔です。

街灯の建物がレストランの正面右側でマルブフ通りに面しています(Marbouf  は17世紀のバロック詩人の名です)。

左右の道をレストランに沿って右すぐにジョルジュ・サンク大通り、また、マルブフ通りを直進すれば写真の左の建物がジョルジュ・サンク大通りに面しています。

ところで、この美しいアールヌーボー式のレストランは、Langham邸のダイニングがベースとなっていて、今はSalle 1900という名称がついています。

1898年に当時の若い才能あふれる建築家と画家がこの館のダイニングの改装を手がけたのですが、長い間そのまま放置され、約80年ほどのときを経て1978年に建物に再び手がはいった際に、壁を壊したところ、このアールヌーボー式のキッチンが当時の形のままで見つかったという、なんとも御伽噺のようなストーリーがかくされているのです。

1993年にこの建物は歴史的建造物として登録されましたが、1982年に以前の姿を知るある紳士がこのSalle 1900をみたいとたずねてきた際に「まったく当時と同じだ!」と驚愕したそうです。

5000枚ものタイルをはめなおして行われた大改装工事の末、1898年そのままの姿でよみがえったレストランでは、手ごろな価格で定番のフランス料理が美味しくいただけます。

レストラン内部の様子は単調な造りでありませんのでなかなかお伝えするのが難しいです。。

****

本日とったランチは、menu du marché  ( Entrée + Plat )  23.5 euros で、

前菜・メインとも3品から選べます。

前菜はガスパッチョ・サラダ・ムール貝、メインは生牛肉のタータル・鴨・鮭と鱈のグリルのそれぞれ3品です。

2012.08.19

天井

054

エッフェル塔百態 69  アンリ4世騎馬像

   depuis  2001

シテ島(ポン・ヌフ橋)上のアンリ4世騎馬像 Statue équestre d’Henri IV を右端に、真ん中にフランス学士院を重層したエッフェル塔。

フランス学士院とエッフェル塔を除けば写っているのはすべてシテ島上。

騎馬像の向こうはシテ島の下流端の緑地  で、階段を下りると ポン・ヌフ公園 Parc du Ponu Neuf 。セーヌ河畔にも出られ、バトウ・ムッシュの乗船場でもある。

ポン・ヌフの起工はアンリ3世の治世だが、アンリ4世治世の1607年に竣工した。

台座にはラテン語で HENRICI MAGNI とあるが、これはアンリ4世の愛称である大アンリ Henri le Grand の意味だ。

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* * *

エッフェル塔の左に街燈とその足元に<ヴェリブ Vélib’>の貸し出し所が見える。

エッフェル塔百態 68  シャンジュ橋/コンシェルジュリー/パリ・プラージュ/時計の塔

   depuis  2001

シャトレ広場前のシャンジュ橋 Pont au Change からのエッフェル塔。

下流に見える橋がポン・ヌフ  Pont Neuf  。
左はシテ島で、化粧直しの終わったコンシェルジュリー。
エッフェル塔の左にフランス学士院。
セーヌ右派流に沿うパリ・プラージュは気温23度とあって閑散としている。

Tour Eiffel / Pont au Change

現在の橋はN のマークが付いていることから推察できるようにナポレオン3世時代(1858)のものだが、両替橋の名はその昔の橋上に両替商や宝石・金細工の店があったことに由来している。

フィレンツェのポンテ・ヴェッキオ(橋)を渡ったところのアパートが懐かしい。

2012.07.31.

コンシェルジュリーの<時計の塔 Tour de l’Horloge du palais de la Cité >の
壁時計部分だけが遅れていたが。。。

中央の時計の左右の彫像は、ファスケスを置き正義の手と法を持っている左が<法の力>、天秤と剣を持っている右が<正義・公正の執行>を寓意している。

François Christophe Armand Toussaint (1806-62) により改修された(1852)。

また、時計の頂部にはアンリ3世 Henri III (在位1574-89)の使った
二つの<王の紋章>が付いている。

父アンリ2世(母カトリーヌ・ド・メディチ)の<モノグラム>である HCC も見える。

アンリ3世が1350年にジャン王が設置した時計を1585年に取り換えた。

2012.11.19.

エッフェル塔百態 67 パリの守護聖人聖ジュヌヴィエーヴ/トゥールネル橋

   depuis  2001

サン・ルイ島とセーヌ左岸に架かるトゥールネル橋上流、サン・ルイ島からのエッフェル塔。

トゥールネル橋上のモニュメントが<パリの守護聖人聖ジュヌヴィエーヴ>だ。

パリの中心であるサン・ルイ島、シテ島から上流方向、つまり外を向いていることによってパリを守護していることを表現している。
ポール・ランドウスキー Paul Landowski (1875-1961)による彫刻( 1928)。

Brazil Flag

彼はリオ・デ・ジャネイロのコルコバード Corcovado の巨大キリスト像(1922-31)の作者として世界に知られている(初めて見て、山上の像の足元に立った時は本当に驚いた)。

Tour Eiffel / Pont de la Tournelle

 Tournelle は12世紀に建設された<フィリップ・オーギュストの城壁 Enceinte de Philippe Auguste>の四角い塔(砦)の名。
城壁で囲まれたここより下流、現芸術橋付近までがパリ市内だった。

エッフェル塔百態 66                        人権宣言(フランス革命)200周年記念碑

   depuis  2001

France Flag   今日7月14日はフランスの革命記念日(パリ祭) 14 Juillet だ。  France Flag

今年は明々後日の17日からの滞在なので
残念ながら新大統領オランドを肉眼で見ることはできない。

エッフェル塔はフランス革命100周年を記念して1889年に建設されたものだが、200周年の際の記念塔も シャン・ド・マルス公園 Parc du Champ de Mars の一角にある。

