ルイ14世騎馬像/ベルニーニ

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ジャン・ロレンツォ・ベルニーニ (1598-1680) 原作のルイ14世騎馬像は1988年以来、ルーブル宮のピラミッドがあるナポレオンの中庭  Cour Napoléon にある(写真)。

バロックの巨匠ベルニーニ (イタリア・ローマ) に王自ら依頼したが、出来栄えが気に入らず破壊を命じたとされる。しかし、この原作にフランソワ·ジラルドン François Girardon (1628-1715) が帽子を被せ、足元に炎をあしらって残ったのがそれだ (レプリカ) 。
背景はルーブル美術館のドノン翼/ドノン館 Pavillon Denon 。

台座には作者として、「後に Le Berni と呼ばれた G.L.Bernini 」とあり、ジラルドンの名は無い。原像はベルサイユ宮殿にあるようだが、宮殿の前庭にある騎馬像は別物だ。

また、ジラルドン作のルイ14世騎馬像はヴァンドーム広場に置かれていたが、フランス革命後の1792年にヴィクトワール広場に置かれていたマルタン・デジャルダン Martin Desjardins (1637-1694) 作の騎馬像と同様に破壊された。ルーブル美術館にそのミニチュアが残っている。

ルイ14世騎馬像 / ベルニーニ
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Au Pied de Cochon

   depuis  2001

パリの旧市場 レ・アール の一角で 1947年創業の<豚足 Au Pied de Cochon >で今回最後のデジュネをした。1947-2012    65 ans de vie Parisienne パリで 65年 とある。
豚料理がメインだが牛肉も魚もある24時間営業のブラッセリ― Brasserie で、日本語メニューもある。

メトロ 1号線  Louvre Rivori 下車、ルーブル通りを北へ歩いてナポレオンの造った円形の商工会議所の先を右に入ったところ。店の前が大規模に再整備中のレ・アール地区。
店の向こうにサントゥスタッシュ教会 St-Eustache その前がルネ・カサン広場

エッフェル塔百態 79  大河の泉/コンコルド広場

   depuis  2001

ノエルと新年に向けての準備が整い、
多くの観光客とパリ市民で賑う薄暮のコンコルド広場から見るエッフェル塔。
手前に写っているのは、
広場にある二つの噴水のうち<大河の噴水 Fontaine des Fleuves>と呼ばれるもの。

広場の設計をしたのは アンジュ=ジャック・ガブリエル Ange-Jacques Gabriel (1698-1782) だが、オベリスク/クレオパトラの針を挟んでセーヌ川側の<海の噴水  Fontaine des Mers >と対で噴水を配置した(1836)のは ジャック・イニャス・イトルフ  Jacques Ignace Hittorff (1792-1867) だ。パリ1区と5区の区役所、パリ北駅、フランツ・リスト広場の Église Saint-Vincent-de-Paul も彼の作品。

* * *

昨25日の昼は<フェルメット・マルブフ 1900>で星川君のパリ個展の成功裡での終了を祝した。来月のノエルまで暫しパリとお別れだ。

ウインドウショッピング 20           Louis Vuitton / Vendôme

   depuis  2001

ヴァンドーム広場のルイ・ヴィトンのノエル・ヴァージョン。

ペンギンが動くように仕組まれています。

広場のイルミネーションも点灯されていますが、これからもラペ通り・カスティリオーヌ通りを含め設置が続くようです。

聖カトリーヌ Sainte Catherine d’Alexandrie の日

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モントロン公園 Square Montholon にある 大理石製 Julien Lorieux の作品 (1909) 。La Sainte Catherine    À l’ouvrière parisienne (聖カトリーヌ 働くパリジェンヌに) とある。
25歳を超えた未婚の女性 (当時 Catherinettes と言われていたらしい) が11月25日に帽子を被る伝統があり、その様を題材にしたもの。
サン・カトリーヌ (287-305) は若い女性の守護聖人で、本日が<聖カトリーヌの日>だ。
因みに、ジャンヌ・ダルクの日は5月30日、ROSEの日は8月23日だ。
Julien Lorieux (1876-1915) の作品で<Les Catherinettes (1908)>。

