ミロのヴィーナス…ルーブル美術館

  depuis 2001

何時みても心癒されるミロのヴィーナス (La Vénus de Miro) 像。

時計回りに一周してみましょう。

La Vénus de Milo-3

.

1964年に日本で公開された際、京都市立博物館で初めて本物に出会ったものの、
押すな押すなの行列であっという間に正面から押し出される混雑で、
まともに鑑賞などできなかったことを思い出します。

それから18年経って約30年前にルーブル美術館で再会した時には何気に大広間に置いてあり、自由に触れることもできたことに非常に驚きました。

今では写真のように一応柵が張ってあり、触れることはできません。
事件があったこともあり、La Joconde (モナ・リザ Portrait de Mona Lisa ) も厳重なケースに入ってしまっています。

広告

ランスと言えばジャンヌ・ダルク / Jeanne d’Arc

 depuis 2001

ランス Reims には数回寄ったことがありますが、
頭を過るのはいつも藤田嗣治とジャンヌ・ダルク ( Jeanne d’Arc ) です。

ジャンヌ・ダルク (1412-1431) に纏わる歴史の中でもオルレアンの解放とシャルル7世の戴冠式は重要です。イングランドとの百年戦争の最中、ランス大聖堂で戴冠式を行うことによりシャルル7世を正式のフランス王とし王の空白を解消したのです。

ジャンヌ・ダルクの騎馬像は金ぴかのせいだけではなく最も好きなモニュメントの一つです。ルーブル宮の西北端 ピラミッド広場 にあります。
エマニュエル・フレミエの作 (1889) です。

Jeanne d'Arc / 8 Septembre 1429 / Porte Saint-Honoréジャンヌ・ダルクは1429年9月8日にこの付近にあったサントノレ門で行われたイングランドとの戦いで負傷しました。

ルーブル宮には、装飾芸術協会傘下の 装飾芸術美術館・モードと織物美術館・広告博物館 の3館が入っていて、入場すればすべてを鑑賞することが可能です。興味のある人には必見だと思います。

ところで、イングリッド・バーグマンが ジャンヌ・ダルク を演じた映画 Joan of Arc を覚えている方はおられるでしょうか? マラケシュに行った折、カサブランカ→イングリッド・バーグマン→ジャンヌ・ダルク と頭を過りました。

* * *

リヴォリ通りに接するピラミッド広場はジャンヌ・ダルク像を中心に左右対称になっていて(下の写真)、右側に ホテル レジーナ が入っています。古い造りと調度品、特にステンドグラスの素晴らしさには驚きました (宿泊当時) 。また、市内観光や近郊観光のプログラムを多数用意している シティラマ は右正面に入っています。

21世紀の新年は家族で レジーナ に宿泊して、リヴォリ通りを歩いて直ぐのコンコルド広場で迎えました。大型の送風機で紙吹雪を広場中に撒き散らしていたこと、リヴォリ通りがホコテンになっていたこと、広場に入りきれないほどの大勢の人出で賑っていたこと、雪がちらつく霙模様の寒い新年であったことなどを思い出します。

Pl. des Pyramides

* * *

Reims に残るジャンヌ・ダルクの足跡をいくつか…..

Jeanne d'ArcMusée Hotel le VergeurRue Jeanne d'arc

写真上段はランス大聖堂の前にあるジャンヌ・ダルクの騎馬像。大聖堂を見上げています。
ポール・デュボア Paul Dubois (1829-1905) の作品 (1889) 。

中央は Musée Hôtel le Vergeur の壁面にある500周年記念の銘版。
17 Juillet 1429   CharlesⅦ の文字が見える。
<フルー・ド・リス二つと剣と王冠のジャンヌ・ダルクの紋章>も見える。

下段はランスのジャンヌダルク通り。

* * *

サン・ラザール駅の西側、サントギュスタン教会の前にも<ジャンヌ・ダルクの騎馬像>がある (ワシントンにもある) 。ランス大聖堂前のオリジナル像のレプリカ。

* * *

 

 

 

 

 

 

 

 

ジャンヌ・ダルク通り Rue. Jeanne d’Arc とマルセル大通り Boulevard St-Marsel との交差点、小さなロータリーに<ジャンヌ・ダルクの立像 (1891) >がある。
Émile-François Chatrousse (1829-96) の作品 (1887) 。
ジャンヌ・ダルク通りの起点でほぼ直線でジャンヌ・ダルク広場が終点。

* * *

 

 

 

 

サクレ・クール聖堂正面入り口の上部に聖ルイ王 (サン・ルイ)  Saint Louis/ルイ9世 と対を成してジャンヌ・ダルクの騎馬像があるのをご存知だろうか?

