パイヴァ候爵夫人の館 Hôtel de la Païva

   depuis  2001

7月最後の日曜日は、シャンゼリゼにあるパイヴァ候爵夫人の館の見学ツアーに参加してきた。
パイヴァ候爵夫人は、19世紀フランスで最も名を馳せた高級娼婦 (クルチザンヌ) 。 今はにぎやかな大通シャンゼリゼはその昔、チュルリーやルーブル宮にいくまでの馬車道でした。ここが開発されたとき、パイヴァ候爵夫人はその土地を購入、贅の限りをつくした自分の館を建てたのです。 この館を建てた頃には、高級娼婦の仕事からは足をあらい、文字通りパイヴァ候爵夫人となっていたわけですが、彼女の屋敷で開かれたサロンは著名人が集まりつつも、上流階級の人からは成金趣味と嫉妬の入り混じった眼で見られていたようです。 たしかに内装はちょっとゴテゴテした印象・・でも、オペラ座のホールの天井画を描いたポール・ボドリーによる天井画や、サン・ミッシェルの噴水広場の彫刻を担当したアンリ・アルフレッド・ジャックマールの彫刻を施した暖炉 (写真左下) 、香水入りの水がでる蛇口つきのクリストフル製の浴槽 (写真右下) などその当時の贅を尽くした感じはそのままに残っていました。 4

現在はイギリスのトラベル・クラブが館を所有しているそうですが、そのお陰で館が建てられた当時の趣を残しているとのこと。暖炉それ以外の当時のシャンゼリゼの建物はすべて立て直しされ、シャンゼリゼはすっかりかわってしまいました。 みてのとおりほとんどが大型店舗にとってかわり、シャンゼリゼの両脇の建物や土地はほとんどアメリカなど外資のものらしいです。確かに今のシャンゼリゼはあまり行きたくない場所のナンバーワン。日本人会も引っ越したので年に1度いくかいかないかの場所になりました。スリも多いですし、ツーリストには狙われやすい場所がらなので、十分注意してください。 パイヴァの館の見学はフランス語で、パイヴァの館保存委員会のようなものが見学ツアーを定期的に企画しています。 入場料は17ユーロでした。

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エッフェル塔百態 35  モンパルナス駅

   depuis  2001

リモージュ、ニース、カンヌ、ジュネーブ、リヨン方面などを除き、ボルドー、ナント、カンペール等南仏、西仏へのTGV  SNCF の始発駅であるモンパルナスは巨大なターミナルだ。
そのため、モンパルナス駅に行っても場所によってモンパルナスタワーもエッフェル塔も見れないかも知れない。Gare de Montparnasse

このビューポイントは Bd. Pasteur からだ。

前に見える樹木がパスツール大通りであるが、このポイントは小高い丘の上なので塔の足元まで見ることができる。

足元右にシャイヨー宮も見えている。

絶景ポイントの一つだ。

ロータリーとモニュメント 20  フォントノア広場

   depuis  2001

フォントノア広場  Place de Fontenoy  はEcole Militaire 前の半円ロータリーで
モニュメントは Monument de la Défense Nationale  だ。ダンフェール・ロシュロー広場ではライオンの台座に刻まれているが、ここでは石柱そのものだ。

 

モニュメントは写真右の旧陸軍士官学校の正面を向いていてその向こうにエッフェル塔が位置する。

 

 

 

 

 

建物は右ウイングに陣取る世界遺産のユネスコ本部でその入り口が左の写真だ。

 

 

 

 

ユネスコ本部を囲む柵に貼られた各国の世界遺産を例示した看板群のうち日本の事例で宮島。

ロータリーとモニュメント 19   エドモン・ロスタン広場

   depuis  2001

エドモン・ロスタン広場 Place Edmond Rostand のモニュメントは<噴水 Fontaine du bassin Soufflot >だ。ガブリエル・ダヴィウ Gabriel Davioud (1823-81) の建築 (1862) で、Gustave Crauk (1827-1905) の彫刻 (1864) 。

写真手前はリュクサンブール公園、正面はパンテオン。この街燈と交通標識は被写体としては邪魔だが、街燈そのものは素敵だ。

エドモン・ロスタン (1868-1918) は舞台女優サラ・ベルナール (1844-1923) の活躍した時代に発表した戯曲<シラノ・ド・ベルジュラック>で知られる劇作家。

* * *

広場に面する<ダロワイユ DALLOYAU / Luxembourg>からの風景。

建物に沿って左から右に一直線のサン・ミッシェル大通り Boulevard St-Michel 、標識にあるように建物の間、スフロ通り Rue Soufflot を入ればパンテオン広場で、パンテオンと5区の区役所がある。右・黄金の柵で囲まれているのがリュクサンブール公園 Jardin du Luxembourg 。

Pl. Edmond Rostand

ロータリーとモニュメント 18   シャトレ広場

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シャトレ広場 Place de Châtelet は豪華なスフィンクスの台座に金色で目立つ彫像を乗せた泉 fontaine だ。<ヤシの泉>あるいは<勝利の泉> Fontaine du Palmier (ou fontaine de la Victoire)と呼ばれる。
ナポレオンがイタリア・エジプトに勝利したのを記念して飲料用に建造 (1806-08) された勝利の泉だ。

サミットに乗る金色の女神は両手に月桂樹 laurier の花輪を掲げて勝利を表している。ルイ・ボワゾ Louis Boizot (1743-1809) 作の<不滅 Immortalité >で、勝利 La Victoire を寓意している。なお、円柱はパームを表す。ヤシ palme は不死/勝利の象徴だ。

オリジナルは<カルナヴァレ美術館 Musée Carnavalet> にある。

Pl. du Châtelet
Pl. du Châtelet

上の写真左の建物は パリ・シャトレ劇場 (シャトレ座)  。泉を挟んで対面に パリ市立劇場 (写真下の右の建物) がある。どちらもガブリエル・ダヴィウの建築だ。

右の写真で、台座の中央には月桂冠で囲まれた<カタジロワシ Aigle impérial >を置いて、ナポレオンの勝利と栄光を表している。これもルイ・ボワゾの彫刻。