人権宣言200周年記念塔で、
1789<人間と市民の権利の宣言>1989  とある(写真下)。

フランス革命の基本理念である自由と平等などを謳ったいわゆる<人権宣言>(ラファイエット起草)の 宣言200周年を示す人権記念塔(イワン作)として建てられたものだ。

写真上の面には、アテネ、ローマ、ルクセンブルグ、
ボン、アムステルダム、コペンハーゲン、

裏面には、リスボン、マドリッド、パリ、ブラッセル、ロンドン、ダブリンの都市名がある。

エッフェル塔百態 65  グロー将軍広場

   depuis  2001

グロー将軍広場 Place du Général Gouraud からのエッフェル塔の夜景。

ライン42 Ligne 69 ライン87 のバス停 Rapp-La Bourdonnais より。写真の下方に逆向きのバス停が見える。

グロー将軍は第一次大戦の終盤、西部戦線で第4軍を率いてストラスブールを開放した。

右腕を失った将軍の半身像がアンヴァリッドの右翼、
アンヴァリッド大通りに面する Sq. d’Ajaccio にある。

(アジャクシオ Ajaccio はナポレオンの生まれたコルシカ島の都市名。)

 

Sq. d'Ajaccio

後ろはアンヴァリッド Hôtel de Invalides 。

エッフェル塔百態 64  アンヴァリッド遊歩道

   depuis  2001

アンヴァリッド広場(遊歩道) Esplanade des Invalides からのエッフェル塔。

Tour Eiffel / Esplanade des Invalides

右側がセーヌ川で、
アレクサンドル3世橋の右岸下流側にグラン・パレ、上流側にプチ・パレ。(下の上)

左側にアンヴァリッド。(下の下)

両者の間が Champ de Mars と並ぶ広大な Esplanade des Invalides だ。

アレクサンドル3世橋

Hôtel de Invalides

エッフェル塔百態 63  ジョフリ広場

   depuis  2001

旧陸軍士官学校前の ジョフリ広場 Place Joffre から見るエッフェル塔。

ジョフリ広場のモニュメントは第一次大戦時のフランス元帥(1916) Joffre の騎馬像で、
エッフェル塔の向こうに位置するトロカデロと11月11日広場のフランス元帥(1918) Foch の騎馬像とエッフェル塔を挟んで一直線上で向き合っている。

先輩であり、またパパ・ジョフリと愛称された人気のジョフリ元帥が
陸軍士官学校前を占めているわけだ。

韓国ドラマとエッフェル塔

エッフェル塔百態 1  EU 15周年記念

パリといえばやはりエッフェル塔。

さまざまな表情を見せるエッフェル塔を順次紹介してゆきます。

お楽しみに。

1993年11月1日に発足した EU(欧州連合)の15周年を記念した
2008年のエッフェル塔のイルミネーション。

2008.08.14.

シャイヨー宮から見たエッフェル塔正面。メトロ6号線Télécharger le plan Métro ligne 6 - PDF - Nouvelle fenêtreか9号線Télécharger le plan Métro ligne 9 - PDF - Nouvelle fenêtreの Trocadéro で下車。

<参考: メトロ路線図 >

Busの画面が出ますが、画面上の Métro をクリックしてください。

* * *

韓国ドラマ<テロワール>のパリロケがちょうどこの時期だ。

<朱蒙><がんばれ!クムスン>のハン・ジウン、
<プラハの恋人>のキム・ジュヒョク主演。

編集

早春(2011年4月)のエッフェル塔            ビル・アケム橋

   depuis  2001

Pont de Bir Hakeim はエッフェル塔を望む人気のビューポイントの一つです。

新年をここで迎える人も多いです。
<ボナネー bonne année >と誰彼となく声を掛け合います。

橋の下セーヌ川で新年を迎えようと
ヨーロッパ各国から集まってきたボートは一斉に汽笛を鳴らします。

エッフェル塔周辺で花火が打ち上げられます。新年を迎えた慶びが溢れるようです。

パリでは各所の広場で新年を祝しあいますが、私はここがお勧めです。

エッフェル塔百態 62  ガリエラ美術館

   depuis  2001

<ガリエラ美術館 Musée Galliera (モード・衣装美術館 Musée de la Mode et du Costume )> 前からのエッフェル塔。中に入れば全景を撮れるのだが閉館中だった。またの機会にしよう。

Tour Eiffel / Musée Galliera

..

.ガリエラ公爵夫人はジェノバの貴族出身で、同じく貴族出の夫がオルレアン鉄道(パリ駅が現オルセー美術館)社長など鉄道事業や金融業で成功、巨万の富を得た。

7月革命(1830)直後の夫の死にともなう相続財産の保全に追われることになった。

ガリエラ美術館もその一つでモードの変遷・歴史に興味ある方には見ごたえがあるでしょう。

ガリエラ宮殿 Palais Galliera がルネッサンス様式で建てられているのはジェノバ出身の証し。

朝市のプレジダン・ウィルソン大通りで<市立近代美術館  Musée d’Art Moderne de la Ville de Paris >の入っているパレ・ド・トキョー Palais de Tokyo と向き合っている宮殿裏の庭側(一部は公園として開放されている。)から見ると・・・

Palais Galliera

 Palais de Tokyo の名は宮殿の面するセーヌ川沿いの河岸道路(第二次大戦後ニュー・ヨーク大通りと呼ばれている。)を第一次大戦大戦勃発以降同盟国の日本をさしてトキョー大通りと呼んでいたことによる。

エッフェル塔百態 61  ビュット・ショーモン公園

   depuis  2001

オスマンがパリ東北部のベルヴィルの丘陵に計画したビュット・ショーモン公園 Parc Buttes Chaumont から南西方向にエッフェル塔を見ることができる。

天気がとりわけ悪いわけではないのだが、春霞で目を凝らさないと見えづらいエッフェル塔だ。右の大木の右手にはサクレ・クール聖堂が、また後方はサン・ドニまではっきり見える。