上の聖堂の写真をクリックして拡大してみてください。右側の騎馬像がジャンヌ・ダルクです (右の写真が見えます) 。
イポリット・ルフェーブル Hippolyte Lefèbvre (1863-1935) の作品 (1927) 。

***

ノートルダム寺院のジャンヌ・ダルク Sainte Jeanne d’Arc (1412-31)

064ジャンヌダルクの再評価を決定したのはノートルダム寺院/パリであり、列福した (1909) のはノートルダム寺院だった。列聖はバチカンのサン・ピエトロ寺院 (1920) 。

 

 * * *

<ジャンヌ・ダルク>所縁のサン=デニス·デ·ラ·シャペル

ジャンヌ・ダルクがパリ進撃前夜 (le 7 septembre 1429) を祈りで過ごしたサン=デニス·デ·ラ·シャペル Église Saint-Denys de la Chapelle です。
初期ゴシック建築 (1204) で、聖ジュヌヴィエーヴが古代ローマ遺跡の跡地に建設した礼拝堂(475) を再建したものです。礼拝堂には、サン=ドニ大聖堂に移される (636) までサン=ドニの遺物が収容されていました。
パリからサン=ドニ大聖堂に至るガレ・ローマン時代からの古い道 (サン=ドニ L’Estrée) 、シャペル通り Rue de la Chapelle に面しています。
この辺りはカルチェ・デ・ラ・シャペル Quartier de la Chapelle と呼ばれています。

左、ネオロマネスク様式の建物はジャンヌ・ダルク大聖堂 Basilique Ste Jeanne d’Arc (1964) で、前にジャンヌ・ダルクの像が置かれています。
第一次大戦における、第一次マルヌの戦い (1914) の勝利に感謝 (ジャンヌ・ダルクに) して発意され、完成は勝利50周年にあたります。

Église Saint-Denys de la Chapelle / Basilique Ste Jeanne d'Arc / Rue de la Chapelle

* * *

ジャンヌ・ダルク像 / ジャンヌ・ダルク大聖堂 前

Statue de Jeanne d'Arc / Basilique Ste Jeanne d'Arc / Rue de la Chapelleジャンヌ・ダルクがパリ進撃前夜 (le 7 septembre 1429) を祈りで過ごしたサン=デニス·デ·ラ·シャペル Église Saint-Denys de la Chapelle 横の<ジャンヌ・ダルク大聖堂 Basilique Ste Jeanne d’Arc >前に置かれているジャンヌ・ダルク像です。
フェリックス·シャルパンティエ Félix Charpentier (1858-1924) の作品 (1888) です。
本拠地だったボルドーにある、フランス革命時のジロンド党の大モニュメント Monument aux GirondinsBordeaux の一部を構成する噴水、コンコルドの勝利 Le triomphe de la Concorde (1900) の作者だ。

* * *

火刑台上のジャンヌ・ダルク / サン=デニス·デ·ラ·シャペル

サン=デニス·デ·ラ·シャペルには、<火刑台上のジャンヌ・ダルク Jeanne au Bucher (1954)>と題された彫像が置かれている。
アルバート・パッシュ Albert Pasche (1873-1964) の作品です。

19歳のジャンヌ・ダルクがルーアンのヴィエ・マルシェ広場で処刑されるのは 30 Mai 1431 、17歳でこのシャペルに立ち寄った 7 septembre 1429 から1年8か月後のことだ。

Jeanne au Bucher / Église Saint-Denys de la Chapelle

* * *

ジャンヌ・ダルクが負傷したサント・ノレ門

サン=デニス·デ·ラ·シャペル Église Saint-Denys de la Chapelle を出たジャンヌ・ダルクは古い道、サント・ノレ通りからパリ城内に入る<サント・ノレ門>に進撃した。
当時のサント・ノレ門 Porte Saint-Honoré はフィリップ・オウギュストの城壁を拡張したシャルル5世の城壁に在った (1636 撤去) 。現在のアンドレ・マルロー広場一帯である。
8 Septembre 1429、ここでのパリ包囲中に太腿に傷を負った記録がサント・ノレ通り161-3番地で見られる。
金色のジャンヌ・ダルク像がピラミッド広場に置かれているのもここから近いからだ。