La Sainte Catherine

エッフェル塔百態 78  モンテーニュ大通り

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ロン・ポワン・デ・シャンゼリゼから直ぐの
モンテーニュ大通り Avenue Montaigne からのエッフェル塔。

ノエル(クリスマス)の飾りつけが施された
モンテーニュ大通りの左手にエッフェル塔が顔を覗かせる。

突き当たりのアルマ広場とそこから右手に始まるジョルジュ・サンク大通りと手前のシャンゼリゼ大通りとで囲まれる黄金の三角地帯には高級店がひしめく。

シャンゼリゼ大通り 2012.11.22.

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11月21日の夜、シャンゼリゼ大通りのイルミネーションが点灯された。
昨年からこのタイプになった。

上の写真はロン・ポアン・デ・シャンゼリゼからジョルジュ・サンクの方に少し寄った辺りから凱旋門の方向を、下の写真はコンコルド広場の方を見たもの。

街燈の明かりが一直線にコンコルド広場に向かっている (下) のに比して、凱旋門に向かっては放物線を描いている (上) ことで凱旋門に向かっては上り勾配になっていることが伺える。

イルミネーションの両サイドには<マルシェ・ド・ノエル  Marchés de Noël(昼間も開店している夜店)>が連担しているのだから見物だ。。
この日もカメラを持った多くの観光客でごった返していた。

写真下右のロン・ポアン・デ・シャンゼリゼに近づいてみると。。。

<マルシェ・ド・ノエル>の様子。
写っている建物らしきものやテントは全て仮設だ。観覧車も。

ノエル(クリスマス)へ向けて準備進むパリ

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エスパス・ジャポンで個展を開いているH君に<手作りのムール貝の白ワイン蒸し>の差し入れをした後、パリのノエル前の様子を見がてらぶらりしてみた。

ギャラリー・ラファイエット/オスマンは飾り付けが始まったところだが、隣のプランタンは終わったようだ (写真) 。
マドレーヌ広場のエディアールやキャヴィアの専門店 Caviar Kaspia 等とともに準備完了したマリアージュ・フレールでお客さんに頼まれていた買い物をした。
途中パトリック・ロジェのウインドウではチンパンジーのオブジェに見入ったりもした。
ロワイヤル・ヴィレッジもロワイヤル通りも飾り付けが終わっていた。日が暮れると電飾が点灯するのかどうかは定かでない。据付が終わるのと点灯とは必ずしも同時ではないから。

Antiquités Brocante LA BASTILLE / PARIS

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年に2回、5月と11月にバスティーユで開かれる
大規模骨董市 Antiquités Brocante にはじめていってきた。

バスティーユ広場の南側部分 (メトロ1号線の駅上) とサン・マルタン運河の左右岸を利用した特設会場に350の古物商が店を張る。
8日から本日18日までの最終日とあって大勢の小金持ちで賑っていた。入場料:10€。
次回は来年5月3日から12日までの日程で開催される。

Antiquités Brocante LA BASTILLE / PARIS

パリの街燈 réverbère 12 リシャール・レノア大通り Bd.Richard Lenoir   

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 リシャール・レノア大通りで催された<蚤の市>に出かけた。 メトロ5号線 Richqrd Lenoir 、大通りの中央分離帯の下はサン・マルタン運河。運河の上空を緑道公園化したのはオスマン知事。

街燈は大型でバスティーユ広場まで続く。

秋色のサン・マルタン運河もまた一興だ。奥右手がバスティーユ広場。

この日は写真手前で蚤の市が、奥でバスティーユの朝市が、バスティーユ広場の向こう(南側)では有料骨董市が開かれていた

2012.11.18.