Tour Eiffel/Parc des Buttes Chaumont

ロータリーとモニュメント その43 カミーユ・ジュリアン広場 を追補しました。御覧ください。

エッフェル塔百態 60  ガリリャーノ橋

   depuis  2001

ミラボー橋の一つ下流に架かる ガリリャーノ橋 Pont du Garigliano からのエッフェル塔。

Tour Eiffel / Pont du Garigliano

イタリアのモンテ・カッシーノのガリリャーノ川付近での4ヶ月に及ぶドイツ軍との戦いを勝利した(1944.05.19.)記念の命名。
連合国の自由フランス軍司令官はアルフォンス·ジュアン。

ジャン・ギャバン、フランソワーズ・アルヌール主演の映画<ヘッドライト / 原題:とるに足りない人々Des Gens Sans Importance (1956)>では、ガリリャーノ橋の旧橋であるオートゥイユ高架橋(1863-1962)が映っている。トラックには身重で病気のアルヌールを乗せていて、彼女の故郷ボルドーへ向かうエピローグの始まり。

その後、洪水阻害と交通量の増加に対応して現橋に架け替えられ、
橋名も現名になった(1966)。

Tour Eiffel / Des Gens Sans Importance
Tour Eiffel / Des Gens Sans Importance

エッフェル塔百態 59  ぺテル通り

   depuis  2001

パッシー・ケネディを定宿にしていた頃、セーブル・バビロンのル・ボン・マルシェやサン・ジェルマン・デ・プレ界隈に出かけるのに
ラジオ・フランスから70番のバス ライン70  が便利だった。

写真はその途中ぺテル通りから見えるエッフェル塔だ。手前右の建物は教会で、カメラ位置の右手前が15区の区役所だ。区役所前のバス停 ライン70 bus 88 picto が教会横に見える。

左右の通りには ライン39  が走行している。

Tour Eiffel / Rue Pétel


エッフェル塔百態 57  ポン・ヌフ

    depuis  2001

  シテ島に架かるポン・ヌフ Pont Neuf のセーヌ右派流の橋上からのエッフェル塔。

セーヌ川下流に芸術橋、カルーゼル橋、ロワイヤル橋、シテ島下流端の緑地の向こうセーヌ左岸にフランス学士院、その右丸窓3つの国立美術学校・ボ・ザール、
エッフェル塔のずっと右にオルセー美術館、右端にルーブル河岸の緑地という配置だ。

1607年に竣工した石造のアーチ橋である<新しい橋>は今ではパリで最古の橋となっている。着工当時の国王アンリ3世はイングランドの女王エリザベス1世との結婚問題でも名を残している。

***

芸術橋 Pont des Arts から上流側のポン・ヌフを見る。

中央のシテ島にコンシェルジュリやノートル・ダム寺院が、
写真左のセーヌ右岸にはパリ市役所等が・・・

エッフェル塔百態 56  ヴァルソヴィ広場

     depuis  2001

   トロカデロと11月11日広場からトロカデロ庭園に下りてイエナ橋右岸詰のヴァルソヴィ広場 Pl. Varsovie から。

イエナ橋や旧陸軍士官学校などが見える。が、ここで注目したいのはエッフェル塔のアーチの上の  ---- に見える部分。

実はここにはフランスの数学者・物理学者・化学者・土木技術者など72名のの銘板が4面に張られている。写真の面には・・・

数学者ラグランジェ・ラプラス、化学者ラボアジェ、物理学者アンペールなどお馴染みの名前がある。

因みに、Varsovieとはワルシャワ、Cracovie(クラコヴィ)がクラクフ。クラコヴィはポーランドの古都で、観光地としてお勧め。

トロカデロと11月11日広場のモニュメントである騎馬像のフォッシュ元帥はポーランドの元帥でもあったので、2つの広場はセットになっているといってよかろう。

エッフェル塔百態 55  プロムナード・プランテ

   depuis  2001

旧ヴァンセンヌ鉄道の廃線敷を利用した緑道であるプロムナード・プランテ La Promenade Plantéeからのエッフェル塔。

プロムナードの延長は約4キロメートルで、始発駅だった現バスティーユの新オペラ座からパリの外郭環状道路の緑地帯まで。

右の写真は旧ドメニル広場に近いリュイリィ通りからでプロムナードと立体交差している。見えている約400メートル区間は特別で両サイドにヴィヴァルディ通りが付属している。

エッフェル塔の右下に見える時計台はリヨン駅。

::::

下に降りれば写真2。

標準形は写真3で高架の鉄道敷いっぱいに緑や流れになっている。

ここを通っていた電車はBoissy-Saint-Léger(現在RERATélécharger le plan de ligne RER A - (Pdf < 200 ko - nouvelle fenêtre)の駅)まで通じていました。

ちなみにこの散歩道は朝8時半からあいていてしまる時間は月によります。
10月1日からは19h30でしまるようです。

エッフェル塔百態 54  ジャック・リュフ広場

        depuis  2001

      ジャック・リュフ広場 Place Jacques Rueff からのエッフェル塔。

恐らく観光客のすべてが撮ると思われるエッフェル塔。少し見上げている感じ。

ジャック・リュフ Jacques Rueff は
フランスのエコノミスト(ケインズ学派)でEU の前身 EC  の成立に貢献した。

エッフェル塔百態 53  ニュー・ヨーク大通り

   depuis  2001

Eiffel-Av. de New Yorkアルマ橋からのセーヌ川右岸道路であるニュー・ヨーク大通り  Avenue de  New York  からのエッフェル塔。

左側は直ぐセーヌ川、対岸の左岸道路はケ・ブランリィで撮影地点は丁度ケ・ブランリィ美術館の対岸あたり。右端に写っている橋がエッフェル塔正面のイエナ橋で白いテント群は土産物店。