Jeanne d'Arc / 8 Septembre 1429 / Porte Saint-Honoré

* * *

ジャンヌ・ダルクとブロア城 / オルレアンの包囲

後に、オルレアンの乙女 Pucelle d’Orléans と愛称されることになる
ジャンヌ・ダルク Jeanne d’Arc (1412-31)  はここブロア城からイングランド軍に包囲されていた<オルレアンの解放>に出立した (1429.04.29.オルレアンに到着、05.08.開放) 。
ブロア城の礼拝堂において、ランスの大司教ルノー・シャルトル Renault de Chartres による祝福を受けた。約3か月後、ジャンヌ・ダルクの下、ランス大聖堂でシャルル7世の戴冠 (1429.07.17.) をした人物である。

ブロアの古い要塞跡であるフォアの塔 Tour de Foix (ブロア城の南西端にある円筒状の塔) で解放表明をしたと伝えられている。
左のゴシックの尖塔はサン・ロメ修道院 Abbaye Saint-Laumer 。
手前はロワール川 La Loire 、コンクリートのパラペットで護られている。
河岸への日常進入口として途切れている部分には、洪水時にゲートを挿入する。
崖上の要塞ブロア城は写真右半分で、入口は奥。

Jeanne d'Arc / Château de Blois / Tour de Foix / Siège d'Orléans

* * *

ジャンヌ・ダルクの騎馬像 / フレミエの立像

4205

ピラミッド広場にある金色の<ジャンヌ・ダルクの騎馬像 (1889)>の彫刻家<エマニュエル・フレミエ Emmanuel Frémiet (1824-1910) の立像> がパリ植物園にある。
動物彫刻家とも言われるだけあって動物の骨学の研究者でもあった。
代表作の一つ <小熊狩り Dénicheur d’oursons (1885)>の縮小版を制作している様子。
台座に<ジャンヌ・ダルクの騎馬像の浅浮彫>が嵌め込まれている。
Henri Greber (1856-1941) の作品(1913)。
なお、現在の騎馬像は置き換えられた第二ヴァージョンで、最初のものは1874年に設置された。

* * *

 

トゥールーズのストラスブール大通りとバイヤール通りの交差点、ジャンヌ・ダルク広場に置かれたジャンヌ・ダルクの騎馬像 Statue équestre de Jeanne-d’Arc です。

トゥールーズ生まれの彫刻家アントニン・メルシエ Antonin Mercié (1845-1916) によるブロンズの作品 (1922設置) 。プチ・パレ美術館のエントランス・ホール中央に置かれた<敗者の栄光 Gloria Victis ( Gloire aux Vaincus )(1875)>の作者。

Statue équestre de Jeanne-d'Arc / Toulouse
Statue équestre de Jeanne-d’Arc / Toulouse
***
アルビのジャンヌ・ダルク像
Monument à Jeanne d'Arc / Albi
Monument à Jeanne d’Arc / Albi

駅からロートレック美術館へ向かうジョフル元帥大通り沿いにある<ジャンヌ・ダルク像 Monument à Jeanne d’Arc (1898) >。

Alexandre-Mathurin Pêche (1872-1955) によるブロンズの作品。
足元にヘルメットとガントレットを置いている。

台座前面には<神の使者、フランスの解放者に捧ぐ A l’envoyée de Dieu, libératrice de la France>と刻まれている。

***
Statue de Jeanne d'Arc / Église Saint-Paul-Saint-Louis
Statue de Jeanne d’Arc / Église Saint-Paul-Saint-Louis

 

今日は復活祭の翌日の月曜日で祝日。

<サン・ポール・サン・ルイ教会 Église Saint-Paul-Saint-Louis> の聖ジャンヌ・ダルク Jeanne d’Arc (1412-31) の立像

復活祭終了後の教会内の写真の右側に見えている。

 

 

 

 

 