パリの街燈 réverbère 11  Lescure

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コンコルド広場手前のリヴォリ通りを右へ Rue de Mondovi を入った突き当たりにあるレストラン Lescure 付近の街燈。
リヴォリ通りの街燈とは少し違う。
Lescure は1919年からの老舗で、デジュネのセット (アントレ・プラット・デザート・ワインハーフボトル) で25€ 。日本語メニューもある。

ジダンの頭突き / ジョルジュ・ポンピドー広場

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2006年のワールドカップ決勝戦での<ジダン Zinedine の頭突き事件>の瞬間のオブジェがポンピドーセンター前の広場に置かれた。

Algeria Flagセンターで開催中のアルジェリアの作家展の作品のひとつで、屋外に置かれたもの。
頭突きされているのはイタリアのマテラッツィ。
人種差別発言 (問題) かと騒がれたが両者とも否定、侮辱発言によるものだったというのが定説のようだが真相は定かでない。
ジダンは退場処分を受け、フランスはペナルティー戦に負けて優勝を逃した。
フランスのサッカーはこれ以降低迷が続いている。

ヴェルサイユ宮殿 Château de Versailles

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オステルリッツ駅から RER C線   でヴェルサイユに行ってきました。

ヴェルサイユ宮殿の大改装は今なお継続中ですが、改装後の鏡の間 (写真) などを見てきました。20世紀の印象とさほど変わりは感じられませんでした。

帰りは宮殿正面のバス停から始発のバス 171 に乗り、終点のポン・ド・セーブル Pont de Sèvres  からはメトロ9号線と1号線を使いました。
この方が分かりやすく安全面でもお薦めの行き方です。

マンサール Jules Hardouin-Mansart (1646-1708) による後期バロック様式の建築  /  ルブラン Charles Le Brun (1619-90) による室内装飾 (ルイ14世様式) / ルノートル André Le Nôtre(1613-1700) によるフランス式造園で、1682年完成。
ルイ14世の絶対王政が確立し、彼をして<朕は国家なり>と言わしめました。

改装工事継続中の宮殿正面。金色になって昔とは大違いです。

フランスの11月11日は。。。La Fête de l’Armistice

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フランスでは11月11日は第一次世界大戦休戦記念日の祝日だ。
トロカデロと11月11日広場 Place du Trocadero et du 11 Novembre はその記念広場だ。
今年は日曜日と重なった。

第二次世界大戦でドイツが降伏した5月8日も
< La 8 Mai  La Fête de la Victoire>と呼ばれる祝日だ。

* *

ヴァンセンヌ出身の戦没者の慰霊塔への献花。このエリアは常時立ち入り禁止になっている。

ヴァンセンヌでの慰霊行事の様子。手前の市庁舎横を行進する鼓笛隊 (当列の前) 等。

パリへ

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早朝に新宿を出てパリに向かいます。

ギャラリー・イグレックが支援している
クレパス画家 星川 孝 君のパリ個展  (11月13日~17日、20日~24日 13時~19時 (土は18時) : エスパス・ジャポンにて)  に同行します。

在仏の日本人の方、日本に関心をお持ちのフランス人等の方やこの期間にパリ滞在予定の方の御来場 (入場料 : 無料) をお待ちいたしております。

* * *

フリージャ  Freesia と アザミ Chardon の花が迎えてくれました。

BOUILLON CHARTIER

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オスマン大通りの下を走るメトロ 8号線  、9号線 グラン・ブルヴァール Grands Boulevards で下車し、フォーブル・モンマルトル通りを北に進んで左側に<ブイヨン・シャルティエ >がある (11時30分開店) 。
20世紀初めの雰囲気があり (1896) 、早くて・安い店として観光客に人気の店らしい。
多国籍の客でいつも混んでいるので身の回りには気を付けることをお勧めする。

店を出て左に少し歩くと左手がパッサージュ・ヴェルドー、パッサージュ・ジュフロア、パッサージュ・パノラマとパッサージュが連なっているので是非行ってみよう。

BOUILLON CHARTIER

ロータリーとモニュメント 74 ピエール・Lafue 広場

   depuis  2001

ドレフュス事件 (1894-1906) についてはこれまでにいくつか紹介してきた。
(下にある<タグ>をクリックしてもらえば一覧が表示される)