その上には4つの彫像があり、慎重、節制、正義、力を寓意している。

下の写真は2008年2月の撮影で90度視点が異なるが落葉しているので広場とモニュメントが共に分かりやすい。中央右にサンジャックの塔 Tour St-Jacques が見えるがこの時点ではまだ改装工事中だ。

Pl. du Châtelet

ロータリーとモニュメント 17  ブルトゥイユ広場

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ブルトゥイユ広場 Place de Breteuil のモニュメントは狂犬病の予防接種で知られるパスツールの坐像だ。Jean Alexandre Joseph Falguière (1831-1900) の彫刻<Pasteur (1904)>で、Victor Peter (1840-1918) により完成された。
ウイルスがまだ知られていない時代にワクチンの予防接種に辿り着いた細菌学の元祖だ。

像もさることながら台座も素晴らしい。如何に人々や家畜に慕われていたかを想像できるではないか。

像の正面はアンヴァリッド、後ろはプロムナードを経てパスツール大通りへ。
メトロ 6号線、  12号線 Pasteur 駅 を右に折れると Hôpital Pasteur だ。パスツール研究所はモンパルナス駅の西側にある。

ロータリーとモニュメント 16 サントギュスタン広場 / ジャンヌ・ダルク像

   depuis  2001

Pl. St-Augustin

 

サントギュスタン広場 Place Saint-Augustin のモニュメントはジャンヌ・ダルクの騎馬像だ。
騎馬像のオリジナルはランス大聖堂前にある。
ポール・デュボア Paul Dubois (1829-1905) の作品 (1895) 。

このロータリは9本の道路が交差する変型交差点で非常に分かり辛く、また、サン・ラザール駅に近接していることも手伝って交通渋滞が常態だ。

Pl. St-Augustin

上は教会の前からでサントギュスタン教会モニュメントは後ろ向き。

ジャンヌ・ダルク像は St-Augstin 教会の真前中央だ。

教会前のマルゼルブ大通り Boulevard Malesherbes はマドレーヌ広場に一直線だ。突き当りが広場。

反対に、マドレーヌ寺院のあるマドレーヌ広場から見たサントギュスタン教会が右の写真で、上の写真からでは想像できない大教会なのだ。

上の写真では教会の大ドームが全く視野に入っていない。

ロータリーとモニュメント 15  マレシャル・ジュアン広場

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マレシャル・ジュアン広場  Place du Maréchal Juin は円形の大庭園となっていて Boulevard Péreire の中央緑地帯であるプロムナードと一体になってポルト・マイヨー広場及び隣接するブーローニュの森に連続している。

Pl. du Mal Juin

10本の道路が集まる大きな円形ロータリー。
写真下の右奥はポルト・マイヨー広場でその左にはブーローニュの森が拡がっている。
ジュアン元帥とはイタリア広場に功績碑のあるアルフォンス・ジュアンのことだ。

Bd. Péreire-Promnade

広場の一角に画家 Albert Besnard (1849-1934) の胸像が置かれている。
作者は彼の息子で彫刻家だった Philippe Besnard (1885-1971) 。2013.09.19.追記。

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ロータリーとモニュメント 14  イタリア広場

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シャルル・ド・ゴール・エトワールやナションと並んで大型で完全な円形ロータリーである
イタリア広場 Place d’Italie のモニュメントは噴水とアルフォンス・ジュアンの功績碑だ。

Tunisia Flag Italy Flag ジュアン元帥は第2次世界大戦においてチュニジアのチュニス戦線とイタリアの山岳戦で名を馳せた名将だ。像の向いている方向はチュニジアとイタリアの方向である。噴水の向こうに見えManufacture Nationale des Cobelinているのがパンテオンで広場からゴブラン大通りが延びている。元帥の右に透けて見えるのは13区の区役所だ。

国立ゴブラン工場 Manufacture Nationale des Gobelin (写真右) がゴブラン大通りの左側にある。
建物のレリーフが素晴らしい。是非クリックして拡大してください。

ロータリーとモニュメント 13   クリシー広場

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クリシー広場 Place de Clichy のモニュメントはモンセー元帥のクリシーでの戦い (1814年3月30日) の記念碑 Le monument à Moncey だ。Amédée Doublemard (1826-1900) の作品 (1870) 。

写真手前側が Boulevard de Clichy クリシー大通りで、ムーラン・ルージュのあるブランシュ広場を経てピガール広場に向かう。前方の緑はバティニョル大通りで、凱旋門に一直線だ。

モンセー Moncey はパリ国家警備隊を率いてクリシーにバリアーを築いてロシア等ナポレオン包囲同盟軍と戦うも武装解除を余儀なくされ、翌日の1814年3月31日にパリ陥落・ナポレオンは退位となる。
ロシア遠征に異を唱えていた彼は王政復古政府の大臣などを歴任することになる。

ロータリーとモニュメント 12  ヴィクトル・ユゴー広場

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ヴィクトル・ユゴー広場 Place Victor Hugo は噴水だ。

この広場は10本の道路が集まる円形ロータリーだ。
シャルル・ド・ゴール広場からブーローニュの森に至る Avenue Victor Hugo 沿いは Avenue  Foch 沿いと並んで超高級住宅地だ。

在仏日本大使館勤務の後輩がこの辺りの家具、調度品付の邸宅に住んでいて食事に招待されたことを思い出す。当時はフランの時代だったが家賃は日本円で50万円程度といっていた。

ロータリーとモニュメント 11 レオン・ブリュム広場   

   depuis  2001

レオン・ブリュム広場 Place Léon Blum の中心のモニュメントは・・・

オスマンのパリ改造計画の基幹の一つであるレピュブリック広場とナション広場(いずれも既 出)を繋ぐ直線のヴォルテール大通りが横切るほか7本の道路が放射する四角形のロータリーだ。正面建物に沿って右側にレピュブリック広場、左側にナション 広場だ。ビルの間のラ・ロケット通りはバスチーユに向かう。メトロ9号線の Voltaire が広場の地下にある。

現在のモニュメントは今風のオブジェになっているが、以前は広場の名になっている Léon Blum の彫像が置かれていた。
( バスで行く区役所巡り その3 11区の写真 を参照されたい。)