エッフェルが請け負った<自由の女神像>が建つニューヨークがエッフェル塔の前にあるのだ。

ニューヨーク大通りになる前は東京大通りと呼ばれていた。第一次大戦の同盟国であったからだ。

東京大通りと呼ばれていた頃に建てられた<市立近代美術館  Musée d’Art Moderne de la Ville de Paris >の入っているパレ・ド・トキョー Palais de Tokyo にその名残が見られる。

エッフェル塔百態 52  ケ・ブランリィ美術館

   depuis  2001

    アフリカ・アジア・オセアニアなどの原始美術を展示する
ケ・ブランリィ美術館 Musée  du quai Branly からのエッフェル塔。

ブランリィ河岸はアルマ橋からエッフェル塔の前を通り過ぎてビル・アケム橋までの左岸道路で、パリ市長、フランス大統領を務めたシラク肝いりの美術館はアルマ橋からすぐのところだ。

これらの写真は2006年8月のもので、オープン後2か月の頃だ。造園家の Patrick Blanc による建物外壁の緑<生きた壁>は当時まだ珍しかった(写真:下左)。

河岸名になっている Branly は1890年に後にコンダクターと呼ばれるようになるコヒーラーという一種の検波器を開発した発明家・物理学者であり、ラジオ開発の初期を飾る人物の一人だ。

下写真の右上はエッフェル塔側から見た美術館入り口で前の道路が Quai Branly で
並木の左がセーヌ川、右下はリュクサンブール公園にある彼の彫像。

エッフェル塔百態 50  T3 ガリリャーノ橋

   depuis  2001

 トラムウェイ Logo T3a の起終点 ガリリャーノ橋 Pont du Garigliano  駅からのエッフェル塔。

T3- Garigliano駅から少しセーヌ川に架かるガリリャーノ橋の方へ寄った位置。

左にセーヌ川が見えるが橋は映らない。

樹木の横に一つ上流に架かるミラボー橋が見える。

下の写真は、ガリリャーノ駅。ここから乗車すれば、Porte de Vincennes 迄行け、Logo T3b に乗り換えて Porte de la Chapelle まで行けるようになった。2012.12.より。

T3-Pont du Garigliano

エッフェル塔百態 50  旧陸軍士官学校・フォントノア広場

   depuis  2001

フォントノア広場 Place de Fontenoy  から
旧陸軍士官学校 Ecole Militaire を通してみるエッフェル塔だ。

Ecole Militaire

両者の中心軸が一致しているので、
できるだけエッフェル塔が見えるように上の写真では故意に軸をずらせて撮影している。

Ecole Militaire をエッフェル塔側からつまりシャン・ド・マルス公園から見ると・・・

Ecole Militaire

士官学校前中央にジョフリ元帥の騎馬像が置かれ、  ジョフリ広場 Place Joffre と呼ばれる。

ジョフリ元帥はエッフェル塔の下部アーチを通して トロカデロと11月11日広場 Place du Trocadero et du 11 Novembre  のフォッシュ元帥と一直線上で向き合っている。

エッフェル塔百態 47  アレクサンドル3世橋

   depuis  2001

アレクサンドル3世橋右岸詰からのエッフェル塔。

右の刈込の緑道は<イリーヴァン公園 Jardin d’Erivan >で、ラファイエット侯爵の像 Statue de Marquis de Lafayette が見える。その右が<女王の間 Cours de la Reine >。

ジョルジュ·ガルデ Georges Gardet ( 1863–1939) のライオン像も見える。

右側はグランパレ、プチパレ(写真下の上)。
左側はアレクサンドル3世橋とアンヴァリッド(写真下の下)。

エッフェル塔百態 46  外務省

   depuis  2001


Ministère des Affaires Étrangeres 

右の建物が外務省。右に回ればセーヌ川で正面はセーヌに面している。

道路は Rue de l’Université でサンジェルマン・デ・プレからエッフェル塔までのセーヌ川に沿う延長の長い通りだ。前の緑はアンヴァリッドとセーヌ川間の Esplanade des Invalides 。

セーヌ川を渡って対岸からフランス外務省を見ると・・・

Ministère des Affaires Étrangeres

中央右が外務省。左端がコンコルド橋で
対岸外務省左横三色旗が上がっているのがブルボン宮(下院)だ。

エッフェル塔百態 45  マティニョン大通り

   depuis  2001

7月14日の革命記念日の当日

パレードを見るため

メトロの開いている

マップメトロライン9をダウンロード - PDF - 新規ウィンドウ9号線ミロメニル Miromesnil で下車、

徒歩でマティニョン大通りを

シャンゼリゼ大通りに向かって歩く人々と

晴天に顔をのぞかせるエッフェル塔。

エッフェル塔百態 44  メトロ6号線セーヌ川上

   depuis  2001

 メトロ6号線のセーヌ川渡河中の車内から見るエッフェル塔。

夜間のイルミネーションを車内から見るのもまた一興。

メトロ6号線

メトロ6号線は2層橋であるビラケム橋(あるいはビル・アケム橋)の上層でセーヌ川を渡るのだが、この橋の旧名は右岸の地区名を取ったパッシー橋だった。

第二次世界大戦のアフリカ戦線であのロンメル将軍を2週間余りにわたってリビアの Bir-Hakeim に釘付にしてイギリスのスエズ運河防衛に寄与したドイツ占領下の自由フランス軍の功績を記念して改名したものだ。

車窓から反対の下流側を見れば白鳥の小径は眼下だ。

エッフェル塔百態 43  メキシコ広場

   depuis  2001

トロカデロと11月11日広場でエッフェル塔を背にして正面の大通りである Av.  d’Eylau(エロー大通り) を少し下ればメキシコ広場  Place de Mexico  だ。振り返ってみると。。。

エッフェル塔百態 42  サン・ジェルマン・アン・レー城

   depuis  2001

   サン・ジェルマン・アン・レー城の東端
<パヴィヨン アンリ4世>横からのエッフェル塔だ。

Pavillon Henri Ⅳは太陽王ルイ14世が生まれた館(写真下)として知られる。
週末をサン・ジェルマン・アン・レーで過ごしたり引退して近隣に住む富豪などが数多く出入りするため予約なしで食事を取るのは難しい。