***

ジャンヌ・ダルクの祈り

1177マリー・ドルレアン Marie d’Orléans (1813-1839) の作品 (1837) 。

7月革命 (1830) から2月革命 (1848) の間のいわゆる7月王政のフランス王ルイ・フィリップ1世の次女で、ヴュルテンベルク公爵夫人 (1837年に結婚) は彫刻家でもあって、この作品を残した。

ヴェルサイユ宮殿にある大理石の彫像の縮小版のブロンズ (Victor Susse による鋳造) 。

<ロマン派美術館 Musée de la Vie rommantique >で見れる。

最寄り駅は メトロ 2号線  ブランシュ Blanche もしくは ピガール Pigalle

ジャンヌ・ダルク (1412-1431) 

***

 

Statue de Jeanne d’Arc / Église Saint-Sulpice

 

サン=シュルピス教会  Église Saint-Sulpice の Chapelle Sainte-Jeanne d’Arc に置かれている<ジャンヌ・ダルクの立像 Statue de Jeanne d’Arc>。
肉眼ではステンドグラスは綺麗なのだが像が見えないので、露出過度にした。
台座には古綴りで  Jehanne Darc と記されている。

***

7本の道路が集まるロータリー ジャンヌ・ダルク広場 Place Jeanne d’Arc の真ん中に Notre Dame de la Gare がある。パリ市に編入される以前の地区の聖母教会だ。広場名は編入時から。

下の写真は教会前からジャンヌ・ダルク通り Rue Jeanne d’Arc を見たもの。ジャンヌ・ダルク通りはジャンヌ・ダルクの立像のあるサン・マルセル大通り Boulevard St-Marcel まで一直線。
その先に、聖人ジャンヌ・ダルクの眠る<パンテオン>が見える。影は教会のもの。

右の写真は教会内にある彫像で十字剣を持つジャンヌダルクだと思われるが、何の記載も説明もない。

蜂の巣・・・La Ruche

   depuis  2001

この布きれをデザインした彼女は今どうしているのだろうか? 成功を収めただろうか?
7年前に<蜂の巣>と呼ばれている若いアーティスト達の工房を訪ねた時に、案内してくれたお礼と支援の意味も込めて彼女の工房で?万円で買ったものです。喜んでくれた顔を今でも覚えています。


 

右が <La Ruche  蜂の巣>と呼ばれるアパルトマンで、下左が彼女の工房です。
当時、イヴェントの飾り付けの制作をしていました。

下右は入り口脇にある例の案内標識で、シャガールやザッキンの名が見えます。モジリアーニも住んでいました。

また、この場所には1900年のパリ万博のためのワインパヴィリオンがあり、わがエッフェル氏がデザインしたものでした。

アクセスはメトロ12号線 Convention で下車。

 

 

 

 

ジョセフィーヌ・・・Château de Malmaison

   depuis  2001

<シャトウ・ マルメゾン>に展示されているジョセフィーヌの肖像画です。
1796年から1810年までのナポレオンの妻でした。

ルーブル美術館にある  Jacques-Louis David の大作<ナポレオンの戴冠式>で、皇帝ナポレオンから皇后の冠を受けているのがジョセフィーヌです。1804年のことです。

 

 

 

ジョセフィーヌはナポレオンがエジプト遠征中の1799年にこの土地を購入、

当時60ヘクタールを超える広さだったといいます。

 

 

 

上段が入り口。

中段がメゾンの正面。

左がメゾンの中、寝室です。

                

ナポレオンの戴冠 (Le Sacre de Napoléon)

エッフェル塔百態 15  パンテオン Panthéon


   depuis  2001

パンテオンの前から見たエッフェル塔。

前の緑はリュクサンブール公園。坂道を下ればものの2~3分だ。

写真手前左が区役所巡りで紹介した5区の区役所だ。

 

パンテオンはパリの守護聖人聖ジュヌヴィエーヴの丘に1792年に建設された。サント・ジュヌヴィエーヴ教会として建設されたものだが、革命後偉人を祭る霊廟として使われている。

ギリシャ建築に倣う新古典主義建築の傑作の一つとされている。

エッフェル塔はパンテオンの正面から見えるように建設されたに違いない。

中に入ると、地球が自転している証明に利用されるフーコーの振り子があり、フーコーはここパンテオンで1851年に公開実験を行った。

Pendule de Foucault

Panthéon にはヴォルテール、ヴィクトル・ユーゴーなどが祭られているが、夫人をめぐって<ヴァンセンヌの森>で決闘事件に及んだこともあるキュリー夫妻がパンテオンに祭られたのは1995年のことである。