レオン・ブリュムはヨーロッパにファシズムの嵐が吹き荒れるなか1936年6月に発足した人民戦線内閣の首相であり、また第二次世界大戦後の臨時内閣の首相も務めた人物だ。

この地域から下院議員に初当選したことに因んで旧ヴォルテール広場を改称した。
写ってはい ないが右側にある区役所巡りで紹介済みの11区の区役所の前庭に彫像は移設されている。
ユダヤ系フランス人だったこともあり1940年パリ陥落後逮捕され ドイツの強制収容所に収容されるなど激動の人生だった。

 

 

モニュメントが夏には夾竹桃のヴェースに。右が区役所前に移設された<リオン ブリュム>像。

Pain de sucre の デザート

   depuis  2001

PAIN DE SUCRE

今日は久しぶりにお友達と自宅でランチ。
とってもおいしい Pain de sucre (パン・ド・スークル) のデザートをいただきました。

ここのマカロンはラデュレやピエール・エルメよりも美味しいと感じる一品。お店にもいったことがあるのですが、いつもたくさんの人でにぎわっています。ポンピドゥーの裏手にある小さなお店で今年は夏の間も休み無くオープンしているそうです。

お友達おすすめの、イチゴ風味のデザートワインを冷たく冷やして一緒に・・フランスのケーキ類はやはりとーっても美味しい!

14,rue Rambuteau 75003 Paris
TEL/FAX:01 45 74 68 92
Metro : Rambuteau(11番線)    http://www.patisseriepaindesucre.com/

その後、全面改装後のお店 (2012.11.) 。

PAIN DE SUCRE

ロータリーとモニュメント 10  トロカデロと11月11日広場

   depuis  2001

トロカデロと11月11日広場 Place du Trocadero et du 11 Novembre のモニュメントはFOCH の騎馬像だ。シャイヨー宮を通して真っすぐエッフェル塔・旧陸軍士官学校・ジョフリ元帥の騎馬像を向いている。

Pl. du Trocadéro et du 11 Novémbre

FOCH は銘板から推測できるかも知れないが、第一次世界大戦時の西部戦線の仏英連合軍の総司令官であり、また1918年11月11日11時に交わされた休戦協定時のフランス元帥 Mareshal de France であった。11月11日広場というのは第一次世界大戦の終戦記念広場の意だ。

隣接するパッシー墓地の壁面に <名も無き英雄たち> を称えるレリーフがある。

Pl. du Trocadéro et du 11 Novémbre

また、フォッシュは銘板にあるようにイギリスとポーランドの元帥でもあったので、トラファルガー広場の近くにも FOCH の騎馬像がある。8月9日から13日までロンドンに滞在することとしているので今度は写真を撮ってこよう。(ロンドン Rondres の Foch は下に写真)

凱旋門からの Avenue Foch は超高級住宅地を貫く広々とした大通りで、スエズ運河を開削したレセップスの大邸宅がブーローニュの森に向かって右側にあったはずだが・・・

よく出張するのでオルセー美術館で見れるとは限らないのだが、<草上の朝食><オランビア>で有名な マネ Manet などが眠るパッシー墓地は広場に接している。上写真のレリーフの擁壁の向こうが墓地だ。市内観光に便利な パリ・ルージュ の発着地点でもある。

セーヌ川をイエナ橋で渡河してブランリィ河岸 Quai Branly から振り返って見たシャイヨー宮である。解像度が悪くて見難いものの中央に FOCH  の騎馬像が・・そこが6本の道路が集まるロータリーだ。

* * *

United Kingdom FlagロンドンのFOCH  の騎馬像。ヴィクトリア駅を出て正面の公園の前にある。

ロータリーとモニュメント 9 ヴィクトワール広場   

   depuis  2001

Place des Victoires

6本の道路が放射する円形ロータリー、ヴィクトワール広場  Place des Victoires のモニュメントはルイ14世の騎馬像だ。フランソワ・ジョゼフ・ボジオ François Joseph Bosio (1768 – 1845) の作品。
元々あった マルタン・デジャルダン Martin Desjardins (1637 – 1694) 作の騎馬像は太陽王ルイ14世のせいだろう、フランス革命後に取り壊され王政復古後に再建されたとの記録がある。

有名なパッサージュ <ギャラリー・ヴィヴィエンヌ> のすぐ近くです。
広場の周りには若者むけのオシャレなブティックも並んでいます。
以前、正面の大通り右側にある中央郵便局の前にあった<コム・デ・ギャルソン>のお店に通ったものです。

手前に抜けると<京子食品>の面する Rue de Petit Champs  で、オペラ大通りに出るまでに<十字屋><やすべえ><来々軒><口悦>など日本料理店の多いサンタンヌ通り Rue Ste-Anne を横切る。
参照 : バスで行く区役所巡り 2区

ロータリーとモニュメント 8  イエナ広場

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<ギメ美術館 Musée Guimet : Musée national Français d arts asiatiques>が面する イエナ広場  Place d’Iéna のモニュメントは<アメリカ合衆国の初代大統領 ワシントンの騎馬像>だ。周辺には アメリカ合衆国広場 などアメリカの独立戦争以来の記念碑やウィルソン等の人名が多い。

Iéna

Musée National des Arts Asiatiques-Guimet

 

車が停車しているのが Avenue du Président Wilson で騎馬像方向に トロカデロ広場 に至る。

アルマ・マルソーからイエナ間での道路分離帯で開かれる<イエナ・プレジダン・ウィルソンの朝市>は鮮度の良さで知られる超高級朝市だ。

東洋美術や陶磁器などのコレクションで知られるギメ美術館はジュール・シャトロン Jules Chatron (1831-84) による新古典主義の建築 (1885) 。

メトロ9号線 Iéna か Arma Marceau で下車。

Pl. d'Iéna

ロータリーとモニュメント 7  バスティーユ広場

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バスティーユ広場 Place de la Bastille のモニュメントは<7月革命の記念柱 Colonne de Juillet >だ。ジョセフ・ルイ・デュック Joseph-Louis Duc (1802-79) の作品 (1840) 。