Tour Eiffel - St-Germain-en-Laye

橋が架かっているのがセーヌ川。その向こうの超高層ビル群がデファンス。

四角い箱抜きの新凱旋門<グラン・アルシュ>も見える。
エッフェル塔は右端小高い丘陵の向こうに望める。

パヴィヨン・アンリ4世

* * *

上の パヴィヨン・アンリ4世 を右へお城に沿って大庭園を歩くと劇場があるが、その左横の<ブラッスリー・テアトル>の焼フォアグラは絶品だ。これまではツールーズの<ブラッスリー・ツール―ジャン>がお気に入りだったが、これからは近場のサン・ジェルマン・アン・レーにしよう。

エッフェル塔百態 41  シャトー・ド・ヴァンセンヌ

ようやく日が暮れた夜10時のエッフェル塔をツール・ド・フランス2011を観戦したヴァンセンヌ城前から見てみました。

左は夜通常のイルミネーション。右は10時から5分間限定のヴァージョン。

Château de Vincennes

   depuis  2001

エッフェル塔百態 40               ギャラリー・ラファイエット屋上 / Galerie Lafayette

   depuis  2001

Galeries Lafayette

       エッフェル塔の下、太陽光で反射しているのがグラン・パレとプチ・パレ。

その左の大屋根がマドレーヌ寺院 (写真右) 。左にアンヴァリッドも見える。

また、左端2本の尖塔はサント・クロチルド聖堂だ。

エッフェル塔百態 38  ブルトゥイユ広場

    depuis  2001

     ブルトゥイユ広場 Place de Breteuil からのエッフェル塔。

パスツールの坐像があるブルトゥイユ広場の正面はアンヴァリッドだが、左斜め45度の Av. de Saxe を見ると真正面にエッフェル塔を望める。

オスマンの設計でブルトゥイユ広場、ザックス大通りと旧陸軍士官学校、シャンドマルス公園、エッフェル塔、シャイヨー宮の中心軸とフォッシュの騎馬像とが一直線上にあるからだ。

Tour Eiffel - Place de Breteuil

エッフェル塔の足元、三色旗の掲揚されているのが旧陸軍士官学校。

並木道はザックス大通りでフォントゥノイ広場まで。

左手にユネスコ本部がある。

また、土曜日には朝市がる。

* * *

余談だが、手前の人だかりはエコなのか、健康なのか、懐具合なのか、最近流行の<バイクツアー>の連中だ。

列車やボートも組み合わせてヨーロッパを広く長期間にわたって周遊してるツアーもある。

Hôtel des Invalides - Pastuer

エッフェル塔百態 37  芸術橋

   depuis  2001

ルーブル宮とフランス学士院とを繋ぐ歩行者専用の人道橋である
芸術橋 Pont des Arts からのエッフェル塔。

Tour Eiffel - Pont des Arts

鍵に想いを託す人々。。

(余りのブームに当局は鍵を取り付けられない構造に変更を始めた。)

左岸に渡ってブキニストでも覗きながら少し緑道を下流に歩けば
ボザール Beaux- Arts : 国立美術学校だ。

Ecole Nationale Supérieure des Beaux-Arts

写真下はルーブル美術館ドノン翼から見た芸術橋とフランス学士院。モンパルナスタワーも見える。

エッフェル塔百態 36  ミラボー橋

   depuis  2001

詩人アポリネールで有名なミラボー橋左岸詰めからのエッフェル塔。

Tour Eiffel-Pont Mirabeau左側がセーヌ川、鉄道は RER C 線。

ミラボー橋 Pont Mirabeau は 1883-1896 の建造。

エッフェル塔から3年後、初めて試みられた鋼鉄製ヒンジ橋で、名前の響き、その姿。。。マリー・ローランサン。。。。恋。。。。。アポリネールの<ミラボー橋の下をセーヌは流れる>。。。。。。よく分からないがもっとも好きな橋のひとつだ。
ちなみに、アポリネールの彫像がサン・ジェルマン・デ・プレ教会左脇に、墓はマリー・ローランサンともどもペール・ラシューズ墓地にある。

Pont Mirabeau

エッフェル塔百態 35  モンパルナス駅

   depuis  2001

リモージュ、ニース、カンヌ、ジュネーブ、リヨン方面などを除き、ボルドー、ナント、カンペール等南仏、西仏へのTGV  SNCF の始発駅であるモンパルナスは巨大なターミナルだ。
そのため、モンパルナス駅に行っても場所によってモンパルナスタワーもエッフェル塔も見れないかも知れない。Gare de Montparnasse

このビューポイントは Bd. Pasteur からだ。

前に見える樹木がパスツール大通りであるが、このポイントは小高い丘の上なので塔の足元まで見ることができる。

足元右にシャイヨー宮も見えている。

絶景ポイントの一つだ。

エッフェル塔百態 34 凱旋門 Arc de Triomphe

   depuis  2001

手前の道路はテルヌ広場からの Av. du Wagram 。

Tour Eiffel-Arc de Triomphe

写真下の手前は Av. Carnot 。

エッフェル塔は凱旋門の左から右へ移動する。放射道路が12本のうえ外側に直ぐ環状道路があるので、この辺りでの知ったかぶりは禁物だ。方向感覚はすぐ失われるから。。。

Tour Eiffel-Arc de Triomphe-2

エッフェル塔百態 33  Conciergerie ( Châtelet )

   depuis  2001

パリ市立劇場前からのエッフェル塔。

左端とんがり帽子2本の建物はコンシェルジェリーで入場するとマリー・アントワネットの独房が再現されている。パリ最古の公共の時計が取り付けられているもうひとつの四角いとんがり帽子はただいま修復中で写真から外している。金色のアンヴァリッドも見える。その手前の緑はシテ島の下流端。手前の橋は両替橋 Pont au Change でセーヌ右派流を右から左へ渡河してシテ島に入る。