セーブル焼 Porcelaines des Sèvres ・・・国立磁器博物館 

    depuis  2001
Sévres
Porcelaines des Sèvres

 

聖母子像 (1475頃) は、Luca della Robbia (1400-81) がフローレンスの工房で制作した陶器。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フランスの磁器はマイセンに遅れること29年、1738年にヴァンセンヌ城の一角でスタートした(ヴァンセンヌ窯)が、後にセーブルに移った。セーブル焼 Porcelaines des Sèvres  とともに名の通ったリモージュ焼 Porcelaines de Limoges も同根である。

ポンパドール夫人 (ルイ15世) の館が国立磁器博物館となっていて  セーブル焼きの展示がされている。ロココ様式の豪華な絵柄を好むフランス人は多い。
ただ、高価なので見て楽しむ人が大半だと思いますが…

 

 

ロケーションは、メトロ9号線の終点 Pont de Sèvres 下車、セーブル橋でセーヌ川を渡って直ぐ。もしくは、トラム2号線 T 2  で Musée de Sèvres  下車。

メトロ1号線の終点 La Défence Grand Arche  からセーヌ川左岸沿いの丘陵地を行くのが楽しいでしょう。http://www.ratp.fr/fr/ratp/c_23634/plans-tramway/

なお、陶器ではカンペール焼 Faiences de Quimper が有名だ。

Musée National du Ceramique
Musée National de Ceramique

エッフェル塔百態 14  コンコルド橋

   depuis  2001

Pont de la Concorde / Pont Alexande III

コンコルド橋からセーヌ川の下流方向にアレクサンドル3世橋とエッフェル塔。
中央奥の建物はシャイヨー宮で、三色旗を掲げている方が右ウイング。

アレクサンドル3世橋はロシアのロマノフ王朝最後の皇帝として知られるニコライ2世が1900年に友好関係にあったフランス政府に贈ったものです。

 ここは、最も人気のあるセーヌ川のビュウポイントの一つです。
写真上でクリックし、拡大した写真上でもう一度クリックしてみてください。

自由・平等・友愛

   depuis  2001

バスで行く区役所巡りは10回で完結しました。これはその番外編です。
その10で紹介したパリ市庁舎 Hôtel de Ville を正面から見ますと

写真を拡大して時計の下を見ると、三つの単語が刻まれています。
左から、LIBERTÉ (自由) EGALITÉ (平等) FRATERNITÉ (友愛)
有名なフランス共和国の標語で、フランス革命のスローガンに由来しています。
20の区役所庁舎には全て刻まれています。

余談ですが、フランス国旗 (三色旗) がこの標語をを表すというのは俗説で、
真ん中の白がブルボン王朝・両脇の青と赤がパリ市を象徴して、
革命後の両者の和解を表しています。

また、時計の両サイドと下に<たゆたえども沈まず>のパリの市章が写っています。

エッフェル塔百態 13  白鳥の小径 / Allée des Cygnes

   depuis  2001

グルネル橋からセーヌ川の上流方向を望んだ白鳥の小径とエッフェル塔。
ビル・アケム橋からグルネル橋までの中洲の全体が<白鳥の小径 Allée des Cygnes >だ。

白鳥の小径-2

白鳥の小径ー3

写真右は小径の上流端のビル・アケム橋で二層構造になっていて、階段の上が車道・歩道でその上部をメトロ6号線が走っている。

左側の河岸にパッシー駅があり、
駐在日本人も多い高級住宅地パッシー地区の最寄り駅となっている。

写真最下段はグルネル橋と小径の最下流端で、
フランス革命100周年を記念して、また、お返しとして在仏のアメリカ人たちが贈った自由の女神像 Statue de la Liberté が置かれている。

まだ20世紀のころ、
パッシー・ケネディを定宿にしていた時期があって一体何度歩いたことだろう?