Colonne de Juillet-11830年7月27~29日の市民革命により、1815年に王制復古したブルボン王朝を打倒し立憲君主制を発足させたいわゆる<7月革命>の記念柱だ。
左写真に<27 28 29 ・ Juillet 1830> の銘が、下写真の正面には<・・市民のために戦ったフランス市民の栄光のために>の記載がある。<栄光の3日、3日間 Trois Glorieuses: 27.28.29>と呼ばれたりする。
1789年7月14日のフランス革命は当時この場所にあったバスティーユ (の監獄) の襲撃から始まった。革命後取り壊されて広場になっていた。

写真には写っていないColonne de Juillet-2が広場に面するオペラバスティーユはバスティーユからヴァンセンヌに 至る元ヴァンセンヌ鉄道の駅舎の跡地だ。高架の鉄路は長い緑道(プロムナード・プランテ La Promenade Plantée)として残っているし、リヨン駅からサンテミリオンに至る高架下はお洒落なブティックなどに なっていて (ヴィアデュック・デザール Viaduc des Arts) 若者の人気が高いそうだ。。
また、広場の下にはサンマルタン運河が南北に横切っていて、メトロ1号線のホームから運河を望める。広場の北の運河上の緑道の一部はバスティーユの市場になっていて朝市で賑う。

Le Génie de la LibertéColonne de Juillet の先端には金色に輝く・・Le Génie de la Liberté : 自由のゲニウス (自由の守り神) が。。。      オーギュスト・デュモン Augustin Dumont 作 (1835) 。
ヴァンドーム広場の Colonne Vendôme サミットの「シーザーに扮したナポレオン Napoléon en César 」も彼の作品だ。

メトロ7号線 Sully Morland  H.Galli  を出た所のアンリ・ガリ Henri Galli 公園にバスティーユ監獄の基礎の一部が移設保存されている (写真下) 。
バスチーユ (要塞) にあった8つの塔の一つであった<自由の塔 Tour de la Liberté>の基礎。

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セーヌ川側からアシュナル港 Port de l’Arsenal (サンマルタン運河 Canal Saint-Martin) を通して<7月革命記念柱>を望む。
記念柱と緑がバスティーユ広場でその下が運河上にあるメトロ1号線のバスティーユ駅。
右端にオペラ・バスティーユ Opéra Bastille も見える。

Canal St-Martin Bastille

* * *

ドラクロワは早速この7月革命をテーマにした作品を発表した。ルーブル美術館所蔵の<民衆を率いる自由の女神 1831>がそれだ。中学時代の副読本で知って以来最も記憶に鮮明な作品だ。

この自由の女神は<マリアンヌ>で、解放を象徴するフリジア帽を被っている。

7月王政の安定により、作品はドラクロワの下に返されることとなり、再び日の目を見るのは7月王政を打倒した2月革命 (1848) 以降のことである。

ロータリーとモニュメント 5  コンコルド広場

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 長方形のロータリーである コンコルド広場 Place de la Concorde のモニュメントは<ルクソールのオベリスク>とも<クレオパトラの針>とも呼ばれるオベリスク Obélisque だ。

そして、オベリスクを挟んで2つの噴水:<手前に大河の泉 Fontaine des Fleuves 、奥 (南側) に海の泉  Fontaine des Mers  >がある。

写真上ギリシャ様式の国民議会下院のブルボン宮 (1728) と写真下同様式 (新古典・ネオクラシック) のマドレーヌ寺院  (1826) とはセーヌ川を挟んで直線上にある。
写真下左はホテル・クリヨン L’hôtel de Crillon 右は旧海軍省 L’hôtel de la Marine で(ガブリエル Ange-Jacques Gabriel によるツインの古典様式建築 1774)、パリの主軸であるリボリ通りはクリヨンで軸をずらせて シャンゼリゼ大通りへと向かう。
写真上でアンヴァリッド、モンパルナスタワー、ネオ・ゴシック様式のサント・クロチルド聖堂が見えるがエッフェル塔は視界に入らない。

写真上の左、下の右のチュイルリー公園から広場を見ると・・

中心軸から少し左にずらして撮影しているので、オベリスクの向こうに凱旋門を見ることができる。その間がシャンゼリゼ大通りだ。
金色のゲートの向こうがコンコルド広場、こちら側がチュイルリー公園。
曇天のようだが撮影ポイントはカンカン照り。

***

このポイントだとモンパルナスタワーは入らない。

Pl. de la Concorde                                                                                                                                                                                    2012.08.07

ロータリーとモニュメント 4  ダンフェール・ロシュロー広場

   depuis  2001

メトロ4号線、6号線と RER B 線が地下にある ダンフェール・ロシュロー広場  Place Denfert Rochereau  のモニュメントは<ベルフォールのライオン Lion de Belfort >のレプリカ (1880 設置) だ。<自由の女神像>の作者、オーギュスト·バルトルディ Auguste Bartholdi (1834-1904) の作品 (1880) 。

その台座に A LA  DEFENSE NATIONARE  1870-1871 とある。
鉄血宰相ビスマルクのプロイセンとの普仏戦争に敗れてナポレオン3世の第2帝政が崩壊したのち、プロイセン支配に反抗する臨時の国防政府が1870年に成立、1871年パリコミューンまでの間存在した。

アルザスのベルフォールでの ダンフェール・ロシュロー大佐 (1823-78) の英雄的抵抗 を記念するオリジナルの Lion de Belfort  (石造) は ベルフォールの要塞にある(1875-79) 。「ベルフォールのライオン」はダンフェール・ロシュローに与えられた愛称だ。

第三共和制が始まるのは1875年である。

Denfert Rochereau

<ベルフォールのライオン Lion de Belfort >

Pl. Denfert Rochereau

上段の写真で、
真ん中の建物はRER B 線の駅舎で線路はその下にある。パリの国内線中心のオルリー空港へはRER B 線か駅前から出ているオルリーバスを利用するとよい。
右樹木奥にカタコンブの入り口がある (見学してから早や30年経った) 。