彼のブロンズの立像が ラスパイユ大通り Boulevard Raspail に6本の道路が集まるロータリー ピエール・Lafue 広場 Place Pierre Lafue にある。
漫画家・彫刻家だった ティム Louis Mitelberg dit TIM (1919-2002) の作品で、
文化とフランス語圏省が1985年に調達し設置した。
ドレフュス大尉に捧ぐ Hommage au Capitaine Dreyfus     TIM (サイン) と台座にある。折れた剣を眼前に掲げているように見える。
また、案内板には ” Si tu veux que je vive,fais moi rendre mon honneur “ との記載が・・

Pl. Pierre Lafue

 Pierre Lafue (1895-1975) はフランスの作家でジャーナリスト。

メトロ 12号線 ノートルダム・デ・シャン Notre-Dame des Champs 下車。

パリの街燈 réverbère 10 エリゼ宮 Palais de l’Élysée

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エリゼ宮の街燈。  フォーブル・サントノレ通りの街燈が付いていないのは当然だ。

パリの街燈/エリゼ宮

エリゼ宮殿はアーマンド・クロード・モレ Armand-Claude Mollet の建築による1722年完成の古典主義の建物で、1873年 (1870年から第3共和政) 以降大統領官邸となった。

ポンパドール夫人 (1753-64?) やナポレオン1世と皇后ジョセフィーヌ (1805) の邸宅であったこともある。

パリの街燈 réverbère 9 フォーブール・サントノレ通り

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フォーブール・サントノレ通り Rue Faubourg Saint Honoré 、サントノレ通りの街燈は通りが狭いので沿道の建物に吊下げ型で付置されている。
写真はフランス内務省横の例で、左下に内務省の街燈も見える。

フランス革命後の1790年にルーブル宮にあった内務省は1861年に現在の オテル・ド・ボーヴォ Hôtel de Beauvau (1770 竣工)  (門扉の後方) に移った。パリ西部の200人余りの小さな町マルセイユ Beauvau の騎士の後裔であるボーヴォの元帥 Le maréchal de Beauvau が1770年に名付けて賃借した。
手前のエリゼ宮との間、5本の道路が集まるロータリーは ボーヴォ広場 Place Beauvau という。

パリの街燈/フォーブル・サント・ノーレ

門扉はルイ15世様式 (風)  ferronnerie Louis XV 。柱 (列柱) はトスカーナ風。

ロータリーとモニュメント 73 ジャック・マレット 広場

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3叉路のロータリーである ジャック・マレット 広場 Place Jacques Marette のモニュメントは2頭の雄牛 (元はトロカデロ庭園にあった) と写ってはいないが手前にある花壇だ。

広場 (公園の前庭でもある) の奥はジョルジュ・ブラッサンス公園 Parc Georges Brassens だ。ジャック・マレット はここ15区選出の上院議員で郵政大臣を務めた。

左右二頭の<牡牛Taureau (1838) >は イシドールジュール·ボヌール Isidore Jules Bonheur (1827-1901) の作品。

 

 

 

 

 

フランスの詩人でシャンソン歌手だったジョルジュ・ブラッサンス (1921-81) はこの近くに住んでいた。公園内に彼の胸像がある (入ってすぐ左側の広場の奥) 。

鐘楼は公園になる以前馬のオークションが行われていた名残。

Parc Georges Brassens

ロータリーとモニュメント 72           ポール·ヴェルレーヌ広場

   depuis  2001

完全円形ロータリーであるイタリア広場から出るボビヨ通り Rue Bobillot を含めて10本の道路が集まるロータリー、ポール·ヴェルレーヌ広場 Place Paul Verlaine のモニュメントはジュール・ボビヨ 軍曹の胸像や掘り抜き井戸 (自噴水) だ。

ジュール・ボビヨ Jules Bobillot 工兵軍曹 (1860-1885) は中国のトンキン Tuyen-Quan での戦いで要塞の建設を指揮中に殉職した英雄。写真では後ろ向きに写っている。

ポール·ヴェルレーヌ の掘り抜き井戸は1863年にオスマン知事が掘削を許可し、1872年に供用開始した。現在では写真で見られるようにモダンな水汲み場となっていて三々五々ポリタンクを持参した人が行き交っている。