右の樹木はシャトレ広場の一角。

エッフェル塔百態 32  Cours de Vincennes

   depuis  2001

Tour Eiffel-Cours de Vincennes

オスマンのパリ改造計画以前の都市計画道路 Bd.Cours de Vincennes から見たエッフェル塔。

エッフェル塔手前左に見える Collones du Trône のところがナション広場だ。

円柱 Collone 頂部の像は サン・ルイ(ルイ9世 / 聖王) で、オーギュスト・デュモンAuguste Dumont (1801-1884)の作(1884)。右にある フィリップ・オウギュスト Philippe Auguste (フィリップ2世 / 尊厳王)の像は並木に隠れて見えない。

左に並んでいる車列は Cours de Vincennes の朝市の車、
右の緑の中ではこのとき骨董市が開催中。

手前はPorte de Vincennes から Av. de Paris に一直線だ。

エッフェル塔百態 29  オランジュリー美術館

   depuis  2001

      オランジュリー美術Musée de l'Orangerie館正面右前からのエッフェル塔の冬景色。

Tour Eiffel

左にエッフェル塔、中央にシャイヨー宮、右にグランパレ。手前にコンコルド広場とセーヌを渡るコンコルド橋。

樹木落葉で見通しがよく、金色に輝いているのがアレクサンドル3世橋。

オランジュリー美術館といえば モネ だが、2010年の12月の企画展で見たマリー・ローランサンの絵を2枚載せておこう。

エッフェル塔百態 28  チュイルリー公園


   depuis  2001

    チュイルリー公園からのエッフェル塔3葉。

左にオルセー美術館が見える(写真右と下)。

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最上段と左写真の左側で金色はアンヴァリッドだが、その右の2本の尖塔はネオ・ゴシック様式のサント・クロチルド聖堂  Basilique Ste-Clotilde だ。

エッフェル塔百態 27  ロダン美術館

   depuis  2001

ロダン美術館 Musée Rodin に入って直ぐの前庭から見えるエッフェル塔。

Tour Eiffel

左がロダン美術館。建物の上部にアンヴァリッドの金色の先端が見える。
美術館の中からはエッフェル塔は見えない。

前庭を右側に進んでエッフェル塔に近ずくと…

<考える人 Le Penseur>の右側の小空間に小さくエッフェル塔がまた左手にアンヴァリッドが。。。

ロダン美術館については別稿(上記のタグのうちロダン美術館をクリック)を参照。

エッフェル塔百態 25  シャン・ド・マルス公園

    depuis  2001

   Parc du Champ de Mars からのエッフェル塔。真正面がシャイヨー宮 ( Palais de Chaillot ) だ。

イルミネーションの正面はシャイヨー宮側だが、エッフェル塔の全景を強調するにはシャン・ド・マルス公園側が良い。雑物が一切入らないからだ。そして何より順光である。

もう少し旧陸軍士官学校  (Ecole Militaire ) の方に視点を移すと・・・

Tour Eiffel

写真上のエッフェル塔アーチを見ると<ロータリーとモニュメント>で案内した Foch の騎馬像が・・

トロカデロと11月11日広場だ。

* * *

少し公園の右の並木道の方に入ると。。。

エッフェル塔百態 24  ノートルダム大聖堂

   depuis  2001

サン・ルイ島に架かるトゥールネル橋からのエッフェル塔。

セーヌ川を挟んで左にエッフェル塔、右にシテ島の上流端とノートルダム大聖堂
という構図だ。

バトウ・ムッシュ (Bateaux Mouches) に大勢の観光客が乗船している。

トゥールネル橋の左岸詰には鴨料理で有名な< La Tour d’Argent>  が、
右岸詰に <勇鮨> がある。

シテ島の最上流端を島側から見ると・・・

シテ島上流端-3

左は最先端ののぞき窓、強化ガラス製で水中に没しても大丈夫な構造、振り向くと中央の写真のような入口になっていて入ると右写真。フランスらしいといえばそうかも。
わざわざ行くほどのことはない。

* * *

ノートルダム大聖堂 Cathédrale Notre-Dame を正面からと右横から見れば…
ゴシック様式とバラ窓が。。。

Cathédrale Notre-Dame-1

Cathédrale Notre-Dame-2

エッフェル塔百態 21  ルーブル美術館

   depuis  2001

ルーブル美術館のシュリー翼に近いリシュリュー翼から対面のドノン翼を望むと
エッフェル塔 Tour Eiffel が見える。

Tour Eiffel - Musée Louvre

雨模様の日には美術館がもってこいだ。この日も人出が少なくゆっくり鑑賞できた。

中庭中央がピラミッド、対面がドノン翼、右端上にエッフェル塔 という構図だ。

バスが見えるところの右側に69番Ligne 69などのバス停があり、道路が

ルーブル美術館を貫いてリヴォリ通りとセーヌ川左岸を結んでいる。

  ルーブル美術館中庭 Cour Pyramide Napoléon から。

左はドノン翼、真ん中が カルーゼル凱旋門 Arc de Triomphe du Carrousel である。

凱旋門を潜るとカルーゼル公園を経てチュイルリー公園だ。

* * *

ルーブル美術館の至宝の一つ<モナ・リザ>はガラスによる保護をとおり越していまやガラスケースの中に収まっている。しかもこのケースにすら触れられないようになっているのだ。

8月に訪れた大英博物館でも至宝<ロゼッタ石>は同様にガラスケースの中だった。ナショナルギャラリーやヴィクトリア・アルバート博物館でも絵画等はすべて保護されていた。30年前にはロゼッタ石に触れて写真を撮ったのに・・

エッフェル塔百態 20  リュクサンブール公園

    depuis  2001

     リュクサンブール公園からのエッフェル塔。エッフェル塔はこのポジションからしか望めない。

Tour Eiffel Jardin du Luxembourg

右端の建物はリュクサンブール宮でフランス国会の上院、中央緑の奥がリュクサンブール美術館。

間に金色のアンヴァリッドも顔を覗かせている。

少し左側に移動すると・・・2013.07.29.