サルトル・ボーヴォワール・ボードレール・ザッキン等の眠るモンパルナス墓地も至近だ。左の緑地、フランスの科学者であり政治家でもあって大通りやメトロの駅名に名を留めるラスパイユの彫像 (今は台座のみ) 、カタコンブの出入り口、駅舎などを含むロータリー全体がダンフェール・ロシュロー広場になっていてスケールが非常に大きい。

ロータリーとモニュメント 3 (旧)ドメニル広場

   depuis  2001

メトロ6号線と8号線が交差する旧ドメニル広場 Place Daumesnil ((現)Place Félix Éboué )  はライオンの噴水だ。9本の道路が集まる大型の長方形ロータリーで中央に位置する円形の噴水も大型だ。

オスマン男爵とともにパリ改造に付帯するモニュメント等を多数手がけた建築家 ガブリエル・ダヴィウ Gabriel Davioud の作品で、<水のお城の泉 Fontaine du Château d’eau >と呼ばれる噴水で共和国広場から移築された。

クリスマスの時期にはイルミネーションが施される。セーヌ川に向かってベルシー ( Bercy ) へと下る  Boulevard Reuilly (写真左方向) 沿い両側で開かれる朝市も中々だ。

現在の広場名になっている フェリックス・エブエ Félix Éboué はフランスの植民地で知事という高い地位を得た最初の黒人だ。
功績を称えられて遺骨がパンテオンに埋葬された最初の黒人フランス人でもある。

写真手前から中央やや左に抜けるドメニル大通りはバスチーユからヴァンセンヌに至る道路。

ナポレオン戦争時の将軍であり、1814年3月プロイセンにパリを陥落された際<フォート・ド・ヴァンセンヌの防衛>としても名を残すことになるドメニル Le général Daumesnil の名を冠したものである。
ヴァンセンヌ市役所の中にその時の様子を描いた絵 (左の写真) があり、

市役所前に銅像がある(写真右) 。
ヴァンセンヌ城内の王の宮殿にも立像がある。
また、凱旋門にもその名が刻まれている。

将軍の左足は義足だ。***
モニュメントは解体して改装中。2012.08.

* * *

改装なった Place Félix Éboué 。2012.11.22.

ノエル・新年の時期には電飾される。

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改装後初めてのもので、旧来のとは受ける印象が全く違う。左のイルミネーションのある道路が両側で大規模朝市の行われるウイリー大通りBoulevard Reuilly だ。  2013.01.05.

ロータリーとモニュメント 1  シャルル・ド・ゴール広場   

   depuis  2001

完全なロータリー式交差点は日本では珍しいが、パリでは凱旋門のあるシャルル・ド・ゴール・エトワールを代表に各所で見ることができる。
「ロータリーとモニュメント」と題していくつかを案内しよう。

先ずは12本の道路が放射状に集まるシャルル・ド・ゴール・エトワール。全体が シャルル・ド・ゴール広場 Place Charles de Gaulle と呼ばれていて中心に凱旋門 Arc de Triomphe が位置している。

手前はシャンゼリゼ大通りで、凱旋門を通して幽かにデファンスが望める。凱旋門は小山の頂上にあるため12本の道路はすべて下り坂になっている。また、ロータリーのためシャンゼリゼ大通りから直進して門を潜り抜けることはできない。屋上に見物客の姿が・・

糞の後始末をお手伝いします。

   depuis  2001

ヴァンセンヌ市ではこの度写真に見られるトレイを設置しました。

赤いビニールシートを取り出して糞を入れてトレイに投げ込む仕掛けです。

市では目下街の美化に大きな投資を継続していて、街路、広場、お店などの改築、改装も急ピッチです。ツーリズムもヴァンセンヌ城の前に移転のため新築中です。ヴァンセンヌ城、パリ花公園、ヴァンセンヌの森を軸にして観光客の入り込みに力を入れているようでこの度のツールドフランスの最終ステージの誘致もそのためのようです。

エッフェル塔百態 34 凱旋門 Arc de Triomphe

   depuis  2001

手前の道路はテルヌ広場からの Avenue du Wagram 。

Tour Eiffel-Arc de Triomphe

写真下の手前は Avenue Carnot 。

エッフェル塔は凱旋門の左から右へ移動する。放射道路が12本のうえ外側に直ぐ環状道路があるので、この辺りでの知ったかぶりは禁物だ。方向感覚はすぐ失われるから。。。

Tour Eiffel-Arc de Triomphe-2

エッフェル塔百態 33  Conciergerie ( Châtelet )

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パリ市立劇場前からのエッフェル塔。

左端とんがり帽子2本の建物はコンシェルジェリーで入場するとマリー・アントワネットの独房が再現されている。パリ最古の公共の時計が取り付けられているもうひとつの四角いとんがり帽子はただいま修復中で写真から外している。金色のアンヴァリッドも見える。その手前の緑はシテ島の下流端。手前の橋は両替橋 Pont au Change でセーヌ右派流を右から左へ渡河してシテ島に入る。右の樹木はシャトレ広場の一角。

パリの広場とモニュメント

   depuis  2001

ロータリーとモニュメント

ピラミッド広場のモニュメントはジャンヌダルクの騎馬像だ。

パンテオン広場のモニュメントはパンテオンそのものだ。8本の道路に連携する反時計回りの基本的な円状ロータリーだ。

1940年6月18日広場 Place du 18 Juin 1940 には特段のモニュメントは無いが、あえて言えば広場の名称そのものがモニュメントだ。

ドイツ軍の侵攻により1940年6月15日パリ陥落、ドゴール将軍は直ちにロンドンに亡命して、亡命政府自由フランスを結成し、対独抗戦とヴィーシー政府への抵抗をを呼びかける歴史的演説をした日である18日を記念したものだ。
左に見える超高層ビルがモンパルナスタワーだ。

 

 

 

 

 

ヴァンドーム広場のモニュメントはナポレオンを乗せた円柱だ。

PARIS PLAGES

   depuis  2001
2002年から始めたそうだから今年で10回目。
事情でヴァカンスに行けない人のために提供されているセーヌを海に見立てた 浜辺 Plages <パリプラージュ>だ。
市内要所に掲げられている案内板。

 

 

 

 