白鳥の小径ー1

余震続く

   depuis  2001

東北地方太平洋沖地震の余震活動はまだまだ続いでいます。

新宿区には百人町にも観測地点があります。

3月11日の本震で震度5弱を観測して以来、これまで震度3が6回観測されています。
震度2以下では注意していないとそれを体感できませんが、震度3になると地震だとわかります。

3月は本震を含めて3回でしたが、4月に入ってすでに4回、収まるまでにはまだまだ時間がかかりそうです。

3月15日・・震源地:静岡県東部 震度6強 M6.0

3月19日・・震源地:茨城県北部 震度5強 M6.1

4月07日・・震源地:宮城県沖 震度6強 M7.1

4月11日・・震源地:福島県浜通り 震度6弱 M7.0

4月12日・・震源地:千葉県東方沖 震度5弱 M6.4

4月16日・・震源地:栃木県南部 震度5強 M5.9

本震の震源地は三陸沖、百人町に震度3以上を記録させた震源地が全て異なっているのが気味悪いです。
今日は6月7日。4月16日以降、新宿で震度3以上の地震はありません。

7月31日・・震源地:福島県沖 震度5弱 M6.4 で震度3を観測。パリ滞在中でした。

2012年1月1日・・震源地:鳥島近海 M7.0  5か月ぶりに震度3を観測。元旦から縁起でもない。

3月14日・・震源地:千葉県東方沖 震度5強 M6.1 新宿震度3

2012年12月7日:三陸沖 震度5弱 M7.3      新宿:震度3と発表だが気持ち悪い揺れだった。

2013年11月10日:茨城県南部 震度5弱 M5.5 新宿:震度3。

2013年11月16日:千葉県北西部 震度4 M5.4 新宿:震度3.

早春のシャンゼリゼ・・・プラタナス platane

   depuis  2001

マロニエ (栃の木) の芽吹きは3月末から始まり、4月初めには開花から一気に満開となりましたが、パリの街路樹に多いプラタナス (鈴懸) は、比してやや遅れ気味になります。

シャンゼリゼ大通りの街路樹もプラタナスですので、4月初めはまだこんな感じで建物や空が透けて見えています。既に、小さいながらも鈴を沢山付けています。

2011.04.09

http://www.youtube.com/results?search_query=%E6%97%A9%E6%98%A5%E3%81%AE%E3%83%91%E3%83%AA&aq=f

<早春のパリ> をご覧ください。

もう一つのロダン美術館 Musée Rodin -Meudon

   depuis  2001

メトロ12号線の終点 Mairie d’Issy からバスを使ってもう一つのロダン美術館に行ける。

Musée Rodin -Meudon と区別されるが、表示は同じ Musée Rodin です。

アンヴァリッド東横のロダン美術館の屋敷を政府から借り受ける前の住家で、小高い傾斜地になっているため、庭園からはパリの市街を見渡すことができます。

作品としては主に習作が展示されています。

Rodin-MeudonRodin-Meudon 内部1Rodin-Meudon 内部2

見てくださってる方が多いので若干記事の追加をします。先ず<カレーの市民>の習作です。

カレーの市民Musée Rodin

次に、パリ市西部を敷地の北端付近より見下ろすと・・・

当時修復中の屋敷正面。

考える人 Le Penseur (1882) を載せているのがロダンのお墓。

Musée Rodin

バスで行く区役所巡り 10  パリ市役所

   depuis  2001

       最後は パリ市役所 Mairie de Paris

この3月28日は1871年3月28日に市庁舎で成立したパリ・コミューン Commune de Paris から140年。72日間という短命の革命政府ではあったが、世界初の労働者階級による民主国家、政教分離、義務教育、女性参政権の導入など後世に与えた意義は大きい。Hôtel de Ville ではその記録の展示会が開かれていました。

パリの<自由の女神像>三体

   depuis  2001

Statue de la Liverté-1

パリ工芸博物館 (旧国立技術博物館) 前 (原像は博物館内に保存・展示されている。)

Statue de la Liverté

グルネル橋・白鳥の小径

リュクサンブール公園

リュクサンブール公園の自由の女神像だ。

アルザス地方のコルマール Colmar 出身の彫刻家フレデリク・バルトルディの作品。

エッフェル塔百態 12  アンヴァリッド

   depuis  2001

アンヴァリッド Hôtel des Invalides 広場 Place des Invalides の東北端から見たエッフェル塔。左に見えている建物が廃兵院で一部が「軍事博物館」として公開されている。