ヨットの貸し出しがあって、
子供たちがヨットの動きに合わせて池の周りを走り回る夏の風物詩。

436

4月初め新緑の公園の様子を3枚。

Jardin du Luxembourg
Jardin du Luxembourg
Jardin du Luxembourg

マロニエは花こそ咲いていませんが新緑そのもの、プラタナスは芽吹き始めるといったところでしょうか。      モニュメントを取り巻く花々も早春を感じさせてくれますね。

写真中段はラジオ開発のパイオニアー、ブランリィの石像。

* * *

7月末 夏のリュクサンブール公園を3枚。

014

011

013

ポール・ヴェルレーヌ Paul Verlaine

エッフェル塔百態 19  ロン・ポワン・デ・シャンゼリゼ

    depuis  2001

     四季の花々で年中埋め尽くされているロン・ポワン・デ・シャンゼリゼ Rond-Point des Champse-Élysées から見るエッフェル塔である。

この写真は今年の4月のもの。円形に配置されている花壇をさらにぐるっとマロニエの並木が取り囲んでいる。

エッフェル塔の方角はシャンゼリゼ大通りとジョルジュサンク大通りとともに黄金のトライアングルの一角を構成するモンテーニュ大通り。

2010年のツール・ド・フランスと2011年のパリ祭とはここに場所取りした。

エッフェル塔百態 18  コンコルド広場

    depuis  2001

      コンコルド広場から見たエッフェル塔である。

この日は2010年7月のツール・ド・フランスの最終日で、
コース管理の状況やディスプレイが覗える。周回するコンコルド広場と凱旋門との間シャンゼリゼ大通りは観戦者で最も賑わう場所である。

ツール・ド・フランスについては別稿で紹介する。

エッフェル塔百態 17  凱旋門屋上

   depuis  2001

凱旋門の上から見たエッフェル塔です。

左端の金色のドームがアンヴァリッドで、

その右の高層ビルが未だよい評判を聞かないモンパルナスタワーです。

右はイエナ大通り Av. d’Iéna で、
イエナのロータリーを通過してイエナ橋に至るとエッフェル塔が目の前だ。

左がマルソー大通り Av.Marceau で、<自由の炎> のアルマ橋に出る。

エッフェル塔百態 15  パンテオン Panthéon


   depuis  2001

      パンテオンの前から見たエッフェル塔。

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前の緑はリュクサンブール公園。坂道を下ればものの2~3分だ。写真手前左が区役所巡りで紹介した5区の区役所だ。

パンテオンはパリの守護聖人聖ジュヌヴィエーヴの丘に1792年に建設された。

サント・ジュヌヴィエーヴ教会として建設されたものだが、革命後偉人を祭る霊廟として使われている。

ギリシャ建築に倣う新古典主義建築の傑作の一つとされている。

エッフェル塔はパンテオンの正面から見えるように建設されたに違いない。

中に入ると、地球が自転している証明に利用されるフーコーの振り子があり、

フーコーはここパンテオンで1851年に公開実験を行った。

Pendule de Foucault

Panthéon にはヴォルテール、ヴィクトル・ユーゴーなどが祭られているが、

夫人をめぐって<ヴァンセンヌの森>で決闘事件に及んだこともある

キュリー夫妻がパンテオンに祭られたのは1995年のことである。

エッフェル塔百態 14  コンコルド橋

   depuis  2001

Pont de la Concorde / Pont Alexande III

コンコルド橋からセーヌ川の下流方向にアレクサンドル3世橋とエッフェル塔。

中央奥の建物はシャイヨー宮で、三色旗を掲げている方が右ウイング。

アレクサンドル3世橋はロシアのロマノフ王朝最後の皇帝として知られる

ニコライ2世が1900年に友好関係にあったフランス政府に贈ったものです。

 ここは、最も人気のあるセーヌ川のビュウポイントの一つです。

(写真上でクリックし、拡大した写真上でもう一度クリックしてみてください。)

エッフェル塔百態 13  白鳥の小径 / Allée des Cygnes

  グルネル橋からセーヌ川の上流方向を望んだ白鳥の小径とエッフェル塔。
ビル・アケム橋からグルネル橋までの中洲の全体が白鳥の小径 Allée des Cygnes だ。

白鳥の小径-2

写真下左はグルネル橋と小径の最下流端で、
フランス革命100周年を記念して、また、お返しとして在仏のアメリカ人たちが贈った自由の女神像 Statue de la Liberté が置かれている。

写真下右は小径の上流端のビル・アケム橋で二層構造になっていて、

階段の上が車道・歩道でその上部をメトロ6号線Télécharger le plan Métro ligne 6 - PDF - Nouvelle fenêtreが走っている。

左側の河岸にパッシー駅があり、
駐在日本人も多い高級住宅地パッシー地区の最寄り駅となっている。

まだ20世紀のころ、
パッシー・ケネディを定宿にしていた時期があって一体何度歩いたことだろう?