7月21日から8月21日までの1ヶ月間パリにいてビーチを楽しめる。

今日25日は気温がグッと上がってサングラスが必要なほど日差しも強かったので観光客も含めて賑っていた。

ツール・ド・フランス Tour de France 2011-Vincennes

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今年の<ツール ド フランス Tour de France 2011はヴァンセンヌ城で観戦した。

パリ大通りからヴァンセンヌ城の東端道路 Cours des Maréchaux に90度左折する内側に太陽を背にして位置取りした。

 

 

 

カーブ内側でかつアスファルト舗装から石畳への変わり目とあってもう少し手が長ければ選手に触れそうなところをトップ集団が比較的速度を落として通過して行った。シャンゼリゼ大通りでは味わえなかった臨場感だった。

この3枚がトップ集団。直ぐ後に第二集団が。ものの1分余りですべて通過。

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選手通過に先立つ2時間ほど前から始まったスポンサーの街宣車から観衆に向かって振舞われた投下宣伝グッヅの内、手に入れることのできた品々。

   Tour de France 2011-Vincennes  スポンサー編

朝市で胡蝶蘭…..Vincennes

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夏の花屋さんはバラ、ダリヤが主流で特に買いたい花が少ないのですが、
今日の朝市でちょっと珍しいかなと思った胡蝶蘭に出くわしたのでを買ってみました。10€ (euros) でした (右:7月19日) 。

 

花瓶は写真のようなのではなく、葉の大半が入るもっと長くて透き通った円柱のものでなければなりませんが、ROSEがこの前割ってしまいました。
蕾がまだひとつ残っていますが。。31日、1ヶ月経ちました (左:8月18日) 。

エッフェル塔百態 32  Cours de Vincennes

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Tour Eiffel-Cours de Vincennes

オスマンのパリ改造計画以前の都市計画道路 Cours de Vincennes から見たエッフェル塔。
エッフェル塔手前左に見える Collones du Trône のところがナション広場だ。

円柱 Collone 頂部の像は サン・ルイ (ルイ9世 / 聖王)  で、オーギュスト・デュモンAuguste Dumont (1801-1884) の作 (1884) 。右にある フィリップ・オウギュスト Philippe Auguste (フィリップ2世 / 尊厳王) の像は並木に隠れて見えない。

左に並んでいる車列は Cours de Vincennes の朝市の車、
右の緑の中ではこのとき骨董市が開催中。

手前は Porte de Vincennes から Avenue de Paris に一直線だ。

マロニエの実とプラタナスの実

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マロニエ marronnier

Bois de Boulogneブーローニュの森 (右)

モンソー公園 (下)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Parc Monceau

プラタナス platane  / フォッシュ大通り

Av. Foch

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マロニエの実。

下左が落下前の外見。下右が落下後のマロニエの実で、右が殻つきで左が中身。

プラタナスの実。

左が外見で、割ってみると右で粒粒の一つ一つが種で羽根つき。

platane

骨董市…..Cours de Vincennes

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23、24と近くに骨董市がやってきます。24日はツール・ド・フランスなので、23日に覘いてみようと思っています。

 

左はパリ市内の要所に掲げられている骨董市の予告案内垂れ幕です。最寄のメトロ駅、通りの名、開催の月日が下段にあります。

 

 

右はヴァンセンヌ側からの骨董市の様子です。ブールバールの左側では土曜日のクール・ド・ヴァンセンヌでの朝市も開かれていて貨物車が列を成しています。

 

 

天気は晴れで気温も上昇、長袖のシャツにセータ姿で出かけましたが、来ている人の服装を見るとおよそ夏の盛りとは思えないでしょう。

 

 

それでは出展しているお店の様子を上、右、下に3枚。

 

 

 

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今回どこかで買おうと思っていた大お玉とひょっとして掘り出し物かもとアヒルの置物を買ってきました。フランスでは Saxe と言いますがマイセン焼きです。

マイセンを手に入れたのは、フランスのツアーでスエーデンから始まる北欧、ロシア、バルト3国を旅したときに、サンクトペテルブルグからエストニアに入り首都タリンのアンティーク店で今からだと約90年前に焼かれた伊万里のデザインを模倣した灰皿を買って以来です。新品を除きアンティークで気に入っているのは昔 Czech Republic Flag チェコのプラハで入手したコーヒーカップとプレートです。1800年代のものです。

ウィルソンの朝市

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Marché Iéna -Président Wilson-2

数ある朝市の中で<ウィルソンの朝市 Marché Iéna -Président Wilson >はダントツだろう。
パリに長い友人が言っているのだから間違いなかろう。

魚にしろ肉にしろ花にせよ鮮度はル・ボン・マルシェの<エピシエール>より良いし場所も申し分ない。

アクセスはメトロ9号線の Iéna もしくは Alma Marceau で下車。バスなら 72番 。

水曜日と土曜日の午前中のみ。

ロータリーとモニュメント を参照。

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この日は、ワインのおつまみにとオリーブを買ってきました。ここのオリーブはプラザアテネでシャンパンを注文するとついてくるオリーブと同じでないかと思うくらい美味です。

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今日は三ツ星レストランのシェフも買いに来るという< Poissonnerie  LORENZO > で小鯵を買いに来ました。

ヴァコンスとあって出店数、品数とも少ないようで目当ての鯵はありませんでしたが、海老とサーモンの良いのがあったので買うことにしました。

ランスの夜……幽玄のランス大聖堂

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フランク王国の流れから816年のルイ1世に始まりジャンヌ・ダルクのシャルル7世、太陽王ルイ14世、ギロチンのルイ16世など1825年のシャルル10世に至るまで25人のフランス王の戴冠式はランス大聖堂 Cathédrale Notre-Dame de Reims で行われた。

ランス大聖堂

第一次世界大戦でランスの市街地はドイツ軍により徹底的に破壊されたが大聖堂も例外ではなかった。定礎以来800年に当たるこの5月6日その修復作業がやっと終了の運びとなった。

 

それでは先ず1974年設置のシャガールのステンドグラスを見てみよう。

上の写真では<2011 / 大聖堂 800周年記念>の立て看板の左に見えている。

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上は案内板。

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Cathédral Notre-Dame de Reims