上の写真の左側に回ってアンヴァリッド正面 (下、左) に向いて左手の前庭から見たエッフェル塔。

パリの空

   depuis  2001

20時41分のパリの空模様。

方角は西北。9時を過ぎて暗くなってくるとエッフェル塔のサーチライトが。

飛行機雲が何本も・・・

上空が過飽和の状態にあるからだが、東京では見ることができなくなって久しい。

パリの夕暮れパリの空パリの空

2011年8月 レオンブリュム広場でバスティーユ方面の空。快晴なのだが飛行機雲だけが。。。

Léon-Blum広場

8月15日今回2度目の満月 (2011.08.15.) 。Vincennes のRER A 線上の Jardin du Midi 。

Vincennes

Avenue Matignon / Galerie

   depuis  2001

パリの<ギャラリー Galerie >といえば先ずはクリスティのあるマティニョン大通りからフォーブール・サントノレ通り界隈。

MAURICE GARNIER に展示されているのは ビュッフェ  Bernard Buffet の作品。

GALERIE MATIGNON に展示されているのは ジャンセン Jean Jansen の作品。

どちらもお気に入りの画家で、リトグラフはコレクションの一角だ。

オークションの行われるクリスティーズで参加作品の展示が前もってされているのだが、最近は景気が良くないせいかいまひとつ活気がうかがえない。

マロニエの芽吹き / チュイルリー公園・リュクサンブール公園・植物園

   depuis  2001

四月に入って一気にマロニエが芽吹き始めました。日当たりが好いところでは既に開花も始まっています。

チュイルリー公園・リュクサンブール公園・植物園などの今を紹介しましょう。

チュイルリー公園 Jardin des Tuileries

.

.

 

 

 

ュクサンブール公園 Jardin du Luxembourg

 

 

 

 

 

 

 

 

植物園 Plantes

エッフェル塔百態 11  サクレ・クール聖堂

   depuis  2001

 モンマルトルの丘の上に聳える サクレ・クール聖堂 の前庭から望んだエッフェル塔。

サクレ・クール

サクレ・クール聖堂の中は撮影禁止
で、そのせいかぶれてます。
左の写真をクリック、そしてもう一度クリック・・・・右の騎馬像がジャンヌ・ダルクです。

モンマルトルバスはユトリロ駅で下車。

Basilique du sacré Coeur

Basilique du sacré Coeur の撮影ポイントは左にあるケーブルカーを降りたこの地点だと思っている。なお、ケーブルカーにはメトロの切符で乗れる。

ぶらり Parc des Buttes Chaumont

   depuis  2001

新緑のこの時期は公園の散策が何より。昼食を取るついでに ビュット・ショーモン公園を散歩してみました。すでに初夏の陽気で多くの人々が日差しを楽しんでいました。

Parc Buttes Chaumont

最上段の写真で見えている建物は
<バスで行く区役所巡り その6>で紹介した19区の区役所です。

エッフェル塔百態 10  2011年4月

   depuis  2001

今日も快晴で気温も上昇し夜になっても暖かかったので久しぶりにエッフェル塔の夜景を見にトロカデロまで行ってきました。夏時間になったこともあって9時でもまだ薄暮のため10時のイルミネーションを観ることにしました。

不況のせいか観光客がこれまでになく非常に少なくてこれまで寄れなかった絶好のポイントでカメラを構えることができました。

Eiffel 2011Eiffel 2011

Eiffel 2011-4

Parc Floral de Paris パリ花公園を散歩

   depuis  2001

今日も天気が好かったので、久しぶりにヴァンセンヌの森にあるパリ花公園 (31ha) を散歩してきました。
ミモザ、連翹、水仙、早咲きの桜やコブシ・木蓮は旬を越し、
牡丹などはこれからというところでしょうか。(2011.4.5)

Parc Floral de Paris

Parc Floral de Paris

Parc Floral de Paris

Parc Floral de Paris

Patrick ROGERのショコラ

   depuis  2001

6区のお友達のところへ寄った帰りに、Patrick ROGER へ立ち寄りました。
お店は、オデオンとサン・ミッシェルの間のサンジェルマン大通にあります。少し前に出来て何度も前を通ってたのですが、ここでチョコレートを買うのは初めて(遅い!)。

ピエール・エルメもチョコレートを出していますが、ここは「ショコラティエ(チョコレート職人)」が作る、チョコレート専門店。日本にもまだお店がないようなのでお土産としてもお勧めかもしれません。