白鳥の小径ー1

白鳥の小径ー3

エッフェル塔百態 12  アンヴァリッド

   depuis  2001

       アンヴァリッド Hôtel des Invalides 広場 Pl. des Invalides の東北端から見たエッフェル塔。

左に見えている建物が廃兵院で一部が軍事博物館として公開されている。

上の写真の左側に回ってアンヴァリッド正面(下、左)に向いて左手の前庭から見たエッフェル塔。

エッフェル塔百態 11  サクレ・クール聖堂

   depuis  2001

          モンマルトルの丘の上に聳える サクレ・クール聖堂 の前庭から望んだエッフェル塔。

サクレ・クール

サクレ・クール聖堂の中は撮影禁止
で、そのせいかぶれてます。
左の写真をクリック、そしてもう一度クリック・・・・右の騎馬像がジャンヌ・ダルクです。

モンマルトルバスはユトリロ駅で下車。

Basilique du sacré Coeur

Basilique du sacré Coeur の撮影ポイントは
左にあるケーブルカーを降りたこの地点だと思っている。

なお、ケーブルカーにはメトロの切符で乗れる。

エッフェル塔百態 10  2011年4月

   depuis  2001

今日も快晴で気温も上昇し夜になっても暖かかったので

久しぶりにエッフェル塔の夜景を見にトロカデロまで行ってきました。

夏時間になったこともあって9時でもまだ薄暮のため

10時のイルミネーションを観ることにしました。

不況のせいか観光客がこれまでになく非常に少なくて

これまで寄れなかった絶好のポイントでカメラを構えることができました。

Eiffel 2011Eiffel 2011

Eiffel 2011-4

エッフェル塔百態 9  ビル・アケム橋

   depuis  2001

新緑と百花咲き乱れる早春のエッフェル塔。

Pont de Bir Hakeim はエッフェル塔を望むヴューポイントの一つです。

新年をここで迎える人も多いです。<ボナネー>と誰彼となく声を掛け合います。

橋の下セーヌ川で新年を迎えようとヨーロッパ各国から集まってきたボートは一斉に汽笛を鳴らします。

エッフェル塔周辺で花火が打ち上げられます。新年を迎えた慶びが溢れるようです。

パリでは各所の広場で新年を祝しあいますが、私はここがお勧めです。

* * *

第二次世界大戦において、ロンメル将軍率いる独伊枢軸軍との<ビル・アケム(リビア)の戦い>で、敗れはしたものの要衝スエズ運河防衛に直結した自由フランス軍の奮闘を記念して命名(旧パッシー橋)。

エッフェル塔百態 7  自由の炎・アルマ橋

   depuis  2001

       ウエールズ大公妃ダイアナが亡くなったのは1997年8月31日、

場所はアルマトンネルだった。

その時滞在していたミラノのホテルに朝、留学中だった娘が顔を出して、

「ダイアナ妃が事故に遭ったみたい。すべて過去形の報道だったので亡くなくなったのかも。」と言っていたのを思い出す。

アルマトンネルはこの金色の<自由の炎 Flamme de la Liberté>像の下を走っている。

ちなみに、フランス政府がアメリカ独立100周年(1886年)を記念して寄贈した

自由の炎を掲げる自由の女神像はエッフェルがその設計に携わり鉄骨構造になっている。

(エッフェル塔は1889年にフランス革命100周年を記念して建造された。)

エッフェル塔百態 6  デファンス

   depuis  2001

シャトウ・ド・ヴァンセンヌとは反対の
メトロ1号線PA_metro_ligne_1の起終点であるデファンスからもエッフェル塔は見える。

グラン・アルシェのあるデファンスからセーヌを渡ってコンコルド広場まで直線道路になっているので、その途中にある凱旋門が見える。
つまり、凱旋門からはグラン・アルシェを直線上に見ることができる。

エッフェル塔は凱旋門からやや南、セーヌの左岸に位置しているので写真では右側になる。

エッフェル塔左に小さく映っている高層ビルはモンパルナスタワー。

写真上はエッフェル塔が見えるように軸をずらせているが、軸上で凱旋門を望めば写真下左、その位置で振り返れば写真下右でグラン・アルシェだ。

デファンスからカスケード状にセーヌ川に向かって下り、セーヌからは再びなだらかな上り勾配となってその頂上が凱旋門である様子が見て取れよう。

エッフェル塔百態 5  ヴァンセンヌ

   depuis  2001

ヴァンセンヌからもエッフェル塔を見ることができます。

パリ大通り(Avenue de Paris) はヴァンセンヌからパリ市内に向かって西北西に

伸びていますが、そのど真ん中にエッフェル塔を望めます。

写真右手前にはメトロ1号線PA_metro_ligne_1の終点であるシャトウ・ド・ヴァンセンヌの出入り口を示す

赤い標識が見えます。また、左手はヴァンセンヌ城正門前の緑地です。

夜景はこちら。

エッフェル塔百態 4  オルセー美術館

   depuis  2001

1900年にオルレアン鉄道のテルミニとして建設されたオルセー駅は
1986年オルセー美術館として再生し、

それまでチュイルリー公園にあった印象派美術館の収蔵品を引き継いだ。

ロワイヤル橋からオルセー美術館を望むと、右端にエッフェル塔が見える。

エッフェル塔百態 3  エッフェル塔建造120周年

   depuis  2001

2009年はエッフェル塔建造120周年にあたりました。

これを記念して、例年よりもはるかに多くのヴァージョンの

イルミネーションが連続してパリの夜を鮮やかに彩りました。

フランス国旗をあしらったものもその一つです。

6回にわたって16のヴァージョンを逐次紹介してゆきます。

エッフェル塔百態 1  EU 15周年記念

   depuis  2001

パリといえばやはりエッフェル塔。

さまざまな表情を見せるエッフェル塔を順次紹介してゆきます。

お楽しみに。

1993年11月1日に発足した EU(欧州連合)の15周年を記念した
2008年のエッフェル塔のイルミネーション。

2011.03.22.

シャイヨー宮から見たエッフェル塔正面。メトロ6号線Télécharger le plan Métro ligne 6 - PDF - Nouvelle fenêtreか9号線Télécharger le plan Métro ligne 9 - PDF - Nouvelle fenêtreの Trocadéro で下車。

<参考: メトロ路線図 >

Busの画面が出ますが、画面上の Métro をクリックしてください。

* * *

Korea, Republic of Flag

韓国ドラマ<テロワール>のパリロケがちょうどこの時期だ。

<朱蒙><がんばれ!クムスン>のハン・ジウン、
<プラハの恋人>のキム・ジュヒョク主演。