昼間の大聖堂のフォアサイド

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜11時から大聖堂は光の芸術のスクリーンとなる。

2段目左が <微笑む天使> 像。

下段右写真は聖堂正面中央ですが、ここに<微笑みの天使>が。。
探してみて。。。。。。

Musée Beaux-Arts de Reims

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ランス Reims は今観光に力を入れている。大聖堂の修復、アールデコを中心とした街並みの美化、トラムの運行を始め芸術文化にも注力しているようだ。およそ10年ぶりの訪問とあってあまりの変わりように驚くばかりであった。

 

ランス美術館も当時あったのかどうか、訪れた記憶はない。ところが今や Foujita や コロー Camille Corot  を始め充実した美術館の呈をなしている。

 

フジタの作品はエソンヌ県の Musée Foujita からの借り物とはいえ1階左翼の大広間を占有している。
コローの作品は風景画が主だが1階右翼に多数陳列されている。
見落としがちなのがルノワール Renoir が描いた最も小さな少女像といわれる作品とミレー Milett の描いたドラクロワの肖像画だ。

館内は写真撮影が絵画を傷めるとかで禁止。今時と思うがそこがランスらしい。
Foujita の作品は別稿<Musée Foujita     藤田嗣治の足跡を追う>を参照のこと。

Opéra Garnier / Les Enfants du paradis

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ガルニエでバレエを鑑賞しました。演目は<天井桟敷 の人々 Les Enfants du paradis >です。バレエの内容はともかくとしてガルニエの内部を紹介しましょう。

ガルニエは豪華なつくりで有名ですが劇場の天井画も秀逸です。シャガールの作品です。

Marc Chagalle

舞台正面と観客席です。

 

写真左は中休み後後半開始前の舞台の様子。

 

 

 

 

 

 

右と下は舞台終了後の顔見世、撮影タイムの様子。

1945年のこの作品は今でもフランス映画の名作のひとつとして高い評価を受け続けているという。字幕が英語版ではあるがどうでしょう?

 

http://www.youtube.com/watch?v=4MmIBUe-o14&feature=related 

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予約していた入場券です。BALCON        Place  122
と席が記載されています。
ゲート BALCON から入場して 122番席の意です。

今日のパリ

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パリの天気

昨日着後一晩明けて今、朝8時前です。室温25度、窓を開ければ寒いくらいです。おかげで夜も快眠できました。これから44日間に渡りパリなどの様子をお届けします。

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朝方の為替レートが111円と円高だったので両替のためヴィヴィエンヌ通りの< MELSON >まででかけてきました。
外に出ると寒くて、地の人は長袖は勿論のこと革ジャンからコートを着ている人までいて晩秋さながらの風情でした。寒そうにしていたのは間違いなくすべて観光客でしょう。
観光シーズン幕開けとあってすりが横行している模様で、コンコルド駅構内では日本語でもすりに注意のアナウンスがされていました。初めてのことです。

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7月15日 16日 1泊2日でランスに行ってきます。Yさんにも会ってきます。

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7月19日 今日は朝から一日中小雨が降り続きました。こんな日を経験したことを思い出せないほど珍しいことです。お蔭でブログの整理をすることができました。

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7月22日 朝方は曇り気味で相変わらず晩秋を思わせる涼しさというより寒さでしたが、昼を過ぎたころから強い日差しが出て夏らしいカラッとした暑さを今回初めて味わいました。
下着に薄手のタートルネックのセーターとブレザーというこれまで通りのいでたちでは暑い感じでブレザーを脱いで快適といったところでした。しかし3時過ぎに30分ほどの通り雨にあってから気温が下がり再びブレザーが必要になりました。

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7月30日 これまでで最高の天気です。気温は早朝で12度、昼過ぎには21度。快晴です。夏らしいとは言えませんが爽やかさいっぱいです。

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7月14日が満月だった。12日にパリに来て24日経った。8日の月曜日が今回最後の満月?

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8月9日-13日 ロンドン

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8月21日 ここ数日残暑が厳しい。昨晩少し雨が降ったが夏最中の夕立もなくなりしばらく雨もない快晴の連続です。今日曜日の午後6時半ですが部屋の温度が30.4度にもなっています。今夏の最高記録です。ただ湿度がさほどでないので扇風機の風でなんとか。。外へ出ても日陰を歩いていればいくら歩いても汗がにじむ程度で。。

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8月22日 10時で室温28.5度、朝方は27度台でした。気持ち良いです。
明日はいよいよ帰国。東京もこのところ少しは凌ぎ易いとか  ???

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FIN

14 Juillet …革命記念日

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今回明後日からの渡仏を決めたのは <パリ祭> に参加するためだ。これまではこの時期にパリを訪れるのは不可能だった。やっと念願がかなったというわけだ。

1789年7月14日にバスティーユの襲撃に端を発したフランス革命を記念する革命記念日のお祭りだ。シャンゼリゼでの軍事パレードはテレビやビデオでお馴染みだがぜひ現場の雰囲気を味わってみたい。

夜はオペラ・ガルニエで <天井桟敷の人々> を鑑賞することにしているので、今年の 14 Juillet  は忙しい。

パリ祭が過ぎればフランスはバカンスの幕開けだ。

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メトロのコンコルドが下車不可など会場周辺が広範囲にわたって交通規制されているため、2駅先の9号線、13号線PA_metro_ligne_13のミロメニル Miromesnil で下車、徒歩でAvvenue Matignon から入って ロータリ- Rond Point des Champs-Élysées  に陣取ることにした。

サルコジ大統領は10時に Avenue Friedland に到着後、軍用車で凱旋門からシャンゼリゼ大通りをコンコルド広場に向かう途中10時07分に前を通過した。

先頭車両の左、敬礼しているのがサルコジ大統領。

 

 

 

 

 

写真左の方が解像度がよい。上は敬礼していない。

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14日の記念日の前夜祭がバスティーユ広場をはじめ各所で行われるのだが、ヴァンセンヌでも教会横の広場で

老若男女がダンスに興じた。
屋台も出てビールやソーセージが安い値段で地元のおばさん連中によって振舞われていた。

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14日の革命記念日のトリはエッフェル塔を夜空に浮かび上がらせる花火だ。