ポール·ヴェルレーヌ (1844-96) は知る人ぞ知るフランスの詩人。
リュクサンブール公園に彼の立像がある。

Pl. Paul Verlaine

ロータリーとモニュメント 71           ギルバート・ギョーマン広場

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ギルバート・ギョーマン広場 Place Gilbert Guillaumin のモニュメントはバルザックの顕彰碑だ。
アントワーヌ・ブールデル Antoine Bourdelle (1861-1929) を教えたアレクサンドル・ファルギエル Alexandre Falguière (1831-1900) の作品 <Honoré de Balzac (1902) >。

 Sociéte des gens de lettres (作家の著作権協会) は バルザック Honoré de Balzac (1799-1850) の発案により ヴィクトル・ユーゴー、アレクサンドル・デュマ (大デュマ) 、ジョルジュ・サンドが参加して1838年に設立された。

手前の通りはフリドラン大通り Avenue Friedland で左が凱旋門、右はオスマン大通り Boulevard Haussmann に共に一直線。6本の内坐像の後ろを建物に沿って右斜めの道路はバルザック通り Rue Balzac で左斜めに広場を横切る。
石積み擁壁の上は庭部分が公園として開放されていて美しい。

ギルバート・ギョーマン (1801-64) はエコノミスト誌の創設者。

Pl. Gilbert Guillaumin

ブラッセリー 梅宮/北鎌倉

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北鎌倉に行ってきました(2012.10.30)。

円覚寺・建長寺への最寄り駅の横須賀線北鎌倉近くの<ブラッセリー 梅宮>でお友達と昼食をとりました。

御浸し・茶わん蒸し・お吸い物・ごはん・香の物が付いています。

左が入口。奥の右にお庭があります(下の写真)。

因みに、オーナーは梅宮辰夫さんの弟さんだそうですがちっとも似ていません。弟さんの方が素敵。

北鎌倉

パリの街燈 réverbère 8   クレマンソー広場

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クレマンソー広場 Place Clemenceau の街燈。

オテル・ド・ヴィル広場と同一のもの、シャンゼリゼ大通りのもの、メトロの街燈、 マルセル・プルーストの並木道 Allée Marcel Proust (プルーストは<失われた時を求めて>の作者でカフカとともに20世紀を代表するフランスの作家) の街燈と広場の高い街燈の5種が見える。

手前がウィンストン・チャーチル大通りで並木道の左にグラン・パレがあり、左右の通りがシャンゼリゼ大通りでその向こうも並木道だ。広告塔では2012年秋の催し案内がされている。

パリの街燈/クレマンソー広場

パリの街燈 réverbère 7  アルマ橋 Pont de l’Alma

   depuis  2001

アルマ橋の街燈。
低い交通標識のようなのがアルマ橋の街燈で左手橋詰のレジスタンス広場の街燈でもある。高い方が右岸橋詰のアルマ広場の街燈

  Ukraine Flag Turkey Flag Tunisia Flag アルジェリア 国旗

橋脚の像は勢力の衰えたオスマントルコの利権をナポレオン三世のフランス、ヴィクトリア女王のイギリス等の同盟軍がロシアと争ったクリミア戦争 (1853-56) で活躍したズアーヴ兵 zouaves (アルジェリア人、チュニジア人で編成したフランス陸軍歩兵) だ。
フランス軍はこの外人部隊でクリミア半島での最初の戦いである<アルマの戦い (1854)>に勝利した。旧アルマ橋はその勝利を記念して架けられた (1854-56) 。
戦後、仏英の発言力は高まり、サルデーニャ王として参戦したヴィットーリオ・エマヌエーレ2世は5年後の1861年にイタリア統一を果たす。

1910年のセーヌ川の歴史的な大洪水時にはズアーヴ兵の肩まで水位が上がったという。
Georges Diebolt (1816-61) の作品 (1858) 。

  • 2016.06.02.のセーヌ川
-6キャプチャ.PNGアルマ橋
Statue de Zuavues / Pont de l’Alma / La Seine