ピヴォワンヌ (芍薬) / pivoine

   depuis  2001

大好きな芍薬の花が出始めていたので買いました。
フランス語では、ピヴォワンヌ。5本で6ユーロでした。

花器はピューター、フランス語では エタン étain ( Les alliages plomb-étain) の水差しです。

Malaysia Flag Indonesia Flag  25年前、マレーシアで セランゴール・ピューター の大きな水差しを買ったことがありますが、これはオランダ製ですので恐らくインドネシア産のエタンではないかと思っています。

ロダン美術館 Musée Rodin

   depuis  2001

昨日とはうってかわった雨模様。少し雨がやんだところで朝から美術館にいってきました。
第一日曜日は美術館が無料です。ルーブルやオルセーにはたくさんの人が出ていました。
たくさんの人が利用するので、早めに出発するのが得策です。
今日訪ねたのは久しぶりのロダン美術館。何年か前に美術館の入り口の部分を改装し、すっかりモダンな感じになりました。
お庭も通常なら1ユーロの入場料が必要ですが今日はお庭も無料です。
メトロ13番線でいくなら Varenne で下車、駅構内にもロダンの作品が飾ってあります。
今日はバス 83 でアンバリッドから徒歩で訪れました。

104

お庭

とてもきれいなお庭には、新緑のめばえが。リラ(ライラック)の花も咲き零れています。

お庭から美術館を望む

庭奥からみた美術館外観

お庭、地獄門

お庭の地獄門 (1880-90) 。
日本では東京上野の西洋美術館にありますね (右) 。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パンサー Penseur : 考える人 (1903) と ヴィクトル・ユゴーの記念碑 (1890)

お庭。カレー市民

カレー市民 (1889)

お庭、ヴァルザック

バルザックの記念碑 (1898) とアンバリッド。

さて中に入ってみよう。日本人としてはやはり<花子>だろう。ロダンはモデルとして花子を重用し多くの作品を残しているが、右はそのうちの一つ。

<日本人女優 花子>をモデルにした彫像

本名 太田ひさ は女優として、19世紀初頭から20年間にわたってヨーロッパ各地で活躍した。

ロダン美術館

入館者が多いせいロダン美術館だろう、床の傷みが激しく順次上のように改修しているようだ。

右の彫像 (アイリス、神の使者:1895頃) がロダンらしくて好きなのだが、覗き込んでみている女性を見ると何故かこちらが恥ずかしい。

エッフェル塔百態 9  ビル・アケム橋

   depuis  2001

新緑と百花咲き乱れる早春のエッフェル塔。

Pont de Bir Hakeim はエッフェル塔を望むヴューポイントの一つです。

新年をここで迎える人も多いです。<ボナネー>と誰彼となく声を掛け合います。
橋の下セーヌ川で新年を迎えようとヨーロッパ各国から集まってきたボートは一斉に汽笛を鳴らします。
エッフェル塔周辺で花火が打ち上げられます。新年を迎えた慶びが溢れるようです。

パリでは各所の広場で新年を祝しあいますが、私はここがお勧めです。

* * *

第二次世界大戦において、ロンメル将軍率いる独伊枢軸軍との<ビル・アケム (リビア) の戦い>で、敗れはしたものの要衝スエズ運河防衛に直結した自由フランス軍の奮闘を記念して命名 された ( 旧パッシー橋) 。

バスで行く区役所巡り 9  7区

   depuis  2001

20区まであるパリの区役所を巡ってきたが、いよいよ最後は

7区区役所        バス 69

フランス政府の役所が点在するアセンブリの裏側に位置する。


 

 

上の写真でアーチの上、
左の中庭の時計の上にパリの市章が見えます。

 

 

 

玄関ロビーから1階に上がる階段です。区長室などがあります。

 

 

 

 

 

区役所内には日本への義捐金の募金箱が。

ヴァンセーヌでも同じような箱がおいてあるようです。

この春一番の陽気

   depuis  2001

今日は4月2日。朝から快晴で気温も上昇。土曜日でもありどっと人が繰り出し、観光客も含めて街中人だらけ。木々の緑も一気に濃くなり始め、桜、スモモ、杏をはじめ花木は一斉に花を咲かせてきた。公園、緑地、街角の花々も。
3月29日に来仏して以来曇り勝ちだった天気が一転快晴。