ガルニエでバレエを鑑賞した後、腹おさえにオペラ直ぐのベトナム料理屋でホーを食べてからシャン・ド・マルス公園に向かった。

混雑を予想してメトロ8号線でエコール・ミリテールをやり過ごしラ・モット・ピケ・グルネル La Motte-Picquet Grenelle まで行ってから徒歩を選んだ。

 

 

 

11時直前にはエッフェル塔のイルミネーションも消灯され、やっと暮れた夏の夜空に花火とエッフェル塔のシルエットが映えわたった。

汗を掻いたことのないパリが・・・

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用があって住宅地の方の郵便局に行ってきた。今日の東京は30度を超す猛暑の上湿気もたっぷり。歩いている人は少ない。ついでにスーパーにも寄ってきたが、客は疎ら。暑さのせいで皆さん外出を控えているようだ。マンションのエントランスの温度も節電協力で28度の設定。駆け込んでも涼しくもなんともない。

汗かきの身にとってはハンカチのいらないパリの夏の値打ちは何物にも代えがたい。 いくら歩いても汗の一滴すら出ないのだから。

そのパリが目の前だ。

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朝4時に外に出てみた。小一時間ぶらぶらしていると汗が噴き出してきた。日差しも強くなってきたので早々に退散することにした。東京は今日も早朝散歩すらできない猛暑日だ (7月10日) 。

横綱力士碑…富岡八幡宮

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年に数回は行く<大衆酒場 魚三>で安酒を飲んできた。東京の下町の一つ門前仲町の地下鉄東西線出口直ぐにある。何しろ安いのと午後4時からの開店に長蛇の行列が名物だ。

2時間半ほど飲んだ後、この日は湿気が少なく風も吹いていたのでほろ酔い加減で永代通りを渡れば目と鼻の先にある富岡八幡宮と深川不動にお参りしてきた。

富岡八幡宮には横綱力士碑や伊能忠敬像がある。17世紀後半から勧進相撲が境内で行われていたこと、測量に出かける前に必ず参詣していたことに由来する。

千葉県佐原市の伊能忠敬旧宅は3月11日の東日本太平洋沖大地震で前を流れる運河とともに大被害を受けた。パリでお世話になっている佐原出身の美容師さんの情報だ。

横綱力士碑富岡八幡宮深川不動

京料理<近為>は深川不動の参道にある。

土用の鰻

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今年の土用の丑の日は7月21日だが、本年もパリ滞在中となるため昨日早目の鰻を食することとした。
土用の鰻は麹町善国寺坂の<秋本>と決めている。
麹町界隈では老舗の鰻屋で、坂名の由縁である店の前にあった善国寺の石碑が中庭に保存されている。

帰り 番町 のバス停で待っている間10分余り久しぶりの夕立があった。
束の間の夏の風情を味わえた夕刻ではあった。

ツール・ド・フランス…..TOUR DE FRANCE 2011

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 パリは暑さがやわらぎましたが、来週も最高気温が29度の日があるようなので、少し暑くなりそうです。ただ、朝と夜は気温が下がっているので、それでも過ごしやすいのですが。
ツール・ド・フランスが今年も行われます。今手元に届いた「ヴァンセーヌ市便り」をみていたら、今年は通り道になっているみたいです。ルートを確認して、24日の観戦が今から楽しみです。

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ヴァンセンヌの属す VAL de MARNE 県は今年のツール・ド・フランスの最終ステージが県内のコースで行われるとあって盛り上がりを見せています。
「ヴァル・ド・マルヌ県の広報誌」での最終ステージのコース案内です。

Tour de France-1

ヴァンセンヌ市はヴァル・ド・マルヌ県に属しています。コースの北の方にヴァンセンヌ城が描かれているのを見ることができると思います。
ヴァンセンヌ市では県と共同で下の写真に見える案内垂れ幕 (横断幕) を出しています。

Tour de France-2

写真の緑は市役所前からヴァンセンヌ城の東端をパリ花公園まで続く緑地帯で、手前の道路がパリ大通りです。右にカーブしてる道を進めば市役所です。

この垂れ幕の前に立って左を向けば一直線のパリ大通りの奥にエッフェル塔が見えるわけです。 エッフェル塔百態 その5 ヴァンセンヌ

24日にはツール・ド・フランス参加の自転車群がこのポイントを通過するのです。左のアパルトマンのところでパリ道を左折しヴァンセンヌ城の東端のマレショー広場 Cours des Maréchaux を通り抜けてドメニル大通りからヴァンセンヌの森を突っ走ります。

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コースの保護柵の設置が進んできました (7月21日) 。

Tour de France-3

ヴァンセンヌ城見学の観光バスが待機しているのが城の東端沿いの道路ですでに柵の設置が終了しています。中央のパリ大通りの両サイドにも柵が用意されています。当日はバスのところでパリ大通りを遮断することになります。

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パリ市内に入ると一昨年と同じくシャレントン通りからベルシーを抜けてトルビアック橋でセーヌ川を渡河して右折、一昨年観戦した国立図書館前を走るようです。

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いよいよ最終ステージ当日です。
天気は晴れ、予想最高気温は21度。選手にとっても観衆にとっても最良のコンディションです。今観戦地点の下見から帰ってきました。市役所前の緑地とパリ大通りとの接点を第一候補に決めました。

 

左の写真の中央の緑地前です。
コースの案内を写真で少し。

柵に沿って右から左にパリ大通りを走ってきて90度左折、手前のヴァンセンヌ城の東端道路を直進します。既にパトカーが東端道路を封鎖しているのが分かります。

右写真はパトカーの前から Cours des Maréchaux の直線コースを見たもので右側がヴァンセンヌ城になります。

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本戦の様子などは次のリンクをクリックして
ツール ド フランス….Tour de France 2011-Vincennes へ進んでください。

下の写真はパリ道を90度左折して Cours des Maréchaux へ入ろうとするトップ集団です。

Tour de France 2011-Vincennes

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当日の Château de Vincennes です。

Château de Vincennes-24 Juillet